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愛とはどんなものかしら  作者:
Almavivaの騒動
5/10

3

 第三国立特化教育機関の朝は早い。


「てめえらはクズだ!家畜以下だ!」


 号令とともに起こされ、短時間で身支度を済ませ、数キロ先にある海辺の砂浜に直行である。

そして早朝、晴天の下、爽やかな潮風にのって聞こえてくる、低血圧の頭にきんきんと響く怒声。

汗でぬれた髪をかきあげながらも、ただひたすら足を動かす。

背中に背負った重し入りのリュックが一歩ごとにどんどん重くなっていく気がする。

靴の中にも砂が入り込み、自然と足があがらなくなる。

追い討ちをかけるように罵られ、肉体的にも精神的にも地獄である。

これが早朝訓練と言う名の拷問の全てだ。


「長澤!誰が休んでいいといった!3班10周追加!」

「ぼさっとすんな如月!1班20周追加!」

「くっそ、暑い!全班30周追加!」


 こんな感じで、朝の5時すぎから足場の悪い砂浜を延々走らされ、教師どもの気紛れによるが、だいたい昼ごろまで続く。

その後15分で昼飯を食べた後には、少数指導という名のしごきが待っている。

特殊能力という曖昧でわけのわからん能力の持ち主をとにかく集めてるだけなので、個人の能力が見事にばらばらで、集団で指導を受けられにくいのだ。

そのため学校側から個別のカリキュラムを組まされる。

俺の場合だと実践、格闘や銃器などを中心に学ぶが、えだちゃんは用兵、情報や補給について学ぶ。

補給科なのに全然別のことばかり学んでる気がするが、そんなことを学校側にいっても無駄だ。

俺がえだちゃんと同じ授業をうけたいと言っても聞き入れてくれないのがこの学校なのだ。

しかもこの少数指導で補給科の生徒は他の科とともに指導される。

これが俺の最大のライバル南條がえだちゃんと知り合うようになったきっかけである。


「次!岸と佐藤!」


 午後からの格闘の授業ほどうんざりするものはない。

俺はそれでも内心を隠して、元気よく返事をする。

やる気のない返事だとロクな目に合わないからだ。

演習場には10人の男女がいた。といっても、男9人、俺1人だが。

こういうところで無駄に男女平等の精神を発揮しないでほしい。

男女の体格差とか先天的にどうしても差というものは生まれてくるじゃないか。

なのになぜ俺はこいつらと授業をうけなればならないのか。

こういうときこそ、女性は女性、男性は男性で授業をうけさせるべきじゃないのか?


「はじめ!」


 目の前に向かい合う男の身長差、体格差を見て、安易に号令を告げた教師を心の中で罵った。

防具越しからも十分わかる。がちむちな筋肉と男くさい顔、まさに『漢』だ。

そして一方自分はというと、いつまでたっても伸びない背と貧弱な体格。

誰がどう考えても勝つのは無理だ。

しかも防具はつけているが、下手をすれば死ぬんじゃないかとも思ってしまう。

輝かしい未来が約束されているエリート中のエリートの指揮科様と晴れ女だからというそれだけの理由で入学してしまった補給科の俺。

力量差も歴然としている。

いっそすがすがしいまでの差異に愕然とするね。

だけど訓練なので何もしないという選択肢をとることはできない。

負けることは確定だが、立ち向かわないと後で説教と補修と言う名の拷問を受けさせるはめになるのである。

八方塞がりとはこのことだ。

 とりあえず、俺は間合いをはかった。

体格の違いが忌々しいことに、男の手足は長いため迂闊に近付くと速効で勝負がついてしまう。

だから男が踏み込むたびに後ろに下がる。

逃げてばかりだとどうにもならないが、男の繰り出す突きや蹴りの空気を裂く音を聞いて、立ち向かえる勇気が出る気がしない。

長期化すれば体力のない俺が先にへばること請け合いだから、短期間で安全に負けたいのだが、どうしたものかね。

男は空振りするばかりの攻撃に苛立ちを感じているようだった。

だがさすが指揮科様、隙が見当たらない。

ただ一つだけ欠点をあげるとすれば、苛立ちのためか男の動きが単調になり、次に繰り出される技が予測されやすくなったことだ。

隙が見当たらないなら、作ればいいだけの話。

そうして俺は行動にでることにした。

目の前に繰り出された拳を見て、少し体を傾ける。

右側に空振りした男の拳が通り過ぎようとしたところを掴み、勢いを利用して、軽く引っ張る。

すると男は少しバランスを崩し、前のめりになった。

俺は後脚で一歩地面を蹴ると、バランスを崩した男の背後をとり、蹴りを食らわせようとした。

ここまでは上手くいった。

男が俺の足を掴んでいなければ。

どこからが計算だったのだろう。

そう疑問に思ったけど、男は俺に考えさせる時間をくれなかった。

結果から言う。

惨敗である。


「止め!…おい、邪魔だ。脇にどけろ」


 倒された俺は四つん這いになりながら、演習場の脇へと這っていった。

疲れた体を壁にもたれかからせ、涼しげな顔をしているさっきまでの組手の相手と自分を比べる。

これだからこの授業は嫌いだ。

平和主義者でチキンな俺には格闘なんてむかないってのに、なんでこんな授業を受けなければいけないんだ。

…理由は歴然としていた。

俺の頭が悪かった。

もともと前世で身につけた知識も高校までのものでしかなく、ハイレベルなこの学校の勉強レベルにはついていけなかったのだ。

小さい頃は神童でも大人になったら凡人である。


「佐藤!何勝手に休んでんだ!脇にどけろとは言ったが、休めなんて一言も言ってないだろうが!さっさと立てノロマ!」


 反抗してもいいことは全くないため、言われたとおりに立ち上がり、怒鳴る教師に向き直る。

教師は出来の悪い生徒に呆れたような表情を浮かべた。


「とりあえずお前は素早さはいいとして、全体的に威力の弱さが目につく。基本をみっちりこなせ。今日はもう型だけやってろ」


 俺は言われるままに基礎練に一人黙々と取り組むことにした。

唯々諾々である。

強いものには巻かれなくてはならないのだ。

それが学校で一番初めに教わったことで、一番重要なことだった。


「おい」


 そんなわけで演習後、たとえ嫌いであろうと指揮科様に呼びとめられたら、足を止めなければいけないかったのだ。

なんて世知辛い世の中なんだ。

俺は相手に気付かれないように小さくため息をつき、ゆっくり後ろを振り返る。

男のいかつい表情はやけにひきつっていた。


「なんでしょう」

「……血がついてる」


 指さされた場所を見る。

目の前の男によって、鼻血を出すはめになり、演習着が汚れてしまったのだ。

それがなんだというわけだが。

血がつくのは訓練してれば日常茶飯事のことだろうに。


「…その…なんだ…もし、あれなら、俺に洗わせてほしい。血がおちなければ、弁償する」


 泳ぐ視線が空に向かい、徐々に顔が赤くなっていく。

気持ちはわかる。

ガタいがよすぎて女に敬遠されるタイプだから、おそらく女と会話することに免疫がないのだろう。

恋愛感情は全くないのに、なぜか妙にぎくしゃくしてしまう、そういう年ごろなのだ。

俺は哀れな同類を見るような目で男を見つめ、首を振った。


「気を使わなくて結構です。仕方無いことですから」


 同情はするが、俺はこいつが嫌いである。

これ以上関わり合いたくもない。

無難に断りの返事をする。


「いや、だが」

「クリーニング業者がいるし、明日には新品が機関から届けられますから、別に不自由はないです」

「クリーニング業者?」


 男は不思議そうな顔をした。


「そんなものがいるのか?金持ちなのだな。許可はとれているのか?」

「いや、だから、機関側が雇ってるんです。寮にいるじゃないですか」

「俺は見たことがないが。女性だけの特権だろうか?それとも補給科か?」


 俺は首をかしげた。

この学校に来てから、当たり前のことだったから気にしていなかったが、そうでもないらしい。

知らない間に部屋が綺麗になっていたり、洗濯かごに入っていた服がいつのまにか洗濯されていたり、三か月に一度は制服から下着にいたるまで新品になっていたり、私服が用意されていたり、その他もろもろ充実したサービスだと思っていた。

一般生徒にまでこんなサービスをするなんてさすが国立特化教育機関、と感心すらしていた。

だが、どうやら限られた生徒へのサービスらしい。

何にしても俺はラッキーだ。


「とにかくそういうわけなので気づかいは無用です」

「そ、そうか…」


 男は肩を落とした。

もてない男の悲しき性というやつだ。

性別が女ならとりあえず親しくなっておきたくなるものなのだ。


「では、それなら…」

「岸!」


 突然背後から慌てたように一人の男がやってきて、岸の腕をひいた。

そして怪訝な表情を浮かべる岸の耳元に何かを囁き、引きずるように連れて行く。

岸は不満そうな顔をしながら、俺に何かを伝えようとした。

だがそれも、男の手に阻まれ、言葉は紡がれない。

そして騒がしくも男たちは俺の前から去っていった。

一体、何だったんだ今の。

俺は釈然としないものを感じながら、更衣室へと足を向けた。

午後の演習を終えると、ほとんどの学生たちは食堂へと行く。

俺もその一人で、さすがに汗臭いまま行くのは気が引けた。

夕食が終われば、自習と称した詰め込み学習をしなければならない。

はっきりいって、この学校には生徒たちの娯楽時間がかなり少ない。

落ちこぼれの補給科である俺でさえ、この忙しさなのだから、他の科は言わずもがなだ。

生徒たちの唯一の娯楽とも言えるのが、食事というわけだ。

そんなことを考えていると、お腹が鳴った。

今日の日替わりB定食の中身を想像して、思わず顔がにやける。

更衣室には俺だけしかいないため、一人にやけ面した俺に変な目を向ける相手はいない。

だが、そのにやけ面は、ロッカーを開ける瞬間、凍りつく羽目になった。


「なんだこれ」


 綺麗に折りたたまれた制服の上に、変なものを見つけた。


「手紙?」


 白い封筒にハートマークのシールが張られた手紙を手に取る。

どこからどうみても、ラブレターだ。

女子更衣室のカギのかかったロッカーの中に見知らぬラブレター。

俺が一番初めに気になったのは相手の性別だった。

男でも女でも問題だ。

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