表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shangri-La ─ 生きて、死を越え、何かを遺せ。  作者: sora
【第一幕】陽の届かぬところ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/291

三十五層 : 陽の届かぬところ.02


フォールドラークの鍵工房には、多くの鍵職人が昼夜問わずに火を焚き、(つち)を振るっている。

それというのも、この百年ほど、天使たちの鍵の()()()()が多く、作り直しの申請が後を絶たないからだった。


「なんで鍵をこんなに粗末に使えるんだ…?」

「生とともに授かる神聖なものだと言うのに…天使どもは本当に野蛮だ」


愚痴が工房の職人たちから溢れ出る。


そんな中、ひとりの女が鍵屋の重たい開戸を押し開けた。

濃紺の髪、分厚い耐熱服と皮の手袋。色の濃いゴーグル。

フォールドラークの鍵職人のひとり──ユヴェだった。


ハーウェンの時間も更けて、月は南中に輝く頃。

鍵屋の表も前室も灯りが落ちて、炉の炎しか光源はない。

けれどそんなこと気にもとめず、ユヴェは慌ただしい足音とともに、工房の奥へと駆け抜けていく。


「おい、ユヴェ?帰ってきたのか?」

「また勝手に出てたな?メテオが探してたぞ。どこに行ってた」


職人たちの呆れや責めるような声が彼女の背中を追いかける。


しかしユヴェは答えることなく、工房の最奥にある保管室へ飛び込んだ。

巻かれた古い用紙が、壺の中や棚に所狭しと保管されている。

鍵帳簿(かぎちょうぼ)だ。

その中の直近分は、最近裁判所の悪魔たちに持っていかれたため、一区画だけ綺麗に空白になっていた。


帳簿を無視して、ユヴェは何百年分と更新され続けてきたゼノラ層の地図を、傷だらけの机に広げた。

上に置かれていた誰かのマグカップが転げ落ちる。


「…ない、ない…ここじゃない……!」


比較的新しい地図から、順々に時代を遡る。

指先が紙面を滑る。

何かを探すように。


フォールドラークの全層(ぜんそう)地図は、無数に存在する扉の緯度経度を正確に図るため、常に更新を繰り返していた。

ゼノラの層だけでも、その数は相当だった。


()()()()()の記録庫にもなかった…あとはもうここしか思いつかないよ……」


声に、焦りが滲む。


──グラルメア。

ゼノラ層の東端に位置する鉱山都市。

多様なウフを産出し、その量は全層随一とも言われていた。

とくに、鍵鋳造に不可欠な「アルモラ鉱」そして「カリナイト」。

これらの特殊鉱石が採れるのは、この都市ただ一つだった。


それゆえ、フォールドラークたちはこの地に根を下ろしている。


ユヴェの出身地でもあるこの都市には、”忘れじの洞窟”と呼ばれる記録庫があった。


けれど、記録庫の中身はどれも()()()()()いて──

必要なものは“整頓された情報”の中には、なかった。



──整ったものは、残るべきものしか残してくれない。



だからこそ、ここに戻ってきたのだ。

ゼノラ層最古の建物。

大扉の街ノードの鍵屋。

雑多で、埃まみれで、けれど確かに“過去”が眠っているこの工房に。


錆びた工具、紙の焼けるようなにおい、軋む床──すべてが、時の手から逃れた場所。


ユヴェは何枚も何枚も地図を開いては探し、見つからなくて床へ落としを繰り返す。

ゴーグル越しに視線が彷徨い、そしてようやく、一つの印を見つけた。

その地図の端には、今では使われなくなった「通路」の記録が残されていた。



“鬼灯通り”──



その名を見たとき、ユヴェは、何かに背中を押されたような感覚を覚えた。


「あった…!!」


……(ばく)は確か、妖怪種だったはず。


封鎖された記録。交信不能な地点。

他の種族とは大きく異なる変化をし続けるその種族が、隠れ住む場所。



もし、獏の生き残りがいるとしたら、()()だ。



ユヴェは膨大な量の鍵帳簿を振り返る。


この紙束の中には、探せばきっと獏の最後のひとりの記録もあるはず……。

でも、そんなことをしている余裕は、彼女にはなかった。


「おいユヴェ!お前また抜け出してただろ!!」


背中を裂かれるような怒鳴り声に、肩が跳ねた。

ユヴェは振り返る。

保管室の入り口……そこには腹立たしさを全面に顔に貼り付けた、フォールドラークの鍵屋責任者。

メテオの姿があった。


体格のいい体は全身分厚い耐熱服に覆われ、彼もまた、色の濃いゴーグルをしている。

ゴーグルが感情を遮り、怒気だけが音として響いてくる。

その威圧も相まって、まるで壁のようにそこに立ちはだかっていた。


「あ、えっと…」

「お前グラルメアの”忘れじの洞窟”まで行ってたらしいな?上の連中がまたぼやいてたぞ」

「保管庫に用があって…ちょっと……」

「また自分の工房を持とうと土地探しか?何度言ったら分かる。鍵屋は一つだ。一つだけ!」


降ってくる怒声に肩が縮こまった。


メテオが怒ってる時は、何を言ってもその耳に入らないことは、ユヴェは経験上よく知っていた。

いつもなら取り繕う言葉が出たかもしれない。

けれど、ユヴェの頭の中は、奪われた“槍”の存在でいっぱいだった。


このままメテオに報告すれば、きっと怒られるだけじゃ済まない。

そもそも、あの“槍”を獏の里で見つけていたこと自体、何百年と、彼女は誰にも公言していなかった。


どうしよう──


今にも火を吹くんじゃないかと思うくらい。

説教を聞き流しながら、ユヴェは数秒悩み、意を決した。


「メテオ、ごめんなさい」

「お前の謝罪は聞き飽きた」

「その…ちゃんとする。今までも鍵の鋳造も、扉の製造も、きちんとやってたでしょう?」

「…そういうことを言ってるんじゃない」

「わかってる!工房も、持とうとしないから……」


独立の夢は確かにある。

けれど、フォールドラークの“秘密”を守るために、それは許されないことだった。

いつかきっと──

そう思っていたものを後回しにしてでも、彼女はいかなければならなかった。


「だから、ごめんね!」


地図を引っ掴んで、メテオの横をすり抜ける。

咄嗟にユヴェを捕まえようとメテオが手を伸ばしたが、手が届く寸前、ユヴェは軽やかに身をひねって抜けた。

彼女はあっという間に工房の扉を駆け抜けていく。


「ユヴェ!!お前覚えていろよ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ