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第十九話 舞踏会


(シリウス視点)


昨夜、互いに想いを告げ合ったばかりだというのに、まるでそれが遠い昔のことのように思えた。


今日はアストラ王国の宮廷舞踏会。

格式高いこの場に、エステル様を正式にエスコートすることになっている。


私はエステル様を迎えに彼女の部屋へ向かい、扉をノックする。


「シリウス様、お待たせしました」


扉が開かれた瞬間、私は言葉を失った。


彼女は、私の瞳の色――淡い紫のドレスをまとっていた。


普段の彼女は格式ばった装いよりも、動きやすく控えめなドレスを好んでいた。けれど今夜の彼女は違った。


繊細な刺繍が施された生地が月光を受けて輝き、身に纏うだけで気品と美しさを引き立てる。


何より、私の色を選んでくれたことに、胸が熱くなる。


「……とても、お似合いです」


精一杯の冷静さを装ってそう告げると、エステル様は少しだけ頬を染めた。


「ありがとうございます……侍女たちが気合いを入れてくれて……少し派手ではないかしら?」


「いいえ、とても……美しいです」


正直、どれだけの言葉を尽くしても彼女の美しさを表現するには足りない。


ましてや、この気持ちを伝えようとすればするほど、理性が揺らぎそうになる。


私はそっと胸元のポケットに触れた。


そこには、エステル様の瞳と同じ色をしたハンカチーフがある。


私もまた、彼女の色を身にまとっているのだ。


「……行きましょうか」


エステル様が微笑みながら手を差し出す。

私はその手をそっと取った。


指先に宿るぬくもりが、昨夜よりもずっと近く感じられる。






会場は、華やかに装飾され、魔法の光が天井を彩っていた。


クリスタルが揺らめき、光が舞い降りる幻想的な空間。


エステルは興味深そうにその光景を見つめ、目を輝かせている。


「エステル様、いかがですか?」


「……すごく綺麗。まるで星の中にいるみたい」


目を輝かせながら、小さく感嘆の息をもらす。


その横顔があまりにも愛らしく、私の胸に甘い感情が広がる。


私は、エステルを王族や貴族たちに紹介して回った。


彼女は完璧だった。

優雅に微笑み、淀みない受け答えをし、礼儀正しく、なおかつ品位を感じさせる振る舞い。


周囲の人々が感嘆の声をもらすのも当然だった。


(やはり……この人はすごい)


そう思った瞬間、エステルと目が合う。


ふと、昨夜のことが脳裏をよぎる。


告白、抱擁、そしてキス――


彼女の形の良い唇に触れたときの感触が、鮮やかに蘇る。


(……今思い出すべきことではなかった)


エステルがグラスを持ち上げ、果実酒を口に含む。


それだけの動作が、何故か妙に色っぽく感じてしまう。


(……理性が試されている気がする)


「シリウス様?」


「……いえ、何でもありません」


危うく視線を彷徨わせるところだった。






やがて、ダンスが始まった。


私はエステルの手を取り、会場の中心へと歩みを進める。


彼女の手を取ることに、もう躊躇いはない。


(……学園時代とは違うのだから)


学院時代、学園祭の夜にダンスパーティーがあった。


そのとき、私は内心エステル様を誘いたかった。

けれど、彼女には婚約者がいると思っており、当然

誘えなかった。


その日は、舞踏会のざわめきから逃れるように、私はひとり図書館にこもったのだった。


(あの時の自分が、今の私を見たらどう思うだろう)


今の私は、堂々とエステル様の手を取っている。


もう、遠くから見つめるだけの存在ではない。


「……エステル様、踊りましょう」


「ええ、喜んで」


甘やかな音楽が流れる中、私たちはゆっくりと踊り始めた。


エステル様の手を引き、優雅に舞う。


彼女が微笑みながら私を見つめるたび、心が満たされていくのを感じた。


(この瞬間を、ずっと待っていた)


もう、何の遠慮もいらない。


私は彼女とともに、この先の未来を歩んでいくのだから。



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