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異世界ビール物語~醸造家の異世界転生~  作者: 麦汁酵生


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21/26

第二十一話 古き褐色は職人の矜持、火床の上に残る意地の酒 ―アルトビール―

ウィンナー・ラガーが村に落ち着きをもたらしてから、グランエッジの冬は少しだけ表情を変えた。

 雪は相変わらず深い。風も鋭い。朝に戸を開ければ、頬を刺す冷気が骨まで入り込んでくる。けれど村人たちの所作には、以前のような追い詰められた硬さが薄れていた。歩く時の重心、道具を置く位置、見張りの交代の声。どれもほんの少しだけ整っている。

 それは小さな変化だった。

 だが小さな変化ほど、暮らしの底を支える。

 村長が段取りをまとめる時も、鍛冶屋が道具の手入れをする時も、若者たちが薪割りの順番で無駄に揉めなくなったのも、たぶんあの銅色の酒の力が少しずつ沁み込んでいるからだろう。

 酒が村を変える。

 それはもう否定しようのない事実だった。

 ただ、変わるということは、同時に別のものを呼び込む。

 新しさに慣れれば、古いものは霞みやすくなる。

 便利なものが増えれば、手間のかかるものは「要るのか」と問われる。

 醸がその気配を感じたのは、酒蔵の裏で空樽を直していた時だった。

「最近はほんと、いろんな酒が増えたよな」

 若い衆の一人が、樽を運びながらそう言った。

「最初は回復のラガーだけでも大騒ぎだったのに」

「今じゃ、支える酒に守る酒に満たす酒に整える酒、だもんな」

「便利だよなあ」

「便利だ」

 そこまではよかった。

 だが、その後に続いた一言が、醸の手をわずかに止めた。

「こうなると、昔ながらの作り方とか、もうあんまり意味ないのかもな」

 悪気はない声音だった。

 ただの感想。冬の仕事の合間に出た、何気ない言葉。だが、その一言が妙に耳に残った。

 昔ながらの作り方。

 意味がない。

 醸は何も言わなかったが、樽の箍を締める手に少しだけ力が入った。

      

 その夜、酒蔵の中で火床の残り火を見ながら、醸は前世のことを思い出していた。

 ビールの世界は、いつだって新しさに満ちている。

 新しいホップ。新しい酵母。新しいスタイル。新しい設備。新しい売り方。新しい話題。変化は面白い。進歩は尊い。技術で救われることはたくさんある。

 だが、その一方で、古い製法や伝統的なスタイルはしばしば地味に見られる。

 わかりやすい派手さがないからだ。

 けれど本当は、そうした古い酒には、長い時間をくぐり抜けて残った理由がある。

 磨かれ、淘汰され、それでも残った技術には、流行りものにはない説得力がある。

「また、難しい顔してる」

 ミーナだった。小屋の戸を少し開けて顔を覗かせ、白い息をふわりとこぼしている。

「そんなに難しい顔か?」

「うん。新しい酒を思いついた時と、ちょっと違う」

「どう違う」

「今回は……怒ってるわけじゃないけど、譲りたくない顔」

「そんな顔まで見えるのか」

「最近わかるようになってきた」

 彼女は中へ入り、火床のそばにしゃがみ込んだ。続いてレティシアも入ってくる。どうやら二人で見回り帰りらしい。

「で、何があったの」

 レティシアが言う。

「若い衆が何か言ってた?」

「まあ、そんなところだ」

「図星ね」

 醸は少しだけ苦笑して、さっき聞いた言葉をそのまま話した。

 便利な酒が増えた。

 なら、昔ながらの作り方なんてもう意味がないんじゃないか。

 聞き終えたミーナは、「うーん」と唸り、レティシアは腕を組んだ。

「それ、別に悪く言ったわけじゃないのよね」

 レティシアが言う。

「わかってる」

「でも引っかかった」

「かなり」

「なんとなくわかる」

 ミーナが頷く。

「カモスって、“新しいのすごい!”って顔もするけど、“古いものには古いものの意味がある”って時、もっと真剣になる」

 醸は火床の赤い炭を見つめた。

「前の世界でもそうだったんだよ」

「うん」

「新しいものは面白い。でも、古いスタイルには“なぜ残ったか”がある。そこを飛ばして進歩だけ追うと、足元が空っぽになることがある」

「……それが気に入らなかったのね」

 レティシアが静かに言う。

「気に入らないっていうより、ちゃんと見せたいんだと思う」

「何を?」

「古い酒の強さを」

 火床の赤が、醸の目に映る。

「次は、アルトビールにする」

 ミーナがきょとんとした。

「あると?」

「Altbier。アルトビール」

「また知らない名前」

「ドイツの古いタイプの上面発酵ビールだ。アルトは“古い”って意味」

「古いって名前なの?」

「そう」

「なんかもう、今回の話そのものだね」

「だろ?」

 レティシアは少しだけ興味深そうに眉を上げた。

「ラガーじゃないの?」

「今回は違う」

「珍しい」

「今までの流れから、あえて外す意味がある」

「どういう酒になるの」

「色は銅から褐色寄り。モルトの香ばしさがある。でも、ただ甘いだけじゃない。しっかり発酵して、苦みも効いて、引き締まってる」

「つまり?」

「古い顔してるのに、鈍くない酒」

「……なるほど」

 レティシアが少し笑う。

「たしかに、あなたが好きそう」

 醸も笑った。

「だろうな」

      

 アルトビールを造る上で、今回一番重要だったのは“発酵の違い”だった。

 これまでグランエッジで主力になってきた酒は、ラガー酵母寄りの低温発酵を基軸にしている。沢水と石室を使い、冷たい環境を活かしながらじっくり整える。それがこの村での醸造の土台になっていた。

 だがアルトビールは違う。

 より古い系譜を思わせる、やや高めの温度で働く発酵。もちろん現実そのままではない。この世界の神麦や酵母の働きは前世と完全には一致しない。だが、方向性としては明らかに“低温で静かに沈める酒”ではなく、“表で元気よく働き、最後はきちんと締める酒”だった。

「今回は石室じゃなくて、酒蔵の上の段を使うの?」

 ミーナが訊く。

「そうだ。冷やしすぎない方がいい」

「でも冬だよ?」

「だから火床の管理が重要になる」

「うわ、手間」

「手間だ」

 レティシアが薪束を置きながら言う。

「つまり今回は、寒さを利用するんじゃなくて、寒さと喧嘩しながら作るのね」

「喧嘩っていうか、折り合いだな」

「同じようなものよ」

「まあ近い」

 酒蔵の中二階に、簡易の発酵場所を設けた。下の火床の熱をやわらかく上へ回し、急激な温度変化を避ける。火が強すぎれば暴れる。弱すぎれば鈍る。その按配を取るために、醸は珍しく何度も自分で夜中に起きて温度を確かめた。

 その姿を見て、翌朝、レティシアが呆れ顔で言った。

「寝なさいよ」

「寝てる」

「嘘。目の下が少し暗い」

「少しだろ」

「職人ってみんなそうなの?」

「たぶん」

「その“たぶん”で押し切るのやめなさい」

「でも今回はほんとにそうなんだよ。こういう酒は、目を離すと別物になる」

「また別物」

「ビールの世界では重大なんだ」

「もうわかったわよ」

 麦芽の組み立ても、ラガーの時とは少し違う考え方が必要だった。

 土台には神麦のしっかりしたモルト感。そこに、軽いトースト、ほんの少しのナッツ、そして全体を締める苦み。アルトビールは「古い酒」だが、決して緩い酒ではない。むしろ発酵のよさでキレを持たせ、飲み口を引き締めるのが肝になる。

「今回の匂い、なんか“まじめ”」

 ミーナが鍋の湯気を嗅いで言った。

「まじめ?」

「うん。メルツェンはあったかいし、ラオホビアは面白いし、ドゥンクレス・ボックは深いし、ウィンナー・ラガーはきれいだった。でもこれは……ちゃんとしてる」

「雑な感想なのに、妙に当たってるな」

「でしょ?」

「たしかに“ちゃんとしてる酒”にしたい」

「なんか先生みたい」

「先生?」

「古いけど怖い先生」

「褒めてる?」

「半分くらい」

 醸は苦笑しつつ、鍋の表面を覗き込んだ。

 たしかにそうかもしれない。

 アルトビールには、甘やかしが似合わない。

 古い技術。古い名前。だが、その本質は意外なほど厳格だ。

 派手さでごまかさず、芯で立つ。

 それが今回は欲しかった。

      

 数日後、村に小さな騒ぎが起きた。

 麓へ使いに出ていた二人の若者が、途中で軽い口論になり、荷のまとめ方を巡って引き返してきたのだ。大事には至らなかったが、片方は「急ぎを優先すべきだった」と言い、もう片方は「壊れ物を雑に扱う方が悪い」と譲らない。

 どちらにも理がある。

 だが冬の村では、こういう小さな摩擦があとで尾を引く。

 広場でそれを聞いた村長が眉間を揉んでいるのを見て、醸は思った。

 ああ、今ほしいのは“気持ちを整える酒”だけじゃない。

 仕事に向き合う態度そのものを、もう一段引き締めるものだ。

 ウィンナー・ラガーは品よく整える。だがアルトビールは、もっと職人的に“筋を通させる”方向に働くかもしれない。

 完成を急ぐ理由が、またひとつ増えた。

      

 そして試飲の日。

 外は雪混じりの曇天だった。酒蔵の中には火床の熱がやわらかく回り、発酵を終えたアルトビールの樽が静かに置かれている。

 醸は栓を抜き、木杯へ注いだ。

 液色は、ウィンナー・ラガーより一段深い。赤銅色から濃い琥珀、光の角度によっては褐色にも見える。泡はやや生成りがかり、香りにはモルトの香ばしさと、引き締まった苦みの気配がある。

「……おお」

 醸は香りを取っただけで頷いた。

「これはいい」

 ミーナとレティシアも身を乗り出す。

「そんなに?」

「今回はかなり狙いに近い」

「じゃあ早く」

「待て待て、順番がある」

「こういう時だけ勿体つける」

「儀式みたいなもんだ」

 醸はひと口飲んだ。

 まず来るのは、しっかりしたモルト。パンの皮、軽いトースト、わずかな木の実。だがそこから先が面白い。後半にかけてきゅっと苦みが効き、全体を締め上げる。甘さに流れず、だらけない。最後は意外なほど乾いて終わる。

 古い酒なのに、古びていない。

 むしろ、背筋の通った厳しさがある。

「……いいな」

 醸は低く呟いた。

「古いのに、ちゃんと前を見る味がする」

 レティシアが杯を受け取って飲む。

「……これ、好き」

「珍しく早いな」

「わかりやすいもの。甘やかしてこない」

「お前、そういうの好きだよな」

「何よそれ」

「いや、レティシアっぽい」

「否定しにくいのが嫌ね」

 ミーナも続いて口にする。すると、彼女は少し目を見開いてから、姿勢を正した。

「なんだろう……ちゃんとしなきゃって思う」

「またその感想か」

「でも本当だもん! ウィンナー・ラガーは“整う”だったけど、これは“手を抜くな”って感じ」

「おお、いいな」

「褒められた」

「核心だと思う」

 醸は杯の中を見下ろした。

 どうやら効能はかなり明確だ。

 アルトビールは、身体を癒やすというより、仕事や技術に向き合う集中と粘りを引き出す。雑になりかけた意識を引き締め、手順を守らせ、投げ出したくなる場面で“最後までやる”という意地を支える。

 それは体力回復でも、魔力回復でもない。

 だが、村が生きるには決定的に必要な力だ。

「職人の酒だな」

 醸が言う。

「ほんとに?」

 ミーナが首を傾げる。

「うん。派手な奇跡じゃなくて、手順を守る、諦めない、雑にしない、そういう力を押し出してる」

「それ、地味だけどすごく大事」

 レティシアが真顔で言った。

「見張りの道具の手入れでも、綱の結びでも、雑になったら死ぬもの」

「だろ」

「今回は珍しく、最初から村全体に要る気がする」

 その言葉に、醸は静かに頷いた。

 そう。これは酒蔵だけの酒ではない。

 鍛冶屋にも、木工にも、見張りにも、保存食づくりにも、雪道の荷括りにも必要な酒だ。

 古い酒が持つ、仕事への誠実さ。

 それがこの世界で、神麦によって効能になったのだ。

      

 その日のうちに、アルトビールは村の各所で試された。

 最初にわかりやすかったのは鍛冶屋だ。

 刃こぼれした鉈の修繕に取りかかっていた親父は、いつもなら途中で悪態をつきながら雑になる場面で、黙々と最後まで仕上げた。火を見て、叩く位置を定め、冷ます間まで焦らず待つ。

「……なんか今日は、手ぇ抜くのが気持ち悪い」

 そう言った時、周囲の若い弟子たちが吹き出した。

「普段からそうしてくださいよ」

「うるせえ、今日は余計にそうなんだ」

「効いてるってことですね」

「たぶんそうだろうな」

 次は保存食づくりの女衆だった。

 干し肉の紐の結び方、塩の振り分け、薬草束の並べ方。冬の手仕事は単調で、慣れた者ほど油断しやすい。だがアルトビールを少し口にした後は、皆の手つきが妙に丁寧になった。会話はある。笑いもある。だが、手が止まらない。雑にならない。

「これ、変な酒だねえ」

 薬草師の老婆が感心したように言った。

「飲むと“ちゃんとしなきゃ”が面倒じゃなくなる」

「最高の褒め言葉だな」

 醸が言うと、老婆は肩をすくめた。

「褒めてるとも」

 そして何より効果が大きかったのは、例の荷運びの若者二人だった。

 醸は二人を酒蔵へ呼び、アルトビールを少量ずつ飲ませた上で、もう一度荷の組み方を目の前で試させた。すると不思議なことに、先ほどまで互いに意地を張っていた二人が、自然に手順の確認を始めた。

「先に重いのを下だな」

「ああ。でも布を一枚噛ませた方が割れ物は守れる」

「ならその分、縛りを二段にするか」

「そうしよう」

 醸は腕を組んで見守った。

 喧嘩腰ではない。

 馴れ合いでもない。

 ただ、仕事として正しい形を探している。

 それでいいのだ、と彼は思った。

 人はいつも仲良しである必要はない。

 だが、仕事の前で筋を通せることは大事だ。

 アルトビールは、そこを支える酒だった。

      

 その夜、村長、レティシア、ミーナ、それに鍛冶屋と狩人頭バルグまで交えて、小さな試飲の席が設けられた。

 火床の前に座り、皆がアルトビールの杯を手にする。

「古い酒、という話だったな」

 村長が言う。

「はい」

 醸は頷く。

「でも、古いだけじゃありません。残った理由のある酒です」

「残った理由」

「時代が変わっても、便利なものが増えても、仕事に誠実であることは古びない。そういう酒です」

「ふむ……」

 鍛冶屋の親父が大きく頷いた。

「わかるぞ。これは“雑にやるのが恥ずかしくなる酒”だ」

「すごい言い方だな」

「でも合ってる」

 レティシアが言う。

「見張りの手順とか、縄の締め方とか、慣れてるからこそ雑になる部分があるもの。これはそこを締め直す」

「戦いの酒ではないが、戦いの前提を守る酒じゃな」

 バルグが低く言った。

「槍の穂先は、研いであって初めて使える」

「いいな、その言い方」

 醸は笑った。

「まさにそうだ」

 ミーナは杯を両手で包みながら、少し考え込んでいた。

「これって……“伝える酒”でもあるかも」

「伝える?」

「うん。上手い人の手つきとか、ちゃんとしたやり方とか、そういうのを“面倒くさい”じゃなくて、“覚えた方がいい”って思える」

「……それは、かなり大きいな」

 醸は静かに言った。

 古い技術は、教える側だけでは残らない。

 受け取る側に、その価値を感じる心がなければ継承は途切れる。

 アルトビールがそこに効くなら、それは単なる集中力の酒ではなく、継承の酒でもある。

「決まりだな」

 村長が杯を持ち上げる。

「これは村の職人たちに回すべき酒じゃ。鍛冶、木工、保存食、縄細工、そしてもちろん酒蔵も」

「見張りも入れて」

 レティシアが口を挟む。

「手順を守るのは命に関わるから」

「うむ、見張りも入れよう」

「子どもには?」

 ミーナが訊く。

「酒だから飲ませない」

 醸が即答する。

「でも、大人がこれを飲んで教えるなら、その教え方も少し変わるかもしれないな」

 誰かが何かを丁寧に教える時、その場の空気そのものが変わることがある。急かさず、投げず、雑に切り捨てず、それでいて甘やかしもしない。アルトビールには、そういう空気を作る力があるのかもしれなかった。

      

 数日後、酒蔵の前で醸は不思議な光景を見た。

 若い衆の一人が、いつもは適当に巻いていたロープを、年長の男に教わりながら何度も巻き直している。投げ出さない。顔をしかめながらも、きちんと手順をなぞっている。

「そこでひと巻き多い」

「こうですか」

「違う、締める前に重心を見る」

「……あ、ほんとだ」

「崩れただろ」

「うわ、わかった」

 そのやり取りは、決して派手ではない。

 けれど、醸には妙に嬉しかった。

 こういうものが村を作るのだと思った。

 剣を振るうことだけが強さではない。

 火の扱いを間違えないこと。

 荷を崩さないこと。

 保存食を腐らせないこと。

 縄の結びを覚えること。

 そうした地味な技術の積み重ねが、人を冬から守る。

 アルトビールは、その地味さに誇りを与える酒だった。

 その夕方、レティシアが酒蔵へ顔を出した。

「いい顔してる」

「そうか?」

「うん。今回は特に」

「なんでだろうな」

「たぶん、自分の好きなものをちゃんと通せたから」

「……かもしれない」

 醸は樽の木肌に手を置いた。

 新しいものはいい。便利なものもいい。これから先、もっと奇妙で強力な酒だって造るだろう。

 だが、その根に古い技と古い美意識がなければ、どこかで中身が空洞になる。

 アルトビールは、それを自分自身にも思い出させる一杯だった。

 古いとは、古びることではない。

 残るだけの芯があるということだ。

「ねえ、カモス」

「ん?」

「この酒、なんて呼ぶ?」

 ミーナが後ろから顔を出して言う。

「また通称か」

「必要でしょ」

「そうだな……」

 醸は少し考えてから答えた。

「“意地の褐色”かな」

「おお」

 ミーナの目が輝く。

「いい!」

「わかりやすい」

 レティシアも頷いた。

「しかも、あなたっぽい」

「どういう意味だ」

「頑固ってこと」

「褒めてないだろ」

「半分は褒めてる」

「最近それ多いな」

 三人の笑い声が、酒蔵の梁へやわらかく響いた。

 外では雪が降り続いている。冬はまだ終わらない。山道は閉ざされたまま、村は今も季節と向き合っている。

 けれどグランエッジは、ただ酒で助かる村ではなくなっていた。

 技を守る村。

 手順を伝える村。

 古いものの価値を、ただ懐かしむのではなく、今の力として使う村。

 その中心に、アルトビールが加わった。

 火床の上に残る熱のように、目には見えにくいが確かにある意地。

 大麦 醸は、その褐色の酒をひと口飲み、ゆっくり息を吐く。

 苦みは穏やかに舌を締め、モルトの香ばしさがあとを支える。

 派手ではない。

 だが、この酒には確かに背骨がある。

 そしてその背骨は、村の暮らしにそのまま通じていた。

 古い技は、まだ死んでいない。

 古い酒は、まだ人を立たせる。

 そんな当たり前のことを、改めて証明するように、火床の赤が静かに揺れていた。


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