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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『わりこみ』ないしは『よこどり』
14/39

うちの母親と長女

鍵は掛かっていない。

俺は玄関のドアを開けた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

母の声が家の奥、恐らくはキッチンから聞こえてくる。

たいして大きな声で言ったつもりもないんだが、うちの母はしっかりとこちらの声が聞こえているらしい。

この間、あまりにも母が俺の言葉を聞き取とるのでそれを疑問に思い、何か理由があるのではないかと思って本人に聞いてみた。

そうしたら母親は笑ってこう言っていた。

「母親って言うのはね、自分の子どものことを何よりも大事に考えてるのよ。だから子どもの言葉を聞き取るとるために、常に気を張ってるんだから」

それを聞いて俺は感動した。

すごいな、母親って言うのは。どこもそうなのだろうか。

俺は鞄をその辺にほおり投げ、洗面所で手洗いとうがいを済まして朝のように顔を洗う。

そして、歯もみがく。

階段を誰かが降りてくる音。

この音は美弦だ。

もし、これが父親だったらもっと重たい音がするし、曜日、時間帯からしてもいつも通りならまだ帰ってこないはずだ。

降りてきた影を見て、やはり美弦だったと確認する。

美弦はどうやら、俺が帰ってきたのを知って一階に降りてきたらしい。そのまま歩いてきた美弦は俺の背後に立ち、俺を見て笑った。

「おかえり、いつもより早いね。なんかあったの?」

「まあね」

「どうせもうすぐ夕食なんだからさ、わざわざ歯を磨くなんてよしなよ。二度手間でしょ」

「いいんだよ、歯の健康のために磨いているわけじゃないんだから」

呆れたようにして肩で息を吐く美弦。

「じゃあ、なんのためにしてるのよ」

俺は美弦の言葉を無視して、口をゆすいだ。やや水が染みる。

美弦がムッとした様子で近づいてきた。文句でも言うのか、蹴っ飛ばすのかそのつもりだったんだろう。

しかし、その考えはすぐさま忘れ去られることになる。

なぜなら、俺の絆創膏とアザだらけの顔を見たからだ。

最初は痛みもたいしたことはなかったし、アザもそれほどなかった。

だが時間が経つにつれ少しずつ痛みが増し、あちこちにアザが浮き出てきた。それにだんだん腫れてきている気がする。

我ながらよほどひどいぶつけ方をしたのだろう。と感心してしまう。

美弦はそんな俺を見て大きな声で言った。

「どうしたの、その怪我!」

「んー、一言で言えばケンカだよ」

「コウが殴り合い?」

「いや、どちらかと言えば一方的に殴られただけ」

それを聞いて、顔を痛そうに歪める美弦。

目の前まで歩いてきて、俺の顔に手を伸ばした。

「すごく痛そう、大丈夫なの?」

心配そうな美弦の顔を見て、俺は笑いかけるようにして答える。

「別にそこまで痛くはないよ、大丈夫」

怪我自体は本当にたいしたことはない、だがさっさと冷やした方が良いと俺は判断して自主的に部活を早めに切り上げてきたのだった。

俺は美弦の横を通って、リビングに歩いていく。

それを見て美弦は俺の後を追った。

「本当に大丈夫なの?冷やしたりして横になった方が良いんじゃない?」

余計なお世話だ。

「本当に大丈夫だよ。冷やすつもりはあるけど、それより食事が先だね」

そのままリビングに入ると、もう夕食の用意は出来ていた。

美弦がキッチンでまだ料理をしている母に向かって、声をかける。

「お母さん、聞いてよ。コウったら学校でいじめられたんだって。ほら、あざだらけ」

いやいや、そんな記憶はないな。いじめなんて。

そうは思っても、口を挟むような空気ではない。

美弦の言葉を聞いた母は、スープの味見をしながら平然と返した。

「知ってる、学校から電話きたしね」

母は鍋を持ち上げて、こちらに向かってくる。

電話……って、どんな連絡が行ったんだか。

鍋をテーブル置いた母は、俺たちを見回した。

「ほら、なにしてるの。少し早めに夕食にするから席に着きなさい」

俺はいつも通り。美弦はしぶしぶ席に着く。

席に着いた美弦は、すぐに母に文句を言い始めた。

「お母さん、どうして私には言ってくれなかったの。私が帰ってきた頃には知ってたんでしょ」

「もちろんよ」

母は「いただきます」と手の平をそろえて言った、俺と美弦もそれにならう。

そして、母は自分の分のスープをうつわに注ぎながら冷静に言葉を続ける。

「でも私は、本人でいない前であまり人の話はしないことにしてるの。家に帰ったら家族全員で『彼氏できたんでしょ』って聞いてきたら嫌でしょう?」

美弦は顔をしかめる。

「それは確かに嫌だけど、それとは話が別なんじゃない?家族の身に起こったことぐらい知らせてくれたっていいでしょう」

「それが別かどうかを判断するのは、あなたじゃなくてコウ君。コウ君が嫌なら話すのはフェアじゃない」

「でも、コウは私に話してくれたよ」

「母さんは本人に直接確認をとるべきだと言ってるんです。私の言ってることがわからないあなたじゃないでしょう、いい加減に八つ当たりは止めなさい」

美弦は母の言葉に口をつぐんだ。

母の言い方はあくまで淡々としていて、声を荒げたり余計な感情を含ませることがない。

美弦も一般的な同年代の女子に比べれば、論理的で思慮深い部類に入るが母と比べれば文字通り子どもと大人ほども違う。

俺は食事に手を付け始めた。

しかし母の言う、『八つ当たり』とはどういうことだろう。

俺は眉間にしわを寄せる。

単に口の中の傷に食事が染みただけだが、美弦が不安そうな顔で俺の方を見た。

あまり顔に出さないほうが良さそうだな、余計な心配をかける気はない。


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