虹色の怪奇現象の秘密
同日の真夜中。
丑三つ時。
『CLUB KING OF THE HERRING』の閉店後、鰐恵は誰も残っていないのを確かめたのちに三階奥の備品保管室のさらに奥の部屋から若い女性を二人、それぞれ肩と脇に抱えて出てきて、用心深く顔を廊下に出してさらに人の気配を確認していった。最大量七五リットルの黒色のゴミ袋に入れての行動なので、例え誰かに見つかったとしても、まず怪しまれることはない。その上、人魚である鰐恵にとってこの重量はなんの問題もなかった。脇に抱えていた分を丁重に床に下ろしたあと、部屋の電灯を消してドアを静かに閉めた。再び娘の入った大袋を抱えて、鰐恵は店の裏口に向かい、先ほどと同じようにして店外に出て今度は鍵を掛けて、三度大袋を脇に抱え直して自身の車を目指していった。ダークグレーメタリックのファミリーカーを走らせていくと、静まり返った『CLUB LUNA LION FISH』に到着して、その手前の路肩でひとまず停車した。
『CLUB LUNA LION FISH』
日本名はアミカサゴ。
赤い身体と羽根のような胸鰭と、毒を持つ魚。
鯉川鮒がこの魚を象った髪飾りをしている物。
そして“人魚姫”の経営する、もうひとつのクラブであった。
十三階建ての商業ビルを五階まで買取り、四階までをバーや各種クラブにして、残りの五階を雑務や倉庫として利用していた。そしてこのビルには、他の飲み屋以外にも、性的サービスを“売り”にしている風俗店も多々あって、さらには出張型の性的サービスを営業している事務所が数社入っていたのだ。以上、ひとつの建物でも繁華街を形成していたコレは、今は五階までは完全消灯して真っ黒になり、六階から最上階はいまだに電灯が点いて営業を続けていた。これは多分、出張型の店が明け方近くまで営業を続けているためであろう。しかし、その他の各店舗はこの鰐恵にとっては今はどうでもいいことであった。なので、彼女は十三階建ての繁盛具合を一目のみ確認したあと、再びエンジンを吹かしてハンドルを切って、通りを抜けていった。狭い赤色のインターロックの通路を出ると、目の前に有料駐車場の建つ四差路、つまり交差点に出て下は籠町と上は稲田町とに繋がる。ここで鰐恵は、人と車両の往来を無しを確かめてから、当然のようにハンドルを切って稲田町方面に上り、三分の一ほど進んだところで脇道へと入っていった。ここも住宅地と市場のある町なので、脇道は狭く、ファミリーカーはギリギリであった。用心しながら多少曲がりくねった生活用通路を出ると、大きめな石畳の車道に繋がり、さらにハンドルを切って急な坂を下っていった突き当たりには、先ほどの十三階建てのビルの裏側に辿り着いた。駐車場区画にバックで停めて、車体後ろを開けたときに、隣に停車していた普通車から美しい女性が出てくるのを見て、鰐恵は安堵の笑みを浮かべた。
「おおきに」
「ええで」
「私ら姉妹やないの」
橦木朱美と野木切鱏子が、姉からの労いを返していった。本日の営業を終えたクラブの裏口に、美しい人魚の三姉妹が顔をそろえた。“三人”ともに長身でスタイルは良く、細身でありながらメリハリのきいた身体つきをしており、それぞれが白いタンクトップにデニムのホットパンツまたはジーパンといったラフな格好であったが、それが各々がお洒落に見えていた。朱美はブロンドに染めた肩までの髪の毛をポニーテールにして、ミッドナイトブルーの目刺し帽を被っていた。鱏子も、アッシュグリーンの髪の毛を襟足でくくって、動き易い格好であった。トランクルームの黒い大袋に目を止めた三女の鱏子が、少し声を抑えて一番背の高い一番上の姉に話していく。
「恵姉さん、店には誰もおらへんよ」
「ありがとな。助かるで」
大袋をひとつ肩に抱えて、三女に礼を言った。
その隣でも、朱美も二つ目の大袋を肩に抱えた。
「ほな、恵姉さん。行こうか」
「ええで」
姉二人の会話を見ていた鱏子が、ドアに手を掛けて呼びかけていった。鍵は事前に外していたらしい。
「早よ入り」
静かに開けて、二人を促していく。
身を少し屈めて、梁に当たらないように袋の中身に気遣って裏口から三姉妹は入っていく。鱏子が先頭になって、防犯カメラの死角や照明が点いていないかを確かめていきながら、姉二人を誘導して階段を上って五階までたどり着き、突き当たりの備品倉庫の扉を合鍵で開けて、暗い部屋の中を移動していった奥のそこには、さらに扉があった。合鍵を使って開けて、静かに三姉妹は中へと入っていく。鱏子が音を立てないようにドアを閉めたあと、鰐恵と朱美は丁重に大袋を壁に立て掛けて床に下ろした。ひと仕事終えた長女と次女が腰を伸ばして、両手を天井高く“伸び”をしていく姿を見ながら、三女は部屋の照明を点けた。
「さあて、袋から“お姫様たち”を出そか」
「せやな」
鰐恵の判断に、朱美と鱏子は微笑んで了解した。
黒い大袋の結び目を解いて現れてきたのは。
稲穂色の長い髪の女と、艶やかな長い黒髪の癖毛の女。
二人とも熟睡しているのか、瞼は閉じられていた。
袋から出し切った三姉妹は、改めて女二人を見ていく。
「相変わらず、綺麗やな」
「さすが潮さんと海馬さんのお嬢さんね。美人やわあ」
「本当に眠り姫やねえ」
長女次女三女と、それぞれが感想を述べていった。
壁に背を預けて床に腰を下ろして脚を伸ばした姿勢のまま寝ている“眠り姫”の二人は、潮さんこと黄肌潮の娘の黄肌有子、もうひとりは海馬さんこと海淵海馬の娘の海淵真海であった。小さな寝息をかいて、まるで等身大の人形のように動かないで熟睡している有子と真海。髪の毛は伸びに伸びきっているが、その髪も含めての美しい二人の身体は中も外も手入れが入っていて、健康そのものであった。服装は、白色のティーシャツにジーパンで共通させていた。
「恵姉さん、布団敷いたで」
「ああ。ありがとう」
準備を整えた鱏子が、長女に呼びかけて、促した。
鰐恵は有子と真海の頭を優しく撫でたあと、朱美と一緒に娘二人に肩を貸して二人分敷いてある布団まで移動して、“眠り姫”たちを丁重に寝かせた。全ての壁と天井と床に防音管理がなされたアイボリーの部屋には、エアコンはもちろんのこと、お膳と電子レンジと流し台と水洗トイレとクローゼットと冷蔵庫、そして運動器具までもが完備してあった。そうしてこれらは、先ほど移動してきた『CLUB KING OF THE HERRING』の三階奥の部屋にも同じような生活用具を一式そろえてあり、それは、この有子と真海に隠れた生活をさせるためにあるような印象であった。
愛おしい陰洲鱒の娘の寝顔を見ながら、三女に声をかける。
「今週は、鱏子が当番やったな」
「ええ。明日……と言うても“今日”やけど……。いつものように、朝起きてきたら、この子たちに朝ごはん食べさせて運動させるよ。心配あらへん」
「悪いな。朱美と鱏子に負担かけさせてもろうて」
「ええて。私たちの行動は、この子たち未来のためや。ウチら姉妹、一緒に頑張ろ」
そう、長女に顔を向けて、鱏子は朱美と一緒に姉の肩を軽くポンポンと叩いた。




