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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『わりこみ』ないしは『よこどり』
16/39

優しい嘘と欺瞞

主人公に限らず、人は嘘を吐きます。

いつだって、フィクションでもノンフィクションでもです。

翌日の朝、あくびをかみ殺して歩き出す。

今日も、美弦を送るために学校を早く出た。

美弦が俺の顔を覗き込む。

「なんか、疲れてない?まだ、寝ていたほうが……」

「言ったろ、大丈夫」

疲れていないわけでもない、昨日は色々あった。

けど、ここで遅れるわけには行かなかった。と言っても学校には遅刻しないだろうけど。

「でも」

「いいから、送らせてほしいな。自分の体のことはわかってる、無理はしてない」

それでも、美弦は不安そうにこちらを見ている。

これは当たりまえだ、無理をしない人間はいない。好きなことに関しては特にそうだろう。人間はこういう時、本気で自分にも他人にも嘘をつく。

美弦もそれは知っているから俺の言うことを、いや俺に限らず他人の言うことを鵜呑みにしたりはしない。

基本的に安っぽい嘘には騙されないし、間違っている所があればすぐには指摘せず、考えながらより効果的な言い回しに変えたりする。

これは、美弦の他の女子より大きく優れている所ではある。それは俺も認めている。

でも、それが朝からこう言った状況を作り出しているのだ。ずっと朝食を食べている間もこんな感じで、時々なにも言い返せないぐらいに的確なことを言う。

そうは言っても美弦は詰めが甘いので、今のところはなんとか言葉を濁すことで逃げ切れてはいる。が、そろそろ面倒だな。

まぁ仕方ないか。

俺は真剣な表情で美弦を見る。そして、口を開いた。

「美弦、俺が駅まで送るのは嫌なのか」

これは問題のすり替えだ、我ながらあまり好ましくはない。

美弦はあわてて首を横に振る。

「そんなことないよ、嬉しいくらい」

「俺もだ。だから、少しぐらい無理をさせて欲しい。その方が俺は元気になれるから」

俺がそう言うと、美弦はうつむいてしまった。

これで静かになったな。

俺の言葉は嘘ではない。

それに、俺の言葉をどう解釈したかは美弦の自由だ。

美弦は基本的には安っぽい嘘には騙されない、それはあくまで他人の嘘にはと言う意味だ。

「人は騙されたがっている、そしてまず自分自身に騙される」とは誰の言葉だったろうか。いや、今作ったんだけどね。

そのまま、沈黙したまま俺達は歩いていく。

もしかしたら俺は冷たい人間なのかもしれない。

ふと、俺はこういうのも悪くないと思ってしまった。

どういう意味で「悪くない」なのかはわからないが、なんとなくその発想が冷たいような気がした。

何に対して冷たいと思ったのかも、よくわからない。

そろそろ駅だ。

突然、美弦はこちらを見ずに「それじゃあ、行くね」とそう言った。

いつも別れる場所より、まだ距離があるのにそのまま彼女は走っていこうとする。

「待って」

俺は無意識のうちに声をかけていた。

美弦は立ち止まる。

そのまま、俺の口は「ごめん」と言いそうになったがその言葉を俺は飲み込む。

頭の中で俺は考え直し、ようやく口を開く。

「ありがとう」

美弦はゆっくり振り向く。

笑顔だった。

だけど、俺はその笑顔が無理やり浮かべているような気がして、その姿を自分など問題にならないくらいに痛々しいと、そう思った。

「どういたしまして」

そう言って、美弦は今度こそ駅に向かって走り出していく。

最近、俺は自分がよくわからない。


 *


駐車場に着いた俺は周囲を見渡す。

誰もいないようだ。

いつもは、この辺で待ってくれているはず。

そのまま歩いて行こうとした時、ふと後ろから呼び止められたような気がしていた。

すぐに振り向く。

駐車場の外、入り口の前に由枝先生がいた。

長い髪が揺れる。

「気付くのがいつもより遅いのね、私の勝ちかな」

俺はため息をつく。

「でも、声をかける前には気付きましたよ」

「でも、声をかけようとする前には気付かなかった。そうでしょう」

俺は沈黙する。

先生は俺の横を通り過ぎる。

紅いピアスが光った。

先生はゆっくりと静かに駐車場を進んでいく。

まるで、舞台の上で演技でもしているかのようだった

ふと立ち止まる。

髪を揺らして先生は俺に顔を向けた。

「どうしたの、コウ君。今日は乗らないの?」

俺ははっと気が付いて、顔を隠すようにして歩き出す。

先生の顔を見ることが、なぜか出来なかった。

車の鍵を開けた先生が乗り込んだのを確認して、俺も乗りこむ。

そして、シートベルトを締めた。

「なんだか、今日はピリピリしてるのね」

先生はエンジンをかけながら言う。

俺は首をかしげた。

「そうですか?」

なるべく、先生の方を見ないようにして話す。先生の顔を見れないのもあるが、出来るだけ顔を見られたくないと言う気持ちもあった。

「自分が疲れてるのは自覚したみたいね」

車がバックしていく。

「なにか出来ないことでもあったのか、言えないことでもあったのかはわからないけどね。なんだか、つらそう」

「……そんなことは」

あるのかもしれない。

出来ないことだらけだ、いつも。

「ちょっと限界でも来た?」

先生は軽く冗談めかすようにして聞いてきた。

横目で気づかれないようにして見てみると、先生は笑わずに前を見ている。

俺は軽く、ため息だと思われないようにゆっくりと息を吐き出した。

「限界なんてそうそう来るものじゃないですよ。いつものことです、定期的に疲れが出るのは」

車は駐車場を出た。

エンジン音だけが響く車内。

うちの車より車の振動が大きい気がする。

景色が流れていく。

流れていく人々、車、木々、道路。そして時間。

人生は流れていく、水のように……そう、指の間をするすると。

……嫌だな、そんなつかみ所のない人生

そうやってくだらない思考をして、自分の気持ちを落ち着けていく。

だんだんと景色の流れが止まっていく。

信号待ちだ。

ふと違和感を覚える、先生は俺の顔の怪我を指摘していない。

その瞬間、何となく居心地が悪くなった。

人の中には事情を聞かないことが優しさと思う人も居る、相手のことを思いやることだと思う人もいる。でも、それは状況や人によって大きく違うものだ。

『人間は人それぞれ』だとそう思っている人は、本当はその通りに行動していない。

なぜなら、それは『人それぞれ』と言う自分の考えを押しつけているに過ぎないから。『人それぞれ』『相手の問題』と言う名目で他人を無視しているに他ならないから。

俺はそういう時、ただ気持ち悪くなる。

ただ気持ち悪くて、吐き気がこみ上げてくる。

俺がそれを我慢して口を押さえていると、先生が俺に話しかけてきた。

「安心して、私はあなたに無関心じゃない。あなたは私にとって、とても大切な存在だから」

先生がなんでもないことの様に言う。

俺は驚いて先生の顔を見る。

「それを指摘しないのは、あなたがどうでもいいからじゃない。あなたがその怪我のことをどうでもいいと思っているから、だから言わなかったの」

先生が俺の方を見て笑った。

とても、綺麗な笑顔だった。

「だから、安心して」

いきなり身体が楽になる。

また、俺は先生の顔が見れなくなって、どうしようもなくなって両手で顔を隠してうつむく。

何かを言おうとするが言葉が出てこない。

俺がようやく言えた言葉は「どうして」の一言だけだった。

そんなの伝わるわけがない。

でも、先生は答えた。

「それはコウ君に自分で考えて欲しいな」

先生は一息ついて「だから」と続ける。

嬉しそうに先生は続ける。

「答えは、言わない」

目頭が、かあっと熱くなる。

でも、涙は出ない。

俺は泣かないから。

泣けないから。

「先生は」

「ん?」

今、きっと先生の髪は揺れただろう、と顔を隠しながら思った。先生は俺に向かって首を傾げたと思う、耳を傾ける為に。

言葉が出ない。

そのまま、沈黙する。

静かな車内、いつもの俺はこの静けさが良いと思うんだろう。

でも、このままじゃ駄目だ。

俺は思い切って言葉にする。

「先生は透明ですね」

また俺は息を吐き出した、それを隠す余裕はもうない。

やっぱり駄目だ、俺は。

「コウ君」

先生の声が聞こえる。

「ありがとう」

先生の声が初めて平等でないものに感じた。言葉の奥に秘められた不平等な優しさ、それが先生から伝わってきた。

でも、俺はなにも先生に返せない。

先生は今笑ったんだろうな、さっきよりも綺麗な笑顔で。

そう俺は思った。

顔を上げられないのが残念だった。

年上好きなのか年下好きなのか、節操なしなのか。

主人公を見ていると「貴様など刺されてしまえ」とよく思います。

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