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人魚姫のお掃除屋さん


 1


「ヒメ。服着てや」

「ヒメちゃん。早く着て」

「ヒメちゃん。ここは家やないで」

「ヒメさん。見ている私が恥ずかしいから着てちょうだい」

 鰐恵、橦木朱美、野木切鱏子、そして鯉川鮒。

 素っ裸のまま右手に血糊を付けたまま駐車場を見渡していた摩周ヒメへと、女たち四人の声がかけられていった。先ほど成敗した金継善人を含めた中近東系の男たち活動家による、フカ三姉妹を強姦して回すという極悪非道なおこないから救った鯉川鮒と摩周ヒメは、各々の肩を三姉妹に貸して立たせて、駐車場内にあったベンチに座らせたところでの投げかけられた四つの言葉だった。ヒメの下着からワンピースまでの白い衣服をコンクリート地面から拾い上げた鮒が、埃や砂をはたき落としていってくれた。小袖の片腕をハンガーにして、掛けていく。

 その、当のヒメはというと。

 駐車場内に画かれた気持ち悪い赤い芸術を裸足で歩き回って見ていき、出入口に止まって数秒間外の夜景に目を向けていったのちに、ようやく鮒たち四人のもとに近づいてきて立ち止まった。

 じぶんの白い衣服を預かってくれている和装美女へと。

「本当に私が見えていないみたいね。凄い」

「それもう分かったから、早く服着てちょうだい!」

 頬を赤くした鮒が、銀色の尖った歯を剥いて訴えた。

 血糊ベッタリな自身の右手を見たあと、ヒメは再び四人を見た。

「手と足を洗いたいんだけど……」

 あっち!と言わんばかりに、美しい人魚たち四人から無言で駐車場のすみを指差された。その方に首を向けて、ヒメは「あーー」と納得したのち「ラッキー」とニコッと微笑んだ。手洗い場に向かうヒメの後ろを、黒いウェスタンブーツを拾い上げた鮒が着いていった。決して摺り足の移動姿勢を崩さない、この“人魚姫”の後ろ姿に、三姉妹は愛らしさを感じて目じりを下げた。この間に、恵たち三姉妹は、拾ってもらったジーパンを履き直した。ヒメは右手を入念に洗ったのちに、洗面台のふちに腰を掛けて、足首を持って上げて片足ずつ足の裏を綺麗に洗い流していった。その片足を洗い終えるごとに、鮒から「はい、どうぞ」と愛用のブーツを渡されて履いていく。次に渡された下着を受け取って、パンツから穿いて、ブラをけて、シミーズを着て、最後はノンスリーブワンピースを脚から通して引き上げて両腕を通し、背中に手を回してジッパーを閉めて完了した。「ありがとー!」と、ニッコニコなヒメが感謝の気持ちを伝えて、鮒に抱きついた。再び三姉妹のもとに戻ってきて、ヒメは口を開いた。

「さあ、帰ろうか」

「ええ……。ヒメ、鮒ちゃん。ありがとう」

 恵が三姉妹代表して礼を述べた。

 約二〇センチ高い、恵を見上げながら、ヒメは笑顔で。

「礼はいいのよ。私たち、当然のことをしただけだから」

「そういうこと。同じ町の住民が酷い目に遭ったのよ、女としても。あの人たちは当然の報いだわ」

 三姉妹へと微笑んでそう言った鮒は、絶命した男たちに首を向けて最後の言葉で声を低くした。そしてまた、皆に向き直る。

「あなたたちは、じぶんたちの夫からも裏切られたのよ。この傷が決して癒えることはないけれども、今日は帰ってゆっくりしてほしい」

「鮒ちゃん……」

 恵たち三姉妹の目もとが、潤んできた。

 そんなとき、ちょっと困った顔をしたヒメが。

「ねえ。アレ、どうしよう…………」

「アレ……?」

 親指で背後を指していくヒメの先を見た鮒。

「“清掃業者”を呼ぶわ」

「清掃業者?」

「妖怪の、お掃除屋さんよ」


 そして、忘れ去られた訳ではないが。

 中近東系の少女が、モハメドの遺体の横で立っていた。

 少女の足下には、不可解な黄色い砂か土があった。



 2


 着物の襟から銀色メッキの細く短い筒状のネックレスを取り出した鮒は、この先端部をライラックのリップを引いた唇に“ふわり”と挟んだ。そして、ピーーーっと小さく高い音を駐車場内に響かせていく。この間、五秒。すると、コンクリート打ちの地面や天井の梁や、そしてあらゆる角から黒色の炎のような妖気が出現したと思った中から、短い角を生やした様々な容姿の魑魅魍魎たちが姿を現してきた。その中でも、ハシビロコウによく似た魍魎が鮒のもとに寄ってきて、ひと睨みした。

「用件と対価は?」

「地面や壁で“寝ている”男たちを“掃除”してちょうだい。対価はアイツらの“肉”よ。十人もいないけれど、大きいのが二人いるから仲良く分け合いなさい」

「へへ。分かりやした。食べがいがありそうでやんすね」

「連れてきた仲間と分け合いなさいよ」

「がってん承知の助」

「あとは任せたわ。じゃあ、私たちは帰ります。よろしく頼んだわよ」

「お気をつけて」

 ハシビロコウ似の物怪が、手羽を振って見送っていく。

 “清掃業者”たちに背を向けた鮒も、微笑んで手を振る。


 妖怪のお掃除屋さんたちをあとにして、女五人は駐車場を出てきた。数歩先へ進んで、出入口に顔を向けたヒメが、不思議そうに口を開いた。

「凄い。本当に“なんにもない駐車場”しか見えない」

「マジックミラーみたいになっている結界よ」

 なんだか嬉しそうな声と顔をした鮒。

 単純な疑問をヒメは聞いてみた。

「あの結界、解かなくてもいいの?」

「三時間経ったら自然消滅するわ。その前には、お掃除も終わっているわよ」

「へえー。マジで凄いのね」

「ありがとう」

 鯉川鮒が、本当に嬉しそうに返してきた。

 これにドキッとしたヒメたち四人。

 そのとき、ヒメが不意に思い出した。

「あ! そういえば、万引きしようとしていた小さな女の子を連れてきたでしょ。忘れるところだったから、あの子を連れてくるよ」

「ほっといても大丈夫よ」と、ニコやかな鮒。

「なんでよ? 食べられちゃうじゃない」

「タネ明かしするとね、あの女の子は人じゃないのよ。土人形ゴーレムといってね、ユダヤ人の魔術から作られた人形ひとがたに過ぎないのよ」

「それマジ? それはそれで凄くない?」

「私も土人形ゴーレムを初めて見たわ。ーーーまあ、そういうことだから、心配しなくても大丈夫よ」

 こう言って、鮒は四人に足を進めることを促した。

 労いと歓談と心配の言葉を交わしていく中。

 ー私が“あのまま”見過ごすとでも? 遠隔操作の魔術は大したものだけれど、正直まだまだ“若い”わね。埼玉県川口市から、わざわざ最西端まで御苦労様。ーー

 と、鯉川鮒が指を軽く鳴らした。

「今のは?」ヒメが聞いてきて。

「なにも。景気付けよ」と、鮒は微笑んだ。

「そう」と、ヒメも微笑んで返した。


 一方、そのころ駐車場内では。

 父親の亡骸の前に立ち尽くしていた少女。

 そのすぐそばでは、妖怪のお掃除屋さんたちが、フカ三姉妹を強姦して回した不届きな中近東系の輩どもと卑劣な金継善人の遺体を“もぐもぐ”と仲良く食していた。それはこの中近東系の少女の父親であるモハメド・カリスの死体も例外ではなく、ハシビロコウ似の物怪が仲間と実に旨そうに脚から食していた。握る拳に力が入っていくたびに、少女の目もとと手もとと足もとからサラサラと黄色い砂や土が零れ落ちていった。

「あの糞人魚……。私の父さんを……。私の目の前で……」

 力強く振り返って大きく一歩を踏み出して、中近東系の少女が駆け出したその矢先であった。

「ブッ殺し」

 パチン!と乾いた軽い指鳴らし音が駐車場内に響き渡ったとき、皆まで叫ぶことも許されずに、少女の首は振り返りと駆け出しと同時に横に滑り落ちていき、コンクリート地面に当たった瞬間に黄色い塊が砂と土を撒き散らして花を咲かせた。そして、ワンテンポ遅れて、頭を失った小さな身体が前のめりに倒れた直後、こちらも地面に黄色い大きな花を散らしていった。


『緊急ニュース速報です。先ほど、埼玉県川口市の市街地で、地元警察の武装特殊部隊の協力する自称難民の中近東自警団と反政府組織部隊が交戦中のときに、自称難民の活動家であるモハメド・カリス(四二歳)氏の娘、アスピス・カリス(二三歳)氏の遺体が発見されました。まるで首を鋭利な刃物で切断されたかのような状態だった、との報告です。なお、県政と市政に抵抗している反政府組織部隊のメンバーには、今のところ日本刀や青龍刀または三日月刀などの大きな刃物を所持している姿は見られていないとのことです。ーーー以上、緊急ニュース速報をお伝えしました』



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