第二十一話 おかしな現象
舞踏会が終わり、数日が経った。
華やかな夜が過ぎ、私たちは再び日常へと戻った。
最近はシリウス様との時間も増え、穏やかで幸せな日々を過ごしていた。
だが――
(最近、何かがおかしい……)
ほんの些細なことだ。
けれど、気づけば私の身の回りのものが次々となくなっていた。
最初は、お気に入りのハンカチ。
次に、髪飾り。
それが続くうちに、靴が片方だけ見当たらなくなり、愛用していたレターセットも消えた。
大切にしていた本も、気づけば書棚から消えていた。
(気のせい……では、ないわよね)
侍女のサラにも相談してみたが、「うーん、誰かが片付けちゃったんですかねぇ?」とのんびりした返答が返ってきた。
(片付けるにも限度があるわ……)
私は悩みながら、部屋の整理をすることにした。
だが――
決定的な異変に気づいたのは、昨日のことだった。
紫水晶のロケットペンダントが、忽然と消えたのだ。
(……ありえない)
私は震える手で、机の上に置いていた小さな箱を開ける。
そこには、本来ならば私の大切なロケットペンダントが収められているはずだった。
なのに――ない。
(そんなはずはない!)
ロケットペンダントは、常に肌身離さず持ち歩いているか、外すときは必ず厳重に守りの魔法をかけた箱に入れていた。
誰かが勝手に触れることなど、考えられない。
なのに、箱の鍵も魔法の封印も破られた形跡はなく――中身だけが消えている。
私は唇をかみしめた。
――これは、ただの紛失ではない。
意図的に誰かが持ち去ったのだ。
(でも、なぜ……?)
他のものがなくなったのは偶然かと思った。
けれど、このロケットペンダントだけは……
私は椅子に腰掛け、動揺を必死に抑える。
ただの装飾品ならいい。
けれど、あのロケットペンダントは違う。
それは、私がかつて、シリウス様の魔法具を欲した証だった。
彼の想いが込められたものを、私は学園長に頼んで譲り受けた。
それをずっと大切に持ち続けていた。
もちろん、それを知られるわけにはいかない。
特に――シリウス様には。
(もし知られたら、どう思われるのかしら……)
私は彼の魔法具を、本来なら学園に保管されるはずだったものを、自分のものにしてしまった。
今の私たちは婚約している。
けれど、それは結果論だ。
もし彼が、過去にそんなことをしていた私を知ったら?
「エステル様は、昔から私を……?」
そんな風に思うかもしれない。
それとも、学生時代にこっそり想いを奪った私を、軽蔑するだろうか。
考えれば考えるほど、焦りと動揺が募る。
(とにかく、探さなければ……!)
私は立ち上がり、部屋の中をくまなく探し始めた。
だが、どこにもない。
(誰が、どうして、こんなことを……?)
これは単なる紛失ではない。
何者かが意図的に持ち去ったのだ。
その確信が、私の中に深く根を張る。
そのとき、私はまだ気づいていなかった。
――この不可解な出来事の裏に、誰かの思惑があることを。




