マジカル☆ニーナ☆
1
紅子が龍海の“隠れ家”を訪問した、同じ日。
場所は変わって。
東長崎市街地。
尾澤菜・ヤーデ・ニーナは整備の仕事を終えて、勤務地の時津町から正反対の東長崎まで車をすっ飛ばしてきていた。愛車の白いスカイラインは黒部モータースに修復を依頼して預けているので、メタリックパープルの軽車両ワゴンを代車で借りていた。その向かった先は。
㈲志田重機工建。
志田杏子。百二五歳。
当社の社長。そして、人魚。
現在の東京である江戸に“出現”。
大工の家に拾われて育てられた。
百七〇センチを超える長身に、細いながらもメリハリのついた身体をしていた美しい“女性”であり、しかも、現役バリバリで百トンを超えの移動式クレーン車まで操縦できるベテラン中のベテランでもあった。切れ長な黒眼の中に銀色の瞳が輝いて、銀色の尖った歯を上下二列、細い首筋に五つの鰓、肋のあたりに三つの鰓、文字通りの白い肌には青色や紫色の影がさしていた、といった妖怪である人魚の特徴がそろっていた。猫っ毛の入った天然シャギーの艶やかな長い黒髪を、白色のシュシュでミドルのポニーテールにしていた。“純血の”人魚では数少ない、煙草が吸える体質。そして、なんといっても、彼女は八人の娘を産んで育て上げた女性でもある。二三年前に現在の旦那と結婚して、今があった。娘は八人とも人間との混血である。
そんな杏子は、現代の赤紙召集令状こと技術者被災地派遣法によって内戦が過激化している中東のパレスチナに、同じ技術者の長女の姫子と三女の銀子の娘二人と一緒に派遣されて、日本の建設技術者たちと共に戦争被災地の復興を任されていた。そして、朝の作業前ミーティングを終えて「さあ、始めよう!」と現場の皆が気持ちを入れたその矢先。過激派というかテロリストたちからの襲撃にあって、不幸にも志田杏子は左肩に銃弾を受けて負傷して、緊急措置から搬送の帰国するまでの間に、生死の境を彷徨った。その食らった銃弾というのも、主に特殊な対象を標的として開発されていたらしく、弾頭が当たった相手の体に入ったさいに、その弾頭から磁力と電波を発して生体電気に異常を起こさせて内部から破壊するといった物。それは、ヒトに限らず人外生物いわゆる妖怪や魔物などに効果を発揮して、猛毒以上の働きを見せたという。生命体である以上、体内で規則性を持って流れている電気を狂わされれば、体調不良だけでは済むわけでなく、最悪の場合は死もあり得た。この銃撃を受けて倒れたとき、杏子は意識朦朧とする中でテロリストの罵声を聞いたという。
以下。
志田杏子と、長女の姫子と三女の銀子の話し。
現地の住民の証言と目撃情報も交ざる。
左肩を押さえて仰向けに倒れた杏子の身体を跨ぐようにして、パキスタンのテロリストのひとりがAKを構えて、照準を彼女の心臓に合わせたとき。このときのテロリストの男の眼は血走っていて青筋も立てて、興奮状態が異常だったという。仕留めることを確定できると思ったのか、その男は引き金の指を止めて、地に仰向けになっている杏子にへと地元中東の言葉でまくし立てていった。
「日本はお前らのような穢れた悪魔と契約した。そして今度はその悪魔を我々の地に連れてきた。お前たちは我々の敵だ。今から聖戦の始まりだ! そして、お前の首がその合図となる。悪魔よ、光栄に思え。これはアッラーの導きだ」
引き金に掛けた指に力を入れたときである。
銀色に光る衝撃波が、テロリストの男の身体を四散させて吹き飛ばしたのだ。濁った赤色の花火を散らして、砂の地面にペイントした。嘔吐しながらも霞む視界で杏子はその者を確認して、息も切れ切れ名を呟いた。
「銀……子……」
「銀子ちゃん!」
母親に続いた長女の呼びかけを耳に入れながら、肩で切り揃えて茶髪に染めたソバージュ頭の志田銀子は、黒眼を血走らせて白色の肌に青筋を立てて、怒りの歩行を進めていった。姫子は母親のもとに駆け寄って介抱した。この様子を見た銀子は安心したのか、家族にひと言かけた。
「姫子姉さん。母さんを頼む」
次に、銃を構えて取り囲むテロリストたちに顔を向けて。
「“ゴミ”の片付けと掃除は私に任せな」
と、現地中東の言葉で男たちに吐き捨てた。
じぶんらを“ゴミ”呼ばわりされたのが気に入らなかったのか、テロリストたちは一斉に引き金を引いた。
瞬間。
「喝!」
銀子の気合いとともに、銀色の光りの衝撃波がテロリストたちを全て突飛ばして、三人は壁に叩きつけられて破壊して転倒し、二人は瓦礫に身体を当てて内ひとりは破片の先端部で貫通して、三人は倒壊途中の建物に叩きつけられてその拍子に完全に崩れ落ちて生き埋めからの押し潰された。この様子を確認した銀子は、いつの間にか現場の中心から姿を消していた。かといっても、逃げたわけではない。絶命した仲間の横で瓦礫に打ち付けて身悶えしている男の前に、銀子がいた。それは妖術ではなく、鍛え上げた筋力により成しえる瞬発力と跳躍力であった。無情な蹴り落としが、テロリストの頭を瓦礫に叩きつけて絶命させたすぐに、次の標的へと移動していた。壁を破壊して転倒した三人の男たちは苦痛に頭や身体を押さえて悶えていたそのとき、銀子の振った腕の肘から発生したヒレブレードが左端の男の首を撥ね飛ばし、側転宙返りからの蹴り落としで真ん中の男の内臓を踏み潰して、最後は背面宙返りからの片膝着地で右端の男の喉を潰して、テロリストたちを皆殺しにした。ひとりでも取り逃がせば、そのひとりが次は倍の数で仲間を引き連れてしまう。だからこういう場合は全滅させるのが適切な処置であった。学生時代は喧嘩三昧だった銀子だったが、今の今まで人殺しは経験がなかった。だがこれは、仕方がないことであった。大好きな母親が目の前で撃たれた上に、理不尽にも殺されかけたのだ。この際、魔物と呼ばれてもいい。私が家族を守らなければ。と、このとき、そう決意をしたと銀子は言っていた。
その間、他の皆から現場の物陰に運ばれた杏子は、被災状況を見回っていた国境なき医師団の医師と看護士から緊急手術を受けて、負傷箇所から銃弾が摘出されていた。この生体電気破壊銃弾の弱点は、早急に摘出されたら“猛毒性”と殺傷の効果が薄れてしまうこと。そのおかげで、杏子は一命を取り留めたのだが、安堵と同時に気を失ってしまった。このとき、医師と姫子が英語で交わした会話があり、「今から緊急を要して何の設備も無しに取り出しますが、本当に良いんですね?」と医師が問うたあと「大丈夫です。私の母さんは“妖怪”ですから、雑菌のひとつや二つダメージ無しです。大丈夫です」こう姫子から鋭い眼差しで答えられて僅かな疑念を顕した表情で娘の腕の中の杏子を医師と看護士は見たとき、当の100%妖怪の美しい怪我人が微かに笑みを浮かべて頷いたのだ。これを確かめた姫子は医師と看護士に顔を向けて「ほら、彼女が“そう”言っています。だから心配ありません」と、家族の了承を手早く受けての緊急手術となった。
といった以上の出来事があり、娘二人に泣きつかれながら昏睡状態のまま帰国してきた。
「初めまして。お邪魔します。尾澤菜・ヤーデ・ニーナです」
「やあ。いらっしゃい」
一礼したニーナを、志田杏子が快く出迎えてくれた。
志田工建の重機置場兼整備試運転場のゲートを開けて入り、代車を入口付近の駐車区画に停めた。蛍茶屋町のバイパスを経由して抜けて、このまま右に下れば網場のペンギン水族館に行けるが、この大きな交差点から左に上がってトンネルを通過すると山々を背景にしている団地入口が見えてくる。その団地に入らずに側の道路を走って、そのまま道なりに山道を上っていったところに、鮮やかなコバルトブルーのゲートと『㈲志田重機工建 重機試運転場』と筆で書かれた看板があり、それを開けて入ると広大に切り開かれて、周囲は土砂崩れ防止工事済みと足下は砕石を念入りに執拗に押し固められた地面と、駐車区画と入口付近に二階建てのプレハブの事務所があるといった、シンプルな物であった。しかもこれは、周囲を木々で覆われているために、見付けづらいと言えば見付けづらい場所でもあった。例え衛星写真で位置が丸分かりになったとしても、実際に移動して“ここ”を探し出すとなると迷ってしまうであろう。山は不届きな者を拒否する。似たような緑色の景色で隠してしまう。よって、志田杏子は自社の重機の共同開発の業者と自身の家族以外は今まで試運転場に招いたことはなかった。ひとつは企業秘密、そして、あとひとつは“敵”から身を護るためであった。
その“敵”とは。
「昨日、あたしの母から話しを聞いてきました」
「“紫さん”に私が依頼したの。ごめんなさいね、急なお願いしちゃって」
ニーナからの事情に、微笑んでひとつ詫びた杏子。
この美しい人魚に魅了されながらも、若い魔女は内容を確認する。
「いいえ、構いません。母と“あなた”が昔からの知り合いだと聞いていましたし。あと、依頼内容もそれほど大袈裟なことではないと…………」
「そうそう。“アレ”に護衛の魔法をかけてほしいんだ」
と、杏子の指差した先に首を向けた途端、ニーナはみるみると顔を驚愕に変えていった。両目を見開き、口は四角く開いて、声を必死に絞り出していく。
「なんすか、アレ…………? かか怪獣…………?」
「そう。重機という名前の怪獣」
実に嬉しそうに言葉を合わせていく杏子。
2
女二人の視線の先にあった物とは。
総重量が余裕で百トンを超えているであろう、ニーナがこれまでに見たことがなかった巨大な移動式クレーン車であった。車幅は三メートル以上。分厚いゴム成形の特殊なタイヤは、一個一個のその直径が大きく幅も厚く、それらが二つ重なって前後左右で八輪とあり、まさしく怪獣であった。その上に、この巨体が連結されているという仕様。あと、機体の周りになにかしら折り畳まれている箇所を前後左右で確認できて、これはもしかして変形でもするのか?と疑問に思ったニーナは、渋い顔をした。
「あれひとつで、戦争できそうですね」
と、思わず口から出てきたニーナの言葉を杏子は拾った。
「そうよ。そのためも兼ねて開発したからね」
今まで各国の戦争被災地に派遣されてきた杏子のひと言は、積まれてきた経験を凝縮していた。グレーのボトムパンツのポケットから小さなビニール袋を取り出して、隣のニーナに手渡した。それは、チャック式で密封された銃弾であった。これからなにか“良くない物”を感じたのか、ニーナは眉を寄せて話していった。
「この銃弾。とても危険な物ですね」
「でしょう?」
と、多少嬉しそうに相槌を打ったあと。
「これはね。生体電気破壊銃弾と言って、私たちのような妖怪を殲滅することを目的として開発された銃弾なの。“生き物”である以上、身体中に流れる電気は共通しているから、これを喰らってしまえば猛毒にも等しい効果を受けて、死んでしまうのよ。ーーーそして実際、私も死にかけたし。対人外には効果抜群」
「そんな……。なんでこんな物を……。ーーー志田さんを殺しかけたなら、生き物の体内電気を破壊してしまうなら、あたしたち人間が仮に喰らってしまったら即死してしまいますよね」
「その通り。現に、戦争被災地に送られた私と娘たちはね、ソレで撃たれて死んでいる現地の人たちの遺体を数多く見てきたわ。奴ら、本物の魔物だろうが異教徒または対立している人間だろうが、実のところは撃ち殺すことができれば“どうでもいい”のよ。実際、じぶんらに歯向かう者たちは全て悪魔と見なしているんだから。奴らに躊躇いなんかないんだよ」
「…………酷い」
「ねえ、その銃弾。どこのだと思う?」
「アメリカ……。それかロシア、ですか?」
「どっちもハズレだけど、どっちも当たり」
そう銀色の尖った歯を剥いて笑みを浮かべた杏子。
これに対し、ニーナは飲み込めない表情を浮かべた。
杏子が、そんな若い魔女に親しみのある微笑みを向けて。
「それね、世界基督教会の。ーーー基督教会つって名乗ってっけどね、実はキリスト教とイスラム教とユダヤ教の一番のお偉いさん方が結束して組織化してんのさ。その銃弾に誇らしげに刻まれているでしょ? 十字架と月とダビデの星が。奴らが悪魔退治する目的で開発した兵器なの。そして、当然のように軍隊を持っているわ」
「な、なんて名前のですか?」
「新世界十字軍。またの名を、ニューワールド・クルセイダー。コイツらが三大一神教の指示の元で動いて、世界各地の妖怪や魔物や現地の人たちを殺戮してまわって、土地と資源を奪っているのよ。そして、もちろん拠点はエルサレムさ」
「相変わらずな連中ですね。ーーーでもそれって、どうやってその情報を得たんですか?」
このニーナの質問に、杏子は得意気に微笑んで銀色の尖った歯を見せた。
「陰洲鱒の天才ハッカーに頼んだのさ」
「天才ハッカー? 陰洲鱒町の人?」
「うん。重度のインターネッツ廃人だけど、彼女は凄いよ」
「インターネッツ?」
「インターネッツ」
「もしかして、アイスコーヒーをアイスコーシーと言うタイプですか?」
「え? 私は言わないよ」
「そこは言わないんですか」
「言ったことないねえ」
「その天才ハッカーって、どんな人ですか?」
「まだまだ十代の可愛い女の子だよ。手足が烏賊だけど」
「え? タヱちゃんの他にもそんな人がいたんですか?」
「あなた、タヱちゃん知っているんだ?」
「はい。黒づくめの可愛い女の子でした」
「間違いなく潮干タヱちゃんだね」
「いやあ、タヱちゃんの他にもイカの手でキーボードを打てる人がいたって分かってビックリしましたよ」
「あははは。ーーーでさ。そのハッカーの女の子は摩周マルって名前なんだけど。タヱちゃんの師匠でもあるのよね」
「すげえ」
「それから、さっきの情報はさ。一昨日久しぶりに陰洲鱒に顔出したときに仕入れてきたんだ。まあ、怪我して意識朦朧の中でウチの姫子を使ってマルちゃんに前もって頼んでおいたのさ。その銃弾の出どころを調べておいてってね」
「へえ。そりゃまた手際が良いっすね」
「たりめえよ。その“糞っ垂”れが私を殺しかけたんだ。となりゃあ、こちとら、いったいどこのどいつかって知りてぇもんよ。ーーーだいいち、私だけじゃない。ウチの大事な姫子と銀子を危険に晒したんだ。そして現場のみんなの命もね。奴らを許してたまるかってんだ」
時間と日を遡り。
一昨日。
場所は長崎市陰洲鱒町。
志田杏子と摩周マルは、玉蟲山展望台にいた。
久しぶりに第二の故郷を訪れた人魚の志田杏子は、フェリーで螺鈿島に到着するなりに、摩周安兵衛の家へと直行して当主の安兵衛に挨拶を済ませたあとに彼の末娘のマルの部屋に出向いた。安兵衛の妻のホオズキは市内を営業で回っていたので不在であった。マルに事前に頼んでおいたことの情報を確かめたのちに、杏子は彼女から「奴らから逆探されないうちに切るね」と断られて部屋の壁に掛けている十四型の液晶画面の電源を落とされたのちに、今度は杏子からマルに「じゃあ、場所を変えて話しの続きをしようか」この美女親方の提案に陰洲鱒の天才ハッカーは稲穂色の瞳をキラキラと輝かせて「ち、ちょっと待っててね。今から着替えてくるから」「ええ。どうぞ」とひと言を交わしたあと、書類棚の隣のカーテン部屋からウィング襟の白いノンスリーブの膝丈ワンピース姿のマルが出てきたのを見た瞬間「きゃあ! 可っ愛いいい!」と杏子が頬を赤くして興奮した。「えへへ。ヒメ姉さんから買ってもらったんだ。お出掛け用にって」そう照れくささに後ろ頭を触手の“右手”で掻いて、マルは杏子に答えていった。それから、女二人はブラウンメタリックのモーリスミニクーパーに乗って、この玉蟲山展望台まできていた。展望台駐車場に杏子の愛車のモーリスミニクーパーを停めて、入場券売場兼雑貨屋売店で二人分の入場券と薩摩芋アイスとを購入して、店主の老婆に挨拶した。
「美果ちゃん、久しぶり」
「おやまあ、久しぶり。ニュース見たよ。おかえり」
「ただいま。ーーー死に損なっちまってさあ。帰ってきちまったよ」
「杏子さんが戻ってきたんだ。それでお釣がくる。ーーーところで今日はマルちゃんとデートかい?」
「ありがてえ。やっぱり“あんた”は友達だよ」
美果に礼を述べて、マルと見合せて笑顔になった。
再び店主の顔を見て。
「そうさね。久々若い娘と“ちょっとそこまで”行きたくなったのさ」
「そりゃ良かった。楽しんでらっしゃい」
「ああ。楽しんでくらあ」
そう銀色の尖った歯を見せて、杏子は手刀を挙げて踵を返して、展望台への階段をマルと一緒に上っていった。この売店の店主こと、玉虫美果は陰洲鱒町生まれの住民であるが、町の外である長崎市の市民たちとなんら変わらない筋力も瞬発力も持続的も耐久性も老化速度も全てが常人レベルである“普通の人間”であった。そして、この町の特徴でもある主に田畑を耕したり畜産などのいわゆる農業農家に先祖代々から従事している人たちに限り、身体的機能と特徴は多数が常人だった。よって、玉蟲山で展望台と温泉宿を夫婦で営む玉虫美果は、旦那の玉虫夏太郎とこの山で薩摩芋畑をして売店の“売り”でもある先ほどの棒アイスの薩摩芋アイスと薩摩芋クッキーと薩摩芋ミルクセーキを製造生産して販売していた。それから、七十年代に虎縞福子と一緒にこの町に移住してきた志田杏子と知り合い仲良くなって、それ以後は女二人ともに喫煙仲間として友達関係が今も続いていた。
そうして、玉蟲山展望台に至る。
同じベンチに女二人は腰を下ろして、薩摩芋アイスを堪能していた。今年の夏は、昨年が比にならないくらい暑くて、こうして手に持っているアイスが棒を伝って溶け落ちていく。滴り落ちてお気に入りの衣服が汚れるのが嫌だったマルは、膝の上にハンカチタオルを広げて敷いていた。そして、隣の杏子も隣の彼女と同じようにして、オリーブグリーンのボトムパンツが汚れないようにしていた。暑さのせいもあって、アイスはひじょうに食べやすくなっていたので、女二人は早々と食べ終えて近くのゴミ箱に棒を捨てて再びベンチに座ると、会話を始めていく。
切り出してきたのは、摩周マル。
「新世界十字軍。ーーーいろいろとヤバい団体だね」
「私が喰らった銃弾の供給元。世界の各地で昔のことを繰り返しているみたいよ。しかも、今回は“ちょっと”違う」
「どう違うの?」
「イングランド、イタリア、ドイツ、エジプト、タイ、中国、韓国、パキスタン。今あげた国々にも『インスマウス』という名前の町があってね。それらを連中に侵略制圧されて、支配下におかれているのさ」
「奴らの目的は? 目当てがあるんだよね?」
「金の鉱脈」
こう呟いたのちに軽く溜め息を着いて、杏子は言葉を続けた。
「そして、次の標的は陰洲鱒町。尾殴り山の砂金。ーーーねえ、マルちゃん。なんとなく分かっていたんでしょ? 私の頼みを聞いて調べてくれているうちに」
「分かっていたよ。分かっていたけれど。“そんなこと”分かりたくなかったなあ。私、この町と町の人たちが好きだからさ」
「悪かったよ。変なこと頼んじまって」
「いいよ。いずれかは知ることになっていたからさ」
展望台には“こういう話し”をしにきたわけではなかった。
が、しかし、“こういう話し”もしなければならない。
けれど、逸れた話題を戻さないと。
よって、多少強引な仕切り直しをする。
今度は、杏子から切り出した。
「生体電気破壊銃弾。対人間用に非ず。対非人間用として開発されて、悪魔や魔物を退治するための物。ーーーするってえと、なにかい? わたしゃ他の国じゃ悪魔って思われてんのかね?」
「杏子さんが悪魔?」
「どーせなら。七二柱に入れてもらいたいねえ」
「ソロモンの?」
「そうそう」
「どの辺り?」
「イケメンだったらルシファー。美女ならグレモリー」
「ポジティブ」
「じゃなきゃね」
ニマッと、マルに銀色の尖った歯を見せて笑った。
会話が一区切り着いたときであった。
二つの気配を感じた杏子とマルは、顔を後ろに向けた。
すると、そこには。
「お待たせ。久しぶりね」
「お久しぶり。待たせちゃったね」
二人の美しい年配の女性が現れた。
この登場に、杏子は懐しさを浮かべた笑みになり、マルは好奇心に稲穂色の瞳を輝かせていった。次に、ベンチから女二人は腰を上げて、年配の女性たちと向き合った。そして、杏子から声をかけていく。
「お久しぶりです。“紫”さん。麗子さん」
そう名を呼ばれた女たちは。
尾澤菜・アメテュスト・プルート。
魔女。そして、護衛人。
誕生石の紫水晶を名前にしている。
その名から、通称“紫”さんとも呼ばれていた。
十八歳のときに、出身国のドイツからここ日本の最西端の長崎県へと嫁いできた。二十歳のときに、長女のニーナを出産。二二歳のときに、次女のキティを出産。綺麗に年と皺を重ねた顔立ちに、彫りの深い切れ長で細い眼差しの中には青い瞳、薄茶色の艶やかな髪の毛を緩やかな七三に分けていた。ハスキーな声も特徴的であった。百七〇センチ以上の長身で、細くもメリハリのきいた身体をしていた。半艶ブラックの三つ揃いスーツは膝丈スカートで、深い赤紫のワイシャツをインナーに着ていた。そして、胸元には、細い純銀製のチェーンから繋がる蔦をデザインした装飾の中に紫水晶が太陽の光を反射して煌めいていた。それと、プルートは『㈱招き猫広告』という広告会社の社長も兼任している。
二人目は。
榊麗子。
榊探偵事務所会長。護衛人。
榊家格闘術の使い手。
生まれつき闘気を扱える特異体質の持ち主で、現役バリバリの闘気使い護衛人でもある。二十歳のときに大城家から榊家に嫁いで、夫の榊敏郎との間にひとり息子の雷蔵を出産。麗子は四十代後半の割には若々しくて、美人でありながらもどこか可愛げのある顔立ちをしていた。天然ウェーブのかかった黒色の艶やかな髪の毛、切れ長な眼には黒曜石のような輝きを持つ黒色の瞳。百七〇センチ近い長身に、細身だが鍛え上げられて引き締まった身体。一緒に並んでいるプルートともに、筋肉が若々しい肉体を持っていた女たちであった。オリーブ色の三つ揃いスーツはスラックスタイプで、白色のブラウスをインナーに着ていた。そして麗子は、後継者である息子の雷蔵の相棒、瀬川響子を大変に可愛がっていた。
美しく年を重ねた女二人に、マルが見とれていく。
若きハッカーのこの様子を見た榊麗子が微笑み。
「隣のお嬢さん、可愛い子ね」
「この子でしょ。可愛いよね。摩周マルと言って、未来の星なんだ」
まるで自身の娘を褒められて喜ぶように、杏子が紹介していく。この言葉で我に返ったマルは、先ほどより少し深い会釈をして。
「はじめまして、摩周マルと言います。よろしくお願いします」
「はじめまして。榊麗子です。よろしくお願いします」
「はじめまして。尾澤菜・アメテュスト・プルートです。よろしくお願いします」
初対面の女性三者の自己紹介が終わったところで。
プルートが、紫色の財布から写真を四枚から五枚取り出して、杏子に手渡した。
「はい。あなたが私たちに依頼した結果よ」
「ありがとう」笑みを浮かべて礼を返して。
受け取った全てを確認していく。
内一枚で手を止めて、切れ長な黒眼を細めて溜め息を着く。
美しい人魚の表情が変わったのを見逃さなかったプルートは、目を細めた。麗子の顔は変化なし。そして、マルが目を不安そうにした。これら全てを目に入れたプルートは、話しを切り出していく。
「片倉日並。十五歳のときにイギリスに渡って魔法学校に入学、そして卒業。しかも、トップクラスの成績に達成してね。彼女、真面目で寡黙“だった”らしいわよ」
「“あの子”。真面目だけど、寡黙とは言い難いな」
「そうねえ。確かにそうだわ。長女の昇子さんを虐待してきたくらいだからね。しかも、日並の若いころにそっくりで、とっても綺麗な女の子よ。まあ、今はそれは置いといて。ーーー彼女ね、手元の写真にあるみたいに魔法学校在学中は肥満体だったのよ。都内の小学校から中学校まで習い事で相撲をしていてね、十歳から十四歳にかけて若年層の相撲大会で優勝をとり続けたわ」
「相撲?」
「そう、相撲」
「意外だね」
「意外でしょう? そして、今も稽古を続けているわ。だから日並は魔術も武術も強い。昨日、私の娘が手足も出なかったくらいにね」
「二四年前よりも強くなっているの?」
「ええ。ーーー私と麗子が相手をして、互角であれば良いほうね」
「『護衛人最強の魔女』と『闘気使い最強の女』と呼ばれている“あなた”たちが?」
含み笑いで疑問を吐いた杏子。
これに麗子が口を挟んできた。
「やーねー。“今の”『闘気使い最強の女』は、元締の毒島麗華よ。この“業界”は入れ替わり立ち替わりが激しいからね、私たちは若い人に譲るの」
「またまたあー。お二人とも現役バリバリなの知ってんだよ」
銀色の尖った歯を見せて笑う杏子が、ベンチに腰かけるように促した。女四人、仕切り直しに入った。
「この眼鏡の美人は誰だい?」
杏子が、とある一枚の写真を麗子とプルートに差し出して見せた。これに麗子は答えていく。
「片倉菊代。日並の義理の姉。彼女も日並と同じ魔法学校の卒業生。菊代と日並はお互いに親しかったわ。そして面白いことに、二人の誕生石が黒曜石なの」
「それって、カタクラメディアに嫁いだのもその菊代って美人のおかげかい?」
杏子の新しい疑問に。
「結果的にそうなったけど、結婚したのはあくまでも後から。ーーー日並を在学中に美人に仕上げたのは菊代。このことに対して、日並は今も恩義を感じているみたいよ。菊代への信頼は強固なものね」
「魔法でダイエットしたの?」
「いいえ。鍛練に鍛練を重ねた結果で」
「一番キツい道を選んだんだ? スゲエ」
「言ったでしょ。日並は真面目だって」
「確かに……。ーーーで。こっちの菊代さんは本当に初めてだ。二四年前は見なかった」
「見なくて当然よ。だって彼女の本拠地はエルサレムだから」
「なんだ? それ? 穏やかじゃなさそうだね」
「ええ、穏やかじゃないわよ」
なんだか楽しげに麗子は返したあとも、続けていく。
「いろいろ見てきた杏子も知っているんじゃない? 三大一神教が手を組んだ世界最大最強の宗教組織『世界基督教会』が所有する世界規模の軍隊『新世界十字軍』」
「見たよ。前は、第三次中東戦争に復興支援で“行かされた”ときに見た。プロテクターとヘルメットの前に描かれた赤い十字架が、月を飾りに付けてダビデの星を貫通しているマーク。そして階級別に色分けしてある鶏冠。まるで西洋甲冑みたいなデザインだった。ーーー最近は、パキスタンで私の娘二人に介抱されながら、車の窓からチラッと見た。ーーーそんな世界一物騒な団体にいるんだ? 菊代さん」
「ええ、そうよ。その十字軍は全部で九つの団体でね、組織内で一番強いと言われているのが『第九団体』で、その団長が片倉菊代。別名は黒曜石の魔女とも呼ばれているの。ーーー調べた限りで分かったのは、ここまでかな」
「二人とも、ありがとう。私の送った銃弾をもとに、ここまで調べてくれて」
このように礼を述べながら、杏子はプルートに写真を返却した。これを受け取り財布に仕舞い込んだ紫水晶の魔女は。
「礼を言われるのはまだまだ早いわね。私たち、あなたからの依頼は途中よ」
「そうござんした」銀色の尖った歯を見せた。
「私と麗子への依頼内容覚えていないはずがないでしょう」
「この島と町と町の人たちを狙っている宗教から護衛してほしい。ーーーだったわね」
「そうそう。調べれば調べるほど、規模が大きくなっていくわ。ーーー私たち護衛人は依頼人の頼みを遂行すれば良いから人手などの呼びかけは大丈夫だけど、杏子の“お財布”のほどは大丈夫とは言っていられなくなるんじゃない?」
「心配しなさんな。こちとら百年以上生きて働いてんだ。貯蓄も箪笥預金も馬鹿みたいにあらぁ」
「じゃあ、遠慮なしに請求しちゃおかな」
「どうぞどうぞ」
3
以上のようなことが、一昨日の出来事であった。
日にちと場所を戻って。
プルートと麗子にも依頼していたことを簡素に伝えた。
片倉日並は魔女である。
また、彼女の義姉の菊代も魔女。
菊代は新世界十字軍の最強部隊の団長。
各国各地のインスマウスの金は奴らの活動資金。
三大一神教が手を組んで世界統一に乗り出した。
“紫さん”の紹介でニーナに依頼した。
これらを聞き入れた翡翠の若き魔女は、息を飲んだ。
「スケールがデカすぎる……」
驚愕を交えた呟きから、言葉を続けていく。
「いや、あたしね。最初、依頼の加勢を受けたときは教団から誘拐された摩魚さんの奪還の手伝いしてほしいと雷蔵から“そう”聞いていたんです。彼女を誘拐した実行犯が魔法使いだったって報告も聞いて。そうしたらなに? 蓋を開けてみたら、魔女に誘拐を依頼した女がバチクソ強い魔女だったり。島中の若い女性たちの大半を“お偉いさん方”の接待に使役していたり。教団と学会の上位クラスが組んで人身売買していたり」
少し間を置いて。
「馬鹿じゃないの。護衛人としての仕事の域を超えているわ。とてつもなく広く大きくね。これじゃあ、命がいくつあってもまだまだ全然足りませんよ!」
言い終えるまで黙って見ていた杏子だったが。
「お嬢さん。その口ぶりの割りには、ずいぶんとヤル気満々じゃねえかい? 嬉しいねえ」
「え? あ、いや、その……」
「真面目な話し。プルートさんから“あなた”の魔術のことは聞いているわ。超強力強固な壁を作ることができるってね」
「あはは。そうですか? 母さんの魔法には敵いませんけど」
「そう謙遜しなさんなって。極めりゃ、日並と菊代に勝てるんじゃないの?」
「はは。あたしを過大評価し過ぎです。あたしはただ、平成ライダーとドイツ軍の“兵器だけが”好きな女ですよ」
「おや? 気が合うね? 私も平成ライダーが好きさね」
「あはは」
「あはは」
お互いに笑い、腕時計を見た。
「ちょっと長話し過ぎちまったかな?」
「そうですね。そろそろ、依頼を果たします」
腕時計から離した顔を見合わせて互いに微笑んだ。
二階建てプレハブに大きく手を振って、杏子が呼びかけた。
「おおーーい! お前たち! 魔女っ娘が魔法を見せてくれるってよ! おりといで!」
はーい!といった呼応が聞こえたと思ったら、現場事務所の扉が開いて三人娘が出てきた。ニーナに向き合うように三人娘が並んでいき、その横に杏子が付いた。
「自慢の私の娘たち」
「長女の志田姫子です」
「次女の志田福美です」
「三女の志田銀子です」
紹介と会釈をして、ニーナも。
「尾澤菜・ヤーデ・ニーナです」
と、こちらも紹介と会釈を軽くした。
そして。
「綺麗……」思わず呟いた。
杏子の三人の娘たちは半人半妖とはいえ、実際美しかった。
この呟きが聞こえたのか、娘たちはお互いに顔を見合わせて“クスクス”と小さく笑っていき、「褒められちゃった」と次女が照れたのを機に、三女が「良かったじゃん。実際あたしら美人だし」「人様の前でなんてこと言うの」と長女が突っ込みを入れたあとニーナに顔を合わせて、「ありがとうございます。嬉しい」と微笑んだ。このやり取りを黙って見ていたニーナだったが。
「ああ、もう。可愛いん」
と目じりを下げた。
艶やかな長い黒髪の、正統派美人な姫子がニーナに。
「そんな尾澤菜さんも、ツインテしているけれど、本当はかなりの美人さんなんじゃないですか?」
「え……。うそ、やだ」
以前に自称美女と吐き捨てたニーナであるが、いざ他人様から直に言われるとなると恥ずかしさに赤面してしまうわけで。その赤くなった若い魔女が面白くなったのか、長女の言葉に福美が続いてきた。
「本当ね。日頃からのお手入れのおかげかしら? とっても綺麗」
「マジマジ。バタ臭い感じがあるけど、美人さんだよ」
三女の銀子も“ちゃっかり”便乗してきた。
ニーナはこれらの感想を受けて、不快なわけがなく。
「やーだ、もう。娘さんたちお口が上手いんですね」
真っ赤な顔を杏子に向けて、そう言った。
「あたし実際、上のお口が上手いですよ」
と、銀子。
たちまち凍りつく銀子以外の女三人。
「わ……!」と、三女の後ろ頭が両側から押さえつけられて。
半ば強制的に身内から謝罪させられていく。
「うちの銀子が本当にすみません」母親の杏子。
「うちの妹が本当にすみません」長女の姫子。
「うちの妹が本当にすみません」
そして次女の福美も申し訳なさそうに頭を下げた。
戸惑っていくニーナ。
「あ、いや、あたしは、その、構いませんですから」
次に、銀子の耳に気づいて。
「あ。銀子さんのソレ」
「分かるぅ? 嬉しい!ーーーこのシルバーメッキの綺麗でしょ」
本当に嬉しいのか、銀子は自身の両耳から下がるアクセサリーを指さして言った。それは、人間の耳の孔とは違う、ブラインドのような動きをする小さな鰓が多く横に付いているという人魚独特の耳の形をしていた、その耳たぶからは、太さ一ミリ以下径八〇ミリのリングピアスが煌めいていた。肩までの黒髪を茶色に染めたものからさらにソバージュをかけて、三人娘の中で一番ギャル度が強かった銀子。普段通り仕事のときは付けないが、今日のようにそれ以外の日はたいがいお気に入りのこのリングピアスをしていた。
「あたし半分人間の半妖だけど、アレルギーが出なかったんだ」
「本当、素敵ね」
感心して微笑むニーナ。
それぞれの紹介も終わったところで。
杏子が我が娘たちに呼びかけていった。
「さあ、お喋りはこのくらいにしといて。今からニーナさんのお仕事が始まるよ」
「よーし。いっちょうヤりますか!」
勤務先の工場から直行してきていたため、濃い紫色の作業着姿だったニーナは両袖をまくっていき、鼻息を荒くした。ジャーマングレーのボストンバッグから銀色の飾り物をいくつか取り出して、それらを身につけていく。頭にはティアラ、首にはネックレス、両手にブレスレット、腰にはベルト、靴底に加工して取り付けていた専用の靴に履き替えて、ニーナのフル装備が完了した。純銀製の装飾の入ったものに、それぞれ研磨加工した翡翠をひとつずつ嵌め込んでいた。装備のデザインで言ったら、とくにベルトの翡翠が一番大きく、その純銀製の装飾の形はまるで仮面ライダーの変身ベルトのようであった。これを目にしたとたんに目の色が変わったのが、杏子と三女の銀子だった。
「…………欲しい」母娘、同時に呟いた。
「え?」ニーナはちょっと驚く。
それはそれとして。
日も落ちてきて、周囲が橙色に染まってきた。
いい加減にしないと、本当に夜になってしまう。
美しい親子の反応を敢えて拾わずに、ニーナは準備に入った。腰から本身を抜く仕草をして、右手のひらを前に突き出して翳した。
「リヒト!」
魔法発動の合図なのか、呪文を叫んだのちに、装飾のそれぞれに嵌め込まれていた翡翠が六芒星の青い光りを放ち、足下に大きな六芒星の魔方陣が出現して本当に準備が完了した。次に、足下の青い光りの魔方陣がさらに拡大して、増えていき、大きな正四面体となってニーナを取り囲んだ。今度は、ニーナは両手の平を前に翳したのちに、片手は翳したままで、あとの片手の人差し指と中指で目の前の空間に六芒星を画いていく。すると、それは青白い光りを放って出現して、魔方陣となり、回転し出した。そして回転が最高潮に達したとき、ニーナが両手でそれを打ち出して、怪獣のような超大型重機に当てた。瞬間、青白い強い光りが重機の内部中心から爆発して、これを取り囲むようにより大型の六芒星魔方陣が正四面体を形作り、内側に引いていきながら徐々に消失して、機械の怪獣に馴染んで役目を終えた。しかも、この間、一分足らず。
言葉を失う志田杏子とその娘三人。
満足感のある笑顔で余韻に浸っていたニーナ。
数秒の静寂が流れていた中で。
「スゲエ…………!」
「かっけぇ…………!」
母の杏子と三女の銀子が驚きと感心を洩らした。
ドイツの若き魔女が人魚の親子たちに振り向き。
「これで“壁”を作りました。バズーカだって跳ね返します」
「ありがとう!」
銀色の瞳をキラキラと輝かせながら、志田家の女性四人が一緒に礼を述べた。
これで無事に、ニーナは杏子の依頼を終えた。