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食堂はむさ苦しい男どもで溢れていた。
軍事学校だから仕方がないとはいえ、俺は毎度のようにうんざりする。
しかも訓練からそのまま来た奴ばかりなのか、晩飯の匂いと汗臭さが混じり合って、妙な具合になっている。
例えるなら、う○こ色のカレーだ。
端的に言うと気持ち悪い。
しかし気分は悪くても、訓練終わりで腹が減って仕方がない。
それにえだちゃんもいる。
食べないという選択肢も部屋に帰るという選択肢もありえない。
とりあえず、俺は券売機で値段の安いB定食の食券を買った。
「えだちゃんは何食べたい?」
「海鮮丼サラダ付き」
一番値段の高いものだった。
俺はえだちゃんに席をとるのを任せて、注文の列に並んだ。
前には十人前後の人間が並んでいた。
しばらく時間がかかりそうだ。
前を普通に横入りされて、その思いは強まった。
階級で比べられることの多い軍事学校では当たり前の光景だった。
特に補給科はこの学校では馬鹿にされているから、同学年でも侮る奴が多い。
更に相手が女とくれば…言わずともわかるだろ?
とりあえず俺は前に横入りした男が呪われますようにと願いながら、食堂のおばちゃんから注文の品を受け取った。
そうして食堂を見渡し、えだちゃんの元へと向かおうとすると、気にくわない連中が目に入る。
重たい足取りで食堂の右の窓側、奥のテーブルに向かう。
「佐藤おせぇー」
「ご、ごめんね」
「何ちんたらしてんだよ!ハレ!姫、待たせてんじゃねえよ!」
「……………しね」
「え?今小さい声でなんつった?ねえ、ちょっと、今死ねっつった?おい!聞けよ!無視すんな!」
えだちゃんの前に海鮮丼サラダ付きを置く。
えだちゃんは人気者だから、既に前の席も横も男どもにとられていた。
俺の最大のライバル南條がちゃっかりえだちゃんの右隣を確保していたのを見て、舌うちをする。
南條は『姫FC』というえだちゃんファンクラブの会長だ。
爽やか美形だと数少ない女子どもからキャーキャー言われているが、実態はえだちゃんを四六時中監視する気持ち悪いストーカー野郎だ。
家柄もよく、将来有望、エリート様な指揮科で、えだちゃんの覚えも良い。
つくづく嫌味な奴だ。
補給科の生徒たちが集うここ一帯で、こいつだけが異質に見える。
俺は南條を睨むが、そんな視線には慣れているのか南條は全く気にせず、えだちゃんの隣を思いっきり楽しんでいた。
えだちゃんの零したご飯粒を食べる場面を見て、歯ぎしりする。
苛立つ気分で席に座ろうと、空いている席を探す。
最悪なことにうるさい奴の隣だった。
俺は極力そいつから椅子を離して、B定食に箸をつけた。
「オレに言ってくれれば、おごったのに」
「いや、悪いし。カズ、いつもおごってくれんじゃん」
「いいんだよ。オレが好きでやってるんだからさ。トモに頼られてるみたいで嬉しいんだ」
二人の会話を聞きながら、やけ食いのようにB定食をかきこむ。
俺は名字なのに、南條はあだ名とか、その明らさまな違いに涙でそう。
補給科の大半の男子どもの食事のスピードが上がった。
みんな涙目だ。
出世街道まっしぐらな指揮科に、喧嘩も売れない補給科。
勝負は最初から決まっていたようなものだ。
救いは未だえだちゃんが南條と付き合っていないことだけで、それも後何日もつかわからない。
「…おい。ハレ。お前の能力で俺たちの涙を晴らしてくれることはできないのかよ」
「誰が上手いこと言えと」
一芸の補給科。
この学校に限って、補給科の生徒は何かしらの特殊能力を持っていた。
俺もだし、えだちゃんも、そして俺の隣にいる奴も、とにかくこの学校の補給科は誰しも一芸と言える特殊能力を持っている。
それが、俺の場合「晴天」なのだ。
ようするに晴れ女だ。
イベントや行事では俺が出ると100%の確立で晴れる。
いつからか周囲の奴らからそう噂されて、それを査定機関というわけのわからん連中に調べられ、気付けばこの郡で一番の軍事教育機関である国立特化教育機関へと入学させられていた。
役に立つか立たないのかよくわからん能力。
補給科にはそんな奴らばかりがいた。
えだちゃんは「イーブン」で、すべてを五分五分にする能力を持っている。
だから戦術のシミュレーション授業でも、負けたことがない。
ただ、勝ちもしないけど。
どんなに勝てそうでも負けそうでも、えだちゃんが指揮をとれば全てが五分五分になる。
更に言えばえだちゃんの人気も校内で五分五分である。
極端に好かれているか嫌われているかだ。
俺は前者だった。
ちょっとわがままで、ダルデレ貧乳美少女とか俺のドツボだ。
「あーあ、俺の姫がぁ…」
「やっぱりエリートには勝てねぇのか…」
「死にたい…」
「補給科の女子ってもういないしな…」
「五人とも彼氏持ちだろ?それに姫ほどの奴いねえし…」
「やってらんねえ…」
もてない男どもの情けない泣きごとが聞こえる。
それに俺は思わず反応し、手をあげた。
別にこんな気に食わない連中に好かれても救いを見出されても嫌だが、こうも俺の名前を出されないと腑に落ちないものがある。
「俺がいるけど」
そう自己主張をすると、手をあげた俺に視線を向けていた男たちが、一斉に目をそらした。
「あーうん、ハレ、ね。ハレは…うん…ね?」
「そう、だな…ハレは…な」
「恋愛対象にならないというか…なれないというか…」
「なんか考えただけでま…あーなんでもない…!」
「……もう誰か言ってやれよ。なんか可哀想になってきた…」
「可哀想ってなんだよ!ある意味幸せじゃねえか!」
「じゃあお前言えよ。言ってみろよ」
「言えるわけねえだろ。ころさ…いや、なんでもないわ」
もめる男どもを見て、俺は手をゆっくりおろす。
俺って、そんなに可愛くないのか……。
いや、別に俺は元男だから不細工でも気になんねえし、男になんか好かれたくないけど。
けど…なんかこんな感じで気を使われたら逆にいたたまれないじゃん。
可哀想だからとか…何?俺ってそんな可哀想な顔してんの?
言えよ。気にしないから、もうズバッと言ってくれよ。
あれ、なんか前がかすんできた……。
「「「ぎゃああああああああああああ!!!!」」」
突然、食器の割れる音と何かが倒れる音が聞こえたかと思うと、何人もの男たちの物凄い悲鳴がした。
俺は視界を正常にするため、慌てて目をこする。
そして辺りを見渡し、えだちゃんが無事なことを発見する。
一先ず安心して、背後を振り返る。
倒れた椅子、食器や食べ物が散らばる床、白目をむいた男たちが乗せられたテーブル。
男体盛りの料理でも誰か注文したのかとボケたくなるほど食堂に似合わない凄惨な光景だった。
これよりひどい状況は見たことあるけど、間違っても心のオアシスである食堂でこんな光景は見たくなかった。
それにしても、こいつら一体誰にやられたんだ?
一瞬でこんな状況を作りあげるなんて並の人間じゃない。
「えだちゃん…これは一体…?」
「気にスンナ」
「うん!」
こうして俺はあっさりとこの出来事をなかったことにした。
まあ、えだちゃんに被害がなければどうでもいいや。