表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/82

番外編13 遠くて近い恋の形


——マーク視点



「お前は、弟のことをどう見ている?」



ジークハルト殿下にそう問われたのは、シリウス殿下が卒業し、ジークハルト殿下が帰国されて間もない頃だった。


場所は、王宮の小さな中庭。

風は穏やかで、空は晴れていた。

だが、私の背筋はひそかに緊張していた。



なにせ、アストラ王国の第一王子にして、王家随一の切れ者が、私に真顔で問いかけてきたのだ。



私は慎重に、言葉を選んだ。


「……常に冷静沈着なお方です。感情を露わにされることは滅多にありません」


「ほう」


「ちなみに……模擬戦の後、あいつに変わった様子はなかったか?」


私は少し迷い、答えた。


「……いいえ、殿下は普段通りに振る舞っておられました。ただ──」


「ただ?」


「帰還後、控室で……万年筆が納められた小箱を、指先で何度も撫でておられました。無意識のように、ゆっくりと」



あのとき——



殿下は手元の小箱を、まるで壊れ物のようにそっと撫でておられた。


箱の中身は、学園長から授かった“ご褒美”——



エステル・リヴィエール嬢が作った、万年筆。



私は口を閉ざす殿下の横顔を、横目でそっと見ていた。


彼の目はいつもと変わらず、冷静で静かだった。


だが、それは見慣れた“仮面”だ。



……私は知っている。


その奥底で、彼が何かを感じていることを。


 


———




殿下は、誰に対しても平等だった。

私のような護衛に対しても、常に礼を尽くし、感情を荒らげることはなかった。



だが、学園では時折、私は見てしまうのだ。


殿下が、視線の端に「彼女」を捉える瞬間を。



昼下がりの中庭。

静かな図書館。

講義が終わった教室の出口。



そのすべてに、殿下はまるで意図せず、彼女の気配を探していた。



言葉を交わすことはほとんどなかった。

けれど、その“距離のとり方”がむしろ特別だったのだ。



あの目の奥に宿った光。

ひとを想う者のそれを、私は幾度も見てきた。


 


———




その後、王都へ戻った私は、殿下の変化に気づくこととなる。


以前よりも、よく考えこむようになられた。



時折、何かに思いを馳せるように遠くを見つめる姿。

夜遅くまで、窓辺で書き物を続ける背中。




「恋とは、姿形よりも、沈黙が語るものだ」



かつて仕えた老将が、そう言っていたのを思い出す。



それは、今の殿下そのものだと私は思った。



——ただ、伝え方が分からないのだ。



立場も、名も、すべてが彼の背に重くのしかかる。



けれど、それでもシリウス殿下は選んだ。

模擬戦の勝利と引き換えに、彼女の万年筆を手に入れたとき——



殿下は、ようやく自分の気持ちを「形」にしたのだ。


言葉ではなく、行動で。

そして、その行動は、きっと届いていた。


 


———




私は知っている。


学園を卒業し、彼女が自国へ戻るとき。



殿下はただ、窓辺から静かにその背中を見送っていた。


名前を呼ぶこともなく、手を伸ばすこともなく。

ただ、手にした万年筆を胸に握りしめて。



「……殿下、随分とお強くなりましたね」



私は、殿下の静かな恋に心からの敬意を抱いている。


その恋が、やがて結ばれようとしている今。



私がそばに仕えていた意味も、きっとあったのだと——


そう信じている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ