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幻想

作者: Sei

いつもの時間に起きていつもの朝ごはんを食べる。いつもの時刻にいつもの電車に乗る。ポケットからイヤホンを取り出しこの人混みから意識をそらす。

そうやって「いつも」通りの生活をする。会社に行くまでの行動は完全にルーティーン化されていて、記憶喪失になっても同じ時間にエントランスをくぐることぐらい出来そうだ。

ただ今日は違う点が一つだけある。昨日会社の同僚から勧められた、いつもは聞かないクラシック音楽を聞いている。

いつもは人が織りなす汚い雑音を遮断するためにイヤホンをしている。そのため正直なところ、音楽自体への関心はあまりなかった。

ただ、今日はこの曲が作る芸術をたんまりと感受しようと聞いている。

ピアノの音色は優しく、ストレスと言う言葉が存在しない世界にいるみたいだ。この曲を勧められた時に作曲家も教えてくれたが、今までの生涯で聴いたことのない名前だった。こんなに美しい世界があることを知らなかっただなんて、とゲームばかりしていた今までの生活を少し恨んだ。目を閉じてじっくりこの曲に浸った。今日の仕事は頑張れそうだ。


時間が過ぎ、気づくと電車の扉が開いていて、目の前にいた人がいなくなっている。音楽に浸りすぎたおかげで、全く車内アナウンスが聞こえななったようだ。これから会社なのに緊張感のないやつだと自分のことを少し馬鹿にした。前に座っているサラリーマンは目の前のスマホに、つり革につかまっている高校生は数学の参考書に没頭している。こんなに車内は人であふれかえっているのに、人との関わりは、たまにぶつかったときの「すみません」という一言だけだ。

ふと考えてみると不思議な光景を傍観しながら、自分もそのうちの一人として音楽にまた集中する。

また数分経った。そろそろ降りる駅になると思い、閉じていた目を開けるとなぜか車内に誰もいない。その早朝でそんな訳がないと心のなかで少々焦る。目を閉じてもう一度開けてみる。夢ではないと確認し、落ち着かない気持ちで停車のアナウンスを待つ。


「次は◯◯、次は◯◯」


自分の知らない駅名が聞こえたとき、さらに焦りを募らせた。小さい頃から乗っている電車なので全ての駅名を覚えている。頭の中でそれらの駅名を全て思い出し、次の停車駅と照らし合わせてもやはり合致しない。朝から現実を忘れた幸福を感受した代償、と自分の中でこの現状を受け入れようとした。でもやはり非現実的すぎてどうしたらいいのか分からない。

電車が止まったようだ。いつもより扉がゆっくり開くように感じた。日光が眩しいからか外の景色がよく見えない。これから仕事があることは正直どうでもいい。一刻も早く現状をどうにかしたい。

少し気になった。この駅がどんな駅なのか。止めていなかった音楽はクライマックスを迎え、激しさが増してくる。ただ、今の自分にはそんなことは気にならない。早朝からの非現実的な現状を理解したいという思いでいっぱいなのだ。不安感となぜか湧いてくる好奇心をもとに自分は電車から降りてみた。すると外には一面海が広がっていた。辺りには誰もいない。

イヤホンを外す。鳥の鳴き声と今にも飛び込みたくなる波の音がなんとも心を落ち着かせる。このとき自分がスーツを着ていることなんて完全に忘れていた。今は目の前の美しい世界に浸ろう。

そういえば聞いてた曲のタイトルってなんだっけ。

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