第三十三話 身につけたら、即バレました
——シリウス視点
最近のエステル様には、どこか”艶”がある。
言葉では説明し難いが、ほんの些細な仕草、指先の動き、歩き方のひとつひとつが、以前よりも女性らしくなっているのだ。
私はその変化を密かに楽しんでいた。
しかし——
今日、彼女が部屋に現れた瞬間。
私はすぐに、「ああ、何かが違う」と察してしまった。
「シリウス様、お待たせしました」
彼女は微笑みながら、いつもと変わらぬ優雅な足取りでやってくる。
だが——
(……何かが違う)
意識せずとも、視線が彼女の足元へと引き寄せられた。
「エステル様」
「はい?」
「……何か、変わられましたね」
「っ!?いいえ?なにも変わりありません」
エステル様の肩が、ほんのわずかに跳ねた。
(……なるほど)
これは、確信したも同然。
エステル様は、私の前に座り、紅茶のカップを手に取った。
しかし——
(……なぜか落ち着きがない)
さっきから、何度もスカートの裾を気にしている。
紅茶を飲む動作も、いつもより慎重すぎる。
そして——何より、足の組み方が、どこかぎこちない。
(……ふむ)
「エステル様」
私は意図的に、少し身を乗り出した。
「本当に……何も変わられていませんか?」
「な、何も変わっていませんよ?」
即答だった。
しかし、その答えがあまりにも早すぎた。
「そうですか」
私は微笑みながら、カップをゆっくりと口元へ運ぶ。
「では、気のせいかもしれませんね」
「そ、そうですよ!気のせいです!!」
(いや、確実に何かある)
そして、その“何か”は……おそらく——
(……ジョセフィーヌ夫人の仕業でしょうね)
エステル様は普段、控えめながらも堂々とした振る舞いをされる方だ。
しかし、今日は明らかに、何かを隠している。
隠している……?
……いや、違う。
これは……
(この前同様に、“何かを身につけている”のでは?)
その推測が脳裏をよぎった瞬間、私の目が自然と彼女の足元へと向かう。
(……もしや)
私は、何気ないふりを装いながら、紅茶を置き、軽く体を傾けた。
「エステル様」
「はい?」
「お手元にあるナプキンを、少しお貸しいただけますか?」
「えっ?」
エステル様は一瞬戸惑ったが、素直に膝の上のナプキンを取ろうとした。
——その時だった。
カサッ
(……今、何か擦れる音がした)
シルクの衣擦れに似た、ほんのわずかな音。
それは——私の知る限り普段の彼女のドレスからは決して聞こえない音だった。
「……」
私はそのまま、ナプキンを受け取るふりをして、視線をさりげなくスカートの裾へと向けた。
そして……その瞬間。
「……なるほど」
気づいてしまった。
(これは……)
ガーターベルトだ。
ジョセフィーヌ夫人に影響を受けたことは察していたが、まさか……もうここまで実践されていたとは。
……これは、正直。
(冷静でいるのが、難しくなりますね)
エステル様の様子を見ると、彼女は少し俯き、カップの縁にそっと指を滑らせていた。
頬が……薄紅に染まっている。
まさか、自覚がないわけではないのだろう。
つまり——
(これは、試されているのか……?)
いや、違う。
きっと彼女はただ、少しずつ新しいことに慣れようとしているだけなのだ。
だが、その姿があまりにも愛らしい。
「エステル様」
「は、はい?」
私はゆっくりと顔を近づける。
「……とても、よくお似合いですね」
「っっ!!??」
エステル様の手が、ガタンッとテーブルを揺らした。
「し、シリウス様っ!!??」
「ふふ、どうかしましたか?」
「な、何のことですか!?」
(もう、かわいすぎて……)
私は静かに微笑みながら、紅茶を一口飲んだ。
「ええ、何のことかは……ご想像にお任せします」
「〜〜〜っっ!!」
エステル様の耳が、真っ赤になっていた。
——こうして。
私は、彼女の“変化”を再び確実に悟ってしまったのだった。
(……今後は、もっと冷静さを保たなければなりませんね)
そう思いながらも——
私は、次にどんな変化が訪れるのか、内心楽しみにしている自分に気づいてしまったのだ。
サラの心の中。
「えええええ!!? 殿下、なんで気づくんですか!? いや、あの衣擦れ音で分かるとか、もう人間の域超えてません!? まさかの超感覚!! でも……推しがバレた……尊い……(泣)」




