第二十六話 魔術師見習い
私の名前は ミシェル・ルーヴァ。
アストラ王国の筆頭魔術師を祖父に持ち、王宮の見習い魔術師として修行をしている。
……と言っても、私は宮廷魔術師になりたいわけじゃない。
祖父が筆頭魔術師だから、幼い頃から王宮に出入りし、周囲の期待に応えるように育てられてきた。
魔法の才能があることは自覚しているけれど、正直言って、魔術師としての修行は退屈なものばかりだった。
書庫の整理、魔法具の管理、たまに宮廷料理人の火起こしを手伝うこともある。
私がやりたいのはそんな雑用じゃない。
本当はもっと——
シリウス殿下のお役に立ちたかったのに。
そう。
シリウス殿下は、私の憧れであり、いつか隣に立ちたいと願う相手だった。
「ねえ、聞いた? シリウス殿下、婚約解消されたんですって!」
その言葉を聞いたとき、私は 内心飛び上がりそうになるのを必死で抑えた。
(やっぱり、あんなの政略婚だったんだ!)
心のどこかで、殿下が本心では婚約なんて望んでいないと信じていた。
(つまり……チャンスが巡ってきたってことよね?)
でも——
「……でも、すぐ次の婚約者が決まったみたいよ」
——は?
「メトロポリスの宰相の娘。美人で聡明な方らしいわ」
——なにそれ?
婚約解消されたと思ったら、すぐ次の婚約者?
しかも他国の宰相の娘?!
それでも私は、最初は冷静だった。
(どうせ政略結婚なんだから、殿下だって 本心では納得していないはず……!)
でも——
それも 舞踏会で打ち砕かれた。
シリウス殿下が、エステル・フォン・リヴィエールに向ける 甘すぎる視線。
優雅にエスコートし、そっと触れる仕草。
誰よりも丁寧に、誰よりも優しく。
あんな殿下を見るのは初めてだった。
(何よ……そんなの、ずるいじゃない……!!)
あの冷静で完璧なシリウス殿下が、まるで 一人の男性として恋をしているかのように 微笑むなんて。
そんなの、おかしい。
おかしいに決まってる。
(きっと、新しい婚約者が 惚れ薬 でも使ったに違いない!)
そう思ったら、悔しくて、悔しくて……!!
だから。
私は 彼女を少し困らせることにした。
エステルの大事なものを、少しずつ奪う。
彼女が慌てたり、悲しんだりする姿を見たかった。
ロケットペンダントを盗んだのは、数日前。
筆頭魔術師である祖父の書斎から 『どんな鍵も開ける魔法具』 を借り、エステルの部屋に忍び込んだ。
魔法で厳重に守られていた箱。
その中に、あの 紫水晶のロケットペンダント が入っていた。
(……紫水晶?)
ロケットペンダントに触れた瞬間、私は眉をひそめる。
この色は——殿下の瞳の色。
なんで、この女が 殿下と同じ色の宝石を持ってるのよ!?
思わず、指先に力が入った。
(ふざけないで……!!)
その瞬間、私はこのペンダントを 絶対に返すものか と思った。
そして今日——
私はもう一度エステルの部屋に忍び込んだ。
最近、彼女が何かを探しているのは明らかだった。
きっと、ロケットペンダントのことだろう。
(探せば探すほど、焦れば焦るほど、私の勝ちよ)
そう思うと 優越感 に浸れた。
だけど——
バンッ!!!!
突然、誰かとぶつかった。
「いったーい!! ちょっとどこ見て歩いてるんですか!!!」
「はぁ!? ぶつかってきたのそっちでしょ!!!」
顔を上げると、そこには 侍女のサラ が立っていた。
誤魔化そうか考えている間に、サラは 興味津々な顔でこちらを見つめてくる。
「ちょっと、なんでそんなに慌ててるんです? まさかやましいことでもあるんじゃ……?」
「はぁ!? そんなわけないでしょ!? だいたいアンタこそ、何でそんなキラキラした目でこっち見てんのよ!!!」
「キラキラ? 当然です!! 私、今めちゃくちゃ良い妄想してたんで!!」
「……え、何の話?」
はい、意味不明な会話!妄想って何?!
——何言ってんの、この女!?!?
私は、思わず後ずさった。
(それよりもやばい、早くここを離れないと……!)
しかし、次の瞬間——
「……ミシェル」
静かな、けれど凍りつくような低い声がした。
背筋がゾクリとする。
恐る恐る振り返ると、そこには——
シリウス殿下と、マークが立っていた。
……まずい。
殿下の表情は、いつもと同じ。
けれど、ただ 立っているだけで空気が違った。
静かすぎる。
冷たい。
そして—— 怒っている。
「……殿下?」
声が震える。
「少し、話をしましょうか」
静かにそう告げられた瞬間、全身の血が凍る感覚がした。
やばい。
やばいやばいやばい。
ちょっと待って、こんなはずじゃ……!?!?
私、これからどうなるの——!?




