番外編18 氷の女王から見た義理弟と婚約者(とその侍女)
──イザベル・フォン・フェルディナント視点
アストラ王国に滞在するのは、これで二度目。
一度目は公式な外交。
二度目の今回は──義弟、シリウス・アストラ殿下の結婚式に招かれての訪問である。
あくまで外交的儀礼の延長……のはずだったのだが。
「イザベル、何着ていく? 参列者の中で一番美しいのは確定だと思うけど、問題はテーマだよな」
ジークハルトはこんな調子で、まるで舞踏会に恋する貴族のように浮かれている。
彼が外交官であることを、私はよく忘れそうになる。
———
さて、今回の式で最も興味を惹かれるのは、義弟シリウス殿下の婚約者──エステル・リヴィエール嬢だった。
才女と聞いていたが、それだけではなかった。
礼節を知り、芯が通っていて、しかし自らを過度に飾ることはない。
知性と品位を両立させた、王妃に相応しい人物だ。
ただ、それ以上に。
──彼女がシリウス殿下の隣にいるときだけ、殿下の雰囲気がやわらぐ。
それを私は見逃さなかった。
あの弟君は、ジークハルトとはまた違った意味で「鋼」のような人間だ。
静かで、冷静で、常に己を律している。
けれど、その鋼に、ふと淡い光が差すのだ。
彼女の一言、彼女の笑顔──そのすべてが、彼の中の静寂に波紋を生んでいた。
それは恋というには静かすぎる。
けれど、確かな情だった。
———
そんなふたりを前にして、もう一人、忘れてはならない存在がいた。
──侍女のサラである。
今回、初対面だったのだが、どうやら彼女の中では私はすでに「神格化」されていたようだ。
「イザベル様が、推しと推しの婚約式に降臨されるなんて……世界に感謝……!」
(私に感謝するより、あなたの神にでも祈ったらどうかしら)
「エステル様と殿下って、見てるだけでエーテル濃度上がりません? あれですよ、あのふたりはもう、魔力共鳴しちゃってる感じなんです!」
(魔力共鳴……? そういう発想はなかった)
しかし、彼女なりに見えているのだろう。
「だって、殿下ってエステル様の一言に反応するんですよ!? わかります!? 普段、氷みたいに無表情なのに、エステル様のことだけは……もう、表情筋が仕事してる!」
……少々過激な表現ではあったが、否定できない。
私の目にも、シリウス殿下はエステル嬢を前にすると、わずかに瞳の色が揺らぐのが見えた。
それは、彼女にだけ見せる「柔らかさ」。
それを引き出せるのは──
たった一人。
———
「イザベル様、あのですねっ!」
また、来た。
何事かと眉をひそめると、彼女は懐から小さな紙束を取り出した。
「あのですね! 実は私、イザベル様とエステル様とで“愛しい男を翻弄する講座”をやりたいと思っていまして!」
「……は?」
「エステル様ってとっても奥ゆかしくて、でも殿下にはどこか翻弄されてほしいじゃないですか! イザベル様もジーク様を翻弄してますし、ぜひ講師にっ!」
「……待って。それはつまり、私はジークハルトを翻弄していると?」
「ええ、見事な手綱捌きです!」
(……複雑な気持ちだ)
「で、ですね! 翻弄ポイントは『言葉の余韻』『視線で語る』『不意打ちのスキンシップ』! これらをテーマに──」
「──それ以上話すと、口を封じるわよ」
サラ:「ご褒美ですねっ!」
(……本当に、この子は何なのだ)
———
夜。
客間に戻ると、ジークハルトが「今日はどうだった?」と気軽に聞いてくる。
私は紅茶を口に運び、静かに答えた。
「サラという少女を、弟君たちはよく側に置いているわね」
「うん。癒し枠であり、騒動の火種でもあり……。まあ、あの子がいれば退屈しないよ」
(……まったく、その通りだと思うわ)
それにしても。
あの子の前では、私の“氷の女王”という二つ名も、まるで意味をなさない。
──油断も隙もない子だけど………
この賑やかな侍女がいることで、氷のような弟君と、その隣の花のような娘が、もっと生き生きとするなら。
それも、悪くない。




