七月 人魚姫、筋肉神主と対面する
神主登場です。声は、玄田哲章さんで脳内再生されながら書きました。
1
場所を陰洲鱒町に戻る。
時間的に摩周ヒメの破壊された自宅をあとにして、鯉川鮒と海淵海馬は予定通りに螺鈿神社を目指していた。
螺鈿岩。
標高約千六百メートル。
その名の通り、岩肌が虹色に光輝いている。
昔は螺鈿山と呼ばれていた“らしい”。
天を突き刺すように鋭利な山頂。
登り口と神社と頂上に、朱色に眩く輝く鳥居がある。
螺鈿神社まで参拝するためには、三千段の階段を上らなければならない。石工職人たちが作った、やや急斜面の石階段を達成しないと神主にも会えないし参拝もできないし厄祓いもできないわけである。その螺鈿岩と螺鈿神社は、ただでさえ強い磁場であるこの島で、さらに一番に磁場が強力で濃く、ここまで到達して荒神の力を体感したければ、やや急斜面な三千段の階段を上がりきらなければならなかった。“常人”が体験しようものなら、修行に等しい行いである。地元陰洲鱒町の町民で、農作物や養鶏を営む先祖代々から農業をしている住民は体力スタミナともに平均して常人レベルが半数以下、これらを除いても半数以上の町民は筋力瞬発力スタミナなどの潜在的な“力”を持っているが、そんな常人離れした町民でさえ、ここの神社まで上がる階段には疲労を覚えるほどにこの螺鈿岩の半分から酸素が薄くなっていくという、摩訶不思議なアドベンチャーを地元民の全てが体験できるパワースポットであった。そして、この神聖な場所を先祖代々から任されている者がいて、その名も虹鱒家といい、町長の摩周安兵衛でさえも一番最初の神主が分からないくらい太古の昔から続いていた。
その虹鱒家。
神事の際には三千段を往来する頻度が高くなる。
いや、神事をしなくとも管理のために毎日三千段を上る。
登り口の敷地には螺鈿温泉の施設と社務所があり。
毎朝、社務所で身支度してから三千段を上っていく。
そして、参拝者や観光客がいない時にも往来していく。
それは何故か?
鍛練と修行のためである。
神に仕える身。
神に捧げる身。
それは当然のこと。
当然のように美しく強くなければならぬ。
祀るのは、荒神螺鈿様。
神と言えども、気性の激しい荒くれ者である。
弱く美しくないのは認めてくれないであろう。
この三千段、岩肌の高低差、洞窟。
これらの全てを使って鍛え上げていく。
先祖代々から続けてきたことだ。なんの問題もない。
神と共に、神の力を借りて、虹鱒家は完成した。
薄い酸素でも通常通りに機能する肺機能。
山頂に到達しても爆発しない強靭な心臓。
三千段の往来により太く逞しく仕上がった四肢。
柔軟な思考と柔軟な身体。
天を支える太く逞しい首と分厚い胸板と丸太のごとき腰。
太陽と荒神に捧げたその身は、焼けて浅黒く艶やか。
隆々とした筋肉を背中に、龍神を宿していた。
と言っても入墨ではない。
肉の盛り上りで龍の顔に見えるのだ。
話しを戻して。
行き道の途中、摩周兄弟の自宅が破壊されていた惨状を目撃しながら、海淵海馬と鯉川鮒は愛車を走らせていき、目的地の螺鈿岩に到着した。敷地内の駐車場に愛車を停めて降りて、御守りや御朱印帳の売店に足を運んでいき、番をしていた若い巫女の二人と対面。「お邪魔します」と海馬が声をかけたとき、巫女たちは瞳をキラキラとさせた。この酒蔵の美しい女当主に見とれていったのもあるが、その後ろに控えていた鯉川鮒に強く目がいった。
「いらっしゃい……」
ひとり目の若い巫女は、少し“ほうっ”として出迎えた。
「きゃあ! 可愛い!」
もうひとりのこの若い巫女が、堪らず声をあげた。
「あああなた、日本人形みたいですね」
そして、身を乗り出して鯉川鮒に熱を上げていった。
これに少し驚いていく“人魚姫”。
「ええ、まあ。そう言われることもあります」
「はあー、可愛い。推せる」
「え?」
こちらも影響されて、頬が少し赤くなる。
一瞬だけ、私はここになにをしに来たのだろう?と。
「あの……、私たち、神社に用があって来ました。人魚の私だけでは上れないので、こちらの方に同伴をお願いしています」
「……え? 人魚?」
「はい」ー妖怪は初めてかしら? 可愛い子ね。ーー
「人魚姫、ですね」
「はい?」
「よく言われません?」
「ええ。たまに」
「やっぱりそうなんですね」
ニコッと微笑み、隣の美人巫女と見合って「ねー」と声をそろえた。しかし、正直、巫女たちと雑談はしていられない。
「私、ここに用があって来たので。神主はいますか?」
「いますよ。どうぞ、いってらっしゃい」
美人巫女から了承を得て、迎え入れてもらった。
一安心して、鯉川鮒は微笑みを浮かばせた。
「ありがとう。いってきます」
後ろについていた海馬も会釈したあと、ついていった。
朱色に眩く輝く鳥居の前にきて、前後を入れ代わる。
海馬が通過していく後ろを、鯉川鮒がついていった。
そして、やや急斜面な三千段の階段を上がりはじめていく。
鯉川鮒は人間との同伴でなんの問題もなさそうに見えたが、なんにもないという訳では決してなく、微弱ながらもビリビリとした強めの静電気にも似た感覚を、階段を上りきるまで“ずっと”味わっていた。そうして、ようやく、二つ目の鳥居をくぐって神社に到着した。社には賽銭箱があり、その後ろに障子戸、これを開けた中に神主と目当ての古書があるわけだ。内心、鯉川鮒は珍しくドキドキしていた。海馬と一緒に賽銭箱に小銭を投げ入れて、二拍一拝をした。軽く深呼吸をしたあと、障子を引いて静かに開けていった。
「お邪魔します。先ほど電話しました鯉川鮒です」
「はーい。いらっしゃい」
と、奥の方から声が響いてきた。
それはまるで、この場にいるかのようなハッキリした感じ。
太さと確かさがあった。
そうして、足音を立てずにその者が現れた。
鮒と海馬が、思わず目を見開いていく。
虹鱒筋太郎。
四五歳。螺鈿神社の神主。
それは、太くて大きい男であった。
筋骨隆々、肉の鎧。
浅黒い肌は、実に艶やか。
どっしりとした四角い輪郭の“むくれ”顔。
樹木の幹のように太く鍛えた首。
丸く大きく張り出した肩。
もりもりと実った腕。
大きな手には、立派な拳ダコ。
岩壁のごとく分厚い胸板。
屋久島の神木のように太く逞しい腰。
名の通りに太く強靭な太腿。
もりもりと実った脹脛。
絶対的な安定性を誇る大きな足。
百九五センチの身の丈は、天を突くほどだった。
全体的な体型は逆三角形だが、下半身は貧弱ではない。
逞しい下半身が、より逞しい上半身を支えていた。
この男、本当に神主か?と疑いたくなるが。
黒い烏帽子、白い格衣、そして笏。
間違いなく螺鈿神社の神主であった。
筋肉モリモリムキムキマッチョマンの神主だ。
しかも、その格衣が今にも張り裂けそうにパンパンになっていた。
はるばる来てくれた女二人へと、穏やかな微笑みで頭を下げていく。
「私が神主の虹鱒筋太郎です。よくぞ来てくれました」
白い着物姿の鮒を確認。
「あなたが鯉川鮒さんですね。お話しはお聞きました」
「よろしくお願いします」
鮒も筋太郎へと頭を下げた。
神主、虹鱒筋太郎。
「さあ、こちらへ」
太い声で、鮒と海馬を奥へ案内していった。
板張りの廊下を渡って、突き当たりを右に。
障子戸を引いて開けた、そこには。
六畳間の部屋の中央で、座布団で胡座をかいて瞑想をしている浅黒く艶やかな肉の山が二つ並んでいて、それぞれ六〇歳代と八〇歳代と思われる筋骨逞しい男二人がいた。ほどよく汗をかいたあとなのか、全身の皮膚が“しっとり”として、まるで霧吹きを浴びたかのようになっていた。これを見た鮒は、息を飲んで言葉を失っていく。彼女の隣では、海馬が「ふっ」と小さく笑い、軽く会釈をして挨拶した。
「おっと、これは失礼。部屋を間違ってしまいました」
神主も少しばかり見開いて驚き、冷静に戻って静かに戸を閉めて、再び穏やかな笑顔になって先へと手を伸ばした。
「古書があるのは、先の部屋です」
先ほどの肉の山にドギマギしていた鯉川鮒。
そして、モヤモヤともしていた。
これはまさか、恐怖なのか?
「あの……、今の人たちは?」
「我々虹鱒家、先祖代々から伝わる書にご興味を持たれたことには、荒神螺鈿様もお喜びになるでしょう」
神主は白い歯を眩く輝かせて、太陽のような笑顔になった。
疑問がおさまらない鮒。
得たいの知れない物怪に遭遇した気分だった。
「すみません。今の人たちは?」
「光というのは尊い力を持っているものです。それを荒神から託されて選ばれたのが、螺鈿の」
「い、ま、の、は、?」
「私の父と祖父です」
「ありがとうございます。それが分かって心の荷がおりました」
「スッキリとさせて、気持ちが晴々することは大変よいことです。さ、参りましょう」
美女二人を促していく。
2
突き当たり奥の八畳間の部屋に女二人が案内されて。
年季の入って黒ずんだ木箱の蓋を筋太郎が開けた。
古びて茶色くなった、和紙の本を取り出していく。
そには『荒神螺鈿ノ書』と記されてあった。
極薄のゴム手袋を女二人に渡しながら話していく。
「どうぞ、これが私たちのご先祖様が記録した荒神の古書です」
そう言って、筋太郎は太い指先で和紙の角の端を詰まんで捲って見せた。
その内容とは。
虹色の光と鱗を持つ、螺鈿の巫女たちが集まりし時。
強ひ光となりて山々と湖を呼び起こし、荒神が島に現れる。
尾叩き山からは頭。
螺鈿岩からは胴。
虹鱒山からは両の腕。
尾殴り山からは両の脚。
玉蟲湖からは羽の大魚。
皆がひとつに合はさりて、螺鈿の龍となる。
螺鈿の巫女たちが乗り、龍の獣から龍神へと変はる。
荒神螺鈿の現れし時。
それは邪神との戦の時なり。
蝶のような大きな鰭の羽で空を舞い。
虹色の大剣を振り祓えば大地を裂き。
口と逆鱗から虹色の光を放てば大海を焼く。
この力にて、荒神螺鈿は、魑魅魍魎、悪鬼悪霊、邪神。
これら全てを消し去りし龍の神である。
古書を手渡してもらって、今の件を一通り読んでいった鯉川鮒と海淵海馬。少しだけ沈黙が流れて、鮒がこれを机に置いたのちに切り出した。
「あのー、これって……」
ここから先の名詞を口に出すのに恥ずかしさを覚えたが。
意を決して、眼差しをキッと引き締めた。
「スーパーロボットですか?」
「違います。合体して荒神になるモノです」
ニカッと歯を白く輝かせて、筋太郎は訂正した。
「いえ、どう読んでもこれは秘密基地から飛び出して、各機のパイロットが息を合わせて操縦して合体していったら巨大ロボットになる“アレ”ですよね?」
「荒神螺鈿が身体を分けて自ら封印しているのは、自身の力が強すぎるからです。書に記されている通り、大地を裂き大海を焼く、と。そして、胸元の逆鱗から放たれる強力な光線は、全ての不届き者を焼き尽くして地形をも変えました。その力、まさに荒神です」
「それって、ブレストファイヤーですよね。ますます、スーパーロボットじゃないですか」
想定外の内容に、動揺していく鮒を見ていた海馬が。
「これは間違いなくスーパーロボットね」
なにやら楽しそうな笑みで口を挟んできた。
「ねえ、鮒さん」
「はい」
「今ね、私、頭の中に主題歌が流れたんだけど」
「私も同じです。勇ましい歌が頭の中に流れてきたの」
以下、女二人の頭に流れてきた荒神螺鈿の主題歌。
『荒神螺鈿様の主題歌/怒れ!荒神ラデン』
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八つの光 無限の力 荒神ラデン
虹色の尊い光をみなもとにして 邪悪な奴らを叩き潰せ
山から湖から 頭腕胴脚翼が飛び出して合神だ
振り祓え!(火の粉を)
蹴り飛ばせ!(不届き者を)
戦え今だ 螺鈿の巫女の力を借りて
行け! 我らが荒神ラデン
虹に輝く逆鱗に怒りを宿して戦え
空を翔ろ ラデンの翼
大地を裂け 螺鈿の大剣
海を焼け 螺鈿光
邪神を倒せ燃やせ 荒神ラデン
1234
5678
虹の光 無限の力 荒神ラデン
お前の選んだ島と人を守るために 邪神の奴らを吹き飛ばせ
山から湖から 頭腕胴脚翼が飛び出して合神だ
殴り飛ばせ!(邪悪な物を)
焼き払え!(敵陣を)
戦え今だ 螺鈿の巫女の力を借りて
行け! 我らが荒神ラデン
虹に輝く逆鱗に無限の光を灯して戦え
空を翔ろ ラデンの翼
大地を裂け 螺鈿の大剣
海を焼け 螺鈿の光
邪神を討て消し去れ 荒神ラデン
1234
5678
尊い光 無限の力 荒神ラデン
八人の巫女を胸の逆鱗に乗せて 心をひとつに戦え
山から湖から 頭腕胴脚翼が飛び出して合神だ
斬り裂け!(深淵を)
打ち返せ!(暗闇の力を)
戦え今だ 螺鈿の巫女の力を宿して
行け! 我らが荒神ラデン
虹色に輝く逆鱗で巫女たちとひとつになって戦え
空を翔ろ ラデンの翼
大地を裂け 螺鈿の大剣
海を焼け 螺鈿の光
邪神を八つ裂きだ 荒神ラデン
我らの神獣 荒神ラデン
3
「歌が流れてくるのは良いことです。人の思いが神の力を高めます。神は人を左右しますが、人も神を左右します」
鮒と海馬の感想に、筋太郎は優しい微笑みで言葉を繋げていった。
「ありがとうございます」
と、鮒が微笑んだ。
次のページを捲っていた海馬も隣の“人魚姫”を向いた。
「私。参拝や厄祓い初詣、商売繁盛祈願や虹色の大魚のときに神社によくきているけれど、中まで入って書物を見たのは初めてね」
「私は、神社のことはほとんど鮭川姉妹に頼んでいたから。なんだか驚いちゃって、嬉しい」
「繁盛祈願は来てるんでしょ?」
「ええ。初詣と商売繁盛祈願のときだけ、あの子たちに同伴してもらっていたくらい。他はここまで足を運ぶことはなかったの」
「へえ、そうだったの。じゃあ、今度からここにくる回数増やしてみたら? あなたのためにもなりそうだし、温泉も気持ちいいし」
「そうね、温泉目当てでくるのも良いかもね」
“ふふふ”っと、海馬と鮒が笑みを見合せた。
「ねえ、筋太郎君」
「はい」
「この家系図はなにかしら?」
そう海馬が極薄のゴム手袋の指先で指した図を、神主の筋太郎は見にきた。
「これは荒神螺鈿様と関係した神の家系図です」
「関係したって? 感じからして結婚とかいうのではなさそうね」
「はい。ーーー喧嘩にはじまり、共に闘ったりなど、最終的には熱い友情関係を荒神と結んだ旧支配者の神で。“彼”の名は宮崇龍と言います。その娘が宮帝螺。そしてこの“親子”が住むところが、この海の“何処か”の深い深い底に建っている巨石で造られた『龍の留まる家』と書いて龍留家という規格外に巨大な海底神殿です」
「喧嘩に共闘ね。あまり人間と変わらないのね」
「はい。八百万の神々のいる国々は、人も神も等しいに近い存在です」
「それと、この宮帝螺て字、リエの前の名字じゃない?」
「ええ。祖父の父が神主を務めていたときに、安兵衛さんが海辺で拾ったリエさんを抱っこしながら『この子はきっと深い海の底からきたに違いない。私たちの恵みだ。ここは旧支配者の宮崇龍の娘の名が良いかもしれん』とのことで、役所に申請して宮帝螺に決まりました」
「それでよく通ったわね」
と、海馬と鮒は一緒に突っ込んだ。
そして、もっとも気になることが。
「あと、螺鈿の巫女に選ばれる基準ってあるの?」
海馬からの質問に筋太郎は。
「その基準は人間の私には分かりません。全て荒神の判断です」
「気まぐれね」
「気まぐれですね」
そうして。
「今日は私の要望を聞いてくれて、ありがとうございます」
「いえいえ。土着の神に興味を持ってくれることは、喜ばしいことですよ。他に知りたくなったことが出てきたら、またお越しください」
頭を下げて礼を言ってきた鯉川鮒に、虹鱒筋太郎は微笑んで深く会釈した。海馬も筋肉モリモリ神主に礼を言ってきた。
「おかげで私もいろいろと分かったし。ありがとうね」
「いいえ、こちらこそ」
「今年もまた、お酒持ってくるから、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
皆が皆礼を交わして、女二人は神社をあとした。
三千段の階段を下りて鳥居をくぐって、売店で御守りを買い御朱印をもらって各々の愛車に乗り込んだ。そして、お互いに運転席の窓越しから手を振って別れて、家路を目指して走らせた。
市街地に出てきて、磯野商事を目視して通過。
少し走らせて自宅に近づいてきたときのこと。
開いた玄関入口付近に三台ほどの警察車両がいた。
Keep out と書かれた黄色いテープで現場を確保していた。
路肩に一時停止して、鮒は降りていく。
玄関で番を張っていた警察官にたずねてみた。
どうしよう。嫌な予感しかしない。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです」警察官の敬礼。
「私、ここの家主の鯉川鮒です。なにがあったんです?」
「ここの持ち主の方でありますか! どうぞ!」
運転免許証を提示してもらって本人確認したのち、現場内で捜査している刑事と警察官に無線機で連絡して、彼女を通した。すると、破壊された玄関と大きく風穴が空いた一階和室と、それぞれのフローリングと畳に転がる大きな石が目についた。鯉川鮒は、良いことも悪いことも含めて自力で貯金して自立して自腹を切って建てた二階建ての自宅であった。日本家屋というか和式が好きな鮒は、建築作業の打ち合わせのときに職人たちにその要望を詰め込んで、実現化させた。それが、身勝手で一方的な理由と行動をした活動家一味から破壊されたのである。鮒は力なく歩いていき、ひと足先に見にきていた磯野商事のメイドこと鮭川育良と鮭川紅佳の姉妹に駆け寄られて、膝から抜け落ちそうになったところを間一髪で支えられた。そして鯉川鮒が、黒眼を涙目にして血走らせて、青筋を浮かばせて銀色の尖った歯を剥き、怒りに声を奮わせていった。
「アイツら……。アイツら、絶対に許さん! ケツの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしてブブ漬けにしたる! この仕返しは絶対したるで! 絶対に!」