表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/82

第八話 万年筆(学生時代)



卒業が目前に迫り、学園の空気はどこか浮ついていた。


新しい未来を迎える期待と、ここを去る寂しさが入り混じった独特の雰囲気。


シリウス・アストラは、その中で静かに歩いていた。


手元の書類には、卒業課題として制作された魔法具の一覧が記されている。


──その中に、彼女の名前を見つけた。


エステル・フォン・リヴィエール


彼女が作ったのは、エメラルドの宝石が嵌め込まれた万年筆。


(……彼女らしい)


実用的で、洗練されていて、何より知性を感じさせる。

それに──その宝石の色は、彼女の瞳と同じだった。


彼女は誰にそれを渡すつもりだったのか。


いや、考えるまでもない。

彼女には婚約者がいるのだから、その相手に贈るつもりだったのだろう。


だが、次の瞬間、書類の横に添えられた注釈が目に入った。


──”学年成績上位五名の作品は、学園に保管される”


……つまり、彼女の魔法具も学園に残るのか。


意図したものなのか、そうでないのかは分からない。


だが、それでも。


(……誰の手にも渡らないのなら、それでいい)


そう思うしかなかった。







卒業課題を与えられたとき、シリウスは迷わずロケットペンダントを作ることを決めた。


銀細工を施し、中に紫水晶を嵌め込んだ、控えめな作りのペンダント。


そこに込めたのは──**「願い」**だった。


(……この学園で過ごした時間が、どうか永遠に続けばよかったのに)


そんな叶うはずのない、無意味な願いを。


学園生活が続く限り、彼はエステルを遠くからでも見つめることができた。

たとえ言葉を交わさなくとも、すぐそばに彼女がいるという事実だけで満たされていた。


だが、卒業すれば、それも終わる。


彼女はメガロポリス国へ、自分はアストラ王国へ。


二度と交わることのない道を歩んでいく。


だから、せめて。


──学園での記憶を閉じ込めたかった。


永遠に開かれない箱のように、この想いを胸の奥深く封じ込めるために。


このロケットペンダントは、自分自身にとっての”鍵”だった。


決して開くことのない、想いの檻。


そして、心のどこかで願っていた。


この魔法具が、誰の手にも渡らないことを。







「シリウス殿下が出るってよ!」

「え、本当に? 今まで一度も出なかったのに!」

「優勝は決まりじゃないか……!」


学園最後の魔法模擬戦。

毎年最大の盛り上がりを見せる戦いだが、シリウスは今まで一度も出場したことがない。


なのに──今年は違った。


今年の優勝者には、学園長が”可能な限りの願い”を叶えてくれるという。


彼は、学期末試験の結果を知っていた。

学年一位は、おそらくエステルだろう。


ならば、自分は”魔法”で一番になればいい。


今まで求められても断り続けてきたこの戦いに、彼は初めて本気で臨んだ。


──その理由を、誰にも語ることなく。








結果は、圧勝だった。


シリウス・アストラ。


その名が呼ばれた瞬間、会場には大きなどよめきが起こった。


魔法戦において、彼は圧倒的だった。


それなのに、なぜ今まで模擬戦に出場しなかったのか──

生徒たちの間では、そんな疑問が交わされる。


だが、彼にとって、そんなことはどうでもよかった。


学園長に呼ばれたシリウスは、静かに一礼する。


「おめでとう、シリウス。見事な戦いだった。」


「ありがとうございます。」


「では、約束通り──君の望みを言ってごらん。」


迷いはなかった。


「エステル・フォン・リヴィエールの作った魔法具を、私にいただけませんか?」


学園長は、一瞬だけ彼をじっと見つめた。


驚くでもなく、咎めるでもなく。


ただ、深く何かを悟ったように、ゆっくりと微笑んだ。


「……なるほど」


そして、小さな箱を手渡す。


「これが、彼女の作った万年筆だよ。」


シリウスは、それを静かに受け取った。


蓋を開ける。


そこにあったのは、エメラルドの輝きを宿す、精巧な万年筆。


指先で触れると、ほんのりとした温もりを感じた。


それが、彼女の魔力なのだと気づいたとき、胸が詰まった。


「……ありがとうございます。」


彼は、深く頭を下げた。







図書館の窓際。


シリウスは、万年筆を手に持ったまま、外を見つめていた。


視線の先に、彼女がいた。


エステル・フォン・リヴィエール。


美しく、聡明で、誰よりも冷静で。


けれど、彼が知っている彼女は、時折ふと見せる微かな表情の揺らぎが、ひどく愛おしかった。


(……もっと話しかけていたら、何か変わっていただろうか?)


そんなことを考えても、もう遅い。


卒業すれば、彼女は自国へ帰る。

自分も、アストラ王国へ戻る。


交わることのない道を、それぞれ歩いていく。


手の中の万年筆を握る。


たとえ本人が知ることがなくても、

彼女の作ったものが、これからもずっと自分の手元にあるという事実だけが、唯一の救いだった。


「……さようなら、エステル。」


声に出したつもりはなかったのに、言葉が漏れる。


まるで、その名を口にすることが最後だと知っているかのように。


静かに歩いていく彼女の姿を見つめる。


何も知らないまま、遠ざかる彼女を。


──もう、目で追うこともない。


彼は、そっと万年筆を握りしめた。


もう二度と開かないはずの箱のように、想いを封じ込めるために。


届かない、届けることができない想いに蓋をして。


彼は静かに、彼女に別れを告げた。



ようやく次回から再会

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ