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いつもどこかズレタセカイ ~人喰い  作者: 裃 左右
『わりこみ』ないしは『よこどり』
12/39

形ばかりの美術部

――街の路地裏での独白


もう人は襲いたくない。

俺は誰も傷つけたくないんだ。

そう思って、耐えてきたがもう限界かもしれない。

このどうしようもない空腹には勝てないのだ。

殺したいわけじゃない、今でも人は殺したくないのだ。

だが、自分が生きるためには襲わなければならない。

本当はそんなことはしたくないのだ。

襲い掛かるときも喰らうときも自分は涙を流し、腕を止めようとし、咀嚼するのを何度も止めさせようと手で塞ごうとした。

だが、手はいうことを聞かずただ延々と俺の口にそれを運び続ける。

本当は食べてたくないのに。

そして、食事が終ってから自分自身におぞましさを感じ吐き気がこみ上げる。

最初の頃はそうして、吐くことで人間性を保っていた。

そして、吐き出した分をまた涙を流しながら喰らうのだ。

だが、今ではどうなのだろう。

いや、最初はそうだったのだ。だが段々と感覚が麻痺してきている。

今では、道行く人間を単なる肉の塊としてしか見れない。

親も、友人も、そして恋人もだ!

今では、自分が人間を襲わぬように路地裏から出ないようにしている。

あまり人が来ないここならば、誰かを襲う心配は少ない。

だが、もしここに誰かが入ってきたのならば。

そんなことは想像もしたくない。

ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

どうしたらいいのだ、俺は。

死のうとしても、体がいうことを利かなくなる。

もう自分に逃げ場はないのか。

ああ神よ、お願いだ。もしいるのなら俺を殺してくれ。

ああ頼む。もしいるのなら、誰もここに来させないでくれ。

出来るなら、誰か俺を助けてくれ。


第二話 『わりこみ』ないしは『よこどり』


放課後の美術部。

俺は絵を描いていた。

最近はこうして放課後を過ごしている。

部室には他に誰もいない。

今日は、部の活動日ではないからだ。もっとも活動が個人の自由と言う、本当の意味で自主的な部活であるため、活動日でも出ない部員は少なくない。

今日は部室に入るのにも一苦労だった。

活動日ではない日は、自分で部活顧問の教員を見つけて鍵をあけるように頼まなければならない。今日はその顧問がなかなか見つからなかったのだ。

顧問には、たいして実績がある部活でもないため(こんな状況では当たり前だが)新任の教員が部活の当てられてた。

まだ学校に不慣れらしい顧問は、いつも消化しきれない色々な仕事に追われている。

顧問を探し廊下を歩いていると、黒めのスーツを着た若い女性が女子生徒たちに囲まれて談笑しているのを見つけた。

それを見て、俺は反射的に怒鳴りつけようとして息を吸い込んだ、が結局は我慢した。

平静を装って近づく。

「先生」

俺はその若い女性を呼ぶ。

女性は俺の声が聞こえていないようだったが、談笑している女子生徒の一人が俺に気付いて顧問に知らせた。

「スバルくんが先生のコト、呼んでますよ」

その声を聞いてようやく女性が振り向く。

やや長めのパーマのかかった黒髪が揺れた。

「何かな、スバルくん。なにか先生に用?」

俺は頷く。

「美術部の鍵を開けて欲しくて」

しかし、女性からの返事はない。

なんだ?

なぜか、彼女は目を大きく見開いて停止していた。

「どうしたのスバルくん、その怪我!?」

大声で目の前で言われる。五月蝿い。

女子たちがその言葉に反応した。

「喧嘩したんだって。古田達と」

「えっ、一方的に殴られたっって聞いたよ」

「それを止めようとして、ウッツーがぶち切れたんだよね」

口々に好きなことを言い始める女子たち。かなり、五月蝿い。

ちなみにウッツーはウツロギのことだ、鬱病の鬱から来てるらしく、大半の女子はそう呼ぶ。てか、五月蠅い。

もちろんウツロギのアレは鬱病などと言ったものではない、そもそもアレは病気になると言うそういう人間らしさからは逸脱している存在だろう。それはともかく、五月蝿い。

女子達は俺を無視して話し続ける、その様子を見て俺は呆れた。しかも、五月蝿い。

まぁ、どこもこんな風に噂してるんだろうけどな。まあ、五月蝿い。

その後、自分で直接この女性に説明をしなければ、この無駄話が終らないと判断した俺は、多くの言葉を労して、本来は不要な説明を行い、貴重な時間が10分ほど過ぎた後ようやく事態が収拾した。

「と言うわけで、とりあえず美術室開けてもらえますか」

俺は疲れをこらえながらも、できるだけ平静を保って女性に言った。

結構、精神的に来る。

「うん、それじゃあ行こうか。……みんなまた明日ね」

女子生徒たちが「バイバイ、先生」と手を振って歩いていく。

それを確認した若い女性は美術室に向かって歩いていく。

俺はその女性に頷いて、後ろからついていくことにした。

既にわかりきっているだろうが、この察しの悪い女性が美術部顧問だ。部活の顧問はこの通り、教師になったばかりで俺たちと結構年が近い。

頼りなく役にも立たない。授業は生徒が教員の友達づらして騒ぐという、授業もまともに出来ない有様だが、他の生徒たちの評判は悪くない。

学校なんて、実力や努力で人を判断しない連中ばかりだからな。みんな、見た目や話し方で判断してるんだろう。その上で、見た目や話し方を注意されたら「人間中身だろ、外見で判断するんじゃねえよ」とうるさく騒ぐ。外見や話し方を直さないのは、実の所、それを中身より重視してる証拠だ。

結局、全員が外見を中身より重視してるってだけの話。

と言っても、この教員の中身がそれほど悪いわけでもない。ただ無能なだけである程度は善人と言える。世の中に害を為すのは、だいたい無能な善人の仕事だ。

「えらいねぇ、スバル君は。神城先生が言ってたけど、朝もやってるんだって?」

それは顧問のあんたが把握するべきことだろう。

と思いつつも、普通に返事をする。

「ええ、まあ」

先生は感心したかのように何度も頷いた。

「絵、描くの好きなんだねぇ」

別に好きだからしている、というわけではないのだけれど。そもそも俺は好きなことはあまりしない主義だ。

「……まあ、嫌いではないですけどね」

「元々好きなの?小さい頃から描いてるとか?」

だから、絵を描くのは好きじゃないって。

高校ここに入る少し前ですね、描き始めたのは。……だからかなりヘタなんですけど」

「それでも、1年生なのに偉いよね。他の皆は活動しててもマンガのイラストとか描くばかりでさ。ちゃんとした絵は一人もやってないよ」

それは部としてはどうなんだろう。

それ以前に、あくまで美術部であって漫画研究部とかイラスト同好会などではないはず。

「それに活動日でも2,3年生来てない人が多いって言うのに、ほとんどちゃんと来てるし」

いいのか、先輩を差し置いて1年生に部室をほとんど独占されてる部って。

まぁ、そんなことを気にする俺ではないんだが。

そういえば、部員に一人だけ毛色の違う奴がいたな。

「ちゃんと来ている人いるじゃないですか、たまに休みの日も来る人。一人だけ」

「2年生の金檻さんね、金檻さんは部員じゃないでしょ。なぜかいつも来てるけど」

部員じゃないのに来てる奴、そういう奴がいると噂には聞いたことがある。金檻がそうだったのか。

って言うか、奴は部員じゃなかったんかい。絶対に部員だと思ってたのだが。

……まあ、第一、俺は奴を人間を数えるときの勘定には入れたことないけどな。たまに美術室にいるどころか、大抵存在してるし。まあ、とにかくこの顧問は察しが悪い。

「人に聞いた話なんですが、あの人、部長会議に美術部部長として出席して、そのことに誰も違和感を覚えさせなかったって本当ですかね」

「さあ、先生来る前のことだから。私今年来たばかりだし」

と言うことは、去年の話になるんだろう。噂が事実ならばだが。

ん、待てよ。となるとその金檻はまだ1年の時にそんなマネしたのか。

「金檻さんもだいたい1年生の頃から絵を描いているらしいから、その辺はスバルくんと同じだね」

「一緒にしないで下さい」

そんな風に話しているうちに美術室の前に着いた。

顧問は少々時間がかかって、不器用な手つきで鍵を開ける。

「それじゃあ、ガンバってね」

「顧問の先生なのにもう行くんですか?」

というか、生徒一人に任せておいて良いのか。しかも、一年だぞ。

「それはそうなんだけど、少し忙しくて」

廊下で女子生徒と談笑するのに忙しい、か。

「そうですか、それじゃあ先生も頑張って下さい。生徒との交流とかも」

どうぞ、おしゃべりに励んでください。と言う皮肉のつもりなのだがこの顧問にはそれを察する能力はない。

「ええ、ありがとう」

顧問は笑顔で礼を言う。

(……今度こそ、怒鳴ってやろうか)

いや、落ち着け俺、賢者は他人の無能さを軽蔑の対象にしないんだぞ。

って、誰が賢者だ。そんなものになりたいと思ったことなど、一度もないわ!

いや、だから、落ち着け俺。

顧問は俺の心の内の葛藤に、当然気付くことなくその場を立ち去る。

くそ、一応は教師なんだから、少しは生徒の言葉の裏を読んだらどうだ。そんなんだと教え子の気持ちをないがしろにして生きるはめになるぞ。

そう思いつつ、俺もさっさと顧問に背を向け美術室に入っていった。

そんな面倒な過程を経て、今俺はこうして絵を描いている。

俺はため息をついた。

なんか、ストレスがたまる。

そうやって絵を描いていて30分程した頃のことだ。美術室の戸が開いた音を聞いた気がして、入り口に注目する。

まだ戸は開いていない。

だが、次の瞬間に勢いよく戸が開き、なんとなく身なりのいい女子と(他の女子と同じ制服を着ているはずなのにも関わらず、だ)が元気良く入ってきた。なんだか態度がでかい。

その女子が俺を指差して言う。

「ようやく見つけたわ、八賀谷くんでしょ」

その後ろに無言で立っている眼鏡をかけた感情に乏しそうな男子。

つまり、そいつらは橋本とウツロギだった。


――なんだ、いったい。

俺は突然の予期せぬ訪問者に困惑する。

とりあえず、事態を把握する為に橋本に尋ねることにした。

「俺に何か用かな」

俺の言葉に反応したのか、橋本は髪をかき上げる。

「いや、用って程でもないんだけど。コイツが八賀谷くんに迷惑をかけたらしいから」

「かけてない」

ウツロギが感情を込めずに言った。

それを聞いた橋本は、ウツロギをにらみつける。

「アンタは黙ってなさい」

沈黙するウツロギ。

橋本は何事もなかったかのように、再び話を続けた。

「だから、コイツに謝らせようと思って」

いや、別にウツロギに謝られても。

そもそも悪いのはあのライオンヘアだ。

「別に謝る必要はないよ、実を言うと助かったぐらいだし」

俺はなんと言ったらいいかわからなかったが、いつものように考えてもいないことを口にする。

まぁ、本当に実と言うものを言うんだったら、俺が仕留めたかった。と言う所だろうが、さすがそれはに口に出せない。

俺の言葉を聞いたウツロギが橋本に非難するかのように目を向ける。その視線を言葉にすれば「ほら、俺の言ったとおりだ」と言う感じになるだろう。

だが、橋本はそれを気にも留めない。

「いや、1対1の男同士の喧嘩に割り込むなんて男としてしちゃ駄目なことなんでしょ」

どっから出てきたんだ、その知識は。

俺は言葉を濁す。

「いや、そうとも限らないかも」

橋本は1対1の喧嘩と言ったが、それは結果的にそう見えるだけであってあのままやってたら多分もう一人が手を出してきただろう。幸いそれ以前に喧嘩は終ったが、本当は2対1だった。

そう冷静に考えれば、単純に考えて俺に勝ち目は薄かったことになる。

実際、本当に俺は助かったのかもしれない。

彼の余計な割り込みのお陰で。

なんというか、複雑な心境だな。

いや、きっと担任が入って来たろうからそんなにひどいことにはならなかっただろう。

そもそも、朝のホームルーム前にわざわざ喧嘩を仕掛けてくるだろうか。クラスメイトや担任に見られるのはあいつらにとってもあまり歓迎のできることではないはず。

と言うことは、最初から彼らに喧嘩をするつもりはなかったのかもしれない。俺の言葉で頭に血が上ったのか。考えてみれば、もう一人のほうの対応が遅かった気がする。

「ねえ、聞いてる?」

気が付くと目の前に橋本が腕を組んで立っていた。

どうやら、ずっと俺を呼んでいたらしい。

「ん、なに」

俺は今さらながらに返事をした。

橋本がこころなしか心配そうな声で俺に聞いた。

「だから、八賀谷くんはミノリのこと怒ってないのね」

みのり?

ああ、そういえばウツロギの名前は宇都木 ミノリだった気がする。

ミノリね……今さら下の名前でややこしいな、それ。今すぐ改名しろよ、ウツロギに。

そんな自分の思考に呆れつつ俺は肩をすくめた、様々な意味を込めて。

「怒ってないよ」

「そう、ならいいや」

ずいぶんあっさりと橋本が引き下がった。

なんだそれは。全く意味がわからない。

これはどういうことなんだ。

橋本は俺がウツロギを怒っているかもしれないと考えて、わざわざこいつを引っ張ってきて謝らせようとしたのか。

仮に俺がウツロギを怒っていたとして、ウツロギや橋本に何の影響が出るっていうんだ。

そもそも、こんなことをしてなんの意味がある。

突然、橋本が口を開く。

「そういえば、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「なにかな」

「アンタさ、昼休みどこにいたの。結構探したんだけど」

昼休みからか、そりゃご苦労なことだ。

「屋上で昼飯食べてたよ」

橋本は顔をしかめる。

「なに言ってんの、屋上は鍵掛かってるはずでしょう。不良の溜まり場になってるから、しばらく鍵をか掛けとくって先生言ってたけど」

その通り、最近はずっと鍵が掛かっている。それは昼休みも例外じゃない。

さらに言うなら、掛けておくように教員たちに訴えたのは俺達だった。正確には俺達を含んだ生徒達であり、より正確に言うのなら俺達によって訴えるように先導された生徒達だった。

「掛かってなかったのさ、たまたま閉め忘れたみたいでね。今はもう掛かっているだろうけど」

橋本は納得のいかない顔をしたが、追求はしてこなかった。

そのまま俺の描いていた絵を覗き込む。

「結構、絵とか上手いんだね」

その絵はまだ、鉛筆で下書きしただけのものだった。俺からすれば、子供の落書きと変わらないものに過ぎない。

そんなものを褒められても嬉しくはないし、世辞は嫌いな部類なので僅かに腹立たしさが勝る。が、表面上は平然として見せた。

「まだ上手いかどうかわからないよ、色を塗らないといけないから。結論はその後だね」

だいたい下書きの時点で見れるレベル以下だったら問題あるだろ、絵を描くということは文字通り、描ききるまでを言う。

まあ、もともと興味はたいしてなかったのだろう。

「ふうん」と納得したのかしてないのか、よくわからないような返事を橋本はした。

「で、なんで美術室誰もいないの」

「今日、部活休みだし」

「なら、なんでやってんの」

「するのは自由だから」

それを聞いて橋本はまた「ふうん」と返事をする。

なんなんだ、いったい。

橋本は大きな声でウツロギに話しかけた。

「ミノリ、アンタもなんか部活入ったらいいんじゃないの。ここ、部活するの自由らしいから丁度良いかもよ」

ウツロギはボーっと戸の近くに腕組をして立っている。橋本の言葉を聞いてるのか聞いていないのかは全くわからない。

「それじゃあ、そろそろ行くかな。なんか邪魔してゴメンね」

橋本はウツロギを連れて去っていく。

とたんに静かになる美術室。

……なにしに来たんだ、あいつら。


主人公は基本的に人間が嫌いなようです、人を見るときにまず欠点を見るタイプ……と分析されそうな人間。少なくとも、人格者とは思われないでしょう。


ただし、彼が何を考えていようが外から見ただけではわかりません。フツーは。

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