第九話 再会
魔法列車がアストラ王国の駅へと滑り込む。
車窓から見える景色は、今までのメガロポリスとはまるで違った。
空は澄み渡るように青く、空気は冷たく清らかだった。
(空が、近い……)
それが、アストラに降り立ったエステルが最初に感じたことだった。
アストラ王国は、山々に囲まれた国で、魔法の加護に包まれている。
そのためか、気温は低めだが、寒さは刺すようなものではなく、心地よい清涼感がある。
宮廷がある王都には、石畳の広い通りが整然と続き、建築物は格式高く、それでいてどこか神秘的な雰囲気を湛えていた。
風が吹くたびに、どこからか花の香りが漂う。
(やっぱり、ここは私が育ったメガロポリスとは違う……)
メガロポリスは都市文化が発達し、活気と自由に溢れた国だった。
だが、ここアストラは、魔法と伝統が根付いた、静謐で気高い空気をまとっている。
この国に馴染めるのだろうか、と不安がよぎる。
けれど、それ以上に、心を占めていたのは——。
(彼に、会う……)
それだけだった。
列車から降りると、彼がそこにいた。
静かに、優雅に、私を待っていた。
紫の瞳が、まっすぐこちらを見ている。
(……シリウス殿下)
心臓が、一瞬で高鳴るのを感じた。
——美しい人。
それが、卒業後数年ぶりに見た彼の第一印象だった。
金色の髪は以前より少し伸び、光を受けて柔らかく揺れている。
端正な顔立ちは変わらず、以前よりもさらに洗練されていた。
それ以上に——彼が纏う空気が、違う。
学生時代からすでに完璧だった彼は、王族らしい威厳を持っていた。
しかし今は、それに加えて……落ち着いた余裕と、圧倒的な優雅さを持っていた。
一歩、彼が私の方へ歩み寄る。
その動きさえも、美しかった。
(こんなに、魅力的な人だった……?)
目が離せない。
気づけば、何もかもが霞むほど、彼の存在だけを感じていた。
「お久しぶりです、エステル様」
静かな声が、胸に響く。
——覚悟していた。
でも、いざ向き合うと、息が詰まりそうだった。
それでも——私は、彼の瞳を見た。
(ちゃんと……目を見て、話せた)
それだけで、胸がいっぱいになった。
「長旅、お疲れさまでした。こちらへ」
シリウスが手を差し出した。
ためらいながら、その手を取る。
ひやりとした指先が、すぐに温かくなっていく。
(あ……)
ほんの少し、指が絡まる。
それだけで、心臓が跳ね上がった。
シリウスの手は、やわらかく、それでいてしっかりとした強さがあった。
護るべきものがある者の手。
魔法を操る者の手。
そんなことを考えていたら、手を引かれ、自然と歩き出していた。
一歩、また一歩——。
彼の隣を歩くということが、こんなにも現実味を持つものだったとは。
「エステル様」
「……はい」
「寒くはございませんか?」
ふっと、目を細められる。
その優しい瞳に見つめられるだけで、視線が泳ぎそうになる。
「……平気、です」
「そうですか」
私の手を引いたまま、彼は小さく微笑んだ。
それは、どこまでも穏やかで、けれど深く、私の胸を揺らした。
手を取ったまま、シリウスは静かに歩を進めていく。
周囲には、王宮の護衛や侍従がいたはずなのに——今はもう、何も見えない。
シリウスの指先の感触と、彼の紫の瞳だけが、世界を支配していた。
(……再会、したのだ)
この日を、どれだけ夢見ていただろう。
手を繋いで、歩いている。
それだけのことなのに——今まで一度も、こんな日が来るなんて思わなかった。
ずっと、目で追うだけだった人。
遠くから見つめるだけの存在だった人。
それが今、私の隣にいる。
(また……惹かれてしまう)
心が、彼に夢中になりそうになる。
まるで、学生時代と何も変わらない。
——いいえ、違う。
彼と私は、もうただの同級生ではない。
「婚約者」として、再び巡り合ったのだ。
だから、今度こそ——この感情を隠さなくてもいいのだろうか?
そんなことを考えてしまうほど、私は再び彼に囚われていた。
まるで、ずっとこの瞬間を待ち望んでいたかのように——。




