八層 : 夢を食う男.07
黒いなにかの鉱石で出来たそれは、つまみの部分に二対の稲妻の意匠が彫られている。
「これが星層の鍵。身分証みたいなものなんだよ」
「ふーん…」
手に取っても、なにか特別な力を感じたりはしない。
ちょっと見た目が凝った、ただの鍵だ。
「──お前の鍵を作りに行く」
不意に凌が背後で呟いた。
驚いて振り返れば、薄らと目を開けて、自分の指先に乗るなにかを見つめている。
…蜘蛛?
小さな黒い虫をゆっくりと壁に伝わせて、凌はおもむろに起き上がる。
「準備ができた。明日鍵屋に行く」
「え?!鍵屋に行くの?明日??」
「明日」
何故か飛び上がる翔に、凌はめんどくさそうに視線を投げた。
「なんでお前が一番テンション上がってんの」
「だって、僕また『ゼノラ』に行くのすごく楽しみにしてたんだ!」
「…連れてくなんて言ってな──」
「凌お願い!お小遣いちょうだい!ちょっとでいいから!」
「……」
飛び跳ねながらあらやこれや、欲しいものをあげつらう翔を尻目に、亜月は恐る恐る凌に問いかけた。
「でも、私が鍵を持つ意味って…あるの?」
だって必要性が分からない。
興味がないわけじゃないけど、その『ゼノラ』って場所に行かなきゃいけない理由もないし。
ちらりと紅色の瞳がこちらを向いた。
無言なのに圧がある。
直視するのはまだ難しくて、すぐに翔へ目線を流した。
「うーん…普通の人間は鍵を持つ必要ないんだけど…凌が言うには、亜月ちゃんは普通じゃないんでしょ?」
「それ、私が一番分からないんだけど…」
普通じゃない。
明らかに普通とはかけ離れた見た目の男に言われても、納得がいかない。
「凌、鍵を作れば何か分かるかもって言ってたよね?」
「……身分証だからな」
ぽつりと、凌が言葉を返す。
「ほら!だから、まずゼノラに行こう!」
「……」
「すごく楽しいよ〜!なんかもう、うわあ!ってなってすごー!ってなる!」
「……もう逃げられない気がしてきた…」
亜月は自分の無力さに肩を落とす。
色々聞いたのに──結局得られた情報は少ないし、訳が分からないままだ。
私の悪夢を食べたと豪語する男は、我関せずとまたソファに横になる。
翔は食べ終えた皿を片付けたあと、当たり前のように布団をかかえてやってきた。
「亜月ちゃん、寝るのは隣の客間を使ってね」
「……はい」
大きめのため息をついて、重たい布団を受け取る。
その重さは普段家で抱えるそれと変わらない。
でも、立ってる場所は自分のアパートじゃない。
現実と非現実の狭間にいるようで、言葉が出なかった。
それに、
──このときはまだ、これが始まりにすぎないとは、知らなかった。




