番外編28 王子の反省と愛しきご機嫌取り
——シリウス視点
……なるほど。
貴族令嬢と一曲踊っただけで、
「一週間寝室別」を宣言されるとは。
私はまだまだ、夫として未熟なのかもしれない。
いや、確かにあの令嬢のドレスは……
ちょっと生地の少ない仕様だったし、発言も妙に艶めかしかったが。
あくまで礼儀だったのだ。
純然たる外交的行為。
そう、ダンスは国交。ステップは友好。
しかし、エステル様は
「では、今週は寝室を別にしましょう」
と、微笑んだまま言い放った。
あのときの衝撃は、雷に打たれたようだった。
というか、本当に心臓が止まるかと思った。
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その後の数日間。
エステル様はいつも通りお優しく、穏やかに接してくださった。
ただ、夜だけが、完全に閉ざされた。
私の部屋に戻った夜、あのベッドの広さがこれほど空虚に感じられるとは思わなかった。
どれほど高級なマットレスも、彼女の温もりがなければただの空気である。
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そんなある日、私はサラ嬢が侍女仲間に言いふらしているのを耳にしてしまった。
「エステル様のヤキモチ、超可愛くない!? っていうか、殿下、割と本気でしょげてるのウケる〜〜〜!!」
……ええ。しょげてますとも。
寝室、ひとりですからね。
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反省した私は、改めて謝罪を試みた。
庭園で二人きりになれた隙に、意を決して。
「エステル様、もし……僕が不注意な振る舞いでご不快にさせてしまったのなら、心よりお詫び申し上げます」
すると彼女は、そっと目を伏せて――
「……少しだけ、寂しかったんです」
……その一言で、胸が締め付けられた。
(なんてことを……! 可愛い……いや、違う、傷つけてしまったのだ)
「では、今夜からは、またご一緒に」
「……はい」
その夜の手つなぎ就寝は、記念すべき幸福の瞬間となった。
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——で。
後日談、である。
数日後、エステル様がぽつりと。
「……殿下は、あの令嬢のドレスを、どう思われましたか?」
(な、なぜ今その話を……!? 罠か!? 罠なのか!?)
「……ええと、少し布地が……風通しが良すぎる印象でした。エステル様の方が、ずっと品があり……というか、」
「ふふ、ありがとうございます。……その、少し、気になってしまっただけなんです」
(気にしてくださっていたのか……! なんと愛らしい)
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それからの私は、
・毎日紅茶に好きな砂糖の量を調整
・お気に入りの本を枕元に用意
・抱き枕(=自分)が必要なときに即対応
と、全力で“ご機嫌取り”に勤しんでいる。
その甲斐あってか、
「……殿下、今夜は抱き枕になってもいいですよ」
などという最高の許可を頂けるようになった。
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なお、先日サラが勝手に作った王宮内の掲示板に、
【祝・殿下寝室復帰!ヤキモチ大作戦成功記念】
という張り紙がされていたので、外しておいた。
(……いや、本当にやめてください)
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そんな彼女を、毎晩そっと腕に抱いて眠れる日々が戻ってきた今。
私は世界一幸福な男であると、心からそう思っている。
……そして二度と、他の令嬢と踊る際は、全方位に注意することを誓う。
(背中にも目を付けたい)




