番外編30 観劇にはご注意を 後編
——エステル視点
アストラ王国に嫁いでから、少しずつ社交の場にも出るようになった私。
王子妃としての立場を求められる中で、流行や話題を押さえることもまた、立派な「勉強」のひとつ。
そんなある日。
「エステル様〜っ!今、王都で大人気の演劇があるんですよっ! しかも主演が、とんでもなくカッコいいんです〜っ!!」
と、サラが興奮気味に騒ぎ出し、
その横でミシェルも
「ただのイケメンじゃありません。演技力、気品、筋肉、すべてを備えた『奇跡の男』らしいです」
と、妙に冷静に煽ってきた。
「エステル様も、流行には敏感でいらっしゃったほうが。王都の貴婦人たちの間では、今や“彼”を知らぬ者はないそうです」
(……それは、確かに興味深いかもしれない)
もちろん、軽い気持ちだった。
サラとミシェルも付き添い、私はこっそり劇場へ向かったのだった。
──そして。
……確かに、主演俳優のレオン・クラヴィスは、圧巻だった。
整った顔立ちに、流れるような台詞回し、舞台映えする体躯。
ときおり客席に投げる視線のひとつひとつに、周囲の女性たちが一斉に息を呑むのも頷ける。
(なるほど……あれが、貴婦人たちが熱狂する理由)
ただ、それだけ。
……だったのだけれど。
帰宅したその夜。
普段通りに迎えてくれたはずのシリウス様の瞳が、ほんの少しだけ、冷たかった気がした。
——そして、夜が更けて
「……観劇、いかがでしたか?」
「えっ?」
「王都で話題の観劇を見に行っていらしたのでしょう?楽しめましたか?」
「そ、そうですね。ええ、確かに素晴らしい脚本、演出、そして出演者でした。」
「……ほう」
彼はベッドの隣に座りながら、ゆっくりと私を見下ろす。
「………特に主役はどうでしたか?」
「主役のレオン・クラヴィスは……」
「………」
「すごく堂々としていて……動きにも品があって……舞台映えのする方でした」
「……なるほど」
「演技力も素晴らしくて、舞台が進むにつれて引き込まれていきました。……すごい方ですね」
思い出すだけで、あの舞台の高揚感が戻ってくる。
そして………
「……腹筋も、とても綺麗だったと、伺いましたが??」
「そ、それはサラとミシェルが……! あのっ、私が言ったんじゃなくて……っ!」
「ふむ……。貴女はご自身の夫の腹筋について、十分に語り尽くしましたか?」
「な、なんですかその問いっ……!」
「つまり……“お仕置き”が必要かもしれませんね」
「え……ま、待ってっ、な、なんの話ですか……!」
「レオン・クラヴィスの演技を“目で味わった”のなら、私の愛は……“身体で味わって”もらいましょうか」
「ちょ、ちょっと殿下!お顔が怖いです!あの、穏便に、えっ、服を脱がすのはまだ早……!?」
「ご安心を。脱がすのは、私の役目ですから」
──その夜の“お仕置き”は、驚くほど丁寧で甘く、しかし逃げ場のない愛撫に満ちたものだった。
唇が、指先が、まるで「他の男なんて見てはいけない」と言わんばかりに、執拗に、愛しく触れてきて。
私はただ、シリウス様に身を委ねるしかなかった。
「……こんなに感じて。まさか、まだ私の身体のすべてを知っていないと?」
「う、うぅぅ……す、すみませんでしたぁ……!」
翌朝、鏡を見ると、首筋にはくっきりとした愛の証が……。
そして、当然のようにサラが大騒ぎしたのは言うまでもない。
「殿下、やるじゃないですか〜っ!! いや〜、令嬢・クラヴィス様完敗ですよ!これは!」
「うぅ、サラ、やめて……その話は……」
──教訓。
我が夫は、嫉妬も愛も全力で返してくるので、迂闊に“他の男”を話題にしてはならない。
けれど、こうして――
「私だけを見ていてください」と言われるのも、悪くないと思ってしまう私は、
やっぱり、世界でいちばん幸せな王子妃なのだと思うのでした。




