番外編27 王子妃殿下の嫉妬 後編
——エステル視点
ことの始まりは、先日の晩餐会だった。
アストラ王国の王族として、シリウス様と共に出席するのはこれで何度目かになるけれど……あの夜は、なんというか、特別に腹立たしかった。
「殿下、ワルツを一曲お願いできますか?」
そう言って微笑んだのは、今をときめく伯爵令嬢。
ドレスは布がどこか足りないのではと思うくらい大胆で、揺れる金のカールをかきあげながら、当然のようにシリウス様の腕へと手を伸ばした。
(……まぁ、シリウス様は断らないわよね)
貴族社会では、舞踏会でワルツを共にするのはよくある礼儀。
ええ、分かっていますとも。
シリウス様は、常に誰にでも丁寧で、公平で、そして紳士的。
だから彼女の申し出に応じたことも、理解できる。
……でも。
それでも!!
ほんの少しでいいから、私の方を見てくれても良かったのではなくて!?!?
ふんわりと微笑む彼の横顔。
軽やかに回るステップ。
そして、あの令嬢の「殿下、踊りも完璧なのですね」なんていう、あざとい囁き。
(完璧なのはご存じです! ご存じでしょうとも!!!)
静かに、けれど確実に、胸の奥でぷちんと何かが切れた音がした。
———
翌朝。
シリウス様が朝の紅茶を差し出してくださったその瞬間、私は口を開いた。
「……今週は、寝室を別にいたしましょう」
紅茶の香りが、微妙に冷めた気がした。
「………………はい?」
一瞬で時が止まったようだった。
けれど私は、微笑んだままもう一度言った。
「寝室、今週は別で」
もちろん、怒鳴ったり泣いたりはしない。
怒っているなんて、言わない。
でも、私だって淑女のプライドくらいはある。
少しくらい、反省してもらいますからね……!!
————
その日の庭園は、どこか空が澄みすぎていて、なんだか逆にモヤモヤが深まった。
「エステル様〜〜!それ、つまり“ヤキモチ”ってやつですよね!?はい可愛い〜〜〜っっ!!!」
サラがハンカチを振り回しながら叫ぶ。
「……違います。これは、単なる内政的措置です」
「いやいやいやいや〜!?あの一言で殿下、石像みたいに固まってましたよ!?あれ絶対響いてますって!」
「……はぁ……」
横でミシェルが冷静にお茶を淹れていた。
「でも、あれで殿下が反省するなら安いもんよね」
(いや、たぶん、反省というより……混乱なさってた気がするけど)
そんな中、木陰に現れたのは――
シリウス様だった。
私たちに気づくと、サラとミシェルが空気を察して(?)即座に退散。
すると、彼はいつもの穏やかな目で、私の前に立った。
「……エステル様。少しだけ、お話してもよろしいでしょうか」
(ずるい。この声音……)
静かな庭園の片隅。
そして、彼の言葉。
「昨日の舞踏会で、もし……お気を悪くされたなら、本当に申し訳ありません」
「私は貴女の気持ちを、大切にしたかったはずなのに……」
しゅん……と項垂れる王子様。
こんなに完璧な謝罪をされて、怒り続けられるほど私は強くない。
(それに、私だって……)
「……少しだけ、寂しかったんです」
そう言った私の手を、彼はそっと取った。
「では……今夜からは、またご一緒に」
「……はい」
———
その夜。
「エステル様。今夜は手を握って眠ってもよろしいですか?」
そう言った彼の声は、いつもより少し震えていた。
(……可愛い、かもしれない)
私はそっと頷いて、そっと手を差し出す。
「お許しが出たんですね!? うわああああ、殿下が戻ってきたああああ!」
翌朝、なぜかサラが勝手に感涙していたけれど……
今日も、我が家は平和です。
——そして私は、ほんの少しだけ、ヤキモチが報われたことに微笑んだ。




