~路地裏にて
夜もふけた頃、白衣を着た一人の男が路地裏に向かって歩き出す。
ゆっくりとした足取りで。
男性はふと空を見上げた。
曇っていて夜にしては明るめの空。雲が深く今日は月を見れそうにはない。
その時、路地裏の奧、大きめのゴミ箱の影から浮浪者のような男が出てきた。
暗くてよく見えないが、所々黒く汚れた服を着ていて顔がやつれているような雰囲気ではある。まるで病人だ。
白衣の男が、その浮浪者のような男に語りかける。
「どうだい、ミマタ。気分は」
そのやつれた男、ミマタは答えない。
「そろそろ新しい獲物を狩ってほしいな。もう餌が足りなくてね、君も腹ペコだろうし」
やはり、ミマタは答えない。
男はそれを見て、わざとらしく肩をすくめる。
そして右側の眉だけを下げて非左右対称な表情をした。
「答えないのは君の自由だよ、逆に言えばそれぐらいの自由しか君にはないんだからね。それぐらいは許すさ」
話しながら男はミマタに近づいていく。
「君が逆らうなんてありえないことだけど、君が『嫌だ』と言うのなら好きなようにしてもいい。でも、何かをしないことにもそれ相応の責任が伴う、行動するのと同じようにね」
白衣の男は「わかるだろ」となれなれしくミマタに語りかけた。
ミマタは何も反応しようとしない。
「君が従うことによる対価はもう支払い続けているよ、現在進行形でね。だから、これは対等な取引だ。こちらは研究材料とデータが手に入り、君は自分の命ともう一人の命を守ることが出来る」
ミマタはその言葉にとうとう口を開き、言葉を返そうとした。
が、身体が震えいうことを聞かなくなる。
結局、出てきた言葉はミマタが言おうとしたこととは全く別の話だった。
「邪魔をする人間がいる」
その言葉に男は頷く。
「ああ、わかっている。それは調査中だ」
男はミマタの肩をたたいて笑いかけた。
「すぐに見つかるさ、心当たりがないわけでもない」
その男の笑顔の中に眼は輝いてない。
ただ、底知れない暗さを秘めていた。