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人魚姫とヒメ様、蝗の群れと戦う

 改めて。

 この書き物は、HPラブクラフトの『インスマウスを覆う影』と『ダゴン』の二次創作です。なので、現実の県政や市政や実在の人物と似ていても異なりますので、ご注意ください。


 0


 良い世

 来いよと

 夢想するだけには終わらせないたみの部隊


 なんとかして

 Japanにほんを良くしたいたみの部隊


『緊急ニュース速報をお伝えします。ーーー本日の午前7時45分頃、埼玉県庁と川口市市庁とで出勤していた埼玉県知事と川口市市長が反政府組織部隊から襲撃に遭い、各人正面から銃弾を五発から六発受けて、SPを勤めていたクルド人ともども死亡しました。この埼玉県と川口市では、自称難民のクルド人を含めた中近東系の移民たちを、いずれも保護や優遇していたことが流れてきた情報により判明しました。なお、川口市条例で、以前の『難民へのヘイト反対条例』の他にも『中東イスラム教徒移民保護条例法』が今から六年ほど前に施行されて、地元県警とこれらの移民たちが県知事と市長とともに連携して、ときには地元県民や市民に武装して制圧などをおこなってきました。いずれも、取材によれば、このような県政と市政に対して不満を持ち続けていた地元民たちが、自衛のために反政府組織部隊を結成したものとされています。ーーーこのような暗殺事件を聞いた石橋茂明総理大臣は、与野党と連携して、こういうときこそ私たちはテロリストに屈してはならないとの声明を発表しました。ーーーそして、今の昼の時間では、埼玉県副知事と川口市副市長が県警に要請して警察の武装特殊部隊を市内に送り、地元のクルド人他、中近東系の自称難民たちが結成した武装自警団と連携をして、反政府組織部隊との銃撃戦の内戦状態に入っています。なので、今は地域が混乱状態なので埼玉県および川口市には外からは来ないようにお願いしますとの、政府から通達がありました。よって、県外や市外の国民の皆さま、埼玉県と川口市には来ないようにご協力をお願いします。ーーー以上、緊急ニュース速報をお伝えしました』

『続いて、財務省解体デモと自衛隊解体デモについての続報です。今月初めに殺害された元・自衛官一等陸佐のいくさ勝一郎しょういちろう氏(三五歳)の被害者遺族である、日下部くさかべ春香はるか氏(三〇歳)が財務職員ということが判明しました。なお、警察の調べによると、日下部春香氏は財務省絡みの内部告発をしようとしていたもようです。ーーー以上、続報をお伝えしました』



 1


 年月を戻して。

 『人魚の会』から翌日。

 海原摩魚が誘拐されて八月も二週目も半ば過ぎた。

 龍宮紅子が誘拐先の隠れ家を訪れた日と同じ。

 夜の八時くらい。

 場所は長崎市丸山町。

 思案橋繁華街。

 『CLUB LUNA LION FISH 』一階店内。

 鯉川鮒は摩周ヒメと酒を一杯ずつ飲み交わしていた。

 二人とも仕事帰りにパッタリと出会い、そのまま中へ。

 お互い、理不尽に我が家を破壊された者どうし。

 似た境遇の共有による共感から打ち解け合いは早かった。

「鮒さん、鮭川さんところに寝泊まりしてるんだ」

「ええ。育良ちゃんと紅佳ちゃんには、本当にお世話になっているわ。ありがたすぎて、申し訳ないくらい」

「私も今は、実家で生活しているよ。父さんと母さんのところには本当に久々。妹たちとも顔を合わせるようになったし」

「へえー、それはそれで微笑ましいわね。でも、ほとんど壊されたんでしょ? 修復どころか建て直しなんじゃ?」

「建て直しなんて冗談じゃないわ。それって新築も同然だったから、各業者に頭下げてお願いして回ってね、新築前提だった相手に譲歩させてお互い歩み寄ったのよ。私もその分キッチリと払いますからって言ってね」

「良かったじゃない。三十年ローンにならなくて」

「本当に良かったよ」

 このあと、飲み終えた鮒とヒメはお代を払って店を出た。


 繁華街の交差点に差し掛かったとき、鯉川鮒が角にある黄色と青色の看板のコンビニを目にして足を止めたので、摩周ヒメもそうした。

「どうしたの?」

 小さく、低くした声で聞いていく。

 すると。鮒は前を見たまま。

「こんな時間に小さな女の子が、ひとりで入ったの」

「うん。でもここ、飲み屋街だよね。子ども連れのキャバクラのお姉さん珍しくないよ? 託児所もあるし」

「“そうだったら”良かったんだけど。今、私が見た子供は“そうじゃなかった”のよ」

「なにがどうだか……」

「私たちも入ってみましょう。そしたら分かるわよ」

 銀色の瞳を流して、微笑みを含んだ顔で返してきた。

 鮒のこの表情を可愛いと思ったヒメも、微笑みを向ける。

「じゃあ、行ってみようか」

「ありがとう。付き合ってくれるのね」

「礼は要らないわ」

 この言葉のあと、女二人は足を進めていった。


 数分後。コンビニ店内。

「ニホンゴ、ワカラナイ……」

「日本語分からないじゃ困るの。あなたのお父さんかお母さんはどこ?」

 二つの買い物カゴに商品をいっぱい入れたまま持っていた小さな女の子に、しゃがみ込んで目線を合わせて質問していた若い女性店員がいた。この様子がすぐさま目についた、鯉川鮒と摩周ヒメ。レジでヒメはピースを、鮒はラッキーストライクを、女二人はそれぞれ煙草を購入して、対応している店員のもとにきた。その小さな女の子は、幼いながらも彫りの深い顔立ちと浅黒い肌と黒い髪の毛をしていた。おそらくこれは、中近東か。

 若い女性店員の横に、鮒がしゃがみ込んだ。

「あ。鮒さん」と、気づく店員。

「お疲れさまです、チーフ。どういう状況なんですか?」

「カゴいっぱいの商品のまま、レジを通り抜けようとしていたんです。それを私とこの子が引き止めました」

「そうですか、よく分かりました。ここは私に任せてください」

 そんな若い女性店員に、“人魚姫”は微笑みを向けたあと、中近東系の少女に顔を向けた。

「お嬢ちゃん、どこからきたの? 迷子? お父さんは? お母さんは? こんなにカゴいっぱい入れて、なにしようとしていたの? おばさんに説明してくれないかな?」

「ニホンゴワカラナイ……」

「日本語分からないならなにしてもいいってわけじゃないぞ」

 と、鮒は声を低くして中東の言葉で威圧した。

 一瞬、強張る中近東系の少女。

 少女の両肩に優しく両手を乗せて。

「ここは、おばさんが払っておくから、お嬢ちゃんの仲間たちがいるところまで案内してくれないかな?」

 と、日本語に戻して微笑み、両手を下ろして、今度は片方の手の甲を肩に乗せた。この鮒の問いかけに、中近東系の少女は頷いて「アンナイ、スル」と片言で答えた。これを了承と取った鮒は、少女の肩からゆっくりと手を引いて下ろして、膝を伸ばして立ち上がった。

「これ全部で“おいくら”ですか?」

「え? それは困ります。警察に来てもらいましょう」

「日本の司法が外国の人を起訴までできると思っているの?」

 焦って制止してきた若い女性チーフに、鮒は笑顔のまま声を低くして返した。これに対して「え、いや、その……。確かに……」いくつか思い当たったのか、制止することをやめていき、ここは夜の街に慣れているこの和装美女に任せてみることにした。

 ーまあ、払ってくれるなら。ーー「では、よろしくお願いします」

 チーフと店員ともども頭を下げていく。

 これに応えるかのごとく、鮒は可愛らしい笑みを見せた。

 そして、レジにカゴ二つを置いて精算を頼んだ。

「アリガトウ」

「いいのよ」

 中近東系の少女の片言に、鮒は微笑んで返した。

 買い物カゴ二つ分、バーコードを読む時間が長い。

 レジの電光掲示板の数字がドンドン増えていき。

 鮒の黒眼は弓なりから徐々に鋭く変わってきた。

 精算終了。

「レジ袋も入れて、一万五千七百円です」

「…………」

 美しいチーフの愛らしい笑顔。

 精算額を聞いて沈黙する鮒。

 ニッコニコな中近東系の少女。

「アリガトウ、オバサン」

「礼だけでは済まんぞ、糞餓鬼クソガキ

 銀色の尖った歯を剥いて、青筋を立てた。

 レジに向き直り、財布を胸元から取り出して開けて。

「うふふ。どうぞ……」ちょっとショック。

「に、二万円からですね。ありがとうございます」

 戸惑いながらも受け取ったチーフは、粛々と業務を終えた。

 お釣りを受け取り、鮒とヒメは浅黒い少女を連れてコンビニをあとにした。



 2


 鯉川鮒、中近東系の少女の手を引いて歩きながら。

「お嬢ちゃんの仲間は、どこかしら?」

「アッチ」と、交差点左側を指さした。

 アスファルト舗装を過ぎると、あとは石畳の道路。

 三つの道路全てが坂道で石畳だった。

 少女の指した左側を上ると、中間に八階のマンション。

 その一階が深い駐車場になっていた。

 歩調を少女に合わせていきながら、不穏な物を感じとった。

「強い妖気が三つ。弱まっているのが三つ」

「ん? あなたの仲間がいるの?」

 私に話しかけたのかな?と思ったヒメが返していく。

「とっても不愉快だわ」

 鮒は気分が変化したのか、眉を寄せてヒメに瞳を流した。

 ヒメも稲穂色の瞳を向けて、聞いていく。

「珍しいじゃない。そういう顔」

「私が今、どういう気持ちか分かってほしいからよ」

「分かった。おかげで心の準備ができるわ」

「ありがとう」

 礼を返した鮒が、進行方向に顔を向けた、そのとき。

 一階の駐車場から、大きな影が三体上がって出てきた。

 そして、一目で何者かが理解できた。

 切れ長な黒眼に銀色の瞳。

 白い肌には青色や紫色の影が差していた。

 銀色の尖った歯を上下に二列。

 逞しい首筋に五つのひれ

 鍛えた上半身の上着から浮き出た、あばらに三つの鰭。

 これらは紛れもなく雄人魚の人間形態の特徴であった。

 その三体とも、鮒とヒメに気づいて、歩み寄ってきた。

 左端の一番年長者と思われる、長四角い輪郭の白髪頭と白い眉毛が話しかけてきた。顔に皺を刻んでいるとは言っても、身長百九五センチで縦横のボリュームがある筋肉質で、黒いタンクトップに青色のジーパンと艶々した黒い革靴でお洒落を決めていた。好色な笑みを口の端に浮かばせ、嘲り混じりに言葉を吐いていく。

「これはこれは、フナ姫。このような眠らない街を彷徨ウロついておられたとは。繁華街は危険ですぞ。今から、ボディーガードをお付けになられては?」

「わざとらしい。ボディーガードなら後ろにいるでしょう。彼女をあまり舐めない方が良いわ」

 クイと己の後方に立つヒメを示した鮒。

 次に、ブルーグレーの眉毛と髪の毛をした、こちらも長四角い輪郭の年配者も話しかけてきた。額や目尻や頬などの部分的な皺を刻んだ年配者の特徴をしている割りには、二百センチ以上の長身に、たわわに実りかつ引き締まった筋肉を持っていて、青灰色のタンクトップとジーパンに黒い艶々の革靴でお洒落を決めていた。この雄人魚も、白髪頭と同じように好色な笑みを口の端に浮かべた。

「姫様。我々に摩周ヒメを“提供”しに、わざわざ危ない街まできてくれたのですか? もし“そう”なら、遠慮なくいただきますぞ」

「この女は渡さぬ。ーーーそれより、お前たちの方こそどうしたの? 幹部の仕事を任されてなかった? 職務は割り振っていたわよね?」

 警戒心を上げていく鮒。

 同族とは言っても、上の者である“人魚姫”を嘲っているようであった。そしてそれは、隙あらば鯉川鮒を襲撃するつもりか。まさに、油断も隙もない。

 最後は、中央に位置している三体の中で一番若い雄人魚。

 細く長く切れ上がった黒眼に、長い睫毛。

 細面の輪郭に、苔むした茶色い髪と眉毛を持っている美男。

 百九〇センチの長身で細身の筋肉質。まさにモデル体型。

 オリーブドラブ色のタンクトップにジーパンと艶やかな黒い革靴で、三体の中で一番お洒落に見えた。しかしこちらも、美男と言えど雄人魚。語るときに銀色の尖った歯を見せないという品のある割りには、口の端に浮かぶ好色さは隠しきれていないわけで。

「我らに我らの役目がある。経理や帳簿などというのは、ヒトのやることだ。我らには無意味。ーーーそして。あなたは我らよりも年長であるが、場合によっては奉仕という名の制裁を受けてもらわねばならない。龍宮龍子りゅうぐう たつこと同じようにな。そして、龍子たつこが築き上げた“龍宮城”が崩壊したことと同じく、あなたの築いた“城”も崩れ去るだろう」

「私が築いた“城”ですって?」

 不可解な顔を浮かべたが、すぐに笑みを見せた。

「アレは、あなた方の“城”じゃないの?」

おさの住む神殿に似せて建てたのだろうが、アレは小さすぎる」

「あなた方兄弟はおさじゃないんでしょう? なら“ちょうどいい”と思うけど。でも、私から見たら人間界では“じゅうぶん”馬鹿デカイ施設なのよ」

「今は違うが、いつかは長になる身。人は、我ら兄弟に対しての奉仕が充分ではない」

「出過ぎた欲望は身を滅ぼすわ」

「強くあれば滅ばない」

「その私は、あなた方兄弟より強いんだけど。ご存知なかったかしら?」

「うぬぼれるな」

 美男人魚の吐き捨てたあと、白髪頭の人魚が挟んできた。

「フナ姫。今から我々とやり合うのか? それなら一向に構わんが、しかし今は我ら兄弟、肉体も精神も満たされているのでな。とても穏やかな空気だ。ここは何事なにごともなく過ごしたい」

「穏やかな空気? 私には、あの駐車場から不穏で不愉快な空気を感じるのだけど」

「いいや、違うね。穏やかな空気だ。我々にとってな」

 と、青灰色の髪の毛の雄人魚も口を挟んできた。

「今朝方たまたま我々の妻たちと会ってな。今の今まで仲間たちと一緒にいたんだ。とても穏やかな時間を過ごせたよ」

「仲間、たち?」ひとつ目の不安が当たった。

「ああ、我ら兄弟の仲間たちだ。姫は知らんだろうが、契約も結んだ。これまで以上に蛇轟ダゴンの力が増して、きんは本来通りに湧き出てくれる。ーーーでは、これから我々は陰洲鱒に戻る。また明日、顔を合わせられるといいな」

 そう言い切って、青灰色の髪の毛の雄人魚が、美男人魚と白髪頭の雄人魚を引き連れて、鯉川鮒と摩周ヒメの間を通り抜けて去っていった。立ち去る三体の背中を振り返って見たヒメは、姿勢を戻して鮒の背中に質問していく。

「今の白髪頭は、鱏子えいこさんの旦那だね。あとの二体は? 見たことない顔だったわ」

フカ三兄弟よ」

「え? マジ? 真ん中の色男もなの?」

「ええ。信じられないでしょうけど。青色っぽい髪の毛が鰐蝶之介わに ちょうのすけ。茶色い髪の毛が橦木交太郎しゅもく こうたろう。そして、野木切鱶太郎のこぎり ふかたろう

「うわあ……」ドン引きしていくヒメ。

「同じ種族として、あまり言いたくないけれども。雄の人魚は大半以上が“ああいう感じ”なのよ。あなたも体験しているのではなくて? 二三年前に」

「よーく覚えているわ。フナ婆さんから制裁を受けていた福子を助けるために乗り込んだとき、彼女は野木切兄弟からレイプされていて、怒った私が福子を助け出したの。肉屋の兄弟と対決した、しろがねうしおさんが言っていた通りの考え方と口調ね。常に上から目線、女性を侮辱した発言しているのに本人たちはそれを“なんにも”思っていない。人間社会に馴染めないはずだわ」

「ふふ。人間にも“そういうの”が昔からいるでしょう?」

「そうね。いるわね。ふふ」

 お互いに小さく笑い合ったあと、再び意識を先の八階建てに集中させた。


 建物の前にきてみたら、真っ暗闇であった。

 シャッターは開いているが、月極の車両が見えない。

 艶の無い暗闇で被われているようだった。

 これに対し、鮒は「ふっ」と鼻で笑って手を伸ばしていく。

 ヒメから「大丈夫?」と気遣いされた。

 鮒は「大したことないわ。子供騙しね」と嘲笑した。

 “人魚姫”の細く長い美しい指先が触れて、前に進んだ。

 摺り足を進めるごとに、鮒は腕が暗闇から飲まれていった。

 中近東系の少女も、手を引かれたまま一緒に入っていく。

 最後まで飲み込まれたあとも、悲鳴などは聞こえてこず。

 これを安全と取ったのか、ヒメも暗闇に入っていった。

 真っ暗闇の壁を通り抜けてみたら、鮒と中近東系の少女。

 そして、中近東系各地の成人男性たちが複数見受けられた。

 その中に、正義の人権活動家、金継善人かねつぐ よしひとを発見。

 この並びに、ヒメは今年七月の嫌な出来事を思い出した。

 それは、陰洲鱒町に乗り込んで漁港に無断停船して騒ぎ立てて、違法に持ち込んだ兵器の投石機でヒメと鮒を含めた町民の家を破壊し回ったこと。これらが脳味噌の引き出しから露にされて机に並べられて、閲覧をさせられていく。実行犯の男性二人と、手前にいる眼鏡姿の中近東系のハンサムな男と、同じ人種のその手下二人はヒメが叩きのめした。それもこれも、愛車キャデラックと自宅のかたきのためであった。そして、麻雀に同席していた片倉日並もこの面々から愛車ランボルギーニミウラを破壊されたので、怒りと悲しみの“つっぱり”と“ぶちかまし”を中近東の男二人にお見舞いした。

「あーー! あなた、私の家にそこのジイサンと仲間たちと不法侵入して騒ぎ立ててた奴ね! 思い出したわ。おかげで、胸がムカムカしてきたー」

 鈍色の尖った歯を剥いて、青筋を浮かせていく。

 これを前向きに受け取ったのか、金継善人が口を開いた。

「覚えてもらっていて嬉しいよ。今度は君が私たちに奉仕してくれるか? 今日は人魚は飽きていたところなんだよ。本当に、ちょうどよかった」

「え? なに言ってんの? 人魚は、飽きていた……?」

 不可解な顔になって、眉を寄せていくヒメ。

 この反応を良しと取った善人よしひとは、誇らしげに仲間に声をかけていった。

「モハメド君、この二人に見せつけてやりなさい」

「いいのか? 私の娘がいるんだぞ?」

「私がいいと言ったら、いいんだよ」語気が強くなった。

「分かった」

 多少の躊躇いはあったものの、モハメドは駐車場の角を塞いでいた筋骨逞しい男と細身の筋肉質の青年に、アラビア語で指示を出した。この二人も中近東系だった。

「ホセ。ハマ。どけて、その二人に見せてやれ」

 男二人が角から身を左右に離したときに、三人の女が姿を現した。これを見た鮒とヒメは、たちまち顔を驚愕と怒りを表していった。それは、鰐恵わに めぐみ橦木朱美しゅもく あけみ野木切鱏子のこぎり えいこの三姉妹が無惨にも衣服を破かれて、ジーパンを剥ぎ取られて腰骨ラインのパンツがあらわな姿になっていたからだ。美しい雌人魚の三姉妹の顔は絶望と疲労から放心状態になっており、お互いに身を寄り添って地べたに座り込み頭をうつむかせて、胸元を隠すかたちで両肩を抱いていた。そして、この三姉妹がこの男たちからなにをされたのかが一目瞭然だった。ヒメは、握っていく拳に力を込めていく。

「あんたら、じぶんがなにをしたか分かってんの!」

「私たちはね、この化物の身体を楽しんだのさ」

 一片の悪びれも無い、金継善人の返し。

 気分が乗ったのか、聞かれてもいないのに話していく。

「鱶太郎さんたち兄弟に繁華街を案内されていたらね、入ったクラブにいたんだよ。この緑色の髪の毛をした雌の人魚がね。今日は休みだと言うのに、熱心にも彼女はクラブの倉庫で棚卸しをしていたそうじゃないか。私たちは挨拶をしにきただけだったのにね、彼女は怯えてしまったんだけど、その旦那の鱶太郎さんが『大丈夫だ、問題ない。我々兄弟と一緒に、あなたたちにも奉仕させよう。鱏子、くるんだ』と言ったら、鱏子さんだったね、この雌人魚から奉仕を受けたよ」

「ひとりの女に、お前ら寄って集って……」

「まあまあ。この先もあるんだ。ーーーこの鱏子さんを人質にして呼んでみたら、あっさりと来たんだよね、あとの雌人魚二人が。蝶之介さんの素晴らしいアイデアだったよ。血相変えて飛んできたと思ったら、じぶんたちの夫からと私たちの要求を彼女たちは“あっさり”と受け入れてくれたよ。それからだったかな、今の今までここにいた三兄弟と私たちは代わる代わる取っ替え引っ替え雌の人魚の身体を堪能したんだ。さすがは、奉仕種族。話しに聞いていた通りだよ」

「その彼女たちがお前らになにしたってのさ……」

「私たちを誘ったんだぞ。存在が誘惑だ。まさに魔性の化物だ」

「恵さんたちは、化物じゃない」

「化物だよ」

 後ろに顔を向けた善人よしひとは、ホセとハマに指で銃を象って指示を出した。続けて、モハメドも残り数名の中近東系の男たちに同じ指示を出した。すると、上着の内ポケットやジーパンの後ろポケットなどから中近東系の男たち全員が拳銃を取り出した。

「化物には我々が開発した、対魔物用討伐、生体電気破壊銃弾がある。これを突き付けられた上に、じぶんたちの可愛い妹まで人質に取られたからね。“簡単に”従ってくれたよ」

「そこでだ。そこの白いゲイシャと、先月私に暴力を振るった君に、ひとつ説明しよう」

 眼鏡を人差し指で正しながら、モハメドが語りを継いできた。

「この銃弾は、聞いての通り体内に流れる電気を破壊する。生体電気は人間だけではなかったのだ。魔物や怪物、そして悪魔にでさえも流れている。これは、今まで捕獲してきた人魚を解剖して導き出された結果だ。この我々が開発したこれは、どのような毒よりも一発で効果が表れる、猛毒に等しい銃弾だよ。そして、それは対魔物用討伐以外でも大いに良い効果ももたらしてくれてね。我らに反抗する愚かな民に撃てば、即効性の猛毒となって死へと導くのだ。ーーーなにかを考えているようだが、無駄な抵抗はやめるんだな。死にたくなければ、こちらの三体を助けたければ、私たちに奉仕してもらおう。だからまずは、私を“ぶった”そこのお前からお詫びとして肉体の奉仕を要求する」

「そういうことだ。脱げ」

 そう自信たっぷりに腕を組んで、善人よしひとは命令した。

 それが本気であることを示すように、ホセとハマが両側から三姉妹の頭に銃口を突きつけていった。次にそれは、後方で待機している残りの中近東系の男たちからも、ヒメと鮒は銃口を差し向けられた。

 その最後に。

「私もその銃弾を込めた拳銃を持っている。嘘じゃないぞ。だから大人しく要求を聞いたほうが身のためだ」



 3


 この男たちの発言から、冗談や嘘ではない本気を感じた。

 正義と欲望に満たされた男たちの眼差しからは、ひとつの迷いも感じられなかったのだ。百二二歳のヒメは、第二次世界大戦の経験者であるので戦後のスラム街の殺伐さと、それに伴う「人ではあるが人の形をした怪物」という荒くれ者とはまた違う“これ”を見たり対処したりなどをしてきたので、目の前にいるこの男たちは、町の仲間の人魚の三姉妹を陵辱強姦した上に立ち塞がり、さらには新たな要求を始めてきたことで、この活動家たちに対するヒメの抱く考えは「人の形をした怪物」で間違いないと判断させた。

 そうとは知らない、金継善人とモハメド・カリスたち。

 組んでいた腕を解いて、腰に両手をのせた善人よしひと

 じぶんたちが優位に立っていると思っている、活動家たち。

 この中でも一番勝った気になっていたのが、善人よしひととモハメド。

「もう一度言う。私は本気だぞ」

 善人よしひとが口を開く。

「よし。撃て!」と、号令に引き金に指を掛けたとき。

「待って! 脱ぐわ!」

 ヒメの声が響き渡った。

 斜め後ろの鯉川鮒とアイコンタクトして、再び前を見る。

 これに善人よしひとの口の端が“いやらしく”吊り上がった。

「それでいいんだよ。話せば分かるじゃないか」

 常に上から目線で対応してくる年配の男であった。

 ヒメは後ろに手を回して、ファスナーを摘まんだ。

 足首までの艶やかな黒髪は、ハーフアップのポニーテールにしてあるために、背中を邪魔するようなことはなかった。そしてこれは、鮒も同じく、腰までの艶やかな白髪をハーフアップのポニーテールにして、赤色の蓑笠子の髪留めをしていた。ヒメは身長も高く、百八〇センチ以上あり、四肢も長かった。その、手を後ろに回してワンピースのファスナーを下ろしていく、という動作だけでも色香があった。白い足首までのワンピースは、両太腿の半分くらいまでスリットが切れこんでいて、ノンスリーブでもあった。両肩からワンピースを滑り落として、黒い足首までのウェスタンブーツの足下に白い輪を作って、ヒメは白色のシミーズと白色のレース柄の腰骨ラインのパンツ姿となった。

「全部脱げと言っただろ」

 善人よしひとの投げつけた言葉に応えるように、ヒメはさらにシミーズを脱いで足下に落とした。そして、白色のレース柄のブラジャーをした胸元を恥ずかしげに隠す。駐車場の男たちの空気が、ヒメへと集中していく。それに伴って、要求はエスカレートした。お咎め無し、諫められること無し、報復されること無し、歩み寄ることを知らず常に理不尽なわがままを一直線にやってきた、この場にいる活動家一味と一神教徒たち。当然のごとく欲求と感情の歯止めなどは無かった。

「なにをしている! 裸になれって言ってんだぞ! 売春島の人間だろう! だからお前は売春婦なんだ! 淫売女が俺たちにヤることと言ったらひとつしかないだろ! さっさと素っ裸になって、ひざまづいて俺のをくわえろ! ほら! ヤれよ!」

 恫喝、他責、党派性、脅迫、暴力、陵辱、破壊。

 世界基督教会に所属している割りに、彼らは博愛など持ち合わせていなかった。生まれる前に、どこかへ置き去りにしてきたようだ。この善人よしひとの怒りと恫喝を聞いたヒメは、両手を後ろに回してブラのホックを外して足下の前に落として、次は腰に両手の親指を掛けて、腰骨ラインのパンツを下ろしていく。この間に、「ヒメ、もう止めて……」「ヒメちゃん。お願いだから、やめて……」「ヒメちゃん。駄目……」と、鰐恵と橦木朱美と野木切鱏子らの力無き懇願の声が聞こえてきた。そうして、足下にパンツを落としたとき、靴を脱いだヒメは完全に裸になった。豊かな胸を両腕を交差して隠して、顔を少し俯かせて目線を反らした。


 ここで一区切りと判断したのか、鯉川鮒が人差し指と中指を伸ばしたまま手を横にして、自身の黒眼を隠すような、セルフ自主規制の仕草を見せた。次は、その手をゆっくり横に引きながら人差し指と中指を開いて、チョキの形をしていった。しかもこれは、端から見たら、和装の美女がアイドルのポーズをとっているようにしか見えなかった。

「鏡面水域」

 と、ライラック色の口紅を引いた唇がそう言った瞬間。

 駐車場はたちまち明るくなり、出入口は真っ暗闇から一転してクリアーに変わり、鮒たちの存在を消した。いや、これは、当事者たちは確実に現場にいるが、外から見たらなにもない景色となり、それはまるでマジックミラーのごとく化していた。

「なにをしたんだ」

「明るくして、外に音が漏れないようにしたの」

 モハメドの問いに、鮒が微笑んで答えた。

 これに気を良くしたのか、善人よしひと

「ほう。気が利くじゃないか」

 じぶんたちのためにしてくれた、と思ったらしい。

「さあ、早くこっちこい。そして跪け」

 そうヒメへと命令して、金継善人は手招きしていく。

 要求通りにヒメは、彼のもとに来て跪き、見上げた。

「なにをしている。早くジッパーを下ろして、俺のを取り出せ」

 すでに前を張らしていた善人よしひとだった。

 躊躇ためらいながらも、ジッパーに指を掛けていくヒメ。

 ゆっくりと下ろして、トランクスのボタンを外して。

 金継善人の金継善人を優しく取り出した。

 脈を打って、硬直化して、反り上がっていた。

 恥ずかしさに、ヒメは金継善人の逸物イチモツから顔を背けた。そのような反応を見せながらも、ヒメは握っていた手を優しく前後にゆっくりと動かしていった。彼女の頭の上に、金継善人の上気した息づかいが降ってきた。

 と、そこでヒメ。

「ねえ、始める前にひとつ聞いていい?」

「ああ……。ああ、いいぞ。聞いてくれ」

 獲物を手中に納めたと思い込んでいたのか、隙を見せた。

 手の動きを止めないで、ヒメは質問していく。

「私たち、ここに来る手前でね、フカ三兄弟と会って話しを聞いたんだけど。あなたたちと結んだ契約って、なに?」

「なんだ、そんなことか?」

「ええ。そんなことだけど、地元の者として知っておきたいの。だからお願い、教えて?」

「し、しょうがないな……。あああれだ、簡単に言うと、お前たちが祀っている土着の荒神の神社を破壊して、教団にある黄金の蛇轟ダゴン像を陰洲鱒で唯一のものとすれば、今の情けない採掘量だった砂金が考えられないほどの大量に変わって“本物の”金山きんざんになれば、この私たちの所属する世界基督教会せかいキリストきょうかいの軍隊、新世界十字軍ニューワールド・クルセイダーに制圧してもらったあとは、鱶三兄弟と私たち世界基督教会が町の資源を山分けするということだ。ーーーどうだ? 冥土の土産にはちょうどいいだろう? さあ、次は舐めろ」

「他は?」

「他か? そうだなあー」

 と言って、振り返っていたモハメドと見合せて二人は嘲笑した。

「あれだ。陰洲鱒のような町はお前たちのだけではないぞ。世界各地にインスマウスという名前の響きが似ている町があってだな。それらの町もダゴンを崇拝していて、無限に湧き出る金の鉱脈とどこよりも豊かな漁獲量といった共通点をしていたが、とくにきんについて誇ることなどなく、通常通りに町は生活をしていた。そこでコレに目を付けたのが、ダゴン奉仕種族の『深者ディープ・ワン』と我ら世界基督教会と新世界十字軍ニューワールド・クルセイダーだ。各国のインスマウスの“良き”ディープ・ワンたちと交渉して、成立したら、あとは町の制圧だ。ーーーうう……。つ……続けろ……。ーーー今まで各地のインスマウスを制圧して、金鉱脈を我々とダゴンが押さえてきた。そして、とみの分配だ。これは勝ち取って獲得した者どうしのみ。目の前のきんや資源に見向きもせずに、生活にうつつを抜かしている者たちには必要ない。当然だ、目先のことしか見えていない愚民なのだからな。しかし我々は違うぞ。先の先のそのまた遥か先のことまで考えて実行し続けているからな。お前らのような売春婦ごときとは、天と地ほど……いや、遥か宇宙空間の端と醜悪な地底地獄ほどの差がある。だからそれは、絶対唯一神を信仰する我ら世界基督教会の新世界十字軍であるからして、当然のおこないとみちびきなのだ。地球の資源は我ら一神教の物。愚民の制圧は当たり前。そして、その愚か者たちの残った町は、アメリカ合衆国と、この日本なのだ。今月末には新世界十字軍の最強の第九団体が無数の聖戦士を引き連れて、陰洲鱒に上陸する。覚悟しておくがいい。ーーーいい加減、舌を這わせて舐めろ」

「分かったわ……」

 と、顔を引いたと思ったら、ヒメは鱶に振り向いていた。

「ねえ、今の聞いた?」

「ええ。しっかりと聞かせてもらったわ」

 なぜか語気が強い“人魚姫”。

 再び金継善人の金継善人に顔を向けたヒメが。

 “ふふ”と笑って膝を伸ばしていき、男を少し見下げた。

 しかも、男のイチモツを掴んだままだ。

 百八〇センチに満たない善人よしひとは、売春婦呼ばわりしていた女が至近距離になったとき、予想以上の身の丈の大きさに怯んでしまった。次に、ヒメは金継善人の耳元に唇を近寄せたあと。

「代償は払ってもらうわよ」

 と、低く静かな声で威圧した。

 その瞬間。

 ヒメが稲穂色の瞳を金色に光らせて。

 ギュッと手元に力を入れて、竿さおを握り潰した。

 陰洲鱒の町民の筋力は一般人の数倍が“通常”である。

 そして、ヒメはその通常の“力”をフルパワーで使った。

 同時に、頭から黒く細い線をホセとハマに走らせた。

 そして、間髪入れずに袋も二つ握り潰した。

 金継善人は、あり得ない力で性器を破壊された。

 陰茎いんけい陰嚢いんのうを握力で潰されて。

「ーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」

 男は股間の奥底から脳天にかけて稲妻を走らせた。

 あらゆる臓物から逆流してくる痛みと吐き気。

 止めなく出てくる涙と声にならない叫び。

 そして、吐瀉物。

「げろろろろろろろろーーーーーっっっ!!!」

 形容し難い透明な黄ばんだ液が、喉の奥から飛び出した。

「おっとお」

 と、間一髪で汚物を避けて、ヒメは裸体を横に引いた。

 口から泡と液を吐いて倒れていく金継善人、絶命。

 ファック!だのビッチ!だのと罵声を飛ばしたホセとハマに向けて、ヒメは手に付いた金継善人の血液と肉片を、その男二人の目を狙って飛ばして、目潰しをした。これら一連の動きを、ヒメは吐瀉物を避けたと同時にしていた。ホセとハマは、己の目に汚い物を投げつけられて、思わず引き金を引いた。はずであった。掛けていた指を引く感覚はしているのに、銃弾たまが発射されない。なんでだ?と思って、赤く滲む視界から様子を見たら、じぶんたちの手首から先が切れ落ちていくのを超スローモーションで目撃した。二人の男が覚えていく絶望感と恐怖感に、さらに追い討ちをかけるかたちで、赤い視界に入ってきたヒメを見た。

 力強い踏み込みで、拳槌を横に振ってハマを殴り飛ばした。

 瞬間的に、ハマは壁にめり込んで赤い人体展開図になった。

 次に横に一歩入って、遠心力から身を捻って拳を突き上げた。

 急角度に上昇してきたアッパーカットにより、ホセは顎を砕かれて、顔は上下逆さまに後ろを向いて、勢いで仰け反った背骨は折れてそのままバック転宙返りして壁に叩きつけられてめり込んだ。フルパワーでの“キャンタマ”潰しから始まって、手下の男二人へ文字通りの一撃必殺を決めたここまでのヒメの一連の行動を見ていためぐみ朱美あけみ鱏子えいこの三姉妹は、切れ長な黒眼を見開き、“あんぐり”と大口を開けて驚愕していた。

 まざまざと力の差を見せつけられたモハメドは。

「お前たち、なにをしている! 撃て! 撃ち殺せ!」

 と、残った四人の中近東系男の仲間に呼びかけた。

 手下の男四人が銃の引き金を引く直前。

 銀色の衝撃波が彼ら四人を吹き飛ばして、身体を四散させた。

 床と壁に飛び散って、赤い肉片と液体の醜い芸術作品を画いた。

「うわああああーーーーっっ!!」

 ただただ悲鳴を上げるのみの、モハメド・カリス。

「おおおお前ら! 誰に刃向かったのか分かっているのか? とくにそこの白いゲイシャ! 鱗の娘で、この我々がいくら払ったと思っているんだ! だいいち、我々のかねが無ければ、お前など」

 皆まで叫ぼうとしたとき、モハメドの間合いに鯉川鮒がいた。

 この“人魚姫”も大柄で、眼鏡の中近東青年を見下げていた。

 そのふなが、モハメドの肩に手の甲を軽く乗せて。

かねを払えば、上に立てるとでも思っていたの?」

「いや……、それは……、当然だ……。私がどれだけ、エルサレムから手配をしたのか、お前などは知るはずもないだろう……」

「“女”を強姦しておいて、よくそんな口がきけるわね」

「お前……は……、知らないのか? 我々の、世界基督教会は……、ここ日本、にも、あるんだぞ。とくに、国を持たぬ悲劇の民族である、私の人種が集まって拠点としている埼玉県川口市に、日本最大となる中東イスラム教徒移民保護条例と保護区があるのを知らないのか……! 埼玉県知事と川口市長が県警と我々と組ませて、愚かなヘイト日本人を日々制圧しているのを? 私が県知事と市長に連絡したら、たちまち県警の特殊部隊と中東イスラムの自警団がこの最西端まで飛んでく」

「埼玉県知事と川口市市長、暗殺されたんですってねー」

「……え……?」

「昼間のニュースとSNSのニュース速報で流れてきたんだけど、ご存じないの?」

「そ、そんな……。そんな、馬鹿な……」

「県政と市政に対する反政府組織レジスタンス部隊の犯行よ。それで今の埼玉県川口市は、地元県警の特殊部隊と中東イスラムの自警団は、その組織部隊と銃撃を中心にした内戦状態になっているわ。あなた、本当に知らなかったの?」

「な、なんてことだ……。私の……、我々の、拠点が……。なんて愚かなんだ、お前たちは……」

「呆れた。この期に及んで、まだ他責するんだ?」

 軽く鼻で溜め息を着いた鮒は、言葉を続けていく。

「あなたはさっき、自身を国を持たぬ悲劇の民族と言っていたけれども、私から見たらね、あなたたちは黒いいなご大群たいぐんなのよ。じぶんの国を持たないかわりに、移動する毎にその国の資源と財源と女を食い潰して、その結果傾いてきたら仲間を引き連れて出国して次の国に。そして移動した先の国でも……。もちろん、それは私のご先祖の人魚たちも例外ではなかった。雄人魚たちは殺戮されて、雌人魚たち、とくに美しく綺麗な固体は一定数が強姦陵辱望まぬ妊娠したあと飽きられたら殺処分。あなたたちがやってきたのは、この繰り返し。そしてこれは、かつての十字軍でも言えることだわ。対して、“こっち”は銀色の蝗の大群ね。聖書か“なんか”の一節に出てくるでしょう? 国が滅ぶとき蝗の大群が解き放たれるって。これって、本当は、あなた方のことじゃないの?」

「な、なにを馬鹿なことを……。愚かな大群は、お前たちだろ……!」

「加害者は被害者を装おうのが上手いのよ」

聖典コーラン聖書バイブル聖書トーラーに我々が加害者などと書いてあるのか? 嘘もいい加減にしろ……」

「一神教の“アレ”は、言ってしまえば勝者の“創作物”よ。まさか、事実を記録した書き物だとでも思っていたの? 事実は被害を受けた国の民族が記録した石板タブレットや文書なんだけど、あなた方、移動した先々で崩壊の混乱に便乗してその記録を破壊したり燃やしたりして隠滅してきたんじゃないの?」

「かか勝手な、憶測は、やめてもらおう……。私が知るわけがないだろう……。それと、エルサレムの三大教祖と指導者も……」

「確かに、あなたは知らなくて当然よね。だって、やった側は覚えてなんかいないんだもの。逆に、やられた側は覚えているのよ」

「おお愚かだ……。愚かだ、お前たちは……。私たちの神と信仰を愚弄するとは……。だいいち、お前たちの被害など知るか。それよりも、その愚弄をいい加減にしないと、今にでも新世界十字軍ニューワールド・クルセイダー最強の第九団体が駆けつけることになるんだぞ!」

「害虫のクセに、虎の威を借りてイキっているんじゃないよ」

 こう言った鯉川鮒が、モハメドの肩に乗せていた手を後頭部に回した。

「新世界十字軍ですって? 新しい蝗の大群を生んだの?ーーー呆れた……」

 次は、男の後頭部に手をやったまま口も手で塞いだ。

 前後からモハメドの頭を両手で持った形になる。

 彼は抵抗しようと首を左右に振ろうとした。

 が。動かせなかったのだ。

 頸椎まで固定されて、思い通りにならない。

 どのように力を入れて右に左に試みても無駄だった。

 美しい“人魚姫”の表情には、力んでいる様子は無し。

 人魚と陰洲鱒町民の力は常人の数倍が普通。

 よって、鯉川鮒は通常通りの力で人間に対応していただけ。

 両手の中で悶えるモハメドを見下げて睨みながら。

「この、佃煮つくだににもならぬ『穀潰ごくつぶし』が」

 そう言い切った直後、鯉川鮒はモハメドの首を強引に左に捻って破壊して、殺害した。



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