表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/82

第九話 再会



魔法列車がアストラ王国の駅へと滑り込む。


車窓から見える景色は、今までのメガロポリスとはまるで違った。

空は澄み渡るように青く、空気は冷たく清らかだった。


(空が、近い……)


それが、アストラに降り立ったエステルが最初に感じたことだった。


アストラ王国は、山々に囲まれた国で、魔法の加護に包まれている。

そのためか、気温は低めだが、寒さは刺すようなものではなく、心地よい清涼感がある。


宮廷がある王都には、石畳の広い通りが整然と続き、建築物は格式高く、それでいてどこか神秘的な雰囲気を湛えていた。

風が吹くたびに、どこからか花の香りが漂う。


(やっぱり、ここは私が育ったメガロポリスとは違う……)


メガロポリスは都市文化が発達し、活気と自由に溢れた国だった。

だが、ここアストラは、魔法と伝統が根付いた、静謐で気高い空気をまとっている。


この国に馴染めるのだろうか、と不安がよぎる。


けれど、それ以上に、心を占めていたのは——。


(彼に、会う……)


それだけだった。


 



列車から降りると、彼がそこにいた。


静かに、優雅に、私を待っていた。


紫の瞳が、まっすぐこちらを見ている。


(……シリウス殿下)


心臓が、一瞬で高鳴るのを感じた。


——美しい人。


それが、卒業後数年ぶりに見た彼の第一印象だった。


金色の髪は以前より少し伸び、光を受けて柔らかく揺れている。

端正な顔立ちは変わらず、以前よりもさらに洗練されていた。


それ以上に——彼が纏う空気が、違う。


学生時代からすでに完璧だった彼は、王族らしい威厳を持っていた。

しかし今は、それに加えて……落ち着いた余裕と、圧倒的な優雅さを持っていた。


一歩、彼が私の方へ歩み寄る。


その動きさえも、美しかった。


(こんなに、魅力的な人だった……?)


目が離せない。


気づけば、何もかもが霞むほど、彼の存在だけを感じていた。


「お久しぶりです、エステル様」


静かな声が、胸に響く。


——覚悟していた。

でも、いざ向き合うと、息が詰まりそうだった。


それでも——私は、彼の瞳を見た。


(ちゃんと……目を見て、話せた)


それだけで、胸がいっぱいになった。


 




「長旅、お疲れさまでした。こちらへ」


シリウスが手を差し出した。


ためらいながら、その手を取る。


ひやりとした指先が、すぐに温かくなっていく。


(あ……)


ほんの少し、指が絡まる。


それだけで、心臓が跳ね上がった。


シリウスの手は、やわらかく、それでいてしっかりとした強さがあった。

護るべきものがある者の手。

魔法を操る者の手。


そんなことを考えていたら、手を引かれ、自然と歩き出していた。


一歩、また一歩——。


彼の隣を歩くということが、こんなにも現実味を持つものだったとは。


「エステル様」


「……はい」


「寒くはございませんか?」


ふっと、目を細められる。


その優しい瞳に見つめられるだけで、視線が泳ぎそうになる。


「……平気、です」


「そうですか」


私の手を引いたまま、彼は小さく微笑んだ。


それは、どこまでも穏やかで、けれど深く、私の胸を揺らした。


 




手を取ったまま、シリウスは静かに歩を進めていく。


周囲には、王宮の護衛や侍従がいたはずなのに——今はもう、何も見えない。


シリウスの指先の感触と、彼の紫の瞳だけが、世界を支配していた。


(……再会、したのだ)


この日を、どれだけ夢見ていただろう。


手を繋いで、歩いている。


それだけのことなのに——今まで一度も、こんな日が来るなんて思わなかった。


ずっと、目で追うだけだった人。

遠くから見つめるだけの存在だった人。


それが今、私の隣にいる。


(また……惹かれてしまう)


心が、彼に夢中になりそうになる。


まるで、学生時代と何も変わらない。


——いいえ、違う。


彼と私は、もうただの同級生ではない。


「婚約者」として、再び巡り合ったのだ。


だから、今度こそ——この感情を隠さなくてもいいのだろうか?


そんなことを考えてしまうほど、私は再び彼に囚われていた。


まるで、ずっとこの瞬間を待ち望んでいたかのように——。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ