第十話 護衛騎士から見た再会劇
—— 皆さん、お疲れ様です。護衛騎士のマークです。
今日の俺の仕事は、一言で言うと、
「静かに見守ること」。
シリウス様の婚約者——エステル・フォン・リヴィエール様が、メガロポリス王国から魔法列車でアストラ王国へ到着する日。
俺は護衛として、王宮の騎士たちと共にシリウス様と駅で待機していた。
まぁ、普通に考えれば、王子がわざわざ駅まで迎えに行くなんて、相当な特別待遇なわけで。
しかも……
シリウス様、めちゃくちゃ張り切っている。
⸻
俺は長年シリウス様に仕えているが、
これほど念入りに身だしなみを整えていたのは、初めて見た。
金色の髪はいつも以上に美しく整えられ、紫の瞳はどこまでも静かに澄んでいる。
「まるで舞踏会にでも行くみたいな気合いの入り方ですよね?」
……なんて、さすがに口が裂けても言えないが。
でも、俺は見逃さなかった。
——普段は一切気にしないのに、何度も手袋を直す仕草。
——普段は無駄口を叩かないのに、妙に深く息をつく姿。
明らかに動揺している。
これは……貴族の恋愛事情をよく知る俺からすれば、完全に「昔好きだった人と再会する男のソワソワ感」である。
(……いや、もう昔好きだったとか、そういう次元じゃなくて「まだ引きずってる」っていうレベルなんじゃ?)
そんなことを考えていたら——
魔法列車が、到着した。
⸻
汽笛が鳴り、扉が開く。
俺は職務に徹するべく、警戒を強める。
だが——
「……お久しぶりです、エステル様」
シリウス様がそう声をかけた瞬間。
場の空気が、一瞬で変わった。
何というか、こう……
「俺たち一般人には入れない“特別な空間”が誕生した」って感じ?
護衛騎士たちはすでに察していた。
「あ、俺たち、今から背景になるやつだ」
そして、エステル様も……
美しかった。
いやいや、もともと美人なのは知ってたけど、久しぶりに見たらさらに磨きがかかってるというか。
長い漆黒の髪が風に揺れて、エメラルドの瞳が微かに揺れて。
シリウス様をじっと見つめてる。
……で、肝心のシリウス様はと言うと——
「完全に硬直している。」
まるで、「今すぐ王宮の塔に駆け上がって天に感謝を捧げるか悩んでる王子」みたいな顔してる。
(……いや、あのポーカーフェイスのシリウス様が、ここまで動揺するって、逆にすごいよな?)
……と思っていたら。
—— シリウス様、手を差し出しましたよ!?
俺は心の中で静かに叫んだ。
「エスコートする気満々じゃないですか!!」
エステル様も、ためらいながらも、その手を取った。
(……あ、これはもう駄目だ)
この時点で俺の中の護衛騎士の勘が働いた。
これは、「理性を捨てた甘々婚約生活」の始まりである。
⸻
で、俺が一番ツッコミたかったのはここ。
——シリウス様、手を離しませんね???
いや、わかる。わかるんですよ。
久々の再会で、気持ちが抑えきれないのも。
エステル様が美しすぎるのも。
自分の婚約者になった奇跡を実感したいのも。
でも…… 周りに俺たち護衛がいること、完全に忘れてません?
しかも、歩くたびに、エステル様の指先をさりげなく絡めて握る技術が半端じゃないんですよ!!
(殿下、その手さばき、いつの間に習得なさったんですか???)
って言いたくなった。
エステル様も、もう完全に意識しすぎて、頬がうっすら紅潮してる。
シリウス様は、明らかに心からの微笑みをしている。
いつもの仮面がどっかに行っている。
(くぅぅぅ……!!!)
護衛騎士としてはツッコミを入れたくなる場面だが、俺はもう潔く認めよう。
これは……「惚れた腫れたの婚約劇」確定である。
⸻
以上、護衛騎士マークによる 「殿下の再会時、完全に甘々だった件」 のレポートでした。
俺のこれからの仕事は……たぶん、この甘すぎる婚約者たちを温かく見守ること になるんだろう。
いや、守ることが仕事だからそれでいいんだけど。
でも……
「シリウス様、もう少しだけ……!もう少しだけ理性を保ってください!!!」
っていう瞬間、今後何度もありそうな気がしている。
(……まぁ、それを見守るのも悪くないか)
俺は心の中で静かにため息をついた。
こうして、アストラ王国での婚約生活が幕を開けるのだった。




