表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/82

第二話 学生時代(シリウス編)


シリウス・アストラは、常に穏やかであろうと心がけていた。

王族として、後継者ではなくとも国を支える者として、感情を表に出しすぎることは不要なものだった。


魔法学園への入学も、その延長線上にあった。

知識を深め、技術を磨くことは国のためになる。

そこで出会う人々と交わるのもまた、外交の一環として必要なこと。


だが、彼は決して他者と深入りしない。

誰にでも公平であり、誰に対しても同じ距離を保つ。


──婚約者に対しても、それは変わらなかった。


シリウスは、婚約を「義務」として受け止めていた。

個人の感情を交える必要はなく、むしろ冷静な関係の方が望ましい。

情に流されず、ただ役割を果たせばいい。


──彼女の姿を見るまでは。








それは、入学から半年ほど経った頃のことだった。


学園の中庭。


風が静かに木々を揺らし、昼下がりの陽射しが穏やかに広がる。

シリウスは、講義の合間にふとその場を訪れた。


普段ならば、人の少ない時間を見計らって来るのに。

その日は、そこに先客がいた。


漆黒の髪が、陽の光を受けてわずかに艶めく。

彼女は、一人で本を読んでいた。


エステル・フォン・リヴィエール。


講義では何度も姿を見ていた。

その聡明さも、優雅な立ち居振る舞いも知っていた。


だが、この時、彼女はただの貴族令嬢としてではなく──ひとりの「静寂を纏う人」として、そこにいた。


彼女は静かだった。


読書に耽り、周囲の世界とは一線を画しているような空気を纏っていた。


(……静寂を好む人なのだろうか)


シリウスは、人との距離を慎重に測る。

彼自身もまた、群れることを好まず、慎重に言葉を選ぶ人間だった。


だからこそ、彼女の姿が妙に印象に残った。


周囲に過剰に馴染もうとするわけでもなく、かといって他者を拒絶するわけでもない。

淡々とそこにいて、ただ静かに時間を過ごしている。


──奇妙なほど、居心地のいい静けさだった。


気づけば、その場を離れがたく感じていた。


(……いや、何を考えている)


彼は小さく息を吐き、歩みを戻した。


関わる必要のない相手だ。

彼女には婚約者がいるし、自分にも。


目を向けることに、意味などない。


だが、それからというもの。


中庭を通るたび、ふと、彼女の姿を探してしまうようになった。








それは、筆記試験の成績が発表された日のことだった。


学園では、定期的に成績順位が公表される。

生徒たちは、それを確認し、自らの努力の成果を測るのが通例だった。


シリウスにとって、学業成績は重要なものではあったが、執着するほどのものではなかった。

当然、上位にいるべき存在として、ただ結果を受け入れるだけ。


成績表を手に取り、視線を走らせる。


1位──エステル・フォン・リヴィエール


(……また彼女が一位だ)


シリウスの指が、その名前の上で止まる。


学園には各国の王族や貴族が集い、優秀な者も多い。

その中で、彼女は筆記試験において常に誰よりも優れた成績を修めた。


ふと、講義中の彼女の姿を思い出す。


一切の無駄なく、的確な言葉で回答を紡ぐ姿。

時に、教授すらも唸らせるような理論を展開する。


彼女が努力を重ねて得た結果であることは、容易に想像できた。


(……すごい)


純粋に、そう思った。


だが、それだけならば、ここで成績表を閉じればいい。

次に目を向けるべき課題へと、思考を切り替えればいい。


──それなのに。


何度も、何度も、同じ場所に目が行く。


エステル・フォン・リヴィエール


まるで、その名前が瞼に焼き付いてしまったかのように、繰り返し見てしまう。


(なぜ、こんなにも意識してしまうのか)


成績が優秀だから?

それとも、彼女の持つ気品や聡明さに惹かれたから?


いいや、そんな単純な理由ではない。


けれど、今の自分では、その答えを見つけることはできなかった。


静かに成績表を閉じる。


だが、心の奥に残る、彼女の名前。


──これが、何を意味するのかを知るのは、もう少し先のことだった。









学園での授業は、理論と実践の両面から構成されている。


シリウスは、魔法の才能に恵まれていた。

幼少期から厳しい教育を受け、制御力も発動速度も群を抜いていた。

それは彼にとって、当然のことだった。


魔法は、磨くもの。

魔法は、統制するもの。

魔法は、己を律するためにあるもの。


だからこそ、試験のたびに最優秀と呼ばれることにも、何の感慨も抱かなかった。


──けれど、ある時だけは、わずかに意識が揺れた。


それは、実技試験の結果が発表された日。


彼の名前が呼ばれ、称賛の声が上がる。


その時、ふと目に入った。


エステル・フォン・リヴィエールが、静かにこちらを見ていた。


彼女の表情は変わらない。

だが、その瞳には、わずかな賞賛の色が浮かんでいるように見えた。


──それだけのことだった。


それだけのことなのに。


その視線を受けた瞬間、胸の奥がかすかにざわつくのを感じた。


彼女は、何も言わない。

他の学生のように、大げさに称えることもなければ、近づいて話しかけてくることもない。


ただ、淡々とした態度で、その場にいた。


なのに。


(……見られていると意識してしまう)


彼女の視線を、心のどこかで気にしてしまっている自分に気づき、シリウスは静かに目を伏せた。


意味のないことだ。

この感情に、価値などない。


だから、すぐに忘れようとした。


──だが、それ以降。


彼女の存在が、自分の中で無視できないものになっていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ