摩魚姫、合コンへ行く
1
その後。
有馬教授の元を訪ねていろいろと情報を聞き出した摩魚は、いちおう念の為にスマホで撮影した蛇轟像のスケッチを自前のノートパソコンへと保存した。
大学、といえば。
同じく、七月の二週目。
有馬教授のもとを訪ねた、その翌日。
「ねぇねぇ、摩魚さん。夕方あいているでしょ?」
「“これからする調べ物以外になら”とくに予定はないけれど」
我が研究部室へと向かう途中で背中に、漫画研究部所属の間嶋聡子が声をかけてきた。摩魚は振り返らずに、後ろの女へと言葉を返す。Tシャツの上から袖無しGジャンを羽織った、ショートシャギーの聡子はあまりこたえておらず、ヘラヘラとしながら摩魚の背中を人差し指で撫で下ろしていく。
「まーたまたぁーー、ツンツンなんかしちゃってーー。このぉー、お姫様」
そんな背面への攻撃に、摩魚は思わず肩を竦めて背を反った。今日の摩魚は、珍しくTシャツとゆったりGパンという組合せだったせいで、布一枚を隔てて鳥肌ものの感覚がダイレクトに広がっていった。その反応を示すかのように爪先が内側に寄ってしまう。素速く踵を返して、背後の敵と向き合った。
「よよ要求はなに?」
「おや? 摩魚の性感帯って背中なんだね。ああ、そうそう、夕方にさ、アタシたち漫研の女子たちと医学部の男子たちとで合同コンパするとさね。だからそのー、数合わせとレベルアップの為にもお願い。忙しかとは分かっとるばってん」
一気にここまで内容と要求を吐き出したのちに、摩魚に向けて拝むポーズをとった。その姿の聡子を見ていた女は軽く鼻で溜め息をすると、ひとつ呟いた。
「分かった」
そう言った笑顔は「仕方ないなー」と、なっている。これを聞いた見たとたんに、聡子は顔を明るくして歯を見せた。
「じゃあ……」
「おっとぉ。分かったばってんが、先ずは私の調べ物ばひとつだけ優先さしてくれんね」
「うう……。交換条件」
「こっちばかり総受けじゃ、不利じゃない。だから仕事のひとつくらい終わらせて身を少し軽くさせてくれんね」
「お、オーケー」
交渉成立。
しかし、摩魚にとっては、この合同コンパはあまり好きになれない。というか、研究の時間を削られているようで嫌であった。
この様子を、たまたま漫研の部室へと向かっていた摩周ホタルが見ていた。陰洲鱒町が自動車メーカーと共同開発した体内電気信号感知車椅子に、ホタルは乗って移動していたところだった。眉毛はないが切れ長ながらも大きな目に、濃い稲穂色の瞳に縦長の瞳孔を持つ、美しい女性である。腰まである猫っ毛の黒髪。ほぼ左右対称の顔立ちは、高い鼻柱があった。適度な膨らみと張りのある唇には、若々しくベリーピンクのリップを引いている。ノンスリーブの足首まである、白いワンピースがとても似合う色白で細身の、背の高い女だった。ただ、その両脚がまるで烏賊の触手のような裏側に吸盤がたくさん並んだ白い脚がひじょうに特徴的であった。しかも、ホタル当人は“これ”を隠そうともしておらず、実に堂々としていたのだ。彼女は、摩魚より二学年下の大学二年生、漫画研究部所属、今年二〇歳になったばかりである。ホタルは二学年の中で突出した美しさを持っていた。そして、婚約者は斑紋甚兵衛という同じ陰洲鱒町の出身の美青年。そんなホタルの白くて細い手の薬指には、婚約指輪が光っていた。
ホタルから出された徐行して進むを感知した車椅子が、行き交う学生たちを避けながら大学の“姫様”の元へと向かった。相変わらず麗しい後ろ姿ですわね、と思いつつ、“姫様”の背中に声をかける。
「摩魚さん」
若々しくかつ落ち着いた声に振り向いた。
「ホタルちゃん。お疲れ」
どうやら、この車椅子の美人が好きらしく、笑顔になる。
よっぽどのことがない限りは「ちゃん」を付けて呼ばない。
摩魚が好意を抱いたか、または親しみを込めた人に限られた。
“姫様”を見てどこかしら安心して、こちらも笑顔で返した。
「お疲れさまです」
「どうしたの?」
「合コンに行かれるのですか?」
「うん。頼まれちゃったからね」
「お断りすることもできたのに、受けたんですか」
「大丈夫。タダでは受けなかったよ。こっちのやりたいことを優先させたからね、私だけ遅れても大目にみてもらえるよ」
「あなたは素敵な人です。だから頑として突っぱねてほしいと私は思っているのですが」
この言葉を聞いて、摩魚は笑みを浮かべて頭を撫でた。
「ありがとう。私のことをこんなに思ってくれていて、嬉しい。そんなに思える“あなた”も素敵だよ」
すると、笑顔がフッと消えて、若干つり上がった目の黒い瞳が微かに虹色の光りを見せた。しかし、これに当人の摩魚は気づいていないもよう。撫でていた手を頭から頬に移して優しく撫でていき、肩の衣服を指で摘まんで軽くちょいちょいと引っ張った。
「ねえ、ホタルちゃん。ちょっと場所変えよう」
「ええ。構いません」
「ありがとう」
2
講義室。
いるのは、海原摩魚と摩周ホタルの二人のみ。
「ごめんね。付き合ってもらって」
「いいえ、嬉しいです」
「ありがとう。ホタルちゃんって、本当にイイ子だよね。私、あなたたちと知り合えて友達になれて、良かったと思えるの」
「私もです。あなたとこうして仲良くなれて、友達になれて、良かったと思っています」
大きめな目に涙を溜めて、ホタルは微笑んだ。
「あなたは構内の皆さん、とまでは言いませんが、“姫様”と揶揄されていることを私は知っています。しかし私は、皆さんのとは別で、本当にあなたのことがお姫様と思えるほどにキラキラと見えているの。摩魚さんのような方に会ったのは初めて」
「うふふ。そういうこと言って褒めてくれる人って、あなたと有子さんと亜沙里と玲子ちゃんと真海ちゃんとタヱちゃん。そして、ミドリちゃん。七人みんな、そう言ってくれるから、私、恥ずかしいけれど嬉しいの」
頬を赤くして戸惑った次は嬉しさに微笑み、照れ隠しで後ろ頭を掻いていく摩魚。最後は好きだった人を思い出したのか、悲しげな顔になった。指で目もとを拭ったあと、笑顔で言葉を出していく。
「ねえ。どうして、あなたたち陰洲鱒の女の子ってイイ子たちばかりなの? 私ね、ホタルちゃんたちと話していると気持ちが落ちついたりしているんだよ。ーーーいいえ。それだけじゃない。あなたも入れた七人と話していたり一緒にいたりしているだけで、心地良いんだ」
「うふふ。ありがとう。私たちの出身をそのように言っていただけるなんて、嬉しい」
恥ずかしさと照れで、ホタルは頬を赤く染めた。
「でも、私たちはイイ子とは限らないんですよ」
「ええー? イイ子だよ」
「私たち陰洲鱒の女は基本スケベです」
断言。
少しだけ間が空いた。
摩魚も頬を赤く染める。
「それは悪いことじゃないよね」
「ですね」
相づちを打つホタル。
それもだけど。
「それもだけどね、ホタルちゃん」
「どうしたんです?」
摩魚から微笑まれたので、ホタルも微笑み返した。
微笑みから一転して、思い詰めた顔をして話しだしていく。
今からが、摩魚の出す本題であった。
「有子さん、真海ちゃん、ミドリちゃん。生贄として消えていった娘たちって、私たちが陰洲鱒町の行方不明の女の子たちの足どりを探っていた八人の中だよね」
「ええ、そうです」
「彼女たち三人も行方不明の女の子たちも、いったいどこに行ってしまったの?」
下唇を噛んだあとに、再び言葉を出していく。
「私たちはただ、町の女の子たちを助けたいと思って行動したのに、なにもできなかった、誰も見つけられなかった。そして、あの三人に抗えなかった」
「三人の大人に。……ですね」
「そう。萬屋の鯉川鮒、院里学会の片倉日並、議長の鯛原銭樺。三人とも強くて、私たち八人じゃ抵抗にもならなかった」
「うん。鮒さんと日並さんは実際強かったですね」
この言葉で、ホタルは数年前の出来事を思い出していた。
八人の少女が挑んでも、まったく相手にされなかったどころか、美しい雌人魚の鯉川鮒と魔物的な美しさを持つ女性の片倉日並のこの“二人”の武術は、抵抗をしていく海原摩魚を含めての八人の少女の武力を、まるで赤子の手を捻るかのごとくかすり傷ひとつさえも負わせることができなかった。そして、三人目の女狐のように妖艶な政治家の鯛原銭樺に至っては、議長なだけに政治的な力は強くて、町議会と町役場を使って最後まで警察機関を動かさなかった上に、少女たち八人との抗争を隠蔽してしまった。以上、このように強権を持っている三人の女によって、摩魚たちは町から消えた鱗の娘たちの姿を見つけることができなかった。
「だから私は、あの頃よりも強くなったよ」
自信を持って摩魚は答えた。
これにホタルは少し沈黙したのちに、笑みを浮かべた。
「ええ、そのようですね。あなたの噂は長崎大学でよく聞きます。とくに、古武術のサークルで“お世話になっている”と」
「美姫師範の薙刀と、恵美ちゃんの長刀は、私に遠慮しないからありがたいわ」
「相変わらず無茶なさっているのね」
「えへへ」恥ずかしそうに後ろ頭を掻く。
そうして、頭から手をおろしたときに、黄金色の長い髪の毛をした美しい女性が頭の中に浮かび上がった。それは、昨年の夏の終わりに“彼女”とスマホで交わしていた最後の会話とともに蘇っていく。しかも、これは今で何度目か?摩魚が“彼女”に対して思う気持ちは日に日に強くなっていくのであった。
「ミドリちゃん、本当にどこへ行ってしまったの。あの娘のことばかり考えてしまうんだよ。楽しかったことも、別れ際のことも、初めて出会ったときのことも。みんな素敵な思い出として私の中では消えていくどころか、だんだん強く濃くなっていくんだ」
「それはもう、あなたはミドリさんを愛おしいと感じているから。好きとか恋している以上のもの。私にも分かります。私は、将来を誓い合った彼がいるから、考えることは彼のことばかりです」
「そうだよね。そうだよね」
「それで良いんですよ」
それから約十分。
海原摩魚は摩周ホタルの腕の中で泣いた。
手と指とハンカチで涙を拭ったあと、笑顔を見せた。
しゃがんだ姿勢から立ち上がり、ホタルの頭を撫でいく。
「ありがとう。ここ大学で、私のこういうことを聞いてくれる人ってもう、あなたしかいないの。男の子が駄目な私には、ここはちょっと辛いけれど、これから先の歴史の研究のためだもの。あと少しだけの我慢だね」
「ふふ。あと少しだけと仰いましても、二日三日したらようやく八月ですよ。耐えられますか?」
「大丈夫。耐えられるよ」
摩魚が笑顔になる。
ホタルも笑顔になる。
一区切りついたので、ホタルは話題を変えてきた。
「摩魚さん。ひとつ注意してほしいんです」
「なにを?」
「ここ。長崎大学にいる、多数の学会員の存在です」
「院里学会のことだよね」
「そうです」
ホタルが摩魚へと釘を刺した院里学会とは、キリスト教ベースの日本はもちろんのこと世界各国に各支部を持っている一大カルト教団のことだった。異常なほどの潔癖性が高い新興宗教団体で、勧誘と協力を拒めば執拗で粘着性の高い嫌がらせが待っている。これにより、崩壊した家庭や個人が多く、忌み嫌われていた。あと、学会員は政界や司法機関や報道機関に芸能界に多く散らばって、権力を振るってもいた。教育機関も例外ではなく、ここ長崎大学にも半数の教授をはじめ多数の在校生などがいた。そのような院里学会の協力している新興宗教団体があり、それが蛇轟秘密教団である。昭和の第一次オカルトブームに便乗して、陰洲鱒町で勝手に立ち上げて運営を始めた。町長の摩周安兵衛は自身と妻のホオズキの名前を勝手に使われて憤慨しているが、信仰の自由ゆえにどうすることもできなかった。蛇轟秘密教団と院里学会とに共通している“穢れ”と“汚れ”を嫌う感性の相性は、ひじょうに良かったせいで、虹色の鱗の娘を発見したさいの連絡係などに学会は下の学会員を使っておこない、教団が捧げるとされる生贄にしていた。
蛇轟秘密教団の実質的な支配者は、人間ですらない。
摩周ホタルが確認するように言葉を出した。
「学会が協力しているのが、蛇轟秘密教団」
「え。やっぱり」
「ですよね」
うふふ。と小さく笑って、ホタルは語りを続ける。
「キリスト教を下地にしているのはですね、教団もです」
「意外。そうは見えなかったよ」
「十字架が取り払われているから、そう見えなくても普通ですよ。その代わり、大きな眼を模したシンボルを鉄板か木の板で作った物を施設の礼拝堂に掲げてあります」
「…………あ。そうだった」
「思い出しました?」
この摩魚の表情を見て、ホタルは微笑んだ。
それは海原摩魚が十六歳から十七歳の間の出来事。
仲良くなった潮干ミドリと浜辺亜沙里たちに連れられて、螺鈿島の陰洲鱒町へ初めてお邪魔したとき。町の強力な磁場に身体の均衡を崩して、視界に異常をきたして町全体が歪んだような錯覚を覚えたものの、三度嗚咽をしたのちに不思議なほどに回復して、ミドリやホタルたちの家族にへと挨拶して回りながら町を散策していった。尾殴り山を通過して、尾鰭山の住宅地に入ったときのこと。白い教会があって、今は誰も使うことなく廃墟と化していた。四角錐の屋根の天辺の十字架は取られており、代わりにその下の壁に大きな眼を模した象徴が張り付けられていた。今まで陰洲鱒町にはなかったキリスト教の教会が、今から百数十年前に現れてきた独りの宣教師によって建てられた。印象的な白さの教会であったが、この町には相応しくない建物だと摩魚を含めた八人の少女たちは共感した。そしてそれは、町の住民たちも同じように思っていたので、誰ひとり使うことがないまま時を過ぎていき、今に至っていた。かと言って村八分にするわけでもなくて、螺鈿島に来訪してくるキリシタンたちに使ってもらっていたのだ。結果的には礼拝してくれるかたちになっていったわけであり、建立した宣教師は満足して天寿を全うした。そして現在は廃墟となった白い教会の横には、その宣教師の墓があって、花と水が絶えることなく供えられていた。
「教会はボロボロだったけど、お墓は綺麗だったよね」
「町の皆さんはキリスト教には無関心でしたが、宣教師には優しかったですからね。お父さんと叔父さんは、差別的な発言もあったけれど男気のあるイイ男だったと言ってましたし。彼、好かれていたんじゃないのかな」
「だからお墓が綺麗だったのね」
続いて、ホタルは念を押すように話してきた。
「その、ミドリさんについてひとつ言っておきたいことが」
「なに?」
「彼女は本当に“消えた”んです」
「本当に“消えた”って、どういうこと?」
「海中に溶け込んで消えたんですよ」
「じゃあ、どっかに行っちゃったんだ」
「ええ。どっかに行ってしまったんです」
「なら、現れてくることもあるよね?」
摩魚の顔が明るくなる。
「ですね」
「はは。本当に本当なら、私、楽しみにしてて良い?」
「はい」
そのとき。
「あ……」
摩魚の顔つきがたちまち光りを失っていった。
その目線の先には、講義室の玄関に開けられた隙間が。
ホタルもそれに気づいて電動車椅子ごと振り向いていく。
車椅子の美女も、たちまち顔から光りを失った。
見られたことは構わない。
撮られたようだった。可能性として、動画も。
気配に気づかなかったとは。
女二人ダッシュしてドアを勢いよく開けて先を見たら。
逃走していく、長い黒髪をポニーテールにしている小柄な人物。
後ろ姿をしっかりと確認していく摩魚とホタルの瞳は、虹色の光りを放っていた。これに当人の二人とも気づいていない。そして光りをおさめて、黒色と濃い稲穂色とそれぞれが戻したときには、逃走していく人物の影は見えなくなっていた。しかも、この後ろ姿は摩魚とホタルの知らない人ではない。摩魚が、マット系のレッドを引いた唇を開いていく。
「見た?」
「はい。見ました」
「今の、写真部の女の子だよね」
「“ここの”パパラッチでしたね」
摩魚の笑顔も消えて、声のトーンは低くなる。
軽い溜め息のあとに、ひと言。
「私、“アレ”、どうも好きになれないなあ」
「正直ですね。私も同じです」
ホタルが、隣に立つ摩魚に微笑みを向けた。
しかし、この陰洲鱒の美女は確か車椅子だったはず。
これに気づいた摩魚。
「あ、あれ? ホタルちゃん、車椅子は?」
「あー。ーーー私、脚が“こんな”ですけれど、一時間くらいなら立ったり歩いたりはできるんですよ」
ニコニコ笑って語っていく。
そんなホタルの“おみ足”に目線を這わせていった。
「そうだったよね。思い出した。ーーーそんなことよりホタルちゃんさ、脚、綺麗なんだね。びっくりしちゃった」
「もう。摩魚さんったら。やーですよ」
女二人はお互いに見て笑いあった。
ホタルは立つと、摩魚に並んで百七〇センチの身長になる。
3
それから、夕方。
思案橋繁華街にある、全国展開の居酒屋チェーン『胡座』銅座支店、三階座敷間。今ここでは、長崎大学の漫画研究部の女子たちプラスアルファと、長崎大学医学部臨床心理学の男子たちとによる合同コンパ、通称、合コンが繰り広げられていた。
展開を中略する。
以下、プラスアルファこと海原摩魚の返しっぷり。
「摩魚ちゃんてシナリオ担当なんだ? どんなの書いてんの?」
「摩魚“ちゃん”……?」
斜め前の席の短髪の青年をギロリと睨みつけ。
「魚ってのはね、だいたいがこの頬肉と頭の上の肉まで食べられるけんね。そこまで食べてあげんば礼儀になっとらんよ」
「そう言う摩魚ちゃんに僕の分を食べてもらえたら嬉しいなーー」
「ああ!? 甘ったれんな。食べ物に対してもマンツーマンが礼儀やろーが」
親しみすら感じていないのに。この人たちは。
また私を「ちゃん」付けで呼んだな。
若干吊りあがった切れ長で大きな瞳を剥き出す。
医学部臨床心理学の青年たちは、どうやら摩魚の逆鱗に触れたらしい。だが、これらのヤングメンズは、このお姫様のキレっぷりを浴びてゆくうちに、ちょっとした心地よさを覚えるといったMに陥っていたようだった。
合同コンパ、無事終了。
それから摩魚は、実家『海原鮮魚店』へとタクシーで帰宅していた。二次会のカラオケに誘われたのだが、丁重にお断りして抜け出したのだ。ひとっ風呂を浴びたのちに、お茶漬けで口直しして歯を磨いて、自分の部屋の敷き布団へとうつ伏せに倒れ込んだ。なんだか、余計に疲労した気がする。そして、掛け布団に入り込みながら、摩魚はお手洗い室で聡子と交わした言葉を再生していた。
「摩魚さんがお酒強いってのはアタシたち知っているんだからさ、その辺もちょっと考えて、ーーー私、酔っちゃったー。ーーーてな可愛らしくお芝居しても罰は当たらないんじゃないの? むしろ“あなた”なら、ソッコーで“お持ち帰り”されるよ」
「その前にね、聡子さん。あの兄さん達は、明らかに“そっち狙い”ばっかりでしょ。少しは私の出す話題に食らいついて来いっての。そんな素振りひとつも見せないうちはね、可愛くなれないよ」
「ああ。あなたが悩まされていた夢を切り出してきても、あっちははぐらかしてばっかりだったものね。確か」
「臨床心理学って聞いて、期待していた私が馬鹿だったわ」
他にも幾つか会話を再生していたようだったが、そうこうしていたうちに、摩魚は再びまた例の深い緑色の世界へと潜っていった。