番外編22 王宮雑用係のとばっちり
──ミシェル視点
「サラ、何してるのよ」
そう声をかけたとき、私はまだ知らなかった。
自分の運命が、もう戻れない場所に足を踏み入れていたことを。
その日の朝。
王妃様(予定)と殿下の結婚式から明けた王宮は、まだうっとりとした空気に包まれていた。
私は普段通り、廊下の掃除を終えて片付けに戻る途中だった。
……サラが、いた。
廊下の角にぴたっと張り付き、耳をそばだてている。
なぜか黒いマントを羽織り、完全に「何かよからぬことを企んでいます」って顔してる。
「なにしてるの」
「シーッ!ミシェル!今、大事なミッション中なの!!」
「また殿下たちの部屋前で盗み聞き……?」
「違うわよ!これは“愛の観察”よ!!歴史的調査!!王族の初夜文化の検証!」
「そんな文化、ないわよ!!」
ここで逃げればよかったのに。
なぜか私は言ってしまった。
「……で、なにを観察してるのよ?」
その一言が、運命の分かれ道だった。
「えっ、興味ある!?よね!?あるよね!?ねぇミシェル、今から一緒に潜入する!?するよね!?」
「しないわよ!?ていうか“潜入”って言ったわね!?完全にアウトな響きだったわよね!?」
「殿下とエステル様、きっといま、窓辺で朝の紅茶飲んでるのよ……!ふたりでカップを交換したりして……!ねえ、想像して!?可愛いよね!?愛だよね!?」
「落ち着け!!!酸素吸って!!!!」
けれど、もう遅かった。
サラは私の手を引き、ずるずると扉の前まで連行してきたのだ。
「魔法の聴音結界はね、ちょっとした応用術で──」
「ちょっと待て!何その魔法!?侍女ってそんな訓練受けるの!?」
「ミシェル、今日は特別訓練なのよ!実践あるのみ!!エステル様の幸せ、見届けなきゃだめ!!」
「聞いてないわよそんな訓練!!」
そこに──
「何をしている」
現れたのは、またしてもマーク。
無言のプレッシャーが背中を直撃する。
「ごめんなさい、マークさん!!私、サラに引きずられただけなんです!!人質でした!!」
「えっミシェル!? さっきまでノリノリだったじゃん!」
「ノリノリじゃないわよ!?巻き込まれただけよ!!やめてよ、同罪扱い!!」
「はぁ……」
マークが天を仰ぐ。
「まったく、サラもミシェルも……エステル様に仕える身として、もう少し慎めと言っているだろう」
「だって、エステル様が幸せそうだったら、見守りたいじゃない……」
「そうですそうです。ふたりの愛のその後は、国の未来そのものなんです!!」
「勝手に国家規模の問題にするな……」
──最終的に。
私とサラは「厨房の片付け手伝い」という謎の罰を言い渡されました。
もちろん、マークの徹底監視付き。
でも。こっそり耳打ちされた。
「ミシェル、ねぇ、夜にまたこっそり抜け出してさ……“観察”の続きしようよ」
「……やる気でいるんだ、この人……」
私の静かな日常は、今日もまたサラに壊される。
だけど、少しだけ……悪くない。
たぶん。




