第二十四話 護衛騎士が見た静かな怒り
(……おいおい、殿下、怒りすぎだろう……)
王宮の一室に護衛騎士たちが一列に並ばされ、シリウス殿下の前でかしこまっていた。
普段は冷静沈着で穏やかな殿下が、今はまるで底冷えするような威圧感を放っている。
「……エステル様の大切な品がなくなりました」
ゆっくりとした口調。
しかし、その声の奥には静かな怒りが宿っている。
「王宮の中で、私の婚約者の持ち物が消えるなど、本来あってはならないことです」
シリウス殿下は、ひとりひとりに視線を向ける。
紫の瞳が静かに光を帯び、まるで剣のように鋭い。
「犯人を見つけるまで、私は納得しません。……いいですね?」
誰もが息をのむ。
まるで時間が止まったかのような空気の中、マークは密かに冷や汗をかいた。
(ひえぇ……これはまずい。殿下のこういう時の静かな怒り、逆に一番怖いやつだ……)
シリウス殿下は普段、冷静で上品で優雅。
その気品と余裕ある振る舞いで、多くの者を魅了する存在だ。
だが、怒ると……それは、もう本当に洒落にならない。
騎士たちはゴクリと唾を飲み、全員が直立不動になった。
「この宮殿の警備は完璧なはず。ならば、内部の者の仕業である可能性が高い。お前たちは何か、不審な動きを見たか?」
誰も声を発しない。
護衛騎士として不覚にも、決定的な証拠をつかめていないのだ。
全員が硬直している中、マークは心の中でひとつの可能性を思い浮かべた。
(……まさかとは思うが、あいつじゃないのか?)
赤茶色の髪、大きな瞳、小柄な体躯。
いつもシリウス殿下の周りをうろちょろしていた少女——魔術師見習いのミシェル。
思い返せば、舞踏会でエステル様を見つめる彼女の顔は、悔しさに満ちていた。
そして、エステル様の私物が消えたのはその直後……。
(……いや、いや、まさかな……でも、もしも……)
マークは、密かに背筋を伸ばした。
シリウス殿下の静かな怒りが、今にも爆発しそうな気配を見せている。
「……マーク」
急に名を呼ばれ、マークはビクッとした。
「は、はい、殿下!」
「お前は、何か心当たりはないか?」
その紫の瞳がじっとこちらを見つめる。
マークは、ぐっと息を飲んだ。
(……さて、どう言うべきか)
正直に話すべきか、それとももう少し慎重に情報を集めるべきか。
マークの頭の中で、あらゆるシナリオがぐるぐると巡る。
(いや……ここはやっぱり、殿下に伝えたほうがいいよな……)
マークは覚悟を決めて、静かに口を開いた。
「……もしかすると、心当たりがあるかもしれません」
シリウス殿下の目が、すっと細められる。
「話してくれ」
「……魔術師見習いのミシェルです」
その名を告げた瞬間、部屋の空気がピンと張り詰めた。
シリウス殿下の表情は変わらなかったが、その瞳の奥に、冷たい光が宿ったのをマークは見逃さなかった。
「……確かに、可能性はあるな」
「舞踏会での彼女の様子が、少し気になりまして」
「いいだろう。調べる価値はある」
シリウス殿下が静かに頷く。
そして——その瞬間、マークは確信した。
(……犯人、決まりじゃないか?)
護衛騎士たちが沈黙する中、シリウス殿下はゆっくりと立ち上がる。
その姿は、まるで獲物を狩る直前の獅子のようだった。
「では、調査に取り掛かるとしよう」
マークは小さく肩をすくめ、密かに心の中で呟いた。
(ミシェルよ……お前、これは相当ヤバいやつだぞ……)
——こうして、シリウス殿下の静かな怒りを背負った犯人捜しが、ついに動き出したのだった。




