番外編24 続・愛の指南
————エステル視点
結婚してから、数日が経った。
初夜は無事(?)に終え、朝からサラとミシェルの追撃を交わしながらの日々。
けれど、変わったものも、変わらないものもあって。
そうして今日も、私は王宮の応接室に通されていた。
「ごきげんよう、エステル嬢――いえ、今や王子妃殿下ね」
優雅な微笑みとともに、
ゆったりと現れたのは、あの人———
ジョセフィーヌ夫人。
相変わらず抜群のプロポーションに、ため息の出るような優美な佇まい。
歩くだけで香り立つような色香を漂わせながら、夫人はふわりと微笑んだ。
「ご結婚、おめでとうございます。ささやかながら、お祝いを用意したの」
「ありがとうございます、夫人……!」
私は姿勢を正し、深く礼をした。
かつて“艶やかなる指南”を受けた者として、恥じない振る舞いをせねばと、背筋に力を入れた――のに。
「はい、これが祝福の品よ」
優雅に差し出された箱は、リボン付きの光沢ある白い包装紙で包まれている。
そして――開けた瞬間、私は凍りついた。
「……えっっ!?」
中身は、目にも鮮やかな薄紅色の――
レースが繊細にあしらわれたランジェリーセット。
しかも、どう見ても———
わ、私の持っているどの下着よりも……その……露出が多い。
「ふ、夫人っ……!? こ、これは……!」
「まぁ、結婚祝いにぴったりでしょう? 新婚の夜には少し趣向を変えるのも、愛を深める秘訣よ」
「し、趣向って……!!」
顔から火が出そうになる私の横で、にゅっとサラが顔を出す。
「な、なにこれ、エステル様!? えっ、すっごい可愛い!!」
「さ、サラっ!? ちょっ……勝手に見ないでっ!」
「えーっ、だって殿下、これ絶対好きなやつですって……!」
「や、やめてください……!!」
箱を抱きしめて防御態勢に入る私を、ジョセフィーヌ夫人は涼しい顔で見つめる。
「愛される女性とはね、目で、言葉で、そして……肌で愛を語れるのよ」
「“肌”でって……!?!?」
「エステル嬢。あなたは愛される女性になった。あとは、愛を返すだけ」
「う、うぅぅ……」
「たとえば――“あの夜”の続きを、少し大胆に演出してみるとかね」
「だ、だだ大胆っ……!!?」
「時には主導権を握るのも、大切なスパイスよ?」
「……わ、私はただ……愛を深めたいだけで……!!(泣)」
夫人はそんな私に、まるで貴婦人が淑女を導くように優雅に微笑んだ。
「ふふふ……大丈夫。あなたなら、きっと彼を虜にできるわ。だって、もうその頬の紅潮だけで、十分艶があるもの」
「……ッ……」
私は、夫人に敵わない。
一言一言が、胸に刺さって、そしてなんだか、心がポカポカする。
(私は、ちゃんと“愛される側”から、“愛し合う側”に、進んでいけるだろうか)
その一歩を、夫人はそっと背中で押してくれている気がした。
「さて、次の指南は――“静かな夜に仕掛ける小悪魔の囁き”と、“優しく触れる手の魔法”についてよ」
「そ、そんな講義聞いてませんっ……!!」
「新婚の淑女には、学びが尽きないのよ?」
「も、もう……!!」
私は、顔を覆いながらふるふると震えた。
でも――ほんの少しだけ。
ジョセフィーヌ夫人の言葉に、勇気をもらえた気がしているのだった。
———
その夜、寝室の鏡の前で――私は、あの箱を抱えていた。
(……まさか、本当に身に着ける日が来るなんて)
ジョセフィーヌ夫人から贈られた、薄紅のランジェリー。
滑らかなシルクと繊細なレースが、控えめな私の肌を優しく包みこむ。
「……はぁ……」
鏡に映る自分に、思わず息を漏らす。
自分の姿なのに、どこか知らない誰かのようだった。
けれど確かに、夫人の言った通り――
「身に纏うだけで、自信が湧いてくる」
ほんの少しだけ、胸を張れる気がした。
(シリウス様、喜んでくれるだろうか……)
そう思うだけで、心臓が跳ねる。
———
扉の向こうから、足音が聞こえた。
そして、そっと扉が開かれる。
「……エステル様?」
「し、シリウス様っ!」
とっさに布団を引き寄せた私に、彼は少しだけ首を傾げる。
「どうしましたか?……顔が赤いようですが」
「い、いえ……っ、その……!なんでも、ありませんっ!!」
まるで何か悪いことをしている気分だ。
けれど、シリウス様はいつも通り静かに微笑んで――
ベッドの傍に腰を下ろし、そっと私の手を取った。
「……エステル様」
「は、はいっ」
「今日も、一緒に眠れるのが……嬉しいです」
「……ぁ……」
優しい声に、胸がきゅうっとなる。
私は――伝えたい。
今日こそ、少しだけ、私からも愛を返したい。
震える手で、彼の手を包むように握り返した。
「……あの、シリウス様」
「うん?」
「……その……今日は……少しだけ、私から……」
「ん?」
「え、えっと……! こ、こっち向いてくださいっ!」
シリウス様が目を瞬かせ、ゆっくりと顔を近づける。
そして――私が、勇気を出して、彼の頬に、そっとキスをした。
「……っ」
沈黙。
けれど、彼の目が少しだけ驚いたように見開かれ、そして、すぐに――
「……どうしよう。可愛すぎて、理性が持たないかも」
「え……っ、あっ、あのっ……!!」
布団に潜り込もうとする私を、彼の腕がそっと止めた。
「逃げないで。貴方からのキス……すごく嬉しいです」
「……っ、恥ずかしいです……」
「なら……次は、私の番ですね?」
「えっ……ん……っ」
甘く、優しく、そして深く――唇が重なる。
———
その夜。
シリウス様は、いつも以上に丁寧で、愛おしさを込めるように触れてくれた。
私は、初めて“自分から愛を渡す”ということの意味を知った気がする。
(ジョセフィーヌ夫人の言葉は、やっぱり本物だった)
眠る直前、私は小さくつぶやいた。
「……もうちょっとだけ、勇気出してみようかな」
すると、隣でシリウス様が目を細める。
「……やっぱり、ジョセフィーヌ夫人に何か吹き込まれましたか?」
「……な、なんで分かったんですかっ!」
「サラが今日、朝から“エステル様の下着が可愛いって絶対殿下落ちますよ〜!”って騒いでたから……」
「サ、サラぁぁぁぁっっ!!!」
私は毛布の中で叫んだ。
「魅惑的すぎて、心臓が持ちそうにありませんでした」
耳元で低く甘く囁く殿下の声。
改めて、恥ずかしさでいっぱいになる。
けれど――心の奥には、不思議なほどの満ち足りた温もりがあった。
———
そして、翌朝。
「おっはようございます〜〜〜〜っっ!!!」
爽やかな日差しと共に、寝室の扉を蹴破らんばかりに飛び込んできたサラ。
「おめでとうございます!!夫人のミッションクリア記念日っ!!!」
「サラっっっ!!!!」
「エステル様のランジェリー、最高だったでしょう!?私、チョイス間違ってなかったでしょ!?」
「選んだの、夫人ですぅぅうう!!!」
今日も、新婚生活は騒がしく、幸せに始まる。




