第二十話 護衛騎士の嫌な予感
(マーク視点)
華やかな舞踏会の会場の片隅で、俺はため息をついていた。
中央では、我が主であるシリウス殿下が、婚約者であるエステル様と優雅に踊っている。
これまでも甘々だった二人だが、正式に想いを交わしてからというもの、さらに密度の濃い甘さを振りまくようになった。
(……まるで、砂糖菓子の暴力だな)
しかも、今日のエステル様はシリウス殿下の瞳の色と同じ淡い紫のドレスをまとい、普段よりも華やかに着飾っている。
殿下の顔を見れば分かる。ものすごく喜んでいる。
(ええい、分かったから少しは自重してくれ)
周囲の貴族たちも、うっとりとした顔で二人を見守っている。
「お似合いですわねぇ」
「殿下がこんなに情熱的に女性をエスコートされるなんて……!」
「素敵ですわぁ~!」
あちこちからそんな囁きが聞こえてくる。
確かに、エステル様がこんなにも堂々と王族の舞踏会で輝いているのは素晴らしいことだ。
ただ、一護衛として言わせてもらえば――
(……完全に二人の世界に入りすぎだ!)
俺の存在、完璧に忘れてるだろ!?
いや、いいんだけどな。
護衛は見えない存在であるべきだし……。
でも、ここまで徹底的に無視されると、なんというか、こう……モヤモヤする。
そんなことを考えていると、視界の端に、妙な動きをする人影が目に入った。
(……ん?)
会場の片隅。煌びやかなドレスに身を包んだ貴族の娘たちの間で、明らかに挙動不審な少女がいた。
赤茶色の髪、大きな目、背は小さい。
(あれは……)
俺は僅かに眉をひそめる。
いつもシリウス殿下の周囲をウロウロする、小動物のような少女。
王宮お抱え筆頭魔術師の孫娘であり、魔術師見習いのミシェル。
殿下より五歳ほど年下で、祖父である筆頭魔術師に溺愛されて育った彼女は、その特権を利用して子供の頃からシリウス殿下の周りをうろついていた。
本人は殿下に好意を抱いているのは明らかだが、シリウス殿下はいつも丁寧に接しているだけで、彼女が望むような相手にはなっていない。
最近は筆頭魔術師の付き添いで、他国に出かけていたはずだ。帰国したのか。
そんなミシェルが――
今、エステル様とシリウス殿下が踊る様子を見て、悔しそうに顔を歪めている。
(……あれは、間違いなく何か企んでいる顔だ)
嫌な予感がする。
ものすごく、嫌な予感がする。
護衛騎士としての直感が、このまま放っておくと面倒なことになると警鐘を鳴らしていた。
(殿下、エステル様……どうか、何事もなく平和に日々が過ぎますように……!)
俺は密かに願いながら、警戒を強めるのだった。
――そして、この時の直感は、残念ながら大当たりだった。




