九十一層 : 狼と羊.05
場に沈黙が落ちていた。
星型のランプの繊細な明かりが、テーブルに落ちている。
その揺らめきが、テーブルを囲う五人の疑心を表しているようだった。
ユヴェは話題を切り替えるように、ふっと話しかける。
「…お金持ちになりたいっていう願いは、信憑性ある?」
「お、なんだよ俺の番か」
賭け狂いの男が仮面越しに口元を緩めた。
「金はあるに越したことねえだろ。何するにもノワコッパー、ノワシルバー…うんざりだ」
「……あんたゼノラ出身?」
女がふと呟いた。鋭さが滲む声だった。
「…そうだよ」
ぶっきらぼうに返したその言葉に、女が鼻で笑う。
賭け狂いの肩がぴくりと動く。
「アタシは羊らしいから、言わせてもらうけど…こういう単純なやつが一番本音ダダ漏れって感じ、確かにするわよね」
「なに?」
声が低くなった。
「だって、そうやって口が滑るから上に上がって来れないんでしょ?」
賭け狂いが立ち上がりかけた瞬間、スタッフが肩を押して制止した。
重苦しい空気が、再びテーブルに戻る。
次に声を発したのは、青年だった。
まるで狙っていたように、会話の切れ目を選んで口を開いた。
「…でも、みなさん。願いの“内容”だけで狼を決めるのって、ちょっと浅くありませんか?」
「は?…じゃあ、何で判断するって言うんだよ?」
「たとえば、“言い方”です。狼は嘘をつけないんですよね?なら、疑われた時に言葉を選ぶ必要がある……反応に出るはずです」
青年はゆっくりと視線を動かし、ユヴェへ向けた。
「あなた──さっき指摘されたとき、一瞬だけ言葉を詰まらせましたよね。あれ、反論をどうすべきか言葉を選んでたんじゃないですか?」
静かな糾弾。けれどそれは、鋭さを持っていた。
ユヴェは仮面の奥で目を細める。
けれど、動じた様子はない。
「……それを言うなら、あなたもおかしいと思うけど」
「僕?」
「さっきからずっと、つま先が貧乏ゆすりしてる」
青年は言葉を飲み込んだように沈黙した。
それでも、笑みは崩さなかった。
ユヴェはそのまま、ゆっくりと視線を凌へと向けた。
「もし“死んだ先に誰がいるか知りたい”のが本当の願いなら……それってずっとアネモラの花を掲げるような生き方だよね」
その言葉には、問いでもあり、観察でもあり──確認のような響きがあった。
凌は長く黙っていた。
その沈黙の深さが、彼の迷いを語っているようでもあった。
やがて彼は、わずかに息を吐き、テーブルに手を置いた。
「……“花を抱くような生き方”はしてない」
その声は静かだった。
けれど、どこまでも深く、苦しく、そして優しかった。
仮面越しの視線が交錯する。
そして、再び、場に沈黙が落ちた。
不意に、チェリルがタイミングを見計らったように手を叩いた。
「そこまでっ! じゃあ、手元の紙に狼だとおもう相手を書いてね」
彼女の声に促されて、ひとり、またひとりと、手元の用紙に各々が思う狼を書く。
凌は少しだけ筆を止めて──
そして静かに書き込んだ。
スタッフがテーブルを一巡し、五人の用紙を静かに回収していく。
緊張を孕んだ空気の中で、チェリルは椅子の背にもたれ、くるくるとワイングラスを揺らしていた。
「さて、それじゃ──まずは“あたしの推理”からね」
くい、と片手を挙げると、彼女の指先がまっすぐに向けられる。
「“狼”は──死んだ先が見たいって願いを書いた、あなた!」
会場がざわついた。
指されたのは、フードを被った凌だった。
「だってずーっと怪しいんだもん!」
「……」
「それに最後のなに?花を抱く生き方してないって!意味深すぎ〜」
満足そうに口角を上げたチェリルが、芝居がかった仕草でぐるりと場を見渡す。
「というわけで!狼を見抜いたあたしがこの勝負──いただきっ!」
スタッフのひとりが、控えめに咳払いしてから進み出る。
「では、プレイヤーたちの回答を読み上げます」
ざっ…と空気が揺れた。
「フードの男」
「フードの男」
「フードの男」
「フードの男」
テーブルをぐるりと回りながら、スタッフの男が回答用紙を開いて置いていく。
賭博狂い、厚化粧の女、遣いの青年、ユヴェ…そして最後に、凌の後ろに立った。
「最後に──賭博屋」
凌の右肩上がりの文字が、テーブルに落とされる。
「おおお〜っとぉ!?まさかの羊は満場一致!?すごーい!」
チェリルが席を立ち、くるくると舞うように笑った。
「でもあたしが当てたから、あたしのひとり勝ち〜!ごめんね?ペナルティはちゃんと受けてね〜!」
机の上にばら撒かれた封筒を、スタッフがひとりずつ配っていく。
それぞれのプレイヤーが紙を開き、あちこちから不満の声が上がる。
「ふざけんなよ!狼当てたのになんで裸で帰んなきゃなんねえんだ?!」
「逆立ちジュース…」
「おもちゃって、どこまで買いに行かせる気よ?」
そんな中、封筒を覗き込んだスタッフのひとりが、ふと動きを止めた。
「……あれ?」
手にした封筒をもう一度開き、中身を確認する。
「チェリル様、この方……“命を賭けた誓約”になってます」
「──え?」
騒がしくなった会場に、スタッフの声が響いた。
その言葉に、チェリルが動きを止めて、振り返る。
「ちょっと見せて……」
彼女はスタッフから封筒を受け取ると、封の内側を覗き込んだ。
周囲のざわめきが一瞬だけ凍りついた。
誰もが、冗談のような場に、突然ひやりとした“現実”が差し込まれたのを感じていた。
「……あっれぇ?」
一枚の誓約書。そこに、確かに記されていた。
一つ、 ゲームに参加した時点で、負けたらペナルティを受けること!
一つ、 ゲームのルールは、チェリルが話したものがすべて!
一つ、 あなたは“真実”しか話してはいけません。
一つ、 ルールを破ったとき。
チェリルが“違反”と判断したとき。
それから、ゲームに負けたときのペナルティは──
──あなたの命。
静寂が赤と黒の世界を支配した。
チェリルは誓約書をスタッフから引ったくり、自分の丸っこい字を何度も読み返す。
「ちょっと、ちょっと、これってまさか──」
その瞬間──
席の一つが静かに引かれた音が響いた。




