第三十一話 悟ってしまった真実
(シリウス視点)
エステル様の雰囲気が、最近少し変わったような気がする。
言葉にするのは難しいが……何かが違う。
初めてそう感じたのは、数日前。
私の婚約者は、もともと落ち着いた気品と知性を兼ね備えた女性であり、どんな場でも堂々とした佇まいを崩さない。
だが最近、彼女の動きがどこかしなやかになった気がする。
例えば、ふとした瞬間の指先の動き。
例えば、歩くときのドレスの揺れ方。
ほんの僅かな違いなのに、目が離せなくなる。
——何か、変わったのだろうか?
そう思いながらも、決定的な答えが見つからず、私はその疑問を胸の奥に仕舞い込んでいた。
そして、その日 は突然訪れた。
午前の執務を終え、エステル様のもとを訪ねたときのことだった。
彼女は普段通り、上品なドレスをまとい、読書をしていた。
窓辺から差し込む光が黒髪に柔らかく降り注ぎ、エメラルドの瞳をより一層美しく際立たせる。
いつもの光景のはずなのに……
なぜか、目が離せない。
そんな私の視線に気づくことなく、エステル様はページをめくりながら、何気なく伸びをした。
——そして、その瞬間。
「……っ」
彼女のドレスの肩紐が、ふっとずれたのだ。
「エステル様」
私はとっさに手を伸ばし、肩紐を直そうとした。
ほんの些細な仕草だった。
……が、そのとき。
視界の端に、普段は見えないものが映った。
(……?)
一瞬、私は思考を止めた。
肩紐の下に覗いたのは——
いつもと違う、繊細なレースの装飾。
優雅な刺繍が施された淡い色合いの布地。
装飾は控えめでありながらも、絶妙な透け感を持ち、その一部が肌に吸い付くように馴染んでいる。
「……」
思考が一気に凍りついた。
(……なるほど、そういうことでしたか)
心の中で静かに呟きながら、何食わぬ顔で肩紐を元に戻す。
エステル様は何も気づいていないようで、私に微笑んだ。
「ありがとうございます、シリウス様」
「……いえ」
(これは……どういうことなのだろう?)
私は静かに、己の思考を整理し始めた。
この変化。
最近、彼女の雰囲気が変わった理由。
そして、今目にした“新しい秘密”。
(もしかして……)
脳裏に浮かぶのは、ジョセフィーヌ夫人。
エステル様が最近、何やら夫人と親しくしているのは知っていた。
そして夫人は、社交界の華と呼ばれる女性であり、流行を生み出す存在。
……まさか。
まさか、夫人の影響で——エステル様が女性としての“準備”をされているのでは?!
「……っ」
だめだ。
冷静でいなければならないのに、心が騒ぐ。
たかが、下着を変えたくらいで何を動揺しているのだ、シリウス・アストラ。
しかし、そう自分に言い聞かせたところで、無駄だった。
なぜなら——
(……ああ、意識してしまう)
ダメだ。
今まで、どんなときも冷静に振る舞ってきたのに。
たったこれだけのことで、私は完全に意識を持っていかれている。
(これは……予想以上に、危険だ)
思わず、手元のカップを強く握りしめる。
「シリウス様?」
「……いえ、何でもありません」
「?」
私の微妙な変化に気づいたのか、エステル様は首を傾げた。
その何気ない仕草すらも、今までと違って見えてしまう。
(これは、しばらく……自制が必要になりそうですね)
私は静かに息を吐き、目の前の婚約者に優雅に微笑んだ。
「エステル様、今日のドレスも大変お似合いですね」
「……あ、ありがとうございます」
(だが、本当に似合っているのは……その“内側”の変化のほうでしょう)
だが、それを口にするには、まだ早い。
私の愛しい婚約者が、自らその扉を開くまでは——。




