CLUB KING OF THE HERRING にて
1
同日の夜。
丸山町の思案橋繁華街。
『CLUB KING OF THE HERRING』店内。
直訳すると「ニシンの王様」である。
リュウグウノツカイの英語名でもあった。
そして、“人魚姫”の白色の小袖の模様にも画かれていた。
平成初頭に閉鎖した映画館を建物と土地を利用していた。
引継ぎ買い取ったのは、もちろん磯野商事。
そのオーナーは、社長秘書兼愛人の鯉川鮒。
『人魚の会』を終えて、“人魚姫”こと鯉川鮒はじぶんの経営するこのクラブで飲み直していた。カウンター席の椅子に腰かけて、カシスオレンジを飲んでいる。黒に近い紫色の天井で紫色と白色と青色の光が数ヶ所で回転して、ビートを刻んだクラブミュージックが店内に響き渡っていた。来客は、今日も相変わらず盛況である。いや、近年のインバウンドの“せいで”海外からの観光客も目立っていた。このようなお店で言うのもなんだが、海外勢はまるで躾のなっていない猿や犬のようなマナーの悪さが治ることなく起こり続けていた。よって本日も、隣の部屋とその奥の部屋と二階、そして多分は三階も、喧嘩やトラブルの音と声が鯉川鮒の耳に入ってきていた。彼女は妖怪なので、当然のように人間の数倍以上の聴力を持っている。それは意識して加減を調節して、聞きたい範囲を操作することができていた。千年以上生きてきた人魚としての、熟練された“技”である。そしてこれは、螺鈿島の陰洲鱒町の町民たちも同じく、生まれながらの聴力の高さを持っていた。そして、本日のバーテンダーを勤めていたのは、鰐恵。白色のインナーと黒い蝶ネクタイと黒色の燕尾服の三つ揃い姿の、用心棒も兼ねたいわゆる“黒服”もしていた。背の高さと色気のあるスタイルもあって、“彼女”は来客してくる女性たちからの人気も高かった。
カウンター越しに白い和装美女に微笑みかけていく。
「まさか、飲み会のあとで“姫様”と再会するなんてね」
「その呼び名はよさぬか」
少し照れた感じで、鰐恵に返していく。
鯉川鮒のこの様子に、“黒服”の長身美女が柔らかい笑みを見せた。直後、新たな来客に気づいた鰐恵は一瞬だけ険しい顔を浮かべたのちすぐに引っ込めた。白色の小袖の長身美女の左右の席を引かれて、左に青紫色の三つ揃いの長身美女、右に白いシャツに葡萄色の膝丈のスーツスカート姿の長身美女がそれぞれ腰を下ろして、カウンターでくつろぎはじめた。要するに、鯉川鮒は左右から挟まれたかたちになったのだ。
左から顔を向けていく、鯉川鮒。
「お疲れさん」
「はい。お疲れさん」
赤黒い艶やかな大巻癖毛の美しい魔女、片倉日並。
そして右を見て労う、鯉川鮒。
「お疲れさん」
「お疲れさま」
美しい狐顔の政治家、鯛原銭樺。
この構図に、鰐恵は含み笑いを浮かべていた。
ーこの三人悪い奴らなのに、オモロイ絵やな……。ーー
三者がそろったのを確認して、鯉川鮒に要件を伝えた。
「オーナー。私今からちょっと店内を巡回していくから、しっかり見ててくださいよ」
「ああ、そうじゃったな。いってらっしゃい」
「じゃあ、いってきます」
と、カウンターの端から鰐恵は出て、隣の部屋を開けて見回りを開始していった。このクラブでの彼女の本来の役割は、バーテンではなく“黒服”といった用心棒である。鯉川鮒はその出かける後ろ姿を見送ったあと、再び手元のカシスオレンジに視線を戻した。ちなみに、今のバーの店内では、Bananarama の『VENUS』が流れ出していた。これは、鰐恵がカウンター席に着いているこの女三人のためにであった。
「恵の入れてくれるカシスオレンジは、どこの店で出されるカシスオレンジよりも美味い。いや、これだけではない。他のカクテルも同じように美味い。…………そう私は思っている」
「どうしたの? 独り言始めちゃってさ」
鰐恵が作ってくれたレモンサワー片手に、日並は話しかけた。
隣の魔女に微笑みを向けた鯉川鮒は、薄く瑞々しい唇を開く。
お気に入りのカシスオレンジを見つめながら。
「…………で。今日は、なんの話しがあって来たのじゃ?」
「そのことなんだけど」
と、日並から切り出してきた。
細く切れ長な眼の中で輝く、赤褐色の瞳を隣に流した。
「今月の第三週目の週末にある、“お客様”たちへの接待の打ち合わせしたいと思ってね」
「今回の“お勤め”は、初めての大規模になりそうよ」
美しい狐顔の政治家が、レモネードのグラスを握る。
この鯛原銭樺の言葉を受けて、和装美女は軽く溜め息を着いた。切れ長な黒眼を半分くらい伏し目がちにして、銀色の瞳をグラスのカクテルの揺れる表面の反射を受けてキラキラと潤ませた。そして、ライラックの口紅を引いた唇から言葉を出していく。
「何人ほど“鱗の娘”が必要だ?」
「ざっと計算して、六〇〇人ほど」
「多いな。多すぎる……」
銭樺の答えに、鯉川鮒は声を低くくした。
そして、頭の中に蓄積してきた物を引き出しはじめた。
「いつもは教団信者と幹部、学会の学会員と幹部、そして“浮き世の者たち”が十名ばかり。それで“鱗の娘”を五〇名、多い場合でも六〇名を、男たち時には女たちへの“お勤め”を私が“させて”きた。そしてそれは、娘ひとりにつき“お勤め”の回数は全て一回だ。相手する者たちの数が、娘ひとりに対して平均して十名ほどだからよ。陰洲鱒町で生まれ育った女たちは、世間一般の女たちの数倍以上の筋力と瞬発力と耐久性が備わっていて、それは当然のように子宮と膣、いわゆる性器のタフさは常人以上よ。本来ならば十数人“ていど”を相手にすることは、どうってことはないのだけれども、でもそれは毎度毎日していたら常人と同じように子宮が傷付いてしまう。だから回数を制限していたのじゃ。しかし、今度は今までの十倍以上ときたか…………」
「私も陰洲鱒町の生まれだけど、外も中も普通の人と同じ。だからね、小さいころは町で私は普通じゃないんだと思っていたの。そんなおかげで町の学校の運動会や体力測定では“いっつもビリ”だったから、悔しくてねえー。ーーーまあ、それを原動力にして議長の座を勝ち得たんだけどさ」
「ふふ。銭樺ちゃんは同じ陰洲鱒町の人じゃよ。その美しさも町の女たちに劣らない」
「ありがとう、鮒さん」
そう柔らかい笑みを見せたのちに、話しを続けてきた。
鯛原銭樺は、先ほど“あえて”ワンクッション挟んだ。
「ーーーそうなんだけど。あなた、なんでそんなに町の女たちに詳しいの? その話しを出したからには、今回私と日並が持ちかけた接待と関係しているはずよね?」
「もちろん関係している」
銀色の瞳で銭樺を見たあと、再び手元のグラスに戻した。
「それはな、今から百年以上昔の町に一軒の娼館があったからじゃ」
「…………え? それって、売春宿?」
「そうじゃ。館の名を『ななゐろ』言うての。私が町に流れ着いたときにはすでに建っていてな、小さいながらも運営していた」
「はー。びっくり……」
「今は跡形もないから、驚くのも無理ない。ーーーで。その町の女たちの中でも極めて少数が娼館で働いていたのじゃが、来客の相手する人数を決めていたらしくての、ひとりにつき昼と夜でそれぞれ十名を相手したら三日間休んで、また仕事を再開するといったかたちだった。その来客というのも、主に島の外からが多かったと。当の私も、実際に娼館の彼女たちから聞いたから間違いない。己の経験からくる話であるから、信用に値する」
「なるほどね」
「それを踏まえた上でだ。私は“お勤め”に制限をかけていた。“鱗の娘”ひとりにつき十名、それもその日一回のみ。そして、行かせるのは週に一回または二週間に一回。壊れてしまっては、どうにもならんからの。マインドコントロールをかけている娘たちもいるが、かけていない娘たちもおる。しかし扱いは等しくする。接待をするときには必ず私が娘ひとりひとりに妖術をかけて、自我を奪い、行為のさいちゅうのストレスを少しでも軽減させるためじゃった。三時間という時間厳守でな。約束は絶対じゃ」
「それを破られたら?」
「死んでもらう」一瞬、眼光が鋭くなった。
「おおっとお…………」
「“鱗の娘”にではない。“お勤め先の相手”にじゃ」
「どちらにしろ、厳しいのね」
「当たり前じゃ」
「あなたらしいわね」
「ありがとう」
このあと。
「でも、悪いことには変わりないのよね」
片倉日並が、口を挟んできた。
「まあ、料金はもらっていないし届け出していないからの」
「ふふ。自覚はあったんだ」
「しかし、“お布施”はもらっている」
「悪い女だねえー」ほくそ笑む。
「そういう、お前さんもじゃろ? “お布施”はもらっておるのだろう?」
鯉川鮒も、口の端が上がった。
「お互い様じゃ」
「お互い様だね」
話しを戻して。
「確認するが。今度の“お勤め”には六〇〇人ほど必要じゃな?」
「ええ。多くてもその人数ね」
日並の答えを受けたのち。
「接待でその人数なら、予備に四〇〇人ほど待機させておきたい。それでも、ざっと千人になるな。ーーーやっぱり多すぎる……。陰洲鱒町の若い娘をほとんど“お勤め”に出すことになるぞ」
「マジで多すぎね」
「じゃから言うただろ。多すぎだと。ーーーどういうわけじゃ?」
「政界からは、自由社会主義党の福沢議員と、平和共産主義党の金平議員、令和白虎隊の中石議員。あとは福沢議員が率いる人権保護団体とそのNPO法人の代表者数名。日本同和と大和労働組合からもお偉いさんが参加したいと申し出てきたわ」
鯛原銭樺が情報を提供してきた。
続いて、片倉日並。
「まずは院里学会から東京都本部の幹部と組合員がくるわ。反差別人権保護活動家そして作家の金継善人。世界基督教会を経由して、ロシア聖教とローマ教会と人民教会から神父と牧師たち。イスラム教とユダヤ教から少し。ヘイト撲滅NPO法人から、“難民保護”を受けているクルド人とパキスタン人が複数名。反捕鯨団体の団長。あとは、いつものように左派思想と共産思想の芸能人が複数名。ーーーだいたい、このくらいかな」
「神父と牧師たちは、アレか。十代の娘たちが目的か?」
「ご名答よ」
「呆れた…………」
鯉川鮒は本当に呆れた溜め息とともに、そのひと言を洩らした。
「名前を聞いたところ、“お勤め”を受ける“常連客”がおるの」
間に入ってきた銭樺が、頬杖を突いて言葉を繋げてきた。
「そうねえ。若い娘の身体目当てにツキイチで自由社会党と平和共産党の議員たちと、キリスト教関連の人たちと有識者と活動家が長崎まできているわね。ーーーねえ。予備の四〇〇人の女の子は、どこで待機してもらうの?」
「日並のところでええじゃろ」
顔を銭樺に向けたまま、声を日並に投げた。
これを受けた日並は、少し考えたのちに。
「院里学会の施設って、長崎では稲佐しかないんだけど」
「でも、大きな白い立派な建物じゃろ?」
と、鯉川鮒は口の端を上げて日並を見た。
そんな“人魚姫”に愛らしさを感じつつ。
「まあ、ね。あそこは太い施設だから問題ないわ」
「なら大丈夫だの」
陰洲鱒町での、鱗が確認されたまたは出現した若い女性たちは、十代後半からのを含めて約千人ほど。逆に、未だに鱗の確認または出現がされていない方の若い女性たちは、未成熟児童から未成年者まで入れて、だいたい三〇〇人から四〇〇人ていどと少ない。対して、陰洲鱒町の若い男性たちの数は、鱗の有り無しと未成熟児童から成人年齢まで入れても千二〇〇人前後と女子の総数よりも少なかった。そして、螺鈿島の陰洲鱒町の町民の人口は、約二万人となる。
2
片倉日並が切り出してきた。
「そういえば、アメリカ合衆国とアラブ首長国連邦の“お客様”からね、虹色の鱗の娘が届いていないから支払えない。だってさ」
「そりゃそうじゃろ。有子と真海はそれぞれ間違いなく“出荷”して、私たちの手もとから完全に離れたのじゃ。配達していた当の船舶の行方までは、保証はおろか管理まではできぬ。“希望の品”が届いてない以上は、こちらも料金を受け取ることはしないと伝えておくよ」
「けっこう真面目なのね」
「これは真面目とは違うぞ。私たちがしていることは、人身売買じゃ」
「…………そうだったわ。そうだったわね」
鯉川鮒から釘を刺されて、日並は眉を寄せた。
右側から鯛原銭樺が聞いてきた。
「去年は去年でね、メキシコからも同じことを言われたんだけど。ミドリちゃんが届いていないだって。お金は準備しているらしいけれど」
「ミドリちゃんは消えたからの。しかも、私と日並の目の前でじゃ。生きているかも分からん。悪いが今回は解約させてもらうよ」
「そうね。消えたなら仕方ないわね」
「そうだ。行方が知れないなら、こちらも手は出さないし追わない。ーーー余計なことをすれば、“お客”も私たちも“足が着く”。なにごとにも適当な引き時が必要じゃ」
そして、次は軽く低くく息をひと吹きして。
「正直、そろそろ限界だと思っておる」
「なにがよ?」銭樺の問いに。
「“虹色の鱗の娘”の他に、町から“鱗の娘を毎年行方不明”にすることがじゃ」
「そんなに長く続いていたっけ?」
「ああ。ーーー私が螺鈿島に流れ着く以前から、年に一度、確認できた“鱗の娘”をひとり誘拐して、物好きな“客”に売ってきたんじゃよ。磯野商店の波太郎さんと海太郎がな。しかしそれも、時代とともに難しくなってきてね。その結果が、町中に防犯カメラが設置されたのじゃ。おまけにの、町のカメラはみんな百八十度動くし、球体のは上下左右百八十度動く上にグルッと一周三百六十度も三次元の動きを見せるタイプなんじゃよ」
「すげー」感嘆する銭樺。
「お前さん、議長なんじゃろ。知らんかったのか?」
切れ長に黒眼で、ジロリと銀色の瞳を流された。
これに銭樺は、後ろ頭を掻いて。
「町の陳情は、安兵衛さんと刃乃助さんに任せっきりだから…………」
「あの兄弟は、よく町の意見をまとめてくれているからの」
「頼りっぱなしだわ」
「そうか。ーーー話しを戻すが、町中の防犯カメラは球体のも入れて半数近くが4Kじゃぞ」
「嘘ぉ! 高画質!」
「じゃろ? 商売するにも難しくなってしまったんじゃ」
「ヤバいわね」
「これ以上続ければ、いずれかは証拠が残って“足が着く”。ーーーそのときは、私も波太郎さんも終わりじゃ。だから、できるとしても今年の生贄までだと私は思うておる」
「じゃあさ、私と銭樺はどうなるの?」
と、ここで日並が割り込んできた。
鯉川鮒は左と右の美女に顔を振ったのちに、正面を向いた。
「なにを言う。お前さんがたは、私から手取り足取りしてもらわないと動けない考えられない女だったのか? 違うじゃろ?」
銀色の瞳を日並に流した次に、銭樺へと流して微笑んだ。
「それぞれ家庭と子を持って育て上げ、なおかつ自立している。その上で私の行いを選んで、一緒にいるのだろう? お前さんがたは己の考えで“良くないこと”を選んだのじゃ。時が来たら各々が好きにするが良い」
これに対して、銭樺は少し間を置いたのちに。
「私に付いて来い、って言ってくれないんだ?」
「私も“そう”くるかと思ったんだけど」
マドラーでグラスの氷を突っつきながら、日並も続いた。
カシスオレンジをひと口飲んで静かにグラスを置いた鯉川鮒は、椅子を少し引いて、二人から離れた。
「日並は二五年前に。銭樺は小さいときから。人魚の私からしたらまだまだ短いが、人間にとってはじゅうぶんに長い時間じゃ。その時を、お前さんがたは私と一緒に費やしてくれた。これは大変なことなんじゃよ。そして、それは今も変わらん思いじゃ。ーーーだから、例え私の元から出ても、二人のことは忘れぬ」
しんみりと成りかけたところで。
「ねえ、鮒さん……」
と、日並がカウンターの上で腕を組み。
銭樺は身を乗り出して、下がっている鯉川鮒を覗き込んだ。
「それって、遺言……?」
「馬鹿者。遺言なものか」
銀色の尖った上下二列の歯を剥いていく、鯉川鮒。
「人生上手く長くやりたかったら、次の一手を準備しておけと言うておるのだ」
心なしか、白色の肌が頬と耳を赤く染めていた。
「はいはい」と、銭樺から頭を撫でられ。
「アドバイスありがとうね」と、日並から背中を撫でられた。
みるみる露骨に赤らんでいく、鯉川鮒。
「お前さんがたという奴は、本当に、もう…………」
3
「次の一手でしょ?」
「そうじゃが?」
日並からの相づちに、鯉川鮒は返した。
「お前さん、あるのか?」
「あるわ」
「自信あり気だのう。言うてみい」
なんだか気持ちがワクワクしていた“人魚姫”。
これに、嬉しそうに答えていった日並。
「摩魚ちゃんの誘拐で雇ったブリカスが逮捕と強制送還食らったでしょ」
「うんうん」
「だから今度は用心棒を頼んだの」
「腕っぷしの強い奴か。何人?」
「三人兄弟だってさ。だからまとめて雇ったの」
「太っ腹だのう」感心していく。
「なーに。どういたしまして。ーーーそういう鮒さんは、どうなの?」
「私か? 明日にでも特殊刑務所に行って、終身刑を食らった模範囚を連れてくる。金の心配はない。保釈金は安いくらいじゃ」
「囚人を雇うの?」さすがに警戒色を示す日並。
「私が後見人になる。安心せい」
「まあ、心配はなさそうね。ーーーで。その囚人って誰?」
「八百比丘尼じゃ」
この断言に、日並と銭樺はブフォ!と吹き出した。
両側で咳き込んでいく美しき魔女と政治家。
「その尼さんって、鮒さんからしたら敵じゃん!」
「なに考えてんの!」
日並と銭樺から挟むかたちで突っ込まれていった。
しかし。
「確かに、彼女は私ら種族の敵ではあるが、それと同時に“あっち”が雇った護衛人の対策でもある」
バーの天井の角を指差し。
「私の店の斜め前に、細い雑居ビルがあるだろ? そこに探偵事務所が三つ縦に並んでいる。五階の『野川探偵事務所』、四階の『榊探偵事務所』、三階の『猫部探偵事務所』、このうちのどれかが“本職で”護衛人をしていると聞いての。その上、この八百比丘尼はな、三年前に依頼された護衛人と闘って負けて刑務所送りになったそうでな。機会があれば復讐を狙っておるだろうと思って、交渉しに行ってみるんじゃよ」
「へえー。面白そうね」
「まあ、そうじゃな」
この二人のあとに、銭樺が続いた。
「敵の敵は味方ってヤツね」
「まあ、そうじゃな」
思わず、鯉川鮒の口もとの端が上がった。