第二十八話 王宮雑用係、誕生。
(マーク視点)
「さて……、どうしたもんかね。」
俺は腕を組み、目の前で小さく縮こまるミシェルを見下ろした。
その後ろでは、殿下が静かに佇んでいる。——これが一番怖い。
エステル様の大切なものを盗んだ犯人が判明し、シリウス殿下が処遇を決める場が設けられた。
正直、宮廷の掟に従えば、王子の婚約者の持ち物を盗むなんて、相当重い罪に問われる。
筆頭魔術師の孫とはいえ、牢獄送りになってもおかしくない。
だが——エステル様は、そうは望まなかった。
「……私はもう気にしていませんので、あまり厳しくしないであげてください」
なんて、相変わらずの女神対応を見せる。
(エステル様……、優しすぎますよ……!)
けれど、それで許されるほど、殿下は甘くない。
今も静かにミシェルを見つめているが、オーラが冷酷な月のごとく冷たい。
「ミシェル」
静かに名を呼ばれるだけで、ミシェルの肩がビクリと震えた。
「あなたの行動は、決して許されるものではありません。私が本来ならば、王族の婚約者に手を出した者として、厳罰に処すべきです。」
「ひっ……」
ミシェルは顔を青ざめさせる。
「……しかし。」
殿下は一拍置き、淡々と続けた。
「エステル様のご厚意により、あなたを重罪には問わないことにしました。」
ミシェルは一瞬、ホッとした顔を見せた。
——が、その安堵は一瞬で消える。
「とはいえ、罪を帳消しにするつもりはありません。」
「……え?」
殿下はすっとミシェルを見下ろし、冷静に言い放った。
「あなたは王宮雑用係として、一定期間働きなさい。」
「…………は?」
「それから、筆頭魔術師の孫として、魔術の訓練も受けること。あなたは魔法の素質がありながら、それを有効に使おうとしてこなかった。
今回の件で、あなたがどれほど魔法を軽んじているかがよく分かりました。」
「ちょ、ちょっと待ってください!それって——」
「もちろん、掃除や雑務もこなしながら、です。」
ミシェルの顔が、見事なまでに真っ青になった。
「そんな!私、王宮で掃除なんてしたことないのに!」
「では、学べばいいでしょう。」
バッサリ斬り捨てる殿下。
ここまで冷静に追い詰められると、もはやミシェルが哀れになってきた。
そんな中、突然明るい声が響く。
「雑用係として働くなら、私の補佐として動いてもらいましょうか!」
——エステル様の侍女、サラである。
ミシェル、完全に顔面蒼白。
「……は?」
「え?だって、エステル様のお世話は私が取り仕切ってるんだから、雑用係は私の下に入るべきでしょ?」
サラがドヤ顔で言う。
「そんな!?なんで貴女の下で働かなきゃいけないのよ!」
「いいじゃない、身分とか関係なく、私の可愛い雑用係になれば!まあ、まずは掃除からね!しっかり学んでくれるわよね?」
ミシェル、ショックで固まる。
俺は横で「おお……これはきついな」と思った。
護衛隊より、サラの雑用係のほうが大変そうだ。
「だ、大丈夫よ!私は筆頭魔術師の孫だし、魔法を使えば——」
「雑用に魔法の使用は禁止です。」
殿下の冷たい声が響いた。
「なっ……!!?」
「何事も基礎から学びなさい。魔法に頼らず、まずは自分の手で物事をこなせるようになりなさい。」
ミシェル、もはや茫然自失。
それを見たサラがニッコリと笑う。
「つまり、あなたは今日から……雑用係のミシェルちゃんね!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
ミシェルの悲鳴が王宮に響いた。
——かくして、ミシェルは王宮雑用係として更生の道を歩むことになった。
もちろん、最初は色々と反発していたが、数日もすればサラに押し切られる形で雑用をこなすようになった。
それに、意外なことにミシェルは料理が得意で、厨房での手伝いをさせると妙に手際がよかった。
「意外とできるじゃない?」とサラが褒めると、ちょっと嬉しそうにするミシェル。
(あれ?もしかして、意外とこのコンビ……悪くない?)
そんなことを考えていると、王宮の廊下の向こうから殿下とエステル様が歩いてくるのが見えた。
二人は相変わらず甘々である。
エステル様がちょっと微笑んだだけで、殿下は幸せそうに見えるし、
殿下がさりげなく手を引くだけで、エステル様は顔を染める。
ミシェルが、その様子を見て、ボソッと呟いた。
「……やっぱり、あの二人、ちょっと眩しすぎる。」
「そうねぇ~、でも、もう今さら手を出す気はないんでしょ?」
サラが横目でミシェルを見ながら言う。
「……ま、まあね……」
ミシェルは顔を赤くしながらそっぽを向いた。
サラはそんな彼女の様子を見て、ニヤリと笑う。
「それなら、早く仕事覚えてちょうだい。エステル様をサポートするのは、私とあなただから!」
「はぁ!?なんで私がそんなこと!」
「決まってるじゃない。あなたがやらかしたんだから、しっかりお返ししなさいな!」
「むぅぅ……!」
こうして、ミシェルは不本意ながらも王宮での雑用係兼、魔術見習いとして再出発を切ることになった。
時々サラに振り回されつつも、少しずつ更生していくミシェル。
果たして、彼女がまともな魔術師……もとい、まともな侍女(?)になれる日は来るのか。
——そんなことを考えながら、俺は今日も護衛を続けるのだった。




