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仕事、請け負います。

 ここで護衛人が登場します。


 1


 真夜中。

 スマホの呼び出し音が繰り返して鳴っていた。それに気がついた女は布団から手をユルユルと伸ばしていき、欠伸声で応対した。

「ふゎあーい、こちら榊探偵事務所ですがー」

『久しぶり響子! あたし、海原みなも!』

「みなも、久しぶりじゃない。どーした、こんな時間に?」

『お姉ちゃんが怪しい連中から誘拐されちゃったんだよ!』

「なんだって!」

 叫んだ直後に口を手で塞いで、隣りに寝る男に目をやる。どうやら起きなかったらしく、男は寝返りをうつだけだった。みなもに向けて声を小さくして話しを再開する。

「ごめーん、みなも。良かったら明日来てもらえる?」

『なに、響子? ひょっとして自宅じゃないんだ? まさか、男の家から?』

「ぐ……」

 バレた。

 顔が赤くなってくる。

 半年前に受けた依頼のせいで今日は仕事が遅くまでかかり、瀬川響子せがわ きょうこは事務所の経営者である榊雷蔵さかき らいぞうの所に泊まり込んでいた。もちろん、彼女は二人の姉に話をしていた上で彼の家と事務所に寝泊まりを続けていた。だが、みなもにとってそれを気にしている場合ではない。

『分かった。明日、あんたの事務所にくるよ』

「ありがとう」

 通話を終えて、響子が溜め息をひとつ。

 雷蔵と響子は、布団をそれぞれ敷いて寝ていた。


 八月も五日ほど経ち。

 翌朝。

 榊雷蔵。身長が百八五センチもある、細身な筋肉質の好青年が白いシャツにブラウン系のスラックス姿で、みなもたち三人に応対していた。その雷蔵の助手として働いている瀬川響子は、卵形の輪郭に高い鼻柱と丸くて大きな瞳を持っており、肩より下まである艶やかな黒い髪をポニーテールにしていた。白いアクリル板製のテーブルを挟むように、同じソファーに雷蔵と響子が座っいて、対岸側のソファーには依頼人の海原みなもが座っていた。デニムシャツにサマージャケットを羽織って下はデニム生地のジーパン姿をした海原みなも。その後ろ両脇には、黒いワンピース姿のタヱと、トレンチコート姿の毅が立っていた。

 みなもは挨拶から切り出す。

「初めまして、私は海原みなもといいます。そして、後ろにいる方々は」

「いい磯辺、毅、です。よよっよろしくお願い、なんだ、ナ……」

「私は潮干タヱといいます。よろしくお願いします」

 それぞれ三人の挨拶を聞きながら、雷蔵が今朝受け取った電話のメモに目を通していたあとに、みなもたちに向き合った。

「初めまして、自分は榊探偵事務所の責任者、榊雷蔵です。海原さんの依頼内容は、姉の海原摩魚さんが外国の三人組から誘拐されたという事ですね?」

「はい。連中はCIAと名乗っていました」



 2


「なるほど、CIAの内ひとりは魔法使いですか」

 雷蔵が書類に目を通していきながら確かめるように呟くと、隣の響子に振り向いて言った。アメリカ合衆国の最大の諜報機関の中央情報局ことCIAに、魔法使い。

「響子、これは、あとひとり人手がいるぞ」

「マジ?」

「今から俺が最適な人を探すから、詳しい事を聞いておいてくれ」

「分かった」

 隣から席を外した雷蔵を見たあと、目の前の同級生に目を向けた。

「あはは、ゴメンね」

「あたしは大丈夫。しかし、本当に響子がこういう仕事をしていたなんて、驚いちゃった」

「去年の同窓会以来、会っていなかったもんね。それにあたし、あの日は自分の仕事を“あんた”に教えようとしたときに呼ばれて会場を飛び出したんだっけ」

「彼に呼ばれたんでしょ?」

「うん」

「よっぽど彼と仲良いみたいだね。あんたが続いているって珍しいし」

「あはは。ここに来る以前は転々としていたから」

 少し恥ずかしげに答える響子の頭を、みなもは思わず撫で撫でして話しを続ける。

「そうだ。お姉ちゃんが目の前で拉致されたんだよ」

「どんな連中だった? なにか目的を言ってなかった?」

「イギリス系アメリカ人の三姉弟だった。それと、陰洲鱒町の金鉱脈が目的と言っていたよ」

「陰洲鱒町と金鉱脈? でも、なんで摩魚さんを誘拐なんか? 繋がりがあるのかな」

 タヱが切り出してきた。

「摩魚さんが蛇轟への生贄だからです。―――推測できる連中の目的は、彼女を餌に蛇轟を呼び出して奴を飼い慣らして、その後に金を無尽蔵に所有してやろうと考えていると思います」

 黒いカウボーイハットを目深に被るタヱを見た響子。

「潮干さんですね。あなた、陰洲鱒町の出身?」

「そうです。毅と私は、島にある陰洲鱒町の生まれです。それと、潮干さんって恥ずかしいから、タヱと呼んでください」

「分かったわ、タヱさん」

「ありがとうございます」

 タヱは照れくさそうに顔を伏せる。

 響子が質問してきた。

「それはそうと、タヱさん。その肝心な蛇轟ダゴンって神を見たことあるの? 同じ町の人でもいいから」

「ないです」

「ないんだ」

「ないですね」

「でも、ダゴンってもともと日本の神様じゃないよね」

「はい。ペリシテ人の半人半魚の神です」

「ペシリテ?」

「ペリシテです」

「じゃあ、日本関係ないよね」

「ないですね」

「なんで日本にきたのよ?」

「神の気まぐれじゃないですか?」

「迷惑よね」

「そうですね。迷惑ですね」

「島というか町でまつっている神様って、ダゴンだけ?」

「いいえ。島には土着の荒神、螺鈿様らでんさまがいます。ダゴンは新参者ですね。あと、生贄を食べたといった形跡が見られないんですよ」

「どういうこと?」

「生贄の虹色の鱗の娘を海に飛び込ませたあと、どこかに連れ去っていくらしいです。その生贄を捧げる崖には、呪文を唱える司祭をつとめているというかやらされている摩周ヒメさんと摩周ホタルさんがいて、そしてその儀式の完遂するのを見る磯野フナという小柄な婆さんがいます。なので、海中での様子は今の人たちが間近で見ていますね」

「その人たちに聞けば、生贄にされた女の子の行方が分かるのかな?」

「はい。ヒメさんとホタルちゃんは質問に答えてくれると思いますが、フナの婆さんは言わないでしょうね」

「話しを聞く限り、そのお婆さんはあまり良い感じがしないよね」

「ええ。良い人ではないですね」

「じゃあ、会って話しを聞くならそのヒメさんとホタルさんがいいんだね」

「ええ。できれば、そうしてもらえればいいです」

「分かったわ。頭に入れておくね」

「お願いします」

 そうこう会話しているうちに。

 登録している同業者、この場合は日本の護衛人の中でも比較的少数の魔法使いの電話番号にかけて、人手を探していた。そして意外と早く、三件目で空きの人物が見つかった。

「なに、空いている? 助かったよー。手伝ってほしいんだ」

『オーケー! で、ギャラはキッチリと三等分なんでしょうねー?』

「もちろん!」

『んじゃ、待ち合わせしよ!』

「分かった」



 3


 同日の夕方。

 それから、雷蔵と響子と依頼人の三人は事務所から移動をして、ファミリーレストランの窓際席で助っ人を待っていた。なにかと目立っていたのは、タヱと毅の二人。その身なりと容姿が余程珍しいのであろうか、次々に客たちはチラ見をしていく。だが、当の二人は気にしておらずに、ウェイトレスに頼んだ魚貝類スープに舌鼓を打っていた。みなもがスプーンで掬って、タヱの口へと運んであげる。

「はーい、タヱさん」

「ありがとうございます」

 そして、「旨い」と目を輝かせるタヱ。これを見ていた、みなもと響子はクスクスと笑って「タヱさん可愛いぃー」と呟いた。そのような事を言われたものだから、タヱは余所見して照れを誤魔化す。みなもは、口元を拭いてあげたあとに声をかけていく。

「タヱさんって何歳?」

「二二歳です」

「あたしと響子と同じ歳だ」

「え? そうだったんですか」

「はい、タヱさん」

 と、みなもは再びタヱの口へと運んであげた。

 店内に流れる音楽。

 しばらく和やかな空気が続いた。

 すると。

「ハーイ、雷蔵ーー! 響子ちゃん! お久しぶりっ子!」

 元気溌剌に二人へ声をかける女が現れた。

 ドイツ人と日本人との混血を証明する、彫り深い顔立ちに碧味を帯びた黒い瞳を持ち、細身ではあるが骨太な故に若干肉付きがよい身体。顔の造形は非常に整ってはいるが、見る人によっては少々バタ臭いかもしれない。そして髪型は、七三分けからまとめたアンシンメトリーなツインテールが特徴的。服装は、“I AM GERMANY”とプリントされたデニムシャツに、下はデニム生地のホットパンツ姿だった。もちろん、女は素脚である。

 目のやり場に困りながらも、雷蔵は皆に女を紹介した。

「紹介します。俺たちの強力な助っ人です」

「初めましてー、尾澤菜おざわな・ヤーデ・ニーナです。よろしくね」

「彼女、仕事仲間から“おなにさん”って呼ばれたりしているんだ」

「余計なこと教えんな!」

 ニーナが歯を剥いて雷蔵に怒鳴ったのち、今度は口を尖らかせて小声で「……まあ、嘘じゃない……けれども……さ」と、認めた。


「―――と、いう訳で、尾澤菜さんは護衛人の中でも数が少ない魔女なんです」

 雷蔵がみなもを含めた依頼人たち三人に、ニーナのことを解説した。今朝、みなもから受け取った電話内容を読み込んでいた雷蔵は、事務所のプッシュホンを使って手の空いている魔術師や魔女を探していた。あのボンド三姉弟のジェシカ・ボンドが魔女と聞いたことで、その対抗として魔女の血を引くニーナを助っ人に頼んだ。

 みなもはニーナへと頭を下げる。

「尾澤菜さん、協力ありがとうございます」

「そんなにかしこまることないってばーー。それより、雷蔵、目には目を歯には歯をで魔女には魔女をってことかい?」

 その問いに雷蔵が「まあな……」と答えてから、ニーナは再び、みなもへと聞いていった。

「みなもさん。で、そのジェシカって魔女はさ、魔法陣はどんなのを使っていたの?」

「ペンタゴンと唱えていました。畳に出てきた形も、五角形でした」

「なるほどー、我が家の流派とは違うらしいね。んーーまあー、いいや。そのとき、その場で成るように成るでしょ」

 ニーナは、そう言って後ろ頭を掻いて笑みを浮かべた。


 海原摩魚、奪還開始。




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