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鷺山製薬株式会社にて


 1


 朝。榊雷蔵の家。

 誘拐された海原摩魚うなばら まなの情報と足どりを知るために、雷蔵は長崎大学に調査しに行くことに決めた。朝食を済ませた面々が、家の駐車場に停めている車のもとへきた。

「榊さん。車持っていたんですか?」

 タヱのひと言だった。

 ダークシルバーの普通車に向けて、キーのボタンを押してロックを解除した雷蔵が答えていく。

「持ってたよ。停められるところだったら車使うかな」

「まあ、確かにそうですね。けっこう渋い色なんですね」

「なんかこれが良かったからね。ーーーあと、俺の母さんもこの色した別の車を持っているんだ」

「素敵ですよね。親子で似た色が好きだというの」

「そう思ってくれるのか。ありがとう」

 笑顔で礼を述べた雷蔵に、タヱも笑顔で返した。

 そして、みなもとニーナと歓談している響子のところに歩み寄ってきて、ポニーテールの女の背中へと声をかける。

「響子さん」

「ん? どうしたの、タヱちゃん」

 振り返って聞いた。

 好青年の後ろの車に目を送ったあとに、再び響子を見る。

「榊さんの乗り心地はどうですか?」

「は? え?」

 この質問に、顔中と耳まで真っ赤っ赤にさせて戸惑った。

 ブフォッ!と吹き出す、ニーナと“みなも”。

 肩をすくめて熱を持った頬に両手をやって、響子は黒い瞳をうるうるさせた。雷蔵とは相棒を組んだときから相性はひじょうに良好だったので、依頼を終えたその日に関係を持ったほどにお互いが好きであった。

「あ、あ、朝から、タヱちゃん。もう、やだ……。えーとね、あのね」

 身長が五センチ低いタヱの顔までかがんで、耳打ちしていく。

 この答えに、たちまち顔を真っ赤にさせたが、訂正していった。

「あの、その、車の乗り心地はどうかといったことでして」

「彼も車も最高だよ」

 満面の笑みで答えた。


 それから。

「依頼人の“みなも”さんを、ニーナさんとタヱさんが黒船高校まで連れて行くんだな。じゃあ、俺は響子と磯辺さんを鷺山製薬まで連れて行くよ。で、そのあとは別行動」

「雷蔵は、ひとりで長崎大学に行くんだ?」

 隣に立つ彼を黒い瞳で見上げて聞いた。

「ああ。海原摩魚さんの関係者は構内にたっくさんいるだろうから、片っ端から聞くだけ聞いてまわるつもりだ。ーーーその間に、響子と磯辺さんは少林こばやし遊園地に行っていろんな情報を引き出してきてほしい。なにせ、磯辺さんは町民だし。人手がいるだろうし」

「なるほどね。まあ、あんたなら他の女の子に興味わくってわけでもなさそうだし。聞いてまわるだけなら大丈夫だね」

 微かに口角を上げて、歯を見せる。

 雷蔵も彼女を見て笑顔になる。

 これを見ていたタヱ。

「微笑ましいけど、人目くらい考えてくれませんかね」

 鷺山製薬株式会社に、みなもが言っていた姉をよく知る人物がいるとのことを受けて、ひとまずそこへと車を走らせていくことにした。摩魚の高校生のころにはよく、ときには“みなも”も連れて、保護者代理で海水浴に同行していってくれていたらしい。みなも曰く「虎縞福子さんって言ってね。めちゃくちゃ綺麗な人なんですよ」と。

 この後、二手に別れて行動開始。




 2


 尾澤菜・ヤーデ・ニーナが愛車の白いスカイラインに潮干タヱと海原みなもを乗せて長崎県立黒船高等学校に走らせていって、榊雷蔵も愛車のダークシルバーの普通車に瀬川響子と磯辺毅を乗せて鷺山製薬株式会社へと向かっていった。


 鷺山さぎやま製薬株式会社。

 会社を立ち上げて、八〇年以上になる大手老舗の製薬会社。

 営業所兼販売店は長崎市内にあるが、研究所と製造工場は市外の諫早にある。敷地面積は大きいほうで、山を背にして高さ二メートルほどの植込みの樹木で囲いの塀にして、同じ高さの赤レンガを積んだ左右の柱から伸びる黒い鉄製のゲートで閉じていた。表札は金色の文字で縦書き。門のインターホンで車越しに要件を伝えて、自動ロックが解除されてゲートを左右に開けてもらい、ダークシルバーの車を敷地内に入れる。建物は三つ。手前に五階建の事務所、奥の二つは左側に研究所、右側に製造工場とあった。雷蔵たち三人が用事のある建物は手前の事務所である。


 到着。

 来客用の駐車スペースに愛車を停めた。

 受付で要件を述べて、海原摩魚と関係していた人物が来るのを一階の待合室で待っていた。そして、ローヒールの足音とともに現れて来た人物は、雷蔵と変わらない百八五センチの高い背丈で、ワインレッドのカッターシャツに黒い膝丈のスカートに、白衣を羽織った美しい女性だった。大変美しい女性だったが、ヒトの眼が反転している切れ長な目。黒い眼に銀色の瞳。人間の色白さとは全く別の白い肌は、ほのかに紫やら青やらが影になっていたが、実にキメの細かい感じで化粧乗りが良さそうである。薄い広い唇には、マット系のレッドのリップを引いていた。全体的に細身であるけれど決して痩身ではなく、長い四肢と、意外と適度にある胸の膨らみもこの女性の美しさを形成していた。そして、細く長い首筋には五つのえらが確認できた。なによりも特徴的だったのが、薄い茶色い髪の毛を七三に分けて、前髪を大きく波がうねったようにして、うなじが半分ほど隠れる感じに内巻きにセットしていた。全体的に見たら、ふわりとまとめている。廊下の奥から歩いてくる感じは、力強く自信ありげであり、雷蔵たち三人の前に到着したときに適度に力を抜いた形で立ち止まり笑顔を見せた。

「雷蔵くん、響子さん。久しぶりね」

 唇を開いたときに見せた、全て小さめに尖った歯は二列になっており、話すたびにチラチラ見えるさまは可愛げがあった。

 雷蔵と響子も軽く会釈して笑顔を返す。

「お久しぶりです」

「福子さん。久しぶりです」

 護衛人の二人とは知り合いらしく、雰囲気は良かった。

 この白衣の美女は、虎縞福子とらしま ふくこ

 人魚でありながらも、数十年以前に国籍を取得して日本人として生活を送っている妖怪である。妖怪なので、もちろん生まれつき妖術は使うことができるが、今の生活をしている上では“あまり”必要のない特技であった。あと、近畿地方のどこかの生まれらしい。ときどきサバイバルゲームをしているという。

 若い男女二人を見てニコニコとしていた福子だったが、後ろに立つトレンチコート姿の大柄な蛙男に気づいて動揺していった。

「な ん で、あなたがここにいるの?」

「たたたタヱさん、の、ほほ保護でなんだな」

「ま、まあまあ。まあいいわ。座りましょうか」

 蛙男こと磯辺毅も虎縞福子と知り合いのようだ。

 アイボリーのアクリル板製テーブルを挟む形で、両側の青色のソファーに四人は腰を下ろした。雷蔵を真ん中に両隣に響子とつよし。そしてテーブル越しに福子ひとり。三人分座れるソファーを、福子がひとり独占している姿は、美しさもあって様になっていた。

 しかし。

「ねえ、雷蔵くん。狭苦しくない? 大丈夫そう?」

「しばらくは“これ”で」

「それなら別にいいけど」

 含み笑いで納得した福子。

 響子から肘で軽く小突かれた雷蔵。

「今日は忙しい中で会ってもらい、ありがとうございます」

「いいえ。こちらこそ」

「前置きなしで聞きます。ーーー福子さんが保護者代理として海原摩魚さんと一緒に海水浴に着いていっていたと聞いて、今回、その誘拐された彼女について情報をお願いしたいなと思っています」

 この言葉に驚く福子。

「え? ままま摩魚ちゃんが誘拐された!」

 思わず腰を上げる。

 周りに目配りして大きく開いた口を手で塞いだ。

 そのままソファーに座り直して、口もとから手を放す。

 目の前の三人に目配せして、再び口を開く。

「なんで摩魚ちゃんが誘拐されたの?」

「虹色の鱗を生やしていたから。との理由です」

「え? 嘘?」

「嘘もなにも、俺は直に見ていないし、分からないけど。現場で彼女の鱗を見たもしくは見せてもらった人物がいたんじゃないですか?」

「やだもう。最悪」

 今度は両手で顔を覆った。

「嫌や。嫌や、こんなの」

 海原摩魚とは、かなり親しかったらしい福子。

 態度に現れていた。

「あー。しんど」

「お気持ちは分かりませんが、福子さんと彼女がよっぽど親しかったらしいというのは分かりました」

 この青年の、お気持ちは分かりませんがといった言葉にムッとした福子。尖った歯を剥いて雷蔵を睨み付けた。

「相変わらず正直やな、君は」

「はい。ありがとうございます」

「そこは礼を言わなくていいんじゃないかな? まあいいけど。ーーー君が言ったように、私と摩魚ちゃんとは親しかったよ。で、どちらかといったら、初対面のときから私にニコニコとしてきて抱きついてきたり、はしゃいだりして、めちゃくちゃ可愛い女の子だったなあ。私に身内みたいなのがいなかったから、まるで妹ができた感じで楽しかった」

「え? 年齢的に? 妹?」

「しばくぞ」

 青筋が顔に浮かんだ。

 生まれて百三八年目を生きている人魚の福子。

 人生二週目のアラフォー“女”。

「親しき仲にも礼儀ありでしょう」

「ええ。親しき仲にも礼儀は要る場合と要らない場合があります」

「ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞ」

「ははは」

「なにしに来たんや、じぶん」

「海原摩魚さんについてです」

「そうやろ。そうやろ」

「海水浴場での摩魚さんの様子は、どうでした?」

「私たちといるときは楽しそうにしていたわね。摩魚ちゃんたち可愛い女の子だからさ、とーぜん不届き者たちがナンパしてくるわけだから、私が出てきて二人を保護していたんだよ」

「ナンパ男たちは引き下がったでしょうね。福子さんデカイから」

「そうそう、通天閣並みに背ぇ高いしな。って、なんでや」

「“私たち”って? あとひとりいたんです?」

「ええ。浜辺亜沙里て言って、私の友達の娘さんなの。猫みたいで可愛い子で、摩魚ちゃんとは仲良かったかな」

「それは、どんな人です?」

「陰洲鱒町の女の子だけど、その子の母親のしろがねさんの都合で島を出て市内で生活することになったから、町の学校から県立高校に転校してね。そのまま卒業したんだ」

「母親の都合で? それは仕事上の、生活上の?」

「どっちもと言っていたわ。しろがねさんの勤務先が市内にあるから、毎日のフェリー使って島から通勤を考えたら街の共公交通機関で通勤するほうが効率良かったから、陰洲鱒町からというより島から移住したの」

「なるほど。それで、生活上のではどんなです?」

「ちょっとそれは、複雑というか、人様のプライベートになるんだけど」

 少しばかり気まずそうな顔をして、福子は続けてきた。

「亜沙里ちゃん、教団にマインドコントロールされていてね、しろがねさんは悩んで疲れているの。ただでさえ旦那さんが海の中に失踪してしまったというのに、娘さんの洗脳が解けないことで今は精神的な支えと安堵が無いに等しいんだよ」

「深刻ですね」

 資料を片手に、溜め息まじりに呟いた。

「でもね、そんな彼女にはとっても素敵な友達がたくさんいるの。その人たちが心の支えになっているんだよ」

「へえ。それはとても良いですね」

 資料をめくってなにかに目を通していきながら相づちを打った。




 3


「それ、なんなの?」

 福子は、雷蔵が手に持っている資料と書類を指さした。

「これ?」

「そう、それ」

「依頼人が作ってくれた生贄にされて失踪した虹色の鱗の娘たちの写真と経歴などですね。昨年の失踪者、潮干ミドリさんまで載っています」

「ああ…………」

 力なくうなだれていく。

 雷蔵は資料を二枚ほどめくって、福子に話してきた。

「有馬鱗子さんによると、あなたは教団からの指示で虹色の鱗の娘たちにテトロドトキシンを打っていたとある。この場合は、打たされていたかな?」

 テトロドトキシン。一般的にはフグ毒と言われている。

 福子がちょっと悲しそうな顔を見せる。

「そうね。私は協力することを強いられていたのよ」

「ミドリさんにも打ったんですか?」

「打ったけれど、効かなかったの」

「は?」

「ミドリちゃん、それを打ったあともケロッとしていたんだけど……」

 そう言って、青年の隣の蛙男を見る。

 表情が読めない。

 それ以前に、話を聞いているのだろうか?

 ゲグロとも喉を鳴らさない。息をしているのかな?

 なんでアンタ黙ったままなのさ?

 まあ、いいか。

「特異体質なのかしらね。私も分からない。その子の母親の潮干リエと私は友達だけど、リエもじぶんを特異体質って言っていたから、遺伝だったかもしれないわね」

「特異体質で解決してしまうんですね?」

 半笑いになった。

 雷蔵を見る目が鋭くなる。

「なにが可笑しいの? 説明がつかないことをそれで言ってくれているなら、それでいいと思うけど」

「俺も、そう思います」

 雷蔵は、ニコッと笑みを見せた。

 福子もつられて微笑んだ。

「でしょ。それでいいのよ」

「まあ、それはそれで」

「なにが?」

「潮干ミドリさんは芸能人をしていて、一昨年の夏に地元の陰洲鱒町に帰ってきたとありますけど、生贄の前に彼女となにか関わりを持ちました?」

「去年の八月半ばに最後の海水浴に行ったよ」

「同行していた人物って覚えています?」

「待ち合わせ場所に摩魚ちゃんを連れてきたわ。とっても嬉しそうだったし、実際に彼女たち二人で海を楽しんでいたんだよ。摩魚ちゃんはまだ、その時点でミドリちゃんとお別れだとは知らなかったの。それから八月の終わりの生贄の儀式同日、実家の縁側に座ってミドリちゃんはお別れの挨拶を電話で摩魚ちゃんに告げていたそうよ。その様子を、タヱちゃんと舷吾郎さんと一緒に部屋から見ていたとリエから聞いたわ」

「辛いですね」

「辛いですね、どころじゃないんだってば」

 話しているだけで、泣きそうになっていた福子。


 そんな中に、靴音を響かせて新しい人物が白衣姿でやってきた。

 百七五センチと、かなり背の高い美しい女性。

 膝下五センチ丈の青黒いスカートに、白いブラウス。

 整った造形の顔立ちの中央を走る、高い鼻柱。

 彫りの深い切れ長な眼に赤茶色の瞳、サーモンピンク色のリップを引いた唇。肩より下までの黒髪をハーフアップのポニーテールにしていた。細身ながらも骨は太そうである。しかし、三センチのヒールで響くものだろうか。その彫りの深い美女は近づいてくるなりに、福子の隣に腰を下ろした。そして、雷蔵を睨み付け。

「雷蔵。福子をイジメてんの?」

 開口一番、これ。

 白衣の胸ポケットからピースを取り出して、指で弾き出して指先で掴んで逆さまにすると、そのタバコの箱で“トントントン”と軽く叩いたあとに口にくわえてマッチで火をつける。長い脚を組んで、ソファーに背をあずける。顔は雷蔵に向けたまま、人差し指と中指で挟んで煙を吹かしていった。

 福子に笑顔を見せる。

「ミドリちゃん、クソ可愛いよね」

「本当に可愛いよね。ーーーてか、ひかりちゃん。ここ喫煙所じゃないんだけど」

「これがあるから大丈夫」

 ちょっと黄ばんだ歯を見せて、携帯灰皿を取り出した。

 新島光にいじま ひかり。二七歳。

 再び雷蔵に顔を向ける。

「アンタなに? ミドリちゃんのこと聞きにきたの?」

「新島さんこそ、なにしに来たんですか?」

「あ?」

「あ?」

 二人して顔に青筋を浮かべた。

 しばらく睨み合う。

「勝った!」

 空いている拳を高らかに上げて、勝ち名乗る雷蔵。

「負けた!」

 タバコ片手に、歯を食いしばる新島光。

 これを見ていた響子が下唇を噛んで、悲しそうな悔しげな妬いた表情を隣の彼氏に向けた。

 ー雷蔵のヤツ。あたし以外の女とシャドーファイトしたんだ……。ーー

 不意に、隣から軽く肩を抱かれた。

 そしてその手はすぐに放された。

 耳まで真っ赤になった響子。

 青筋を浮かべて歯ぎしりしていた新島光。

「どつくぞ」

「ねえ、ひかりちゃん。本当に“あなた”なにしに来たの?」

 眉を寄せた福子から突っ込みを受ける。

 携帯灰皿で吸殻を入れて、新島光は話し出した。

「生贄にされたミドリちゃんのこと知りたいんでしょ?」

「流れで“そうなった”けど、本題は海原摩魚さんだ」

 真顔の雷蔵から返される。

「そう? 摩魚ちゃんだけを調べるのは難しいんじゃないかな。ーーーだって、ミドリちゃんと彼女でワンセットだからさ」

「どういうことだ?」

「一度か二度、ここの研究所まで二人が来たんだよ。ミドリちゃんの愛車で」

 隣の福子を見る。

「なんか、ゴッツイ改造した車で来たよね」

「あれ、原型は貴重なトヨダAAよ。なのに、ミドリちゃんったら化物みたいに改造しちゃって……。今じゃレプリカさえもあるかどうか」

「そうそう。文化遺産の車だよね。確か、東京の郊外の中古車屋で五万円で買えたって言っていたよね」

「芸能活動しながらできた暇な時間を利用して、専門業者に改造をちょくちょく依頼していたんだって」

「元芸能人の潮干ミドリが来たってことで広まって、他の研究員たちや工員に内勤の人たちがちらほらと入れ替わりで彼女らを見にきていたよね。連れていた摩魚ちゃんにも注目が集まっていたからね」

「でもね、引退はしていないのよ、ミドリちゃん。帆立プロとマタタビプロに長期の休暇願いを届け出て、それから長崎まで帰ってきたのよ。メディアやSNSでは勝手に辞めたことにされているけれど、彼女はまだ続ける気だったかもしれないわね。ただの冷却期間だったのに」

「そう。せっかくマスコミから解放されてきたのに、今度は地元の“つきまとい”に怯えていたのよ。摩魚ちゃんも同じようにパパラッチ気取りから“つきまとい”にあっているって言っていたよね。ーーーあとね、ミドリちゃんここに来たとき、研究員や工員や事務員の首から下がっている十字架のネックレスを見て、なんだか急に怖がった顔を見せて、摩魚ちゃんと福子さんの後ろに隠れるようにしたよね」

 新島光の言葉に、雷蔵は疑問を挟んできた。

「キリスト教徒がいるのか?」

「ん? 右派のキリスト教徒じゃまだ“可愛いほう”だよ。ミドリちゃんが怖がったのは、院里学会。嫌なことに“ここ”にもいるのよ、学会員たちが数割。生まれた町は蛇轟ダゴン秘密教団にいいようにされている上に、町の外は外で学会員たちが嫌がらせしてくるんだから。陰洲鱒の女の子たちにとっては内も外も地獄だよ」

「ターゲットを絞っての嫌がらせか」

 怒気を含んだひと言。

 これに新島光も頷いて。

「ここ所内で立ち聞きしたわけじゃないんだけどさ。ミドリちゃんたちが来た後の日に休憩室を横切ろうってしたときにね、男たちの“やらしい”雑談が聞こえてきてね。ーーー男が三人だった。長大ちょうだいのテニスサークルの後輩たちが嫌がるミドリちゃんを部室に無理やり連れてきて、尖っている歯では痛そうだから手を使わせて出して顔にかけてやっただの、学生三人がかりで手と腰を押さえつけてスカートに顔を入れて楽しんだとか、あとは、挿入できる寸前のところでキャンパスの“姫様”から邪魔されてその場にいたサークルメンバーが全員気絶させられて、手足を折られていただの。ミドリちゃんがされたことを聞いていて胸糞だったよ」

「ムカつくなあ。そいつらと後輩と呼ばれるテニスサークルの連中は学会員たちか?」

 歯を剥いて青筋を浮かべた雷蔵が聞いた。

 響子は涙を浮かべていた。

 磯辺毅は、…………無表情なのか?

 聞いていた福子は辛そうな顔をしていた。

 新島光が話しを続ける。

「おそらくそうだと思うけど、詳しいことは摩魚ちゃんに聞いたほうがいいんじゃないかな」

「その海原摩魚さんなんですが、虹色の鱗の娘として誘拐されたんだよ。次期、生贄として」

「え?」

 彫りの深い目を見開き、声を上げた。

 そして、両手で顔を覆う。

「うわあ。もう、最悪」

 摩魚とは親しいかは不明だが、推していたもよう。

「あの子がなにしたってのよ」

 ショックは大きかったようだ。

 話しの最後をスルーしそうになっていた雷蔵。

「ん? 姫様? 全員気絶? 手足を折られていた?」

「それ、全部摩魚ちゃん」

「大学に行って聞いたほうが早そうだな。そうするか」

「“ここ”の学会員たちは、ミドリちゃんを見る目は好色丸出しだったけれど、摩魚ちゃんにはなぜだか警戒していたみたいなの」

「海原摩魚さんって何者なんだ? 俺の知らない武道家だったのか?」

「なんでよ? 摩魚ちゃんはお姫様みたいに綺麗で可愛いキラキラした現役女子大生なんだよ。ヤバい女みたいな言い方はよしなよ」

「…………。なんだ。新島さんの推しか」




 4


「そういえば、摩魚ちゃんってどうやって誘拐されたの?」

 そもそものことを思った福子の疑問に磯辺毅が答えていく。

「ななな、なんか、いいイギリス系アメリカ人の魔法使いに、さらわれていったんだ、な。しし白い兄さんと、アフロヘアーの兄さんとで、三人はししCIAって名乗っていたんだ、な」

 ようやく喋った。

 福子とひかりは無表情で蛙男を見ていた。

 タバコを弾き出して、逆さにして箱で軽く“トントントン”と叩いたあとに口にくわえて、マッチで火をつけた新島光。眉間に皺を寄せて、煙を唇の隙間から緩やかに吹かしていった。

「ねえ、そいつら本当にCIA? 魔法使いからどうやって誘拐されたんだよ? そもそもさ、あなた誰? なんで蛙がクソ暑い夏にトレンチコート着てんだよ? てか、喋れるんだ?」

「ああ足元から、赤い魔方陣が頭まで上がっていったときは、まま摩魚さんは魔法使いの女の人のうう腕の中だったんだ、な。おおお、俺は、磯辺毅っっと言うんだ、な。よろしくなんだ、な」

「マジかー。マジで魔法使いなのか。本当にCIAだったら、誰の指示で動いたんだよ」

 新島光のあとに、虎縞福子が薄い唇を開いてきた。

「CIAなら独自に動いているんじゃないの? ていうかさ、魔女の諜報員てなんなの? アフロヘアーのスパイってなにさ? まさか、パンタロンはいていないでしょうね?」

「はは穿いていたんだ、な」

「穿いてたんかい!ーーーねえ、天下の中央情報局て今は一芸入試をしてんの? 摩魚ちゃんはハロウィンの仮装行列みたいなフザケタ連中に誘拐されたっての? ひょっとして、コミコンで来ていた人たちの可能性はない?」

「タタタ、タヱさんと同じこと、言っているんだ、な。たた確かに、仮装行列みたいでフザケタ感じだったんだ、な」

「そう言うあんたこそ蛙じゃん」

 尖った歯を見せた福子は笑いを堪えて指摘する。

「それ言ったら福子さんだって人魚ですよね」

「お前よお覚えとけよ」

 雷蔵から飛んできた指摘に、福子は尖った歯を剥いた。



 それから。

 話しもいろいろと聞けて、時間がきたので雷蔵たちは引き上げることにした。お別れの際に、礼を言った護衛人の二人に福子が近づいてきて、響子を片腕で抱きしめてもう片方の手は雷蔵の頭を撫でていった。

「もう、本当に今日はありがとうねー。職場なのに楽しんじゃった。また会いましょう」

 ニコニコ笑って礼を言っていく。

 その隣にいる新島光も微笑みを見せていた。

「またね、二人とも」




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