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第二十二話 静かなる異変


(シリウス視点)




エステル様の様子がおかしい。



それに気づいたのは、舞踏会が終わって数日が経った頃だった。


朝食の席でも、彼女はどこか落ち着かない様子だった。



「エステル様、何か気がかりなことでも?」


向かいに座る彼女に静かに問いかけると、エステル様はわずかに肩を跳ねさせた。



「……いえ、何も」


彼女の声はいつもと変わらない。


けれど、すぐに視線を逸らした。


それが何よりも分かりやすい違和感だった。



「そうですか」


そう言いながら、私は彼女の仕草を観察する。


朝食のカップを持つ手が、わずかに震えている。

時折、何かを考え込むように、指先をぎゅっと握る。


まるで、何かを隠しているように見えた。




エステル様は嘘が下手だ。


決して騙そうとしているわけではない。

ただ、隠し事をするときには微妙に仕草が変わる。


私は静かにフォークを置き、もう一度彼女の名前を呼んだ。


「エステル様」


「……はい?」


「本当に、何もないのですか?」


私の視線を正面から受け止めることができないのか、エステル様はほんの少し肩をすくめた。


「……ええ、本当に」


「そうですか」


それ以上、私は何も言わなかった。



無理に問い詰めても、エステル様は話すつもりがないだろう。

だが、だからといって 本当に何もない とは到底思えない。



(何があったのですか、エステル様……)


私は静かに彼女を見つめながら、ある決意を固めた。






その日の午後、私は密かにマークを呼び出した。


「殿下、何か御用ですか?」


「エステル様の様子が……おかしい」



マークの表情が僅かに険しくなる。


「何か心当たりは?」


「いいえ。ご本人も話すつもりはないでしょう」



私は静かに息を吐く。


「しかし、ここ数日、明らかに様子が変わったのは事実です。……何があったのか、密かに調査を」


「ふむ……そういうことでしたら、お任せを」


マークは腕を組み、少し考え込んだ。


「確かに、エステル様の部屋を警備している者たちの話では、何か探し物をしているような様子もあったとか」


「探し物……?」


私は眉をひそめる。


「……何がなくなったのかは分かりませんが、ただの落とし物ならこれほど動揺することはないでしょう」


「……確かに」




エステル様が何かを失くした。


それが、単なる持ち物ではないのなら――


(まさか……彼女にとって、重要なものが……?)



「殿下」


マークが低く言った。


「まずは、侍女たちにもそれとなく聞いてみます。エステル様の行動を不審に思った者がいるかもしれません」


「……頼みます」


私は静かに頷いた。



「エステル様には、悟られないように」


「心得ています」


マークはそう言って去っていった。




私は窓の外を見つめる。


(エステル様……一体、何を隠しているのですか?)


彼女を不安にさせたものを、私はどうにかして取り戻したかった。






それから数日、私は密かに情報を集め始めた。


エステル様の部屋に出入りする者の確認。

彼女が最近口にした言葉。

どんな場所で、どんな行動を取っていたのか――


そして、徐々に見えてきたのは “エステル様の持ち物が次々となくなっている” という事実だった。



(これは、偶然ではない)


誰かが意図的に、エステル様の持ち物を奪っている。


「……誰が、何の目的で?」



私は呟き、手元のメモを見下ろした。


エステル様が失くしたものを確認すると、どれも日常的に使うものが多い。


ハンカチ、髪飾り、靴、レターセット、本……


(……待てよ?)


その中に、ひとつだけ妙に気になるものがあった。


「箱に入れて大切に保管していたものも、なくなった……?」



それは、エステル様が特に動揺していたとされるものらしい。


ただの装飾品なら、ここまで慎重に管理するだろうか?


(もしかすると……)


私は、窓の外の庭園に視線を向けた。


風が穏やかに木々を揺らしている。



(これは、私が動く必要がありそうですね)


私は静かに立ち上がり、調査を進めることを決意した。


エステル様が決して知られたくないほど、大切にしていたもの――それを奪ったのは誰なのかを突き止めるために。


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