二十層 : 悪魔の裁判所.04
悪魔の領土、ウルネス層にある”安寧の森”。
広大な森の海は、間引きされない樹木が高く広く枝葉を広げ、常に鬱蒼と陽の光を遮っている。
安寧の森の第一区および中央都市ネスタ。
そこから放射状に道が伸び、六つの都市が繋がっている。
そのうちのひとつ。
第二区都市──ナジェム。
経済、流通、監視に特化した都市。
悪魔社会における「経済と秩序の動脈」として機能しているそこは、裁判所の実務主導権を握るソルヴァンの管轄区域だ。
その多くは富裕層が占めており、碁盤の目のように整然とした街並みが特徴的だった。
黒い石畳、黒い建物、黒い街灯が意図的に作り出す長い影が、街の要所に存在している。
都市はハニカム型の要塞で、その外壁の外側は黒い森が占拠していた。
街は厳格な程に静寂を保っている。
それは、”悼み月”の期間が全ての理由ではなかった。
この街を統治する者の在り方が反映されているからに他ならない。
ナジェムには、裁判所の機関群の中枢が集まっている。
その一つ、“星層間管理局を監視する”役割を持つ”監視局”の責任者が、静かにソルヴァンの執務室へと現れた。
報告の中に、フォールドラークの鍵帳簿に記録された、一つの名前──
本来ならば目にも留まらなかったそれが、明るみに出る。
それは、ひとりの少女の名だった。
「……これは?」
一見なんら変哲のない、フォールドラークの鍵帳簿。
相変わらず内容が薄く、記録としての機能がほぼないように彼の目には映る。
「不正鍵の調査中、フォールドラークの鍵帳簿を精査しておりました。そこで、種族判別不能の鍵が──」
「種族判別が出来ない? 鍵の原料でそれは分かるはずだ」
「そ、それが……」
責任者が言い淀む。
睨めつけるように、ソルヴァンが帳簿に書かれた素材欄を見るのと、ほぼ同時に責任者が呟いた。
「記録には、黒鉄とタングステンの混合、と」
「……タングステン?」
口にした瞬間、室内の空気が少しだけ変わった気がした。
ソルヴァンの指が、書類の角をわずかに弾いた。
「はい。これまで、この鉱石による鍵の鋳造記録は、一件も──」
長らく鍵帳簿の整理作業は、裁判所が担ってきていた。
ソルヴァン自身も、その最高責任者として報告を受けてきた身であり、一度としてその素材を聞いたことがないことは確かだった。
「……今、どれほどの帳簿が整理済みだ?」
フォールドラークの鍵屋は最古の機関。
裁判所はそれより後に創設されたために、帳簿の全てを把握しているわけではなかった。
「現在、最も古い記録から287年前までの分を整理済みです。そして今回の調査に合わせて、直近から順に確認を開始しています。その中で、この鍵の記録が見つかりました」
「つまり──直近300年分が、まだ未整理のままということか」
「……はい。この鍵については、つい三日目に登録されたばかりです」
──三日前。
あまりに直近な出来事に、胸騒ぎを覚える。
「…急げ。他にタングステンの鍵が存在しないか、その空白を徹底的に洗い出せ」
短い返事のあと、監視官はすぐにソルヴァンの部屋を後にした。
閉じられた漆黒の扉を睨むように、彼の金の瞳が眼鏡の奥で細められる。
その手には、一本の鍵の記録。
「…種族不明。そんなことがありうるのか?」
トントンと、整えられた爪が机を叩く。
鍵屋の創設から数千年。今までにない種族の誕生?
…神話じゃあるまいし…
あるいは、存在していたが、鍵を持たなかった種族の台頭……
彼の視線が内容の薄い資料をなぞる。
「…まさかな」
鍵を持たない種族など、彼の認識では一つしかない。
──人類だ。
「……不法混血」
忌々しいとばかりに、書類を持つ手に力が入った。




