表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ビール物語~醸造家の異世界転生~  作者: 麦汁酵生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/103

第二十一話 古き褐色は職人の矜持、火床の上に残る意地の酒 ―アルトビール―

Vienna Lagerが村に落ち着きをもたらしてから、グランエッジの冬は少しだけ表情を変えた。


 雪は相変わらず深い。風も鋭い。朝に戸を開ければ、頬を刺す冷気が骨まで入り込んでくる。けれど村人たちの所作には、以前のような追い詰められた硬さが薄れていた。歩く時の重心、道具を置く位置、見張りの交代の声。どれもほんの少しだけ整っている。


 それは小さな変化だった。


 だが小さな変化ほど、暮らしの底を支える。


 村長が段取りをまとめる時も、鍛冶屋が道具の手入れをする時も、若者たちが薪割りの順番で無駄に揉めなくなったのも、たぶんあの銅色の酒の力が少しずつ沁み込んでいるからだろう。


 酒が村を変える。


 それはもう否定しようのない事実だった。


 ただ、変わるということは、同時に別のものを呼び込む。


 新しさに慣れれば、古いものは霞みやすくなる。


 便利なものが増えれば、手間のかかるものは「要るのか」と問われる。


 醸がその気配を感じたのは、酒蔵の裏で空樽を直していた時だった。


「最近はほんと、いろんな酒が増えたよな」


 若い衆の一人が、樽を運びながらそう言った。


「最初は回復のラガーだけでも大騒ぎだったのに」


「今じゃ、支える酒に守る酒に満たす酒に整える酒、だもんな」


「便利だよなあ」


「便利だ」


 そこまではよかった。


 だが、その後に続いた一言が、醸の手をわずかに止めた。


「こうなると、昔ながらの作り方とか、もうあんまり意味ないのかもな」


 悪気はない声音だった。


 ただの感想。冬の仕事の合間に出た、何気ない言葉。だが、その一言が妙に耳に残った。


 昔ながらの作り方。


 意味がない。


 醸は何も言わなかったが、樽の箍を締める手に少しだけ力が入った。


     


 その夜、酒蔵の中で火床の残り火を見ながら、醸は前世のことを思い出していた。


 ビールの世界は、いつだって新しさに満ちている。


 新しいホップ。新しい酵母。新しいスタイル。新しい設備。新しい売り方。新しい話題。変化は面白い。進歩は尊い。技術で救われることはたくさんある。


 だが、その一方で、古い製法や伝統的なスタイルはしばしば地味に見られる。


 わかりやすい派手さがないからだ。


 けれど本当は、そうした古い酒には、長い時間をくぐり抜けて残った理由がある。


 磨かれ、淘汰され、それでも残った技術には、流行りものにはない説得力がある。


「また、難しい顔してる」


 ミーナだった。小屋の戸を少し開けて顔を覗かせ、白い息をふわりとこぼしている。


「そんなに難しい顔か?」


「うん。新しい酒を思いついた時と、ちょっと違う」


「どう違う」


「今回は……怒ってるわけじゃないけど、譲りたくない顔」


「そんな顔まで見えるのか」


「最近わかるようになってきた」


 彼女は中へ入り、火床のそばにしゃがみ込んだ。続いてレティシアも入ってくる。どうやら二人で見回り帰りらしい。


「で、何があったの」


 レティシアが言う。


「若い衆が何か言ってた?」


「まあ、そんなところだ」


「図星ね」


 醸は少しだけ苦笑して、さっき聞いた言葉をそのまま話した。


 便利な酒が増えた。


 なら、昔ながらの作り方なんてもう意味がないんじゃないか。


 聞き終えたミーナは、「うーん」と唸り、レティシアは腕を組んだ。


「それ、別に悪く言ったわけじゃないのよね」


 レティシアが言う。


「わかってる」


「でも引っかかった」


「かなり」


「なんとなくわかる」


 ミーナが頷く。


「カモスって、“新しいのすごい!”って顔もするけど、“古いものには古いものの意味がある”って時、もっと真剣になる」


 醸は火床の赤い炭を見つめた。


「前の世界でもそうだったんだよ」


「うん」


「新しいものは面白い。でも、古いスタイルには“なぜ残ったか”がある。そこを飛ばして進歩だけ追うと、足元が空っぽになることがある」


「……それが気に入らなかったのね」


 レティシアが静かに言う。


「気に入らないっていうより、ちゃんと見せたいんだと思う」


「何を?」


「古い酒の強さを」


 火床の赤が、醸の目に映る。


「次は、Altbierにする」


 ミーナがきょとんとした。


「あると?」


「Altbier。Altbier」


「また知らない名前」


「ドイツの古いタイプの上面発酵ビールだ。アルトは“古い”って意味」


「古いって名前なの?」


「そう」


「なんかもう、私たちそのものだね」


「だろ?」


 レティシアは少しだけ興味深そうに眉を上げた。


「ラガーじゃないの?」


「今回は違う」


「珍しい」


「今までの流れから、あえて外す意味がある」


「どういう酒になるの」


「色は銅から褐色寄り。モルトの香ばしさがある。でも、ただ甘いだけじゃない。しっかり発酵して、苦みも効いて、引き締まってる」


「つまり?」


「古い顔してるのに、鈍くない酒」


「……なるほど」


 レティシアが少し笑う。


「たしかに、あなたが好きそう」


 醸も笑った。


「だろうな」


     


 Altbierを造る上で、今回一番重要だったのは“発酵の違い”だった。


 これまでグランエッジで主力になってきた酒は、ラガー酵母寄りの低温発酵を基軸にしている。沢水と石室を使い、冷たい環境を活かしながらじっくり整える。それがこの村での醸造の土台になっていた。


 だがAltbierは違う。


 より古い系譜を思わせる、やや高めの温度で働く発酵。もちろん現実そのままではない。この世界の神麦や酵母の働きは前世と完全には一致しない。だが、方向性としては明らかに“低温で静かに沈める酒”ではなく、“表で元気よく働き、最後はきちんと締める酒”だった。


「今回は石室じゃなくて、酒蔵の上の段を使うの?」


 ミーナが訊く。


「そうだ。冷やしすぎない方がいい」


「でも冬だよ?」


「だから火床の管理が重要になる」


「うわ、手間」


「手間だ」


 レティシアが薪束を置きながら言う。


「つまり今回は、寒さを利用するんじゃなくて、寒さと喧嘩しながら作るのね」


「喧嘩っていうか、折り合いだな」


「同じようなものよ」


「まあ近い」


 酒蔵の中二階に、簡易の発酵場所を設けた。下の火床の熱をやわらかく上へ回し、急激な温度変化を避ける。火が強すぎれば暴れる。弱すぎれば鈍る。その按配を取るために、醸は珍しく何度も自分で夜中に起きて温度を確かめた。


 その姿を見て、翌朝、レティシアが呆れ顔で言った。


「寝なさいよ」


「寝てる」


「嘘。目の下が少し暗い」


「少しだろ」


「職人ってみんなそうなの?」


「たぶん」


「その“たぶん”で押し切るのやめなさい」


「でも今回はほんとにそうなんだよ。こういう酒は、目を離すと別物になる」


「また別物」


「ビールの世界では重大なんだ」


「もうわかったわよ」


 麦芽の組み立ても、ラガーの時とは少し違う考え方が必要だった。


 土台には神麦のしっかりしたモルト感。そこに、軽いトースト、ほんの少しのナッツ、そして全体を締める苦み。Altbierは「古い酒」だが、決して緩い酒ではない。むしろ発酵のよさでキレを持たせ、飲み口を引き締めるのが肝になる。


「今回の匂い、なんか“まじめ”」


 ミーナが鍋の湯気を嗅いで言った。


「まじめ?」


「うん。Märzenはあったかいし、Rauchbierは面白いし、Dunkles Bockは深いし、Vienna Lagerはきれいだった。でもこれは……ちゃんとしてる」


「雑な感想なのに、妙に当たってるな」


「でしょ?」


「たしかに“ちゃんとしてる酒”にしたい」


「なんか先生みたい」


「先生?」


「古いけど怖い先生」


「褒めてる?」


「半分くらい」


 醸は苦笑しつつ、鍋の表面を覗き込んだ。


 たしかにそうかもしれない。


 Altbierには、甘やかしが似合わない。


 古い技術。古い名前。だが、その本質は意外なほど厳格だ。


 派手さでごまかさず、芯で立つ。


 それが今回は欲しかった。


     


 数日後、村に小さな騒ぎが起きた。


 麓へ使いに出ていた二人の若者が、途中で軽い口論になり、荷のまとめ方を巡って引き返してきたのだ。大事には至らなかったが、片方は「急ぎを優先すべきだった」と言い、もう片方は「壊れ物を雑に扱う方が悪い」と譲らない。


 どちらにも理がある。


 だが冬の村では、こういう小さな摩擦があとで尾を引く。


 広場でそれを聞いた村長が眉間を揉んでいるのを見て、醸は思った。


 ああ、今ほしいのは“気持ちを整える酒”だけじゃない。


 仕事に向き合う態度そのものを、もう一段引き締めるものだ。


 Vienna Lagerは品よく整える。だがAltbierは、もっと職人的に“筋を通させる”方向に働くかもしれない。


 完成を急ぐ理由が、またひとつ増えた。


     


 そして試飲の日。


 外は雪混じりの曇天だった。酒蔵の中には火床の熱がやわらかく回り、発酵を終えたAltbierの樽が静かに置かれている。


 醸は栓を抜き、木杯へ注いだ。


 液色は、Vienna Lagerより一段深い。赤銅色から濃い琥珀、光の角度によっては褐色にも見える。泡はやや生成りがかり、香りにはモルトの香ばしさと、引き締まった苦みの気配がある。


「……おお」


 醸は香りを取っただけで頷いた。


「これはいい」


 ミーナとレティシアも身を乗り出す。


「そんなに?」


「今回はかなり狙いに近い」


「じゃあ早く」


「待て待て、順番がある」


「こういう時だけ勿体つける」


「儀式みたいなもんだ」


 醸はひと口飲んだ。


 まず来るのは、しっかりしたモルト。パンの皮、軽いトースト、わずかな木の実。だがそこから先が面白い。後半にかけてきゅっと苦みが効き、全体を締め上げる。甘さに流れず、だらけない。最後は意外なほど乾いて終わる。


 古い酒なのに、古びていない。


 むしろ、背筋の通った厳しさがある。


「……いいな」


 醸は低く呟いた。


「古いのに、ちゃんと前を見る味がする」


 レティシアが杯を受け取って飲む。


「……これ、好き」


「珍しく早いな」


「わかりやすいもの。甘やかしてこない」


「お前、そういうの好きだよな」


「何よそれ」


「いや、レティシアっぽい」


「否定しにくいのが嫌ね」


 ミーナも続いて口にする。すると、彼女は少し目を見開いてから、姿勢を正した。


「なんだろう……ちゃんとしなきゃって思う」


「またその感想か」


「でも本当だもん! Vienna Lagerは“整う”だったけど、これは“手を抜くな”って感じ」


「おお、いいな」


「褒められた」


「核心だと思う」


 醸は杯の中を見下ろした。


 どうやら効能はかなり明確だ。


 Altbierは、身体を癒やすというより、仕事や技術に向き合う集中と粘りを引き出す。雑になりかけた意識を引き締め、手順を守らせ、投げ出したくなる場面で“最後までやる”という意地を支える。


 それは体力回復でも、魔力回復でもない。


 だが、村が生きるには決定的に必要な力だ。


「職人の酒だな」


 醸が言う。


「ほんとに?」


 ミーナが首を傾げる。


「うん。派手な奇跡じゃなくて、手順を守る、諦めない、雑にしない、そういう力を押し出してる」


「それ、地味だけどすごく大事」


 レティシアが真顔で言った。


「見張りの道具の手入れでも、綱の結びでも、雑になったら死ぬもの」


「だろ」


「今回は珍しく、最初から村全体に要る気がする」


 その言葉に、醸は静かに頷いた。


 そう。これは酒蔵だけの酒ではない。


 鍛冶屋にも、木工にも、見張りにも、保存食づくりにも、雪道の荷括りにも必要な酒だ。


 古い酒が持つ、仕事への誠実さ。


 それがこの世界で、神麦によって効能になったのだ。


     


 その日のうちに、Altbierは村の各所で試された。


 最初にわかりやすかったのは鍛冶屋だ。


 刃こぼれした鉈の修繕に取りかかっていた親父は、いつもなら途中で悪態をつきながら雑になる場面で、黙々と最後まで仕上げた。火を見て、叩く位置を定め、冷ます間まで焦らず待つ。


「……なんか今日は、手ぇ抜くのが気持ち悪い」


 そう言った時、周囲の若い弟子たちが吹き出した。


「普段からそうしてくださいよ」


「うるせえ、今日は余計にそうなんだ」


「効いてるってことですね」


「たぶんそうだろうな」


 次は保存食づくりの女衆だった。


 干し肉の紐の結び方、塩の振り分け、薬草束の並べ方。冬の手仕事は単調で、慣れた者ほど油断しやすい。だがAltbierを少し口にした後は、皆の手つきが妙に丁寧になった。会話はある。笑いもある。だが、手が止まらない。雑にならない。


「これ、変な酒だねえ」


 薬草師の老婆が感心したように言った。


「飲むと“ちゃんとしなきゃ”が面倒じゃなくなる」


「最高の褒め言葉だな」


 醸が言うと、老婆は肩をすくめた。


「褒めてるとも」


 そして何より効果が大きかったのは、例の荷運びの若者二人だった。


 醸は二人を酒蔵へ呼び、Altbierを少量ずつ飲ませた上で、もう一度荷の組み方を目の前で試させた。すると不思議なことに、先ほどまで互いに意地を張っていた二人が、自然に手順の確認を始めた。


「先に重いのを下だな」


「ああ。でも布を一枚噛ませた方が割れ物は守れる」


「ならその分、縛りを二段にするか」


「そうしよう」


 醸は腕を組んで見守った。


 喧嘩腰ではない。


 馴れ合いでもない。


 ただ、仕事として正しい形を探している。


 それでいいのだ、と彼は思った。


 人はいつも仲良しである必要はない。


 だが、仕事の前で筋を通せることは大事だ。


 Altbierは、そこを支える酒だった。


     


 その夜、村長、レティシア、ミーナ、それに鍛冶屋と狩人頭バルグまで交えて、小さな試飲の席が設けられた。


 火床の前に座り、皆がAltbierの杯を手にする。


「古い酒、という話だったな」


 村長が言う。


「はい」


 醸は頷く。


「でも、古いだけじゃありません。残った理由のある酒です」


「残った理由」


「時代が変わっても、便利なものが増えても、仕事に誠実であることは古びない。そういう酒です」


「ふむ……」


 鍛冶屋の親父が大きく頷いた。


「わかるぞ。これは“雑にやるのが恥ずかしくなる酒”だ」


「すごい言い方だな」


「でも合ってる」


 レティシアが言う。


「見張りの手順とか、縄の締め方とか、慣れてるからこそ雑になる部分があるもの。これはそこを締め直す」


「戦いの酒ではないが、戦いの前提を守る酒じゃな」


 バルグが低く言った。


「槍の穂先は、研いであって初めて使える」


「いいな、その言い方」


 醸は笑った。


「まさにそうだ」


 ミーナは杯を両手で包みながら、少し考え込んでいた。


「これって……“伝える酒”でもあるかも」


「伝える?」


「うん。上手い人の手つきとか、ちゃんとしたやり方とか、そういうのを“面倒くさい”じゃなくて、“覚えた方がいい”って思える」


「……それは、かなり大きいな」


 醸は静かに言った。


 古い技術は、教える側だけでは残らない。


 受け取る側に、その価値を感じる心がなければ継承は途切れる。


 Altbierがそこに効くなら、それは単なる集中力の酒ではなく、継承の酒でもある。


「決まりだな」


 村長が杯を持ち上げる。


「これは村の職人たちに回すべき酒じゃ。鍛冶、木工、保存食、縄細工、そしてもちろん酒蔵も」


「見張りも入れて」


 レティシアが口を挟む。


「手順を守るのは命に関わるから」


「うむ、見張りも入れよう」


「子どもには?」


 ミーナが訊く。


「酒だから飲ませない」


 醸が即答する。


「でも、大人がこれを飲んで教えるなら、その教え方も少し変わるかもしれないな」


 誰かが何かを丁寧に教える時、その場の空気そのものが変わることがある。急かさず、投げず、雑に切り捨てず、それでいて甘やかしもしない。Altbierには、そういう空気を作る力があるのかもしれなかった。


     


 数日後、酒蔵の前で醸は不思議な光景を見た。


 若い衆の一人が、いつもは適当に巻いていたロープを、年長の男に教わりながら何度も巻き直している。投げ出さない。顔をしかめながらも、きちんと手順をなぞっている。


「そこでひと巻き多い」


「こうですか」


「違う、締める前に重心を見る」


「……あ、ほんとだ」


「崩れただろ」


「うわ、わかった」


 そのやり取りは、決して派手ではない。


 けれど、醸には妙に嬉しかった。


 こういうものが村を作るのだと思った。


 剣を振るうことだけが強さではない。


 火の扱いを間違えないこと。


 荷を崩さないこと。


 保存食を腐らせないこと。


 縄の結びを覚えること。


 そうした地味な技術の積み重ねが、人を冬から守る。


 Altbierは、その地味さに誇りを与える酒だった。


 その夕方、レティシアが酒蔵へ顔を出した。


「いい顔してる」


「そうか?」


「うん。今回は特に」


「なんでだろうな」


「たぶん、自分の好きなものをちゃんと通せたから」


「……かもしれない」


 醸は樽の木肌に手を置いた。


 新しいものはいい。便利なものもいい。これから先、もっと奇妙で強力な酒だって造るだろう。


 だが、その根に古い技と古い美意識がなければ、どこかで中身が空洞になる。


 Altbierは、それを自分自身にも思い出させる一杯だった。


 古いとは、古びることではない。


 残るだけの芯があるということだ。


「ねえ、カモス」


「ん?」


「この酒、なんて呼ぶ?」


 ミーナが後ろから顔を出して言う。


「また通称か」


「必要でしょ」


「そうだな……」


 醸は少し考えてから答えた。


「“意地の褐色”かな」


「おお」


 ミーナの目が輝く。


「いい!」


「わかりやすい」


 レティシアも頷いた。


「しかも、あなたっぽい」


「どういう意味だ」


「頑固ってこと」


「褒めてないだろ」


「半分は褒めてる」


「最近それ多いな」


 三人の笑い声が、酒蔵の梁へやわらかく響いた。


 外では雪が降り続いている。冬はまだ終わらない。山道は閉ざされたまま、村は今も季節と向き合っている。


 けれどグランエッジは、ただ酒で助かる村ではなくなっていた。


 技を守る村。


 手順を伝える村。


 古いものの価値を、ただ懐かしむのではなく、今の力として使う村。


 その中心に、Altbierが加わった。


 火床の上に残る熱のように、目には見えにくいが確かにある意地。


 大麦 醸は、その褐色の酒をひと口飲み、ゆっくり息を吐く。


 苦みは穏やかに舌を締め、モルトの香ばしさがあとを支える。


 派手ではない。


 だが、この酒には確かに背骨がある。


 そしてその背骨は、村の暮らしにそのまま通じていた。


 古い技は、まだ死んでいない。


 古い酒は、まだ人を立たせる。


 そんな当たり前のことを、改めて証明するように、火床の赤が静かに揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ