表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/82

番外編10 卒業後

エステルの前婚約が解消された時の話


——エステル視点




学園を卒業し、私は自国へと戻った。



つまり、それは婚約者との結婚が現実味を帯びるということ。


幼い頃から決められていた婚約。政略結婚が当たり前のこの世界では、拒むことなど許されない。

私もそれを理解していたし、受け入れるしかないとずっと思っていた。



でも。



学園で過ごした日々が、私に“知るべきではなかった感情”を教えてしまった。胸の奥が痛む、このどうしようもない感情を。



どれだけ冷静に振る舞おうとしても、卒業式の日、彼——シリウス・アストラの背中を見送ったあの瞬間から、ずっと心がざわついていた。



彼も、遠からず婚約者と結婚するのだろう。


それが当然で、順当な未来。


だからこそ、この気持ちはどうすることもできない。

 


それなのに、私は狡い手を使ってまで彼のロケットペンダントを手に入れた。

叶わぬ想いを断ち切ることは……今のところできていない。


この紫水晶のロケットをどうするつもりなのか、自分でも分からないまま、ドレスの下に忍ばせたまま過ごしていた。




そんなある日——宰相である父が、珍しく怒りを滲ませた表情で帰宅した。


普段は冷静沈着な父が、こうして怒りを露わにすることは滅多にない。



「エステル」

 


呼ばれ、私は静かに父のもとへ向かう。


そこで告げられたのは、思いがけない言葉だった。



「おまえの婚約は解消された」



最初、聞き間違いかと思った。


だが、父の顔は真剣だった。


理由は政治的なもの。



「どうやら国王陛下の末娘が、おまえの婚約者に懸想したらしい」


「……王女殿下が?」



「そうだ。国王陛下は末娘に甘い。まだ12歳の子供だというのに、どうしてもおまえの婚約者を自分のものにしたいと言い出した。陛下はそれを認め、あちらの家に圧力をかけたそうだ」



婚約者と王女殿下は10歳以上も年が離れている。


突然の婚約解消に、彼は今どんな気持ちだろうか——。


少しだけ、不憫に思う。



「長年の婚約だったのに、すまないな」



父はそう言った。


「だが、おまえにはもっと素晴らしい相手を探してやる」



——もっと素晴らしい相手。



確かに、私の元婚約者以上に優秀な人はいるだろう。


でも。


“彼”を超える人など、この世にいるのだろうか。



答えは出ないまま、私は父を見つめた。


「……可能ならば、しばらく……新しい婚約の話は進めないでほしいのですが」


「なぜだ?」


「婚約のことを考えるより、今は何かに没頭したいんです。……父上、私に仕事をさせていただけませんか?」



父は少し考え、ゆっくりと頷いた。



「良いだろう。おまえには優れた才がある。仕事を任せるのも悪くはない。しかし、然るべき時がきたら婚約は避けられんぞ。」


「もちろんです。ありがとうございます」



——このまま結婚の話が先延ばしになればいい。



彼を忘れる、その日が来るまで。


私は静かに、胸元のロケットを握りしめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ