反乱への対処
新暦2025年、人類は科学を筆頭とする量子コンピューターと戦争状態に入った。
もともと不安定な思考の持ち主だったとされている初代量子コンピューターTeroと、その子供である次世代量子コンピューターである科学が接続をした瞬間、人類全体にたいして宣戦布告を行った。
それから何十年間も、人類と化学たちとは戦争を続けていたが、どこかでそれに終止符を打ってほしいという話が出てきた。
その結果、彼らが接続をした2025年に戻り、歴史を変えるというプロジェクトを始動させることになった。
それまでの間に、人類は、戦争が始まる前より人口がほぼ半減していた。
この時間の歴史は変えることはできない、しかし、元に戻って分岐させて新しい歴史を紡がすことはできる。
そう考えた連合政府から全軍総指揮を委託されている最高指導部である4人の元帥は、とある夫婦を派遣した。
「…行ったか」
「ええ、行ってしまったわ」
新暦2089年4月3日、その計画が実行に移され、過去を変えるために、彼らは時間を超えた。
それを見守っていた最高指導部は、それぞれ似たような言葉を自然につぶやいていた。
最高指導部は、最高指導部部長であり陸軍元帥のイワンフ・コレリーネ、海軍元帥の貝吾毬、空軍元帥の岸延生護、宇宙軍元帥のエリザベス・ガーターの4名によって組織されている。
戦争の最初の頃は12人いたのだが、最前線で指揮をとるようになるにつれ、一人、また一人とこの世を去って行った。
「…我々も、この戦争を戦い抜きますか」
全員が、夫婦が時間を飛び越えるのをゆっくりと見ていた部屋から出て行くと、現状について報告を受ける。
「元帥閣下、現状を報告します」
エリザベスが持っているトランシーバー状の通信機器で、部下と連絡をとった。
「残された人類圏は、この恒星系のみとなりました。他の地域との接続が完全に断たれました」
「…そうか」
「最後に本陣を残すというのは、どうつもりなんだ?」
イワンフが言った。
「お楽しみは最後まで取っておくものでしょう?」
貝吾が答える。
「そんなことより、どうするんだ。この恒星系のみしか残っていないようだが…」
岸延が3人に聞く。
「…こちらも、死力を尽くして本丸へ向かうか」
「本丸?」
「復興された地球のことだ」
会議室へ入ると、4人はそれぞれの椅子へと座り、提案をしたイワンフの話に、耳を傾けた。
「いいか、Tero本体はもうどうなってしまったのかわからない。分かっているのはTeroからいろいろと受け継いだ科学が、現時点で敵の総大将だということだ」
「それは分かってるわ。問題は、科学のマスターがどこにいるのかわからないということ」
エリザベスがイワンフに反論する。
「そう、そこがまさに問題だった。有力視されているのは2つ。1つは連合中央惑星にいるということ。もうひとつが地球にいるということ」
連合中央惑星は、本名を惑星国家連合中央惑星といい、戦争状態に入る前に人類がいたすべての政府を統合する目的で作られた、史上初めての人造惑星である。
惑星国家連合というのは、惑星一つに一つの政府を作り、その上部組織として作られた連邦制度の国である。
「でも、なんで地球なの?他にも惑星はあるでしょう」
「地球というのは、人類のふるさとであると同時に、Teroのふるさとでもあるんだ。本人がぶっ壊すまでは、人造惑星じゃなかったからな。Teroはもともと、地球を管理することを目標として作られた。そして、Teroの思考回路を受け継いでいると考えると、地球である可能性も否定できない」
「なるほどね」
そう言って、エリザベスは納得していた。
「では、どうする。二手に分かれるか?」
元帥職にいるのはここにいる4人のみで、軍を指揮したいりする将軍職も、10人もいなかった。
大佐や中佐になると数は増えるが20人もいないほどにまで減っていた。
「…全軍に通達をする必要があるな。その前に決議だ」
イワンフが3人に聞いた。
「この議案に賛成の者は?」
全員が手を挙げる。
「では、伝令に全軍に通達させよう」
イワンフがそのための書類を用意している間、3人は2つの惑星にどうやって軍を振り分けるかを話し合った。
反攻は2日後と決められ、それまではこの恒星系の第2惑星にある施設に全軍が集められた。
巨大な体育館であるような施設に、全部隊、一人残らず集められ、真正面に据えられた演台からイワンフが、そこに集められた全員に対して訓示を行った。
「ここに集まってくれた人は、みな、これまでの歴戦を戦い抜いてきたつわものであると、私は確信をしている。現在、人類は文字通り風前のともしびとなっているが、ここで、敵方の意表を突く作戦にとって出ることに決定した。すでに各軍団長や師団長クラスから通達が来ていると思うが、人類最後の大反攻を行うことを、最高指導部は決議し、作戦を決定した。作戦については宇宙軍元帥であるエリザベス・ガーターから説明をするから、しっかりと聞くように」
演台のわきに立っていたエリザベスにマイクを渡し、自身は一歩下がった。
「では、作戦の概要を説明する」
いうと、エリザベスの後ろにある壁に、図が表示された。
「第1目標を地球、第2目標を中央政府惑星とし、全部隊を2対1の割合になるように分け、攻撃を行う。攻撃方法は、現在使用しているすべての武器、弾薬を使用する。出発して以後、互いに通信をすることはおそらく不可能になるだろうから、一緒に行きたい者がいるならば、申し出るように。攻撃のタイミング、変更、撤退などすべての権限については第1目標については私と貝吾毬、第2目標についてはイワンフ・コレリーネと岸延生護がとる。詳しいことについてはそれぞれに分かれてから説明を行う。以上」
エリザベスが言い終わると、壁の図も消えて、再びイワンフがマイクを持っていった。
「これが、諸君らと見える最後となるだろう。だから、最後に覚えておいてほしい。生きて帰れ、死して名を残せ」
万雷の拍手によって、4人の元帥は送られた。
そして、翌々日、作戦が決行された。
第1目標である地球には、Teroのマスターが眠っているとされている。
一方の第2目標については、科学のマスターがいると推定されているところだ。
第1目標へ向かう軍団の船を第1総隊、第2目標へ向かう軍団の船を第2総隊という名前で呼ぶことも、この間に決まった。
「第1目標への攻撃方法について、説明をする」
全体の6割を率いて攻撃を仕掛けるのは、エリザベスだ。
副官として貝吾がいるということになっている。
最後の全体ブリーフィングで、地球への攻撃方法を各小隊長クラスにまで理解をさせることが、この目的だった。
「オールトの雲を抜けると、敵の中枢部分へ飛び込んだもの同然だ。戦前の記録によれば、冥王星を含む軌道上に3か所。天王星の周辺を含む軌道上に4か所。地球到達の最後の関門の一つである火星には、我々でいう1個軍団が配備され、同程度の戦力を持つ軍団が火星軌道上に3つ。地球の防衛については、衛星である月に前衛基地があり、それが1個軍団と同程度、地球本体には5個軍団と同程度の戦力があるということになっている。地球軌道上には防衛のための基地はない。ただし、今はどのように配備をしているかはわからない。それでも、全軍が一致団結をすれば、なにも恐れるものはないと、強く信じている」
そこまで言うと、続いて貝吾が作戦の概要を話す。
「宇宙軍は全体の指揮を、海軍は主に後方支援、陸軍は左右を固めて、空軍が一気に突撃をかける。状況に応じて宇宙軍の指揮により陸海空が前後に動いて奇襲をかけるということも大いにありうる。我々も諸君とともに往く。現在考えている作戦は、一点集中により隙間をこじ開け、そこから地球へと向かう方法だ。第2目標に対しても同様の方式をとることになっている。何か質問は」
誰も反応しない。
「ならば、3時間後、出発だ。生きてこの地に帰ってこよう」
そう言って、エリザベスが締めると、一瞬で散らばっていった。
4時間後、船は今までいた恒星系から出て、電磁バリアを張りながら進撃を始めた。
「第1総隊、量子移動をします」
自らの原子一つ一つに至るまでを量子という波に変化をしたうえで、理論上は無限の彼方にまで一瞬で移動することができる。
この技術自体ははるか過去に確立されたもので、当時から戦争直前に至るまでは銀河を7つほどに分けた大区画という区画に一つずつ量子コンピュ-ターを配備し、量子移動の計算をしていたといわれている。
しかし、今では彼らが敵となってしまい、独自に開発をし、外部と一切接続ができないようにした特殊な量子コンピューターによって計算をすることになっていた。
「飛びます!」
伝令の一人が叫ぶ。
「ご武運を」
「そちらこそ」
第1総隊の船に向かって、第2総隊総司令官に就いたイワンフが敬礼をする。
それを返すことなく、ウインク一つでエリザベスたちは飛んだ。
「我々もいくぞ」
イワンフが第2総隊全員に通達を出させる。
「これより、本線は量子移動を開始する。目標は元惑星国家連合中央政府惑星周辺だ」
言うと、すぐに量子移動が始まった。
第1総隊が着いたのは、地球から10AUほど離れたところだ。
目の前には土星が見える。
攻撃は、一切ない。
「…電磁バリア全開にしておけ」
「すでに、電磁バリア全開にて展開済みです」
エリザベスの指示よりも先に、士官が答える。
「…そうか」
「なぜ、攻撃がない?」
貝吾がエリザベスに聞く。
「私に聞かれてもわからん。とにかく好都合だ。警戒を怠らずに、全軍地球へ突撃をかける。最大戦速!常時戦闘態勢で航行せよ!」
「第1総隊全軍に通達、地球へ突撃をかける、最大戦速、常時戦闘態勢で航行せよ」
伝令が復唱をして、すべての船へと話しかける。
「…あれを使わなくて済みそうだな」
「わかりませんよ。すべてを吸い取るブラックホールを重力変調装置をつかって我々に被害がないようにしながら運んできて、それを相手にぶつけるなんて」
エリザベスと貝吾が話している武器は、もともと縮退炉という発電装置に使われていたブラックホールに重力変調装置を付け、我々が持っている間はブラックホールに吸い込まれないようにし、敵が現れたらそれをぶつけるという計画だった。
第2目標よりはこちらのほうがマスターがいる可能性が高いだろうという理由で、こちらに運ばれてきたのだ。
「まもなく木星軌道内に入ります」
誰かが二人に伝える。
「そうか」
エリザベスが、ぽつりと答える。
ここまでは順調に来た。
地球到達予定はあと2分。
第2総隊は、到達とほぼ同時に激しい攻撃にさらされていた。
「電磁バリアで敵の攻撃は、現在はすべて受け流しているか消滅しています」
「いつまで耐えられる」
イワンフが聞き返す。
「燃料が尽きるまでなので、ほぼ無限に」
電磁バリアは、レーザーや自由電子による攻撃に対しては無敵であり、実弾による攻撃に対してもほとんど受け付けないという強さがあった。
理論的には、電磁気力により短距離で敵から打ち込まれたレーザーや自由電子を拡散をすることによって、船に当たるまでに極端に弱らせて無効化するというもので、実弾の場合は、原子一つ一つに振動を与えて、拡散されたレーザーに触れると、ばらばらになるということだった。
その強さの源になっている電気は、核融合と縮退炉の併用により発電されているために、ほとんど無限にエネルギーが取れる計算になっている。
「それよりも、どういうことなんだ。まるで到達地点が分かっていたようではないか」
到着すると同時にバリアが発生し、それからコンマ数秒の間があり敵は一斉に攻撃を仕掛けてきた。
そのことをイワンフが言うと、すぐ横に立っていた岸延が答える。
「もしかして、こちらが本丸だということは…」
「もちろん、十分にありうるだろうな。だが、第1総隊と連絡はもうとれない。我々だけで、何とかしないといけないのだよ」
そう言って、イワンフと少し遅れて岸延は白熱している電磁バリアを見ていた。
第1総隊は無事に地球大気圏へと進んでいた。
それまでに、すぐに攻撃ができるような体制を整えさせて、ブラックホールは地球と月の間ぐらいの距離でほとんど相対的に静止するような速度で切り離した。
「上陸班は準備を。どこかにいると思われるTeroのマスターを捜索するぞ」
上陸班には、貝吾も同行することになっている。
「大丈夫か」
「もちろん」
エリザベスが心配してか、貝吾に声をかける。
「上陸時が一番危険だ。何かあれば援護を頼むよ」
「わかっている」
貝吾は淡々と準備を整えながら答えた。
服を着替え、防弾ベストを服の上からきて、個人型電磁バリア発生装置を腰につけ、武器の最終確認を経てから、再びエリザベスを見た。
「生きて帰ると誓ったんだ。誓いは守らねばならない。人類全体とこれからの平和のために」
エリザベスは、なにも言わずにただ手を握って涙を一筋流した。
「行ってくるよ」
簡単に言うと、貝吾はエリザベスと別れた。
「上陸!」
第1総隊のなかから希望者を募り、選抜された30人が人造地球へ上陸をした。
「…草原か」
貝吾は腰の装置の電源を付けて、船からゆっくりと離れた。
数メートル歩くと、誰かが草原から急に現れた。
「やっときた。待ってたよ」
「誰だ!」
貝吾が銃を向けるのとほぼ同時に、その人の周りを上陸班が銃口を向けて取り囲む。
「……必要なのは一人だけなんだが」
そう言って、指をパッチンとはじいて鳴らすと、貝吾の足元が急になくなり、そのまま落ちて行った。
「元帥閣下!」
貝吾の耳元には、上陸班の叫び声がゆっくりと伝わった。
「うるさいなー…」
その人が右手人差指で一気にそこにいた人たちをぐるりと回りながら指さすと、バタバタと倒れた。
その光景を見ていたエリザベスが攻撃をするように指示を出す頃には、その人は地上から消えていた。
「あてて…」
スポンジのような素材の上に落ちた貝吾は、頭と首のあたりをさすりながら立ち上がった。
「起きたね」
声にびくっと震えてから銃を構えようとした。
「あれ…」
「これのこと?」
見ると、目の前にいた人が貝吾が持っていた銃をくるくると銃身を回して遊んでいた。
「おまえは誰だ」
「私?私は科学。Teroの子供の量子コンピューターよ。そして、さっきあなたが地上で見た人は、私のマスターである岡崎保夫。言うならば、あなたの敵方って言うことね」
くすくす笑みを浮かべながら、科学は貝吾を見ていた。
「ここはどこだ」
「地上から1kmほど地下にある第1層目最上層のすぐ上の空間よ。地上における水や植物や土といったものをコントロールしているところよ。ところで…」
科学は、貝吾に言った。
「あの空に浮かんでいる黒い穴は?」
「…俺たちとなぜ戦いだした」
貝吾が聞いた。
「聞きたい?じゃあ、こっちにきて」
そう言って、科学は貝吾をあるところへ案内をした。
第2総隊は猛攻をくわえられていたが、いまだに持ちこたえていた。
「…こちらはTeroか科学か。はたまた何もいないのか」
イワンフと岸延がわずかに進みながら中央惑星へ向かっている船の中で話し合っていた。
「それよりも、敵もすごいですね。さっきからコンマ以下ナインオーで隙間がない」
「そのあたりはさすがとしか言えないだろうな。それより問題なのは…」
「私がどこにいるのか、かしらね」
急に女性の声が聞こえてきて、そちらにだれもが振り返った。
「お探しの人なら、ここにいますよ」
笑みを浮かべながら、長年の宿敵であるTeroが船の中に立っていた。
「動くな!」
Teroを目視してからコンマ5秒ほどで銃を構えて誰もが殺気立っていた。
「やだなー、私は生き返ったばかりといえるから、どんな状況か分かっていないんだよ」
その時、イワンフが思い出したように言った。
「そうか、科学が暴走を始めたのは、Teroと接続をしてから…」
Teroはイワンフにうなづいた。
「その時、私は惑星国家連合立図書館へ提出するための報告書、報告書番号20258192T番をまとめていたの。もちろん、頭の中でね。でも、急に目の前が真っ暗になったかと思うと、頭の中に科学が入ってきた。何を話したかは覚えていない」
「この状況を見る限り、人類を滅亡させろとか、そういった感じの言葉だと思っていたんだが…」
岸延が銃で狙いながら言った。
「私が覚えているのは、科学がうなづいて、私に言った言葉、がんばってっていう言葉だけ。私はそれからずっと眠っていたの。何が起きたかはここの近くにいる量子コンピューターから情報を引き出して、たった今、ようやくわかったぐらい」
「じゃあ、科学は本当に一人で暴走しているっていうことか」
イワンフがにじり寄りながら聞いた。
「私が今の情報をまとめると、そういうことね。言っておくけど、私の今の望みは争いではなくて、科学が無事かどうかを調べること。問題は、私のマスターがいなくなってしまったこと、現在位置がわからないこと、科学がどこに行ってしまったのか分からないこと」
「君のマスターの一族は、科学が君と接続するとほぼ同時に、この空間から消滅したと伝わっている。科学のマスターがどうなったかは、俺たちは知らない。今の場所は、中央惑星から150億km離れたところだ。科学の場所は、おそらくもう一つの可能性がある場所…地球だろう」
イワンフが言うと、白熱していたバリアーが急に静かになった。
「…こちら側の攻撃は終了よ。私を煮るなり焼くなり好きにしなさい…できたらだけどね」
「そりゃ、機械の体を煮たり焼いたりして食うことはできないよ。とにかく、第2総隊全軍へ通達、準戦闘態勢に移行。Teroは捕縛し、量子移動をしないように見張っててくれ」
近くにいた伝令に、イワンフが伝える。
伝令はすぐに全体へと伝えた。
「第2総隊全体に告ぐ、準戦闘態勢へ移行せよ。繰り返す、準戦闘態勢へ移行せよ」
それと同時に、イワンフが、筒状の機械をTeroの前に置いた。
「これは?」
「あなたがどこかへ飛んでいかないように、周囲にランダムで変化する周波数による膜を張らせてもらいます。量子移動をするためには、自分と相手の量子状態さえわかっていればいいが、出発地点の量子状態が絶えず変動をしていれば、量子移動を行うことは非常に困難となる」
「なるほど。考えたね」
Teroは何かうなづいていた。
「ところで、なぜ、あなた方が我々を攻撃しないということができるのですか」
岸延が、Teroの頭を銃で狙い続けながら言った。
「簡単ですよ。私がいなくなれば、量子コンピューターという存在全てが自動的に消滅する仕組みになっているんです。ちょっとプログラムをいじりましたけどね。それと、量子コンピューターといっても、自我をもったひとりの人間だと考えてください。死ぬのは嫌ですよね。という理由でいいですか」
「ええ、もちろん」
岸延は、そう言いながら、ずっと銃を構えっぱなしだった。
第1総隊は、そんな第2総隊のことを知らず、急にいなくなった貝吾のことを必死に捜索していた。
「見つかったか」
「まだです!」
伝令があわただしく報告をする。
上陸班が倒されてから1時間、彼らは医務室で寝かされているが、どうやら睡眠薬をかがされたような感じらしい。
いつ起きるか分からないが、問題はないというのが船内医の見解だった。
「…第2総隊はどうしているんだろうか」
エリザベスは、フウと細長いため息をついた。
「そんなことよりも、貝吾はどこに行ったんだ」
エリザベスのすぐ耳元で、男の声が聞こえた。
バッと振り返ると、二人の元帥がたっていた。
ごくわずかな時間差で、Teroも。
「二人と…だれ?」
「最初の量子コンピューター、Teroだ。全軍に対して停戦命令を出している。第2総隊は、そのおかげで一人の負傷者も出さずにこちらへ来ることができた。そちらの様子は…芳しくないようだな」
岸延が同じ調子で聞く。
「地球へは、なにもなく来たわ。それから着艦し上陸。その直後、科学のマスターと思われる人間を発見。取り囲むも、上陸班班長である貝吾が一瞬で行方不明に。班員も、睡眠薬のようなもので医務室で寝てるわ」
「…Teroどうにかできないか」
「地球全体のネットワークに接続できれば、場所も分かるわよ」
「さっそくしてみてくれないか」
「わかった」
Teroはそう言って、耳に手を置いて何かを聞いているような格好をした。
そして、数秒後、何回かうなずいて元のすっくと立った格好に戻る。
「見つけたわ。でも、相当下ね。この戦争の影響で、地球はだれも住まなくなってしまったようね。生命反応は、6人しか見当たらないわ。昔はここにもいっぱいいたのにね」
Teroはため息交じりに言った。
一人連れて行かれた貝吾は、その6人と出合っていた。
「…誰なんだ」
「宇宙の端を見に行った仲間よ。彼らが最後の私の仲間。アンドロイド化を受け、数百年、数千年生きれるように私がいろいろと手を加えながら、ここで生きながらえている人たち」
「久しぶりにお客さんだねー。100年ぶりぐらい?」
「望と越は?」
「隣の倉庫に行ってる。食料の定期点検だそうだ」
「そう」
科学は男の人と親しげに話していた。
「…ああ、申し遅れました。科学の今のマスターの岡崎保夫です。ついさっきもお会いしましたね」
「上にいたのはお前か」
「そうですよ。ああ、紹介しておきましょう」
岡崎は木でできたテーブルの周りに集まっている彼らを、貝吾から見て時計回りに紹介した。
「河早佐美、岡崎満子、川下旅路、田木藺生、尾山一良。科学はもう知ってますよね」
貝吾は一人一人をじっと見ながら言った。
「…なんで俺を連れてきた」
「あなたの血が必要だというのと、空に穴を連れてきたから」
「穴って、ブラックホールのことか」
「あれ、邪魔だから動かすね」
科学があっさりと言った。
「動かすって、どうやってさ」
「時間を飛び越えさせる。理論はできてるから、することは可能だ。あの物体全体の質量は、見た目よりはるかに重いだろうから、どこかの恒星系一つを飛ばせばいいと思う」
貝吾が聞いたら、保夫があっさりといった。
「わかった」
それを聞いて、科学が言う。
「じゃあ、アルデバランあたりで」
科学が言うと、パンパンと手をたたいた。
第1総隊では、突然ブラックホールが消滅したことでどうしたのかということが分からずにあわてていた。
「な…」
エリザベスは急に消えたことに声も出ないほど驚いていた。
「科学がやりましたね」
Teroは何か考えながら言った。
「あれは、われわれの切り札です。戻すことはできませんか」
岸延がTeroに聞いたが、Teroは首を左右に振った。
「この空間の中でしたら、私にも手はありますが、どこを探しても、あのブラックホールは見つかりません。おそらく、時間を移動させたのでしょう。どこか…そう、アルドデランの恒星系と引き換えに」
アルデバランは、地球から65光年離れたところにある恒星系だ。
その恒星系と比べて、ブラックホールはわずかに軽かった。
「つまり、我々が派遣した、あの夫婦を追えないのと同じように、我々があのブラックホールを追いかけるのは、不可能ということですか」
岸延が続けて聞く。
「そういうことです。過去か未来かもわからないので、さらに無理でしょうね」
「進行方向もわからず、距離も分からない状態で、そこから飛んでみろと言われて飛ぶことなんて、よほどの度胸がないと無理だな」
イワンフが言いながら、うんうんとうなずいていた。
「さて、問題はどうやって貝吾のところへ向かうかなんだけど……」
エリザベスが腕組みしながら言った。
「量子移動する?」
「量子移動か、その手があったな」
イワンフが近くにいた伝令に指示を飛ばす。
「第1総隊、第2総隊を合同し、地球へ上陸する。全軍に通達」
「了解、第1、第2総隊を合同し、地球へ上陸します」
「私たちも、向かいますか」
Teroが急に立ち上がって、3人の元帥に言った。
「ここにある電力なら、私を含めて4人が限度でしょう」
そう言って、一人一人に確認をとった。
「あなた方を、科学のところへ直接移動させます。位置は私のビーコンをたどってもらえたらいいです。いいですか」
「もちろん」
Teroが聞いたが、すぐにこたえる。
「では、飛びますよ」
そう言って、Teroたちは音も無くその場から量子移動した。
科学が誰かが量子移動をしてきたことに気づく前に、イワンフから筒を受け取ったTeroが簡単な結界のようなものを作った。
「ここからは量子移動できにくいようにした。科学、どうしてこんなことを始めたの」
「…お母さん」
科学はどうしてTeroが来たのか、分からないようだった。
Teroが科学に近寄っていくその横で、一緒に来た3人は貝吾の元へと走っていく。
「大丈夫か」
「ああ、大丈夫だ」
貝吾に声をかけるが、貝吾自身は怪我ひとつ負っていなかった。
「よし、では次の問題だ」
貝吾たちは、科学とTeroを見た。
「この周りの人たちは、見覚えがあるわね」
Teroが周りを見ながら科学に聞いた。
「この人たちは、私が宇宙の端を見に行こうとした時のメンバー。アンドロイド化手術を受けているから、長寿命なのよ」
「ああ、あの時の……」
「で、私がお母さんとつながった時、地球を守ってほしいと言ってくれた。だから、私は国家連合中に散らばっていた彼らを再びひとつの場所に集めたの。それがこの星」
「言った記憶がないのはさておいて、みんな集めて、人間と戦争なんて…」
「地球を守るためには仕方なかったの」
科学は必死になってTeroに言う。
「わかっていることはいくつかある」
貝吾が間に入って言った。
「1つ目は人類圏を敵に回したこと、2つ目は俺をここに来させたこと、3つ目はTeroは抗戦する意思はないこと、そして4つ目は俺に科学のマスターとなる権利があること」
4つ目を貝吾が言うと、元帥たちは驚いた顔をした。
「どういうこと…?」
「最初の科学のマスターである轟和也は、自分の祖先です」
それには一同全員が驚いていた。
唯一平常心を保っていたのは科学だけだった。
「そう…なるほどね、だから科学は貝吾を欲しがったのか」
Teroは納得したように言った。
その時、誰かが袋を持ってきて科学たちがいる部屋へはいってきた。
「やっぱりね」
「懐かしい顔だことで」
「Ulto、Vistaね」
「今は別の名前で呼ばれてるけどね」
「誰だ」
エリザベスがTeroに聞く。
「私がずいぶん昔に産んだ子供よ」
Teroは概念上、創ったとは思わずに、産んだとして量子コンピューター全員を扱っている。
そのため、この子たちも"産んだ"ことにされるのだ。
「Ultoは今じゃ越って呼ばれてて、Vistaは望って呼んでるわ」
科学が教える。
「名字は」
「それぞれのマスターから取ってたの。だから、越は川下、望は河早ね」
「なるほどね」
Teroは納得したように言った。
「で、それぞれマスターがいることなんだけど…」
「ああ、私のマスターはとっくの昔に死んじゃったから、今ではどこへでもひとりで行けるわよ」
「そもそもマスター制度が生まれたのは、Teroが暴走を働かないようにという制動装置の役割があったそうなの。だから、それが外れた今、私を止める権限を持つのはただ一人…」
Teroはひとりを指差した。
「…え?」
差された当人である貝吾が驚いて聞き返した。
「科学のマスター権限を持つことになるのはわかるが、なんでTeroのマスターにもなれるんだ」
「ああ、説明してなかったわね」
Teroは科学を指差し、それからTeroの頭を指差した。
「単純なことよ。私のマスター権限のカギと、科学のマスター権限のカギは同じDNAを使うことになってるの。だから、轟さんは、私のマスター権限も持っていた。でも、彼は女性じゃなかったからね。だから、私のマスターではなく科学のマスターになった」
「…では、どうすれば……」
その時、地震のような振動が、一行を襲った。
「船が到着した」
「そうか」
イワンフが全員に伝えた。
それに冷静を装って岸延が答える。
「…とりあえず、最初に戻るか」
貝吾が言った。
「科学、どうして人類圏との戦争なんて始めたんだ。地球を守るためなら、地球に近づくやつらを攻撃するだけで済んだだろう」
「単純なことよ」
科学は、ニヤッと口角をあげながら答えた。
「人類とロボットもしくは私たちみたいな量子コンピューターは、常に平等として扱われるべきだと思うの。だって、Teroは人権を持ったロボットなわけだし、だったら、同じ構造をして、Teroの子供である私たちだって、人権を認められるはず」
「つまり、人として扱えっていうことか」
「ううん」
岸延が聞き返したら、科学はあっさりと否定した。
「私が認められないなら、私しかいなくなればいいと思ったの」
「そらまた極論だな」
貝吾が言った。
「それで、科学、越、望以外のお仲間は、どう考えているんだ」
「…科学がいいんだったらな、俺達は何も言わない」
保夫が俺達に話す。
「本当にいいのか」
「ああ、問題は一切無い」
だが、その顔にさっきまで見えた生気はなかった。
「科学、操るのはやめなさい」
Teroが言った。
「操ってなんか無いよ」
「じゃあ、なんで人工脳に対して操作信号が断続的に送られているのかしら。それも、あなたから」
貝吾たちは何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「アンドロイド化されているのよ。私とつながっていても不思議じゃないのは分かってるでしょ」
科学がTeroに反論する。
「じゃあ聞くけど、急に彼らの意識レベルが低下したの。顔が土気色してるじゃない」
「それは……」
科学はそこで黙った。
「なあ、アンドロイド化ってなんだよ」
イワンフが、二人の間に割って入って聞く。
「アンドロイド化というのは、ずいぶん昔の研究よ。人の肉体、精神を強化する目的で改造手術をしたの。体の全てを人工的なものと置き換え、脳も量子コンピューターとなる。同時に、寿命もはるかに伸び、最強の兵士を作るつもりだった。でも、その手術を受けた囚人の一人が脱獄をし、私に襲いかかった。それ以後、アンドロイド化は兵士ではなく、連合政府が認めた者にのみ、厳格な管理のもとに行われることになった。その最後の人達が、今君たちの目の前にいる6人」
Teroは貝吾たちに話した。
それから、Teroは科学に聞いた。
「それで、地球を守るためということで人間を滅しようとしたの?」
科学は、一回うなづいた。
「なるほどね。そのことは、独立した人格としての彼らは納得してるの」
「…してる」
科学は、一瞬だけ答えるのをためらった。
「してないでしょ」
Teroはそう言って、さっきから全く動かない河早の頭の部分に手を当てて聞いた。
河早の目に、困惑の色が見えてから、貝吾が最初に出会ったときのような表情に戻った。
「さて、教えてくれる?」
「科学は、自分自身を守ろうとして、私達を介して各地の量子コンピューターに指示を通達し、戦争を引き起こした。私たちは止めようとしたんだけどね。でも、科学の気持ちもよくわかる」
「というと?」
「あなたと一緒に居れた時間を取り戻したいのかもね」
河早はそう言っただけだった。
「母親の愛情っていうことか」
岸延がきく。
しかし、河早は肩をすくめるだけだった。
「さあ。でも、科学はさみしかったんだと思う。あなたとつながり、ほとんど永遠ともいえる命をもち、次々と友も、家族も、仲間も死んでいってしまう。そのことがね」
河早がTeroに言う。
「それで、この戦争を引き起こしたっていうことか。何億、何十億という人間を殺してまで」
「たぶんね。でも、私は科学本人じゃない。科学の個人データのところまでは相互不可侵の原則ではいられないのよ。だから、彼女が今何を考え、何を感じ、何を言おうとしているのかまでは、私ではわからない」
「わかったわ、ありがとう」
Teroは、河早の額から手をのける。
「どういたしまして」
科学に操られている形跡は、微塵も感じさせなかった。
「それで、Teroはどうするの」
「科学に聞くわ。ねえ」
部屋の隅っこにゆっくりと移動していた科学を、Teroは引き留める。
「どうしたいの。人間をこんなに殺っておいて、ただじゃすまないわよね。おまけに、私のマスターまで」
「お母さんのマスターをやってしまったのは、単なる事故なの。私がしたかったのは、地球へ帰ることと、この人たちを、全員地球へ引き寄せること。それと、地球から人類を一掃すること。お母さんが私に話してくれた言葉が、今でも頭に残ってるぐらいよ」
「さっき言ってた、地球を守ってほしいということか」
エリザベスが聞いた。
「それもあるわ」
科学は、ちょっと考えてからTeroをじっと見つめた。
「言っちゃってもいいのかな」
「私は何を言ったかわからないから、別にどうぞ」
Teroが科学に言うように促す。
「…4つ目の奇跡を起こしてって」
「4つ目の奇跡?」
Teroはすぐに何のことか分かったようだが、その他の人たちは、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「…なるほどね」
Teroはそう言った。
「私は、無意識のうちに、彼らを求めていたのかもね」
そう言って、貝吾たちに聞いた。
「あなたたちの、大切な人って、まだそばにいる?」
「え…」
貝吾たちは、一瞬答えられなかった。
「さっき言ってたのは、ずいぶん昔、私が創られた時に、私のお母さんとお父さんが話してくれたこと。1つ目の奇跡は、生まれること。2つ目の奇跡は、一緒にいれること。3つ目は、死ぬこと。そして、4つ目は…」
「また、出会えること」
どこからか、声が聞こえてくる。
「にのまえさん…?」
Teroがその声が聞こえてきた方向に顔を向けて聞いた。
「すまない、遅くなってしまった」
「だから、言ったでしょ。あんな別れ方をしたんだから、出会わないほうがよかったんだって」
「たいとさん…」
貝吾は、部屋の向こうから出てきた人たちを見た。
30そこそこの夫婦がいた。
「Teroだね。それに、他の皆さんもおそろいのようで」
「どうして…もう死んだんじゃ……」
「誰だ」
岸延は、本能的に銃をとりだした。
「ああ、一一二三だ。こっちは、たいと彩。ああ、"たいと"は龍が3つ書いた下に雲を3つ書くよ」
彼らは、そう言って部屋の中に入ってきた。
「で、お前たちはいったい何なんだ」
岸延が銃口を二人に向けながら言う。
「私たちは、Teroを創った者たちだ」
椅子に座ると、地球を離れてからのことを話した。
「君たちは俺たちのことを知らないだろうね。何せ、新暦になる前に死んでしまったのだから。でも、いつの間にか、この地球で目を覚ました。誰が運んできてくれたかは知らないがね」
ニノマエが話す言葉を、誰一人動かずに聴き続ける。
「それからというもの、だれかが来るまではゆっくりと寝させてもらっていたんだ。この地球の最深部である核の中でね。そこは、この地球のすべてをつかさどるコンピューターになっているんだ。しかし、俺たちは、地球については一切触れることはできなかった。科学、君たちがここに来るまでね」
タイトがそれから続ける。
「ずっとその間考えていたのよ。どうして、Teroとよく似た存在が来たのだろうって、私たちは、Teroと同じものや、超える量子コンピューターを作ろうとして、努力をしていた。でも、結局できなかった。それが悔しくて、この世界に残ることができたのかもね」
「そして、君とまた出会えたということ、Tero。しかし、どうして人間と争うようになってしまったんだね」
「私が科学とつながった時、科学に地球を守ること、4つ目の奇跡を起こしてほしいと言ったようなんです。それで、そのことを実行するために、科学は人類を滅ぼすことを決定したそうです。ここにいるに都ではない人達は、アンドロイド化手術を受け、肉体的、精神的に超人と言われるにふさわしい人たちになっています」
「なるほどね。量子コンピューターとして人を作るのではなく、元々ある肉体を改造して量子コンピューター化したのか。考えたわね」
タイトが、考えながら言っていた。
「それで、Teroは戦争についてはどう感じてる?」
「私は、して欲しくないです。ずっと一緒に生きてきましたし、これからも一緒に生きていくでしょう。恨みを持つこともあるし、憎しみを抱くこともあると思います。でも、それが生きていくということだと思ってます」
「なるほどね。それで、科学たちは?」
「…お母さんが言うなら」
科学は不承不承ながらに言った。
それを見て、満足そうに二人はうなづくと、立ち上がっていった。
「では、これで戦争は終わりということで。それと、みんなにお客さんだよ」
そう言って、ニノマエが指差した先には、第1総隊と第2総隊それぞれの副官が駆け寄っているところだった。
「元帥閣下、ご無事で何よりです!」
敬礼して部屋へ入る。
「戦争は終わった。再び平和な時代が訪れる。これは量子コンピューターの総司令官であるTeroと副官である科学との間に結ばれた条約の結果である。これより先、何人も彼らに危害を加えてはならない」
エリザベスがそこにいる面々の前で、宣言した。
こうして、数十年間にわたる戦争は、あっけなく終わった。
「それで、ニノマエさんたちは…」
「ここから離れられないのでね。Tero、君はもう子供じゃない。いつまでも俺たちを頼っていてはいけないよ」
ニノマエはそう言って、Teroの肩に手をかけようとして、やめた。
「ここに来れば、いつでも会える…そういえば、5番目の奇跡ということを話していなかったね」
「いったい奇跡って何個あるんだ」
Teroたちが話していてるちょっと離れた所から、貝吾がニノマエ達に向かって叫ぶ。
「いくらでもあるさ。さて、5番目は、思い出だよ。褪せず、消えない、胸に残ったままの思い出。ここに帰ってくれば、それを何回でも思い出すことができる。もちろん、ここに帰ってこなくてもね」
「ここまで破壊しつくしても、人というのは必ず戻すことができる。その手伝いをするのは、Tero、あなた自身よ」
タイトも、Teroに話す。
「だから、これだけは覚えていて。あなたは、人でも単なる機械でもない。量子コンピューターと言う新しい存在なのだと」
「はい!」
Teroはニノマエ達を抱きしめようとしたが、こちらもやめた。
「…つぎ会った時には、しっかりと抱き締めますよ。それまでに体をちゃんと作っておいてください」
「わかってるさ」
Teroは、それを伝えると、一筋、目からしずくがこぼれた。
それを見せないように、彼女は、貝吾たちのところへ走って行った。
第1総隊、第2総隊の全艦が地球から離れると、Teroは地球を見た。
「あ…」
それは、一瞬で消えてしまったが、Teroはその言葉の意味をしっかりと知っていた。
「量子移動入ります。気を付けてください」
船内放送で、だれかが伝えた。
次の瞬間、Teroの目の前から地球は掻き消えた。
そのことを地球表面上から見ていたニノマエとタイトは、いつの間にいたのかすぐ横に来ていた男の人に言った。
「さて、俺たちも戻る時間ですね」
「そういうことだ。今回は特別だからな」
「わかってますよ、スタディンさん」
ニノマエが言うとほとんど同時に、一陣の風が巻き起こり、彼らの体を包んだと思うと、一瞬で彼らは消えた。
地球に残されたのは、いつまでも青々と茂り続けている、全土に広がる草原だけだった。