表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shangri-La ─ 生きて、死を越え、何かを遺せ。  作者: sora
【第三幕】止まらない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

349/362

八十層:止まらない.04


グランはサハに分厚い外套をかけてやりながら、横目で後続の魔族たちを見た。

炎を灯すが、風に煽られ、制御が効かない。


ジルジオら狼人(ウェアウルフ)は、強靭な体が寒さには耐えているものの、呼吸の困難さには敵わないらしい。

浅い呼吸を繰り返しながら、強がるように眉を寄せる。


……やはりな。

羽を持たぬ種族には、この高さは適応できない。


“大扉の島”ウルスナ。

島の縁にある桟橋に、数名の天使がいた。

戦士ではない。船守たちだった。


だが、突如大扉から現れた赤黒い軍勢に危機を察し、滑空船へ乗り込むと、すぐさま船を走らせた。

目の前に見える“交易の街”グリヴェスへ向けて。


それらには一瞥もくれず、グランは指示を出す。



「──進め。“対象”は、最も高い島“ソルファリウム”だ」



吸血鬼たちだけが、高空の世界に揺らがず立っていた。

さすがにこの寒さでは、長時間はもたない。

だが、息はできる。

羽ばたきには問題がない。


……しかし、この肌がヒリつく感覚はなんだ。


グランは目を細め、自らの手のひらを見た。

青白い手や顔、四枚の羽に、じわじわと鈍い痛みが走る。

服の下は、痛まない。

西日に晒された部分だけが、まるで日焼けのような痛みを覚える。



──()()()()()か。



ポケットから手袋を取り出し、嵌めた。

外套の襟を立て、鮮やかな赤から顔を背ける。


……もうじき夜になる。

それを待ってもいいが──


先ほど見た天使の戦士の実力を思い返す。


上は、戦場だ。

そこに乱入して“化け物”を殺す。


理想は──


奇襲で終わらせること。



本来なら、移層(いそう)した時点でサハも、他の魔族も用済みだった。

だが、もし太陽が脅威となるなら。


吸血鬼だけになるのは、()()()()



判断は一瞬だった。

貝殻の影の中で、寒さに顔をしかめながら周囲を見渡すサハへ、声をかける。


「サハ様。ビカと共に最も低い島へお降りください」

「どこよ、それ」

「──“アネモルム”だァ」


不意に、どこか疲労の滲んだ声が滑り込んできた。

星層の大扉の裏側から、薄金の髪の男が、音もなく歩み出てくる。


──フジだ。


魔族兵がすぐさま、彼を囲うように体勢を整える。

だがフジはちらりとそれらを一瞥するだけで、笑いも見せず、ただ煙草に火をつけるだけだった。

舟から身を乗り出すように、サハが初めて見るその男を見下ろした。


「……あれ誰?」


そんな中で、グランは目を細める。

潮殻舟(ちょうかくぶね)を離れ、ひと羽ばたきでフジの目の前に降り立った。


「……審問とやらは」


今は、“化け物退治”の真っ最中だったはずだ。

連絡係だとは言え、そんな最中に持ち場を離れてここまで来たというのか?


グランは目の前のフジを見た。

黒いスーツ、青いネクタイ。肩に羽織っただけの白い軍服。

同じ顔だ。

だが、流れる煙の匂いのせいか、それとも纏う空気のせいか。



フジのように見えて──()()()()()()



……この男から、煙草の匂いがしたことが、今まであったか?


記憶を辿る。

それなりの付き合いだが、記憶には、ない。


グランの短い問いに、フジは肩を竦めた。


「まだやってる。一番上でなァ」

「……」

層間時差(そうかんじさ)を忘れてただろォ。審問二日目も終わっちまうぞ。殺るなら急げよ。天使の戦争は、ソルが眠れば休戦だ」


その声には、どこか焦りを押し殺したような現実感が滲んでいた。

冗談のような口調の奥に、明確な“急げ”が混じっている。


フジの銀色の瞳は、真っ直ぐにグランを見据えていた。

煙草の煙が、白い息と共にあっという間に流されていく。


「この“大扉の島”ウルスナから、南東に下ればアネモルムがある。天使以外でも、まだ長期滞在ができる島だァ」

「……」


無言のまま、見定めるようにフジを見据えるグラン。

ビカはその後ろで方角を確認し、ジルジオは気だるげに白い息を吐いている。


「それとも、浮島群の地図が必要かァ?」


揶揄(からか)うというより、事務的な質問だった。

そこに、いつもの軽さはなかった。

淡々と、役割としてそこに立っているだけの存在のような……


銘家当主らは、フジと事前に顔を合わせている。

だが、会合を重ねたのはグランだけだ。



この違和感は──自分にしか分からない。



判断が、わずかに揺れた。

不気味だと感じていた男が、更に奇妙な違和を突きつけてくる。

信用していいのか。



だが──時間がない。



静寂が落ちた。

だがすぐに、ジルジオの唸りがそれを破る。


「おい、ちんたらしてんじゃねえよ」


ソルが沈む反対の空に、ハーウェンの眼差しが昇っていた。

狼人(ウェアウルフ)たちの背筋は、少しずつ、その目に見初められていく。


満月ではない。──まだ。


だが、毛が逆立つ。

背骨が疼く。

爪が、牙が、ひと回り鋭くなったような感覚。

何でもいい。噛み裂きたい。


「……獣め」


グランは低く吐き捨てると、フジから視線を外し、上空を見上げる。

夕焼けの赤が満ちる空に、殻のように張り付く島々。

その最上空に浮かぶ“神獣の島”ソルファリウムを見つけた。


「……いいだろう。では、我々は急ぎソルファリウムへ」


その一言を皮切りに、吸血鬼たちが一斉に羽を広る。

ジルジオたち狼人(ウェアウルフ)が叫ぶ。


「おい、俺らは?!」

「好きにしろと始めに言ったはずだ。登りたければ、頭を使え」


顎で島の縁に碇泊している滑空船を指した。

魔族にとって、それは初めて見る乗り物だった。


使い方など知らない。

知る必要もない。

自分たちには、羽がある。


「グランが居なくなったら、誰が私を護るのよ」


不機嫌なサハの声が滑り込んだ。


「ビカに。ご安心ください。吸血鬼兵を数名つけます」


潮殻舟(ちょうかくぶね)の周囲を固める吸血鬼の数は変わらない。

その後ろで、ビカたち火魔法族がいつの間にか滑空船を占領していた。


桟橋の船守たちはとっくに居ない。

残された巨大な滑空船に、次々火魔法族が乗り込んだ。

やがて、感覚で操作を覚えた者たちが、一艘、二艘と操りはじめる。



──鐘は鳴らない。

ツュシカの祝福もなしに、ただ寒さを凌ぐために灯された火球だけが、小さな星のように、船に灯っていた。


サハを乗せた貝殻舟を追うように、

南東の空へ、滑空船はゆったりと滑り出した。



「チッ」


ジルジオは舌打ちをすると、残っている滑空船へ群がる狼人(ウェアウルフ)らを蹴散らし、そのうちの一つに乗り込んだ。

使い方に右往左往する彼らを一瞥し、グランは四枚の羽を大きく広げる。


西日が、刺さる。

夜を恋しいと思ったのは、初めてだった。



「“化け物”とやらは、まだ死んでいないのか」



グランの足が、わずかに地から浮いていた。

フジは短くなった煙草を指先で転がしながら、気だるげに答える。


「あァ。まだだ」


淡々とした声だった。

記憶の中のよく笑うフジと、やはりかみ合わない。


「……ソル・ベリリウムの“ランタン”の回収は」

「こっちでやる。もし、手違いで手に取るようなことがあったら──」


フジが長い息を吐いた。

一拍、間が落ちる。


まるで、言葉を選んでいるような時間だった。


「……俺に渡せ。横取りなんて考えるなァ」

「……ふん。存在するかも分からない神獣の神器など、欲しがるものか」



──“神獣の神器”。



それに、魔族が。ノクタリスが。どれだけ振り回されたことか。

魔王が持つ──“あおの教本”。

初代魔王が書き留めたとされる未来の預言書が、そう呼ばれたのも、()()()()()()()()()()から名を取ったからだ。


……でも、先代魔王ディゴが言うには、あれは初代魔王が鯨族から盗んだもの。

書かれた未来が訪れれば、破って捨てる。

消費されるだけのもの。



……そんなものが、神獣の神器であってたまるものか。



グランはふわりと舞い上がった。

島影を渡るように、沈みゆく太陽から顔を背けて更に高空へ。



そのころ。

ゼノラ層、ノードの街では、ノクタリスの大扉から再び無数の影が這い出ていた。


今度は、静かに。

音もなく。


ローブに身を包み、深くフードを被る老いた女がひとり。


その後を追って、地を這うように、黒が溢れ出す。


無数の骸。

それを引き連れる、死霊使いたち。


遅れてやってきた第二の波が、

逃げ遅れた街へと、ゆっくりと広がっていった。


ゼノラの空には、まだ高くソルが居座っている。

だが、ウルネスの空には、すでに薄く宇宙が透けていた。

星々がソルの苛烈な陽に紛れて、少しずつ顔を出している。



──“慈悲の時間”が、やってくる。



その慈悲が、誰にとってのものなのか。


まだ、誰も知らない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ