表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shangri-La ─ 生きて、死を越え、何かを遺せ。  作者: sora
【第一幕】神獣に背をむける手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/288

四十層 : 神獣に背をむける手.01


「……」


しばらくの沈黙の後、やがてユヴェは顔を上げた。

ゴーグルの奥の瞳が、わずかに震える。


けれど、それを隠すように、彼女はポケットの中で自分の鍵を握った。

それからふっと、天井を見上げる。

ランタンの火に照らされる、()()()()()

それをゴーグルの奥から真っ直ぐ見つめる。



誇りって、折れることじゃないよね…?

……向き合い直すこと、だよね。



誰に問うでもなく、鍵を握りしめた。


「…ちょっと待ってて」


静かだけれど覚悟の灯った声だった。

ユヴェは立てかけられていた扉の一枚に手をかける。


凌は壁に寄って立ち、その様子を見ていた。


目に見えた緊張の中、ただ黙って凌の横に立っていた翔が、ふとそれを捉えた。

翔は珍しそうに、壁の棚に飾られた木彫りのなにかを眺めて、遠慮がちに言う。


「……ユヴェさん、これなに?」


向こう側がないただの枠組みに、持ち上げた扉を嵌め込みながら、ユヴェは翔を振り返った。

まるで部屋の中を暖めようとしてくれているような、そんな彼の姿勢に、震えていた手が少し落ち着いた。

何を指し示すか確認してから、ユヴェは柔らかく笑う。


「神獣だよ。手先の訓練に彫ってるの」


壁の棚、窓枠の上、ちょっとした家具の隙間にぽつぽつと置かれた木彫りの神獣像。

そうは言っても、儚げな花や、波そのもののような自然由来のものも多くあった。


翔はそのうちのひとつ、崩れた箱舟をそっと手にする。


「へえ……神獣っていうけど、生き物じゃないのもいるよね?」

「神獣の姿は、私たちにはほとんど()()()()()()()()()から」


蝶番(ちょうつがい)を嵌め、ユヴェは扉の開閉を確認する。


「…見えないからこそ、愛おしさもあるんだよ」


ぽつりと呟き、凌を振り返った。


「扉は──どこに繋げればいい?」

「…たしか、番号は、19607番」

「わかった」


ユヴェは小さく頷いてから、再び扉に向き直った。

けれど、その手がドアノブに触れる前に、ふと立ち止まる。


「…あの、少しの間だけよそを見ていてくれる?外とか…」

「……」

「扉の繋ぎ方、見せられないの」


ゴーグルの奥で彼女の目が伏せられたように感じた。

凌は無言のまま、体ごと壁を向いた。

翔も同じように、ユヴェへ背中を向ける。


「ありがとう」と素直に感謝の言葉が返ってきて、凌はなんとなく、やるせなさを覚えた。


音はしなかった。

ただ、空気が少し暖かくなった気がした。

窓は開いていないが、風が通り抜ける。


やがてそれも収まると、ユヴェがふたりの肩を叩いた。



「いいよ」



なんの変哲もない扉が、なんの支えもなく部屋の真ん中に立っていた。


扉の横に立ったユヴェ。

その手には、使い古された(つち)が握られている。


彼女が手の中で()()をゆるく握りしめた。

すると、彼女の持っていたごくありふれた鍛造槌(ちゅうぞうてつ)が、まるで氷が逆再生で結晶していくように、

細やかな線を描きながら光を纏い、煌めく()()()()()()()()()()



まるでガラス細工──あるいは、ダイヤモンドの結晶のような鍵へ。



その瞬間、翔は目を丸くして立ち尽くした。


「えっ!?今、鍵になった……?それって……変わるの?」


驚きに満ちた声に、ユヴェは少しきょとんとしたあと、当たり前のように頷いた。


「うん。槌が、私の“鍵の形”だからね。鍵が姿を変えること、知らなかった?」

「……鍵って、みんな同じじゃないの?」


翔の素朴な疑問に、ユヴェはほんの少しだけ目を見開いた。

けれどすぐに納得したように、やわらかく頷く。


「そっか。もしかして、翔くんはまだ、鍵が“馴染んで”ないのかもね」

「…え……う、うん。そうかも」


内心、翔はしまったと焦っていた。

イデラで暮らす翔に、凌は最低限のことしか教えてくれない。

それは人間社会で生きていく上で、不必要な知識だったからだが、逆に、こちらの層では常識だ。


あまりに無知だと、変に怪しまれるかも……


けれどユヴェは特に深く気にする様子もなかった。

ユヴェは手の中の鍵を眺めながら、少し遠くを見るような声で語った。


「鍵って、持ち主の在り方に沿って、唯一無二の形になるの。武器になる人、盾になる人、私みたいに道具になる人もいる。翔くんのも、いつかちゃんと形を持つよ」

「それって、どういう仕組みなの……?」


問いかける翔の声に、ユヴェはほんの少しだけ唇に指を当てて考えた後、ふわりと笑った。


「詳しい鋳造方法は言えないけど……生まれた時に“ウフ”と“神獣”を、それから“星層(せいそう)を超える鍵”を授かる。そこに“魂の形”が重なると、鍵は()()()()姿()になるって言われてる」


その話を聞きながら、翔の視線は思わず自分のポケットに潜む鍵へ向かっていた。

まだ何の形も持たないそれに、自分がいつか意味を与えられる日が来るのだろうか。


「ウフを選んだのも、なにか意味があるの?」

「あるよ。選んだと言うより、()()()()、だけど。それも自分の在り方を示すもののひとつ」


ユヴェは丁寧な手つきで鍵のつまみをなぞった。


()()()()()()()()()、ウフが共鳴して、その力を引き出せる。今の私たちは、その助けがなきゃ適性を活かせない。それくらい……種族の変化って、大きいんだよ」


遮音機の揺らぎに、ユヴェの言葉が静かに落ちていく。

翔がぽつりと呟いた。


「……なんだか、少し寂しい話だね」


ユヴェは鍵をそっとポケットにしまいながら、小さく笑った。

その笑みにも、どこか“消えてしまった何か”を懐かしむような色があった。


「──きっと、ずっと昔は、そんな媒介なんてなくても、みんな、自分の力に触れられていたんだと思う」


そして、続けるように語る彼女の声は、まるで誰かの記憶をなぞるようだった。


「でも……時間って、なだらかにすべてを薄めていくの。思い出も、誇りも、名前も。──それでも生き延びるために、失うことを選んだのなら、それはきっと“進化”なんだろうね」


微かに笑みを浮かべて、けれどその声には熱がなかった。


「……でも、私にはそれが“退化”に思えて、少しだけ、寂しいな」


そう言ったユヴェの横顔を、凌は何も言わずに見ていた。

ゴーグルのレンズに遮られて見えないはずのその瞳が──

鍵のように繊細で、けれど、確かな炎を抱いているような気がした。


一瞬だけ、ユヴェの視線が凌に向く。

何も言わないまま、互いの沈黙が交差した。


「…さあ、鍵を使って、開いて」


ドアノブのした。

鍵穴を指差すユヴェに従って、凌は自分の金の鍵を差し込んだ。


ゆっくりとした動きで押し開くと、その先から、イデラの層にしかない“車の走行音”がかすかに聞こえた。



──本物だな。



凌が静かに呟く。

ユヴェは目線を落としたまま、扉から一歩引いた。


「あなたが言ってた、19607番に繋いである」


凌は一度、静かに扉を閉めた。

ひとつ、小さく息をつく。


「……信用するよ」

「それじゃあ…」


期待と不安の入り交じった声だった。


「槍のこと、お願いできるんだよね…?」


不安そうな面持ちで、ユヴェは指先をいじる。

凌は一瞬目を伏せたあと、静かに彼女を見返して答えた。


「…さっきも言ったけど、さきにやる事がある」

「……」


ユヴェは何も言えなかった。

凌は自分の両手をポケットへしまう。


「でも、今後の連絡をどうするか。俺は…もしかしたら翔も、裁判所に目をつけられてるはずだ。あまり、あんたとのやりとりは見られたくない」

「スマホ……はないんだっけか」

「…ないよ」


翔が自分のスマホを取り出しながら口を挟んだ。

すかさず凌が呆れ声を返す。


同層間(どうそうかん)なら、少し前に天使が作った通信機が普及し始めてるけど……」


ユヴェは「そこそこ高いんだよね…」と肩を落とす。


「いや、音はだめだ」

「あ、そうか…蝙蝠(こうもり)…じゃあ、やっぱり毎回ここに来てもらうしか…」


少し思案する凌の後ろ。

興味深そうに扉を見ていた翔が、困ったように首を傾げた。


「じゃあ……また来るときは、どうするの?」


翔がぽつりと訊いた。純粋な問いだった。


けれど、その言葉にユヴェの手が止まる。

無意識に濃紺の毛先をいじっていた指が、わずかに震えた。



「……」



しばらくの沈黙。


そして、彼女はおそるおそる顔を上げた。

視線の先にいる儚げな男を、まっすぐに見据える。


「……ひとつだけ、聞いてもいい?」


その声はかすれていたけれど、静かで、澄んでいた。

凌は振り返り、無言のまま小さく頷く。


「試すみたいで……ほんとに嫌なんだけど。でも、お願い。ちゃんと、私が信じられるようにしたいの」


ゴーグルの奥にある視線は、誰かを裁くためじゃない。

ただ、“確かめるため”のものだった。


「──さっき都市の外で、私のお願いを断ったのに、どうして……今、こうして話を聞いてくれてるの?」

「……」

「それに、もし“悼む槍”をあなたが取り戻したら……どうするのか、ちゃんと聞いておきたいの」


部屋の空気が少しだけ重くなった。

けれど、それは恐怖ではなかった。



おそらく──()()()()()だった。



しばしの沈黙の後、凌はふっと息を吐く。


「……別に、あんたを助けたかったわけじゃない」


その言葉にユヴェの肩が少しだけ縮こまった。

けれど、凌はそのまま続けた。


「ただ、“誰かが勝手に決めた正しさのために神獣の槍を使う”って考えは、気に食わなかった。それを、お前が最初に口にしたから──話を聞いた」

「……」

「俺は、その槍を使う気はないよ。秩序の道具にも、正義の印にもしない。”そういうもの”は、誰の手にも渡らない方がいい」


まるで結論だけを語るような、冷たい口調だった。

でもその目は、どこまでも静かに、ユヴェの迷いを見つめていた。


そして──ユヴェは、もう一度だけ目を伏せる。



「……わかった」



かすかに笑ったような気がした。

ほんのすこしだけ、彼女の肩の力が抜けた。


「じゃあ、連絡の方法、教える」


そう言って、ポケットの中から自分の鍵を取り出す。

ガラス細工のような、あるいはダイヤモンドのような。

光の屈折が眩いほどのその鍵には、どこか“温かさ”のようなものが宿っていた。


一拍おいて、重そうに口を開くユヴェに、凌の目はすっと細められる。


「本当は、言っちゃいけないんだけど…」


ユヴェは唇を噛んでから、まるで覚悟を振り絞るように言った。



「鍵には──()()()宿()()の」



それは、まるで”鍵が生きている”ことが当然と言わんばかりの口調だった。



「だから、あなたが今この扉を開けた“記憶”を、鍵がちゃんと覚えてる」

「…記憶?」

「……そう。鍵はね、開けるたびに、少しだけ場所の記憶を拾っていくの。──だから、ここを“思い出して”って、ちゃんと伝えれば、鍵も、応えてくれる」


彼女は、自分の鍵を鍵穴へ差し込んだ。


「でも、それが使えるのは十年に一度。ちょうど、今年だけ。”悼み月”(モーン・ムーン)とヴァルカニア祭が開催される年だけ、なんだけど……」

「……」

「ごめん、それがどうして”十年に一度”なのかは、言えない」


ユヴェが軽く唇を噛んだ。

それからゆっくりと、言葉と一緒に息を吐く。


「……星層間(せいそうかん)管理局かんりきょくの一番深い秘密なんだ。けど…それでも、あなたなら──って思えたから」


凌は無言で、色の濃いゴーグルの奥の瞳を見つめようとした。

窓から差し込みはじめた朝日。

それを反射する向こう側に、彼女の眼差しを見つけることは出来なかった。


でも、指先が震えていた。

それを見せないように、拳を握る。

緩く噛まれた唇が、彼女の決意を物語っていた。


その事実を晒すことは、フォールドラークの彼女にとって、相当な危険を孕んでいた。

知ってしまえば、()()()()()()()()と言っているようなものなのだから。


「……」


凌は深く聞かなかった。

今は極端なほど言葉少なな彼に、彼女は救われた気持ちになる。


「……じゃあ、使わせてもらう。必要なときに」


冷たくもなく、優しくもなく。

ただ、その声には“受け取った”という重みがあった。


「こっちの状況が整ったら、また来る」

「……わかった」


優しい手つきで、ユヴェが鍵を捻る。

そして薄く開いた扉の向こうへ、凌と翔の姿は見えなくなった。


バタン、と扉が閉まる音。

ユヴェはその場にうずくまる。


「……どうしよう」


頭を抱えた。

体が重い。


不正扉(ブラックドア)を作っちゃった。

鍵の秘密も教えちゃった。

神器を取り返すためだとしても、絶対にやっちゃいけないことだったのに。


フォールドラークとしての誇りはどこに行った、と頭の中のメテオが怒鳴る。

それが頭痛を助長させる。

ゴーグルを剥ぎ取り、床に落とした。


手のひらを見ると、指先どころか全体が震えている。


「……これ、ほんとに正しい方向に進んでるのかな……」


でも縋るしかない。

戦えないただの鍵職人である私では、悼む槍を取り戻すことは出来ない。

どうしようもない苦しみに胸を痛めながら、ユヴェはそのまま床に転がった。


床の冷たさが、ようやく今日という一日の現実を教えてくれる。

正しいかどうかなんて、もう分からない。


でも、これはもう“動き出した鍵”だった。



錠前のない未来へ、きっと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ