表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shangri-La ─ 生きて、死を越え、何かを遺せ。  作者: sora
【第一幕】決意の代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/288

七十五層 : 決意の代償.05


翔はすぐには返事をしなかった。

ユヴェも急かさず、言葉を慎重に選びながら続ける。


「お墓のこともそうだったけど……結構、知らないことが多いように見えて──」

「……」

「凌とイデラに住んでるから、そのせいかもって思ったけど、オリジン・リズムのことまで知らないとなると……ちょっと気になっちゃって……」


翔はどうすべきかと悩んで、ちらりとユヴェを見上げた。

彼女の、色の濃いゴーグルの下の目は、見つめることが出来ない。


「……ごめんね。余計なことだったら」

「…ううん」


でも、その言葉の選び方に、刺すためじゃなく、寄り添うための意図を感じた。

僕が、壊れないように。そんなふうに。


そう思えたから、翔は静かに息を吸い込み、ぽつりと語り始めた。


「……僕、一年くらい前に交通事故に遭ったんだ」

「交通事故……?」

「うん。イデラで。家族で買い物に行く途中、大型トラックが後ろからどかーんって」

「……」

「……覚えてるのはそこまで。目が覚めたら、病院じゃなくて知らない部屋で、凌が隣にいた」

「……」

「内臓破裂で、死にかけてた」


思い出しながら紡がれる過去は、予想よりもずっとずっと重かった。

ユヴェがかける言葉を見つけるより、あえて先回りするように、翔は話し続けていく。


「でも──凌が助けてくれた。あんまり覚えてないけど……たぶん、前にもここに来たことがあるんだと思う」

「そう、なの?」

「うーん……なんか、聞いてた話から、きっとドクターが手術してくれたんだろうなって、今になって思ってる」


ユヴェはそっと翔を見つめる。

小さな手のひらは震えていない。

もう飲み込んだ過去として話しているように見える。


けれど、少年の眼差しは、やっぱり少年のままだった。


「気づいたら、凌の家にいた。……僕の臓器は、()()()なんだって」

「それって──」

「だから……“ほとんど人間”ってこと」


ユヴェは、ゆっくりと目線を落とした。

毛布の端をそっと撫でながら、小さく息を吸い、静かに言葉を返す。


「……ありがとう。話してくれて」


ぎゅ、と分厚い耐熱手袋を握りこみながら、ユヴェは翔を優しく見つめる。


「……そんなふうに話してくれるって、すごく……嬉しいよ」


翔は、ふっと笑って言った。


「ユヴェさん、いい人だから思わず話しちゃった。でも──内緒だよ?凌には“悪魔ってことにしとけ”って言われてるから」


そして、少しだけ真剣な顔で言葉を続けた。



「……でもさ、僕──正直人間でも悪魔でも、どっちでもいいと思ってるんだ」



ユヴェは驚いたように顔を上げる。


「え?」


翔は、ユヴェを見て、それからそっと視線を落とした。

見つめていたのは、ベッドからこぼれる亜月の指先。

握られてもいないその手を、ただ黙って見ていた。


「凌とかは“種族”ってよく言うけど、僕にはあんまり、ぴんとこないんだ。目の前の人が優しいか、ちゃんと怒るか、助けてくれるかって方が、ずっと大事な気がしてる」

「……」

「そんなんじゃなくて、もっと──今、目の前にいる人がいい人なのか、その方がずっと()()()なんだ」


何の変哲もない、翔の黒い目。

それがふとこちらを向いて、思わずユヴェは息を呑んだ。


「凌は無愛想だけど誰より優しいし。ユヴェさんも、今こうして傍にいてくれてるし」


少しずつ落ち着き始めている亜月の手を握って、翔はそっと言う。



「……そういう単純なのが、僕は好きかな」



ユヴェはその言葉を、胸の奥で何度も反芻するように目を伏せた。


フォールドラークは、“繋がり”を重んじる種族だった。

けれどそれは、あくまで“どこに繋がっているか”という、位置や意味を読み取る技術。



“誰と繋がりたいか”という、意志の問題とは、少し違う。



この世界では、ずっと昔から、種族の違いによる争いが絶えなかった。

規律と秩序。誇りと戦争。不変と退化。

血に宿る越えられない壁が、常にある。


固有能力(ノータ)の損失は、それを余計に加速させた。


見目が揃い、種族の区別が一見つかなくなってきたからこそ、私たちは()()を掲げる。

漆黒を纏う悪魔。

肌を褐色に焼く天使。

薄い羽を隠さない妖精。

鱗刺繍の衣を、手放せないフォールドラーク。


翔の素朴な感性は、その差異にまっすぐに触れてくる。

言葉の重さではなく、ただその温度だけで、ユヴェの中の「鍵の形」を、少しずつ変えていった。



「……なんか、ずるいな、翔くんって」



ユヴェがぽつりと呟くと、翔は首を傾げた。


「え?」

「それって、すごくフォールドラークっぽくないなって思って」

「どういうこと?」

「私の種族は、星を渡る技術があるけど……それを“平等”に“共生”するために、秘密にしてることが多すぎるの」


垂れてくる濃紺の髪を、そっと耳にかける。

その横顔は、どこか寂しさが滲んでいた。


「鍵の鋳造技術も、扉の接続方法も……他にもいろんなこと。ここで、言えないこと、たくさんある」

「……」

「だから、他の“誰か”と一緒にいたい、繋がってたいって、みんな思わない。どんなに心を開いても、あるところで必ず、立ち止まらなきゃいけなくなるから──……でも翔くんは、“誰と繋がりたいか”でまっすぐ選んでる」


翔はまっすぐに頷いた。


「うん。僕は選びたいな。自分で。……怖くても、ちゃんと」


ユヴェは少しだけ目を伏せ、微笑んだ。


「それって……すごく強いよ。ちっちゃいのに、ちゃんと選べてる」

「僕、ちっちゃいかな?」

「……うん。でも、心はちょっと、私より大きいかも」


ユヴェはそっと立ち上がり、ベッドの端で亜月の毛布をかけ直した。


包まれている小さな体が、ほんの少しだけ動いた。

眠りの中で、誰かの名前を呼んだような気がして──


ユヴェはその声に、心のどこかがあたたかくなるのを感じていた。



この子は、もう “新しい星層(せいそう)” を生きている。

私はその鍵を、扉を、ちゃんと作れるかな。



ふっと、小さく、ユヴェの肩の力が抜けた。


「…あれ、てことは翔くんって、いま何歳なの?」

「僕?今年で11歳だよ」

「……うそ……ほんと、人類ってすごい成長力」

「それ、よく凌にも言われるよ」


その夜、フォールドラークの鍵職人ははじめて──

“繋がる”ということの意味を、計算ではなく、心で学んだ。


毛布の中で、亜月がほんの少しだけ身じろぎする。

まどろみの中、その“言葉の温度”が、きっと伝わっていた。

まだ泣き腫らした目のままだが、その表情には、ほんのわずか、確かな色が戻っていた。



やさしい沈黙が、病室を満たしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ