第十三話 不思議な本の甘い問いかけ
エステルがアストラに到着して1週間が経った。
最初は緊張していたエステルも、ようやくこの国の穏やかな空気に馴染み始めていた。
今日はシリウスが王宮内の図書館を案内してくれることになり、緊張しながらも楽しみにしていた。
その図書室で、偶然見つけたのが──不思議な表紙の『心をつなぐ魔法の質問集』だった。
エステルは、目の前の美しい装丁の本を慎重に開いた。
「この本、本当に質問すると答えが現れるのかしら?」
シリウスが興味津々で覗き込む。
二人の間にはまだ少しだけ距離がある。お互い、踏み込みすぎることを恐れているのだ。
「試してみましょう」
エステルは少し頬を赤らめ、軽やかな声で囁いた。
「えっと、シリウス様の好きな食べ物は何ですか?」
本のページに、美しい文字が浮かび上がる。
『シリウス殿下のお好きな食べ物は、リンゴのタルトです』
「あら、意外と可愛らしい好みですね」
「……恥ずかしいですね、なぜこんなことまで本に知られているのでしょう」
シリウスは少し照れくさそうに視線を逸らす。
エステルはクスクスと笑いながら、自分の質問が幼稚だったかもしれないと頬を染めた。
「では、私からも質問を。エステル様の……休日のご趣味は?」
エステルは少し考え、本が答えを映し出すのを待った。
『エステル嬢は、休日は書物を読んだり庭園を散歩するのが好き』
「……本当に当たっているのですね」
シリウスが感心したように呟くと、エステルははにかんだ笑顔で頷いた。
その後も互いに軽い質問を交わすうち、二人の空気は徐々に穏やかになり、自然と心地よいものに変わっていった。
すると、突然本が勝手にページをめくり、新たな文字が浮かび上がる。
『互いの魅力的なところを三つずつ言い合いましょう』
エステルとシリウスは同時に息をのむ。
「少々、この本は積極的すぎませんか?」
シリウスが苦笑いしながら頬を染めると、エステルも動揺を隠せず、目をパチパチと瞬かせた。
「あの……えっと、どうしましょう……?」
気まずい沈黙が流れる中、二人は視線を合わせることができずに戸惑った。
「……私から申し上げます」
シリウスが意を決したように口を開く。
「エステル様の聡明さ、思いやりの深さ、そして……笑顔が、私は素敵だと感じています」
優しい声色に、エステルは鼓動が一気に早まった。
彼が自分のことを見ていてくれたことを実感し、胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます……私も申し上げます」
エステルは震える声で答える。
「シリウス様の落ち着いた佇まい、温かいお人柄、そして……その優しい瞳が、とても魅力的だと思います」
言い終わったエステルの頬は、耳まで真っ赤になっていた。
ふたりは静かに微笑み合い、心が一歩近づいたような気がした。
すると本が再びページをめくり、新しい質問が浮かび上がる。
『相手に初めて会った時の第一印象は?』
エステルは驚きながらも素直に答えた。
「最初は……とても完璧で近寄りがたい方だと思いました。でも、今はその奥にある優しさを知りました」
シリウスも微笑みながら答える。
「私も、エステル様は冷静でクールな方だと思っていましたが、本当はとても温かい方だと知りました」
次の質問が浮かぶ。
『今、一番相手に聞きたいことは?』
「今、一番聞きたいことは……」
エステルはためらいながらも口を開く。
「シリウス様が今一番大切に思っていることは何ですか?」
シリウスは優しい表情で答えた。
「エステル様とこうして過ごす時間が、一番大切に感じています」
胸の高鳴りが止まらないまま、エステルも答えた。
「私もです……。シリウス様との時間が今は一番大切です」
最後に、本がコミカルな質問を示した。
『お互いを動物に例えるとしたら?』
シリウスは笑いながら答える。
「エステル様は、猫のように優雅で可愛らしいと思います」
エステルは照れ笑いしつつ、少し悩んで答える。
「シリウス様は……狼のように、凛々しくて頼もしいです」
お互い照れながらも笑顔を交わし、さらに二人の距離は縮まった気がしたのだった。
そのやりとりを見守っていたサラは、密かにエステルの耳元で囁いた。
「殿下は別の意味で狼かもしれませんね♡」
エステルは真っ赤になった。




