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第三十六話 兄の告白


(シリウス視点)




ジークハルト兄上が帰国してから、まだ数時間しか経っていないというのに、すでに私は 疲労を覚えていた。



「まあ、いずれもっと仲良くなれるさ。エステル、お前が俺の弟と結婚するのなら、俺とも上手くやってくれよ?」



そう言って 気軽に笑う兄上 の姿に、私は内心でため息をつく。


(……本当に、この人は変わらない)



外交官として各国を飛び回り、冷静な判断力と戦略的思考を持つ 優れた王族 であるはずなのに——


身内にはこうして 自由奔放な態度 で接する。



エステル様は穏やかに微笑んでいたが、その目は わずかに戸惑いを含んでいた。


無理もない。

彼女は 誠実で礼儀を重んじる性格だ。

いきなり兄上のような 掴みどころのない人物 に気軽に馴れ合えるはずもない。



「兄上、エステル様を困らせるのはやめてください」


「困らせてるつもりはないぞ?」


「いいえ、困っています」



兄上は肩をすくめて、 悪びれもせず笑っている。



(やはり、少しは注意するべきか……)



だが、思いのほか エステル様は冷静だった。


彼女なりに兄上の振る舞いを受け流し、適度な距離を保とうとしているのが分かる。



(……ならば、見守るとしよう)



と、その時——



「そうそう、シリウス」



兄上が突然、私の名を呼んだ。


「……何ですか?」


「俺、愛する人ができたんだ」





「…………は?」



私だけでなく、この場にいた者たち全員が 言葉を失った。



それも当然だろう。

王宮の人間なら誰もが知っている事実がある。



「第一王子ジークハルトは長年婚約を拒んできた」



それは単に自由を求めてのことではない。

彼は 政治的な理由を理解した上でそれを拒んでいたのだ。



その彼が、「愛する人ができた」とは——



「……兄上、それは本気の話ですか?」


「もちろん」



兄上は 驚くほどさらりと そう答えた。



「だって、あんなに美しくて聡明で、気高い女性がいるなんて思わなかったからな。すっかり魅了されちまった」


「……誰のことですか?」


「フェルディナント王国の摂政王妃、イザベル・フェルディナントだよ」




今度こそ場が完全に静まり返った。



(……兄上が、フェルディナント王国の摂政王妃に……?)




イザベル・フォン・フェルディナント。


彼女は先代のフェルディナント王と結婚したが、夫が急逝し 若くして未亡人となった女性。

現在は フェルディナント王国の摂政を務める、まさに国の中枢を担う存在だった。



彼女は 氷のように冷徹で、知略に長けた王妃 として知られ、周囲からは「氷の女王」と恐れられている。


その彼女を……兄上が?




「……兄上、それは外交戦略の一環ではなく?」


「いや、違うね。純粋に惚れた」


「…………」


「最初はただの外交相手だったんだけどな。交渉のたびに、彼女の鋭さや覚悟の深さを知るたびに……気づいたら、目が離せなくなってた」



兄上は 本当に楽しそうに 言った。


「で、アプローチしたわけさ。『俺みたいな男に口説かれるなんて、悪くないだろ?』ってね」


「……兄上、それは口説いているとは言いません」


「そうか?」


「ええ、間違いなく失礼です」



エステル様が わずかに眉を寄せながら 断言する。


だが兄上は 全く気にした様子もなく 笑った。



「でもな、シリウス。俺は本気だよ。イザベルがどんなに強がっても、俺には分かる。あの人は、一人で背負いすぎてる」



……。




兄上の口調が 先ほどまでとはわずかに違っていた。



からかうような口ぶりではあるが、その言葉の中には、どこか 真剣な色が滲んでいる。



「だからさ、俺が彼女を笑わせてやろうと思うんだ」





しばらく誰も言葉を発さなかった。



だがやがて、私が沈黙を破る。


「……兄上は、本当に彼女に心を奪われたのですね」


「おうよ」


「しかし、相手は摂政王妃です。フェルディナント王国の事情もあるでしょうし、簡単に婚姻を受け入れるとは——」


「そこなんだよなあ」



兄上は 頭を掻きながら苦笑した。


「いや、俺も今のところは『百年早い』って言われてるんだけどな。でも、だからこそ燃えるだろ?」


「……」



やはり、この人は自由すぎる。


「ま、俺の恋路はさておき……」



兄上は 突然話を切り替え、私とエステル様を交互に見た。


「お前たちは順調そうで何よりだ。シリウス、お前も随分いい顔になったな」


「……そうでしょうか?」


「そうさ。昔は難しい顔ばっかりしてたのに、今はずいぶん穏やかになった」



兄上は満足そうに頷くと、続ける。


「よし、それなら弟の婚約者を安心して預けられるな。エステル、お前がシリウスを頼ってくれるなら、俺も安心だ」


「……ありがとうございます、第一王子殿下」



エステル様が微笑み、兄上は「だからジークでいいって」と肩をすくめる。



……やはり、振り回されることになりそうだ。



けれど 兄上の「本気の恋」には、確かに真実味があった。



果たして、この先どうなるのか——



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