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龍宮紅子


 1


 海原摩魚うなばら まなが誘拐されて、二週目も半ば。

 『人魚の会』を終えて翌日。


 時間は昼間。

 場所は、長崎市内。

 海淵龍海うみふち たつみの隠れ家。

 玄関のインターホンが鳴ったので、亜沙里は静かに箸を止めて向かっていく。覗き穴から相手の顔を確認したとたんに「あは」と微笑んでノブを回して迎え入れた。

「紅子さん」

「お邪魔しまーす」

 柔らかい微笑みを浮かべて、長い黒髪の美女が上がり込んだ。

 この美しい女の名は、龍宮紅子りゅうぐう べにこ

 背の高い亜沙里をさらに超える百八〇センチの長身で、骨太だがグラマラスかつスレンダーであった。赤い半袖シャツに、黒いジーパン姿。シルバーのショルダーバックを肩からかけていた。色白で左右にほぼ整った顔に、陰洲鱒町の住人であることを示すかのように、切れ長な目の中で瞳が稲穂色に輝いていた。大きくウェーブを描く黒く艶やかな髪の毛は、脹ら脛までに達しており、赤みをおびているのが特徴的だった。年齢は亜沙里たちよりも“ひと回り以上”となる。そして、彼女の文字通り大きな特徴である豊かな胸の膨らみは、並んで歩く胸の大きな亜沙里をも上回るカップサイズであった。フローリングの廊下を歩きながら、亜沙里が紅子の横顔を見て話しかける。女二人とも、薄い唇を開く度にチラチラと見える鈍色の尖った歯が可愛らしかった。

「紅子さん」

「なあに?」

「ご用があってたんですか?」

「そ」

 返事した直後、亜沙里の締まった腰に腕を巻いて抱き寄せて笑顔で言葉を続けていく。

「噂の“お姫様”にひと足早く会いたくなったのよ」

 紅子は亜沙里が幼いころから妹と同然に可愛がっていたため、こうして未だに彼女を抱き寄せてみたり撫で撫でしたりする。そうする紅子本人は、いつも嬉しそうであるし、それを受ける亜沙里も悪い気はしていない。

「もう……。私、子どもじゃないんだよ……」

「照れるな照れるな」

 じゃれつかれている内に、皆が昼飯をとっている八畳間へと戻ってきた。そして、連れて来た紅子を紹介する。

「龍海、紅子さんが来たよ」

「い、いらっしゃい。お疲れ様です」

 なんだか緊張気味に龍海が挨拶をした。それに気づかない紅子な訳がなく、あえて見過ごして皆へと挨拶。

「今日からお世話になるわ。よろしくね」

 亜沙里は龍海との間を開けてやり、紅子に同じ物を配膳した。そして、向かいに肩を並べて座る二人の女を紹介しはじめていく。

 すると。

「あれ? 摩魚ちゃん。久しぶり」

「お久しぶりです」

 紅子に会釈していく。

 摩魚から隣の銀髪の少女に顔を向けた。

 おや?となって渋い表情でその顔立ちを確認していく。

 これに気づいた亜沙里が。

「この子は、盃戸蘭はいと らん。ミドリによく似ているでしょ。でも偽物なんです」

「に……っ! 偽物?」

 この紹介にギョッとしたのちに、紅子を見た。

「は、はじめまして。盃戸蘭です。この前から海淵家ここでお世話になっています。よろしくお願いします」

「はい、よろしく」

 紅子の笑顔がキラキラ輝いて見えた盃戸蘭。

 思わず頬を赤らめていった。

 この銀髪の少女の心情に構うことなく、紅子は“姫様”に話しかけていく。その話しかける姿は、まるで我が妹のようにであった。

「珍しいわね。今日は研究を休んで、お泊まりに来たの?」

「いいえ」

「じゃあ、この子たちと遊びに来てくれたんだ?」

「それも違います」

「なにが違うの?」ーああ。可愛い!ーー

 たまらず目じりを下げていった紅子。

「ねえ、紅子さん。これ見てください」

 テレビリモコンを片手にした亜沙里の声を受けて、紅子は液晶画面へと身体ごと向けた。すると、ちょうど放送していたのはお昼のワイドショーで、その内容は長崎大学の在校生の海原摩魚が誘拐されて、未だに行方を発見されていないといったもの。これに紅子は、たちまち驚きを顕にしていった。

「え? 嘘? なんで?」

「私が“虹色の鱗の娘”ということで、蛇轟ダゴンの次の生贄として誘拐されてきたんです」

「え…………! うそ……、やだ……、そんな!」

 摩魚まな当人からの無情な回答に、紅子はたちまち膝から力が抜けていき、畳に尻を突いてペタンと座り込み、両手で顔を覆った。そして僅かな沈黙ののちに。

「…………死ぬ」

 呆気にとられていた他一同。

 摩魚まな盃戸蘭はいと らんは顔を見合わせた。

 亜沙里と龍海が両側から肩を持って、「紅子さん、まずはお昼ごはん食べましょ」「紅子さん。立ってください」と優しく声をかけながらそっと立ち上がらせていく。これに紅子は無言で頷いて座布団に腰を下ろして箸を手に取り、静かに「いただきます」と言って手を合わせた。


 食事中。

 噛んだ瞬間に、ジュワッと肉汁が口内に広がっていく。そして、パリッパリッと小気味良い音を立てていく焼けた皮。なにしろ、身が箸で簡単にほぐせたのだから。

「あ。これ美味しい」

 鯵の塩焼きをひと口ほど咀嚼そしゃくしたのちに、紅子が口元を指先で押さえながら感嘆していく。隣りの亜沙里に聞いた。

「これ、あなたが焼いたの?」

「うん……。まあ、ね……」

 美味しいと言われた亜沙里は物凄く嬉しいのだが、飛び上がって喜ぶことが恥ずかしいのか、澄ました顔でカバーしていた。それを見ていた紅子が、亜沙里の気持ちが今どんな状態か分かりつつも、次は摩魚へと話しかける。嗚呼、いまだにちょっとショックから抜け出せない。

「ねえ、摩魚ちゃん」

「はい。なんでしょう?」

「なんでこうなっちゃったの?」若干、涙声。

「私が“虹色の鱗の娘”だからです」

「あなたって、鱗も生えるし虹色だったんだ」

 なにもかもが初耳であった紅子。

 そんな彼女に、追加情報を与えていく摩魚。

「私と真海さんとミドリさんが、長崎大学のトイレで盗撮されていた動画が YouTubeユーチューブにアップされていますよ。その動画のおかげで、私たちが何者かということが全世界に知れ渡っています」

「…………酷い」鼻をすすりながら。

「ええ。本当に酷い話しですよ」

 盗撮されていたことで腹が立って箸が進む“姫様”。

 気分が多少沈んで、箸の進みが遅い紅子。

「私も“そう”だけど、あなたが陰洲鱒の生まれということを最近知ったのよ」

「ですね」目の前の彼女を愛らしく感じて、笑顔になる。

 ある意味逞しい摩魚の姿を見ているうちに、紅子は軽く鼻で溜め息を着いてそれを微笑ましく見ながら白味噌汁をひと口啜ったあと、お椀を静かに置いて気持ちを仕切り直していく。そうだった、私にはバイク整備と製造の他に、あとひとつ大事な“仕事”があったんだった。いつまでも落ち込んでいる場合ではない。

「話し変えるね。ーーー亜沙里ちゃん、そして龍海君。私がここへ来た理由を分かっているんでしょ?」

 その言葉に、一瞬隣りの女の空気が凍りついた。

 紅子はその方へと目を流して、静かに呟く。

「摩魚ちゃんとは、いつまでも一緒に暮らせないのよ」

「…………」下唇を噛み締める。

「いちおう、釘を刺しておくわ」

「…………」頷いた。

「よし。今は食事を楽しみましょ」

 と、紅子は自身にもこう言い聞かせていった。

 そして、再び箸を進めていく。その横で龍海は飯を咀嚼しながら黙々と話しを聞いていた。そして、昼ご飯を終えてしばらく皆で歓談したのちに、紅子は“隠れ家”を出て己の職場へと戻って行った。



 2


 夕方。

 長崎市内。

 ㈲ジャガーモータース。

 龍宮紅子りゅうぐう べにこは注文を受けていた大型バイクの整備を終えて、コンパウンドで磨いた青黒いカウルを拭き取っていく。絶好調に治ったエンジンも拭いて、車体をピカピカにした。濡れたような艶やかな表面となったカウルは、工場こうばの内装と照明と紅子の顔を映して輝いていた。今日も目標通りに四台の大型バイクを整備と修理を終えることができたので、気分が良かった。そして、カウルの中に映った紅子が笑顔になる。その奥でも依頼のバイクの整備とカスタムを完了した、赤色の長い猫っ毛をした長身の美女の豹紋波沙美ひょうもん はさみが膝を伸ばして立ち上がり、紅子を含めた作業員たちに声をかけていく。

「よし。時間になったし、今日の作業終わろうか」

「はい、了解」

 作業員と社員一同、笑顔になった。

 工場は、二十台から三十台のバイクを置ける広さがあった。

 本社のこちらは主に、営業と整備とカスタムを担当していて、製造と設計は長崎市外の工場がしていた。


 豹紋波沙美ひょうもん はさみ。三〇歳。

 ジャガーモータースの二代目社長。

 美しく整った大型種の猫科のような顔立ちに、特徴的な天然シャギーの入った赤毛はその色白な肌に映えていた。作業繋ぎ着からでも分かる、スタイルの良さ。前社長の父親の代から紅子を知っていて、親しかった。

 銀色の繋ぎのライダースーツに着替えてシルバーに赤いラインの走った愛車に跨がった女へと、波沙美は声をかけていく。

「紅子さん」

「はい」相変わらず、落ち着いた鼻声である。

「仕事帰りに、良かったら黒部モータースに寄ってみたらどう? 私もそこに行きたいし」

「え? なにかあるんです?」

「例の魔改造よ」思わず口角が上がる。

「あーー」表情が明るくなり、瞳が輝き出した。


 そして。

「お疲れさまです。お邪魔しまーす」

「お邪魔します。お疲れさまです」

 豹紋波沙美と龍宮紅子がご来場。

 場所は、長崎市内。

 ㈲黒部モータース。

 艶消しブラックのフェアレディZの横に大型バイクを二台停めて、二人の長身美女は工場こうばへと踏み入れていく。決して大きな自動車整備修理工場とは言えないが、普通車やワゴン車などが最大で十台収められる広さとその作業に伴う機械や室内クレーンに工具箱やデーター管理のパソコンという一通ひととおりそろっており、個人経営にしては比較的大きな会社であった。そして工場の裏側には、二代目社長の黒部勝美の自宅と道場があった。

 メタリックブラックのシャッターが半分ほど開いたままであり、照明も“こうこう”と白く焚かれて、場内を鮮明に照らしていた。しかし、機械や計器類は完全に停止しており、無音である。ただし、コンクリート床を歩くたびに女二人のバイクシューズのヒールが鳴り響いていった。三歩ほど場内に入ったとき。「いらっしゃい」と、明るい声で迎えられた。それは、声だけでも美女だと分かるほどに魅力的であった。ローヒールの音を鳴らしながら、黒色のワイシャツをインナーにマットブラックの三つ揃い姿で長身の美しい女性が現れてきた。膝丈より少し短いスカートの裾を揺らして、その下から生えた長い脚が歩みを進めてきて、女二人の前で止まった。

「二人とも、よくきてくれたわね。嬉しい」

 黒部勝美くろべ まさみ。三〇歳。

 ㈲黒部モータースの二代目社長。

 百七〇センチを超える身長、細い身体に長い四肢。野生種の大型猫科を思わせる美貌の持ち主であった。艶やかな長い黒髪は、大きく波打っているかのような癖毛を七三分けにしてセットしていた。普段の黒い繋ぎ着姿から一変して、お洒落な感じが魅力的であった。おまけに、少しばかり化粧もしていて、今からどこかへお出かけする予定に見えた。

 紅子と波沙美は、工場の奥の手前あたりに、ボディーとフレームを分離した車体を発見した。内装とエンジンが剥き出しであり、後部座席を潰して我が物顔で支配していたのは、ジェットエンジンであった。勝美まさみと顔を合わせた二人は、それぞれ労っていく。

「お疲れさま。お邪魔しています」

「お疲れさまです。お邪魔します」

 笑顔で答えていく紅子と波沙美。

 そして、波沙美は改造途中の車体を指差して。

「これを楽しみにしてきました。でも、前に見た形から変わっていますね」

「あのー。トヨダのAAて、六輪でした? なんか延びているんですけど」

 紅子も気になっていたのか、言葉を繋げてきた。

 二人の質問に、勝美はニコニコして答えていった。

「凄いでしょ、“コレ”。数日前に急遽追加のオーダーが入ってきたのよ。材料も輸送されてきてね」

「え? それと同じタイヤもですか?」波沙美は質問する。

「そう。タイヤもフレームも金属板も、なにもかも用意されて私の工場まで送られてきたの」

「凄い。誰からですか?」

「潮干ミドリの代理で、臼田幹江と片倉昇子からの注文。ついさっきまで、その二人と話していたのよ」

「え? その二人って、不定期の休みを出した女の子ですよね。長崎市ここまできていたんですか?」

「ええ。二人ともミドリちゃんと仲いいからね。彼女の遺した物を整理しているんでしょ」

「え、いや。整理しているって言っても、この改造っぷりは……」

 波沙美は驚きながら、さらに変化へんげしている魔改造された車体に視線を下げていく。そして、隣の紅子も新たな情報に感嘆していきつつ車体を眺めていった。

「なんだこれは。たまげたなあ…………!」

 そのような二人の来客の反応に、勝美まさみはニコニコしながら暗緑色のシートを手に取ると、原形を止めていない車体にへと掛けていった。被せ終えて、波沙美と紅子に顔を向けて。

「今日はここまで。あとは出来てからのお楽しみね」

 その言葉通りに、紅子と波沙美は内心ワクワクしていた。



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