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磯野マキのお見舞いに行く


 1


 長崎県警でのことがあった、その翌日。


「磯野マキさんが入られている部屋はどこですか?ーーー私は、彼女のお見舞いで来ました虎縞福子とらしま ふくこです」

「磯野さんでしたら、334番です」

「え? 阪神関係ないですよね?」

「はい?」

「あ、いえ、こちらのことです。ありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして」

 市内の大学病院の総合受付でのやり取り。

 一瞬だけ不穏な空気が出たが、おさまった。

 それはそうとして。

 瀬川響子から足首と膝を折られてただいま入院中の磯野マキのもとに見舞いにきたという、この虎縞福子と名乗った人物は、まず結論から言うと大変に美しい女だ。瓜実顔うりざねがおの中におさまる、ひじょうに均整のとれた顔立ちは、細く切れ長な目は黒い眼と銀色の瞳を持ち、高い鼻梁に薄くもみずみずしい唇、話すたびにチラチラと見せる全て尖った歯の可愛らしさ。魅惑的な“うなじ”の細い首筋には五つのえら。細く白い身体の身の丈は百八五センチもある。そして、意外と膨らみと張りのある胸は、ワインレッドのワイシャツからも分かる綺麗な形であった。黒い膝丈スカートから生える長い脚も、院内の人々の目を引きつけていた。人の色白さとは明らかに違う白い肌と、逆転した眼、あとは首筋の鰓などなどの異形であるにもかかわらず、福子はそれらを含めて美しい女性だったのだ。そしてそれは、入院しているマキも同じく、異形であるが美女だった。実際、院内の女性看護師たちからも、笑顔の可愛い綺麗な人といった評判の良い患者だった磯野マキ。

 明るい茶色の髪の毛を七三分けにして、前髪から大きく波打った天然ウェーブを襟足でまとまるように内巻きなセットしていた福子。彼女の勤務先の鷺山製薬株式会社での髪型であった。端から見たら、虎縞福子が女医だと思われてしまうが、彼女は女医ではなく毒を研究して一筋のプロフェッショナルである。しかし、福子は「人」ではなかった。

 それは。

「あら? フナさんにカメちゃん。“奇遇”ですね。まさか、あなた方がお見舞いにこられていたとは、びっくりですよ」

「おやおや。これは福子さん。お勤め先は暇なのかね? わざわざこちらまでフラフラとなすって。お散歩する時間があるとはとても思えないけど、まさか、リストラでもされてしまったのかい?」

 減らない口を叩いたこの白髪の小柄な着物姿の老婆は、磯野フナであった。つり上がった切れ長な黒い眼に銀色の瞳を歪ませて、皺の刻まれた薄い唇から尖った歯を剥き出した。フナの隣にいたのは、娘、次女の磯野カメ。百七〇センチもある身長にスレンダーな身体には、適度な大きさと張りのある胸の膨らみを有していた。赤いミニのワンピースに赤いサマージャケットを羽織ってお洒落着をしている。片手には、白いリボンを巻いた赤い日除け帽を持っていた。服装の具合からして、まるでどこぞかのお嬢様みたいである。こちらの娘も、フナと同じ目と首筋に五つのえらを持っていたが、造形は美しかった。黒い髪の毛をボブおかっぱにして、内巻きにセットしている。そして薄い唇には、マット系のマゼンタのリップを引いていた。そのようなカメが、己の母親に目線を下げたあとに福子を見る。

 福子もカメに目を合わせたのちにフナを見た。

「私は貴重な昼休みを利用してきているんですよ。万年プータローなあなたとは違います。それと、カメちゃんは工場で忙しいんですのよ。それを引っ張ってくるとは、いいご身分だこと。働いたら負け、ですかね?」

「ぐぬぬ……。小娘が。我が一族の“けがれ”のクセしおって、減らず口を叩いてからに」

「まだそんなことにこだわっているんですか? 私は人魚でもありこの国の“人間”ですよ。ーーーそれと。私は今年で百三八歳になるんです。小娘ではありません」

「じゃあ、ババアだのう」

 磯野フナが福子の年齢を聞いて、実に嬉しそうに口角を上げた。

 このひと言に、福子は頬を痙攣させていく。

「ほな、あなたはクソババアやな」

「いい度胸じゃな。今から“ここ”でるかい?」

 顔中に深く刻まれた皺の額に青筋を立てて、フナは福子に向けて半身に構えていく。これまで口を閉ざして様子を見ていたカメであったが。

「いい加減にしてくださいますか? お二人とも、いい大人が病院でなにをやっているんですか。お母様もお母様です。スルーりょくをお持ちになったらいかが?ーーー福子さんも、早くお見舞いに行かれては? 貴重な時間をここで潰すのは、もったいないですわよ。お姉様が“あなた”を心待ちにしています」

 少林こばやし遊園地で見せたときの印象とは、全くの別人のようだった磯野カメ。冷静も冷静である。

 この言葉を受けたフナと福子。

「ごもっとも」

「そうでした」

 二人一緒に頭を下げた。

「お母様、行きましょう」

「そうしようかね」

 そしてすれ違うときに、カメに向けて微笑んで小さく手を振った福子。これをしっかりと見てしまったカメは、頬を赤くして目をそらした。




 2


 少林こばやし遊園地での激闘から二日が経った。

 同日、ほぼ同じ時間帯。

 病院の駐車場にダークシルバーの車が停まり、助手席のドアを開けて瀬川響子が出てきた。白いカッターシャツにベージュのスラックス生地で作った膝丈スカートに白いソックスと黒い革靴、といった仕事着姿の黒い髪の毛の女性。サイドミラーで自身の化粧具合を確認して、運転席に座る青年に再度確認していく。

「ねえ、雷蔵」

「ん?」

「あたし、可愛い?」

「可愛い可愛い」

「ありがと」

 笑顔で答えた青年の頬に口づけをしたあと、こう微笑んで礼を返した。

「マキさんの見舞いに行くね」

「いってらっしゃい」

 雷蔵から笑顔で送り出されて、響子は病院の総合受付へと足を進めていった。

 334番の部屋に着いて軽くノックをしたら、二人の声が返ってきた。扉を引いて開けたら、六人の患者が入れる大所帯の相部屋が現れて、ベッドごとにカーテンで仕切られておりプライベートはバッチリ守られていた。響子は扉に立ったときからすでに人の気配は感じなかった代わりに、二つの妖気を感じ取っていて、開ける前から嬉しくてたまらなかったのだ。部屋に足を踏み入れて、名札の下がっている奥の窓際のベッドへと向かった。『磯野マキ』と名札に書かれているのを確認して、カーテンを引いて開けた。

 「お疲れ様です。来ちゃった」

 クリアーピンクのリップを引いた唇から飛び出た言葉。

 ベッドで身を起こしている磯野マキと、その傍らのパイプ椅子で腰を下ろしていた虎縞福子を見て、響子は笑みがこぼれていく。

「お疲れ様、響子ちゃん」

 物静かで艶っぽい福子の声で労われた。

「響子ちゃん、いらっしゃい」

 本を広げてくつろいでいたマキから、笑顔で迎えられた。

 “二人”とは三年前くらいに、依頼を受けて解決してからも親しい仲が続いている。複数の人魚の肝臓を狙って重症を負わせていた異常者から標的にされていた福子とマキと、他一名を護衛して今に至っていた。

「六人の相部屋なのに、マキさんの貸し切りね」

「そうなの。誰もいなくてビックリしちゃったでしょ」

 響子の驚きに、マキは微笑んで答えていく。

「わたくしが入院して、その翌日から昨日にかけて次々と無事に退院されていった人たちがいて、良かったですよ」

「それは素敵ね」

「ええ。素敵ですよ」

 笑みを浮かべて尖った歯を見せた。

「うふふ」

 と、目じりを下げる響子。

 そこへ、福子が割って入っていく。

「ねえ、響子ちゃん。ひとつ確かめたいことがあるんだけど。良い?」

「良いですよ」

「ありがとう」

 こう微笑みを見せて、マット系のレッドを引いた薄い唇を開いていく。

「あなた、マキちゃんとカメちゃんに手加減しなかったって本当なの?」

「本当ですよ。手加減したら怪しまれるかなと思って」

「怪しまれるって、誰に?」

「白髪のお婆さんと周りにいた陰洲鱒の男たちに」

「その白髪のお婆さんって、小柄だった?」

「うん。とっても強かった」

「そう。ーーーそのお婆さんの目って、私とマキちゃんと同じ感じじゃなかった?」

「同じでしたよ。白黒が反転して、銀色の瞳だった」

 この報告を聞いた福子がマキに銀色の瞳を流したあとに、響子を見た。

「そのお婆さん、磯野フナと言ってね、マキちゃんとカメちゃんのお母さんなの」

「そうですか。そのお婆さんが磯野フナなんですね」

「あら? 初めて聞いたって顔じゃないわね」

「お話しは前から聞いていましたし、半年前に受けた鱗子さんからの依頼にも名前が出ていました」

「じゃあ、今回の件で名前と顔が一致したのね」

 福子から笑みを向けられて、響子も微笑みを返した。

「で。その怪しまれるって思った理由はなにかしら?」

「磯野フナと“あたし”は初対面だし、向こうもこっちの顔を知らなかったし。マキさんとカメさんと出会い頭で仲良くしたら二人がなにかされそうだなあって」

「響子ちゃん……。あなた」

「それ以前に、マキさんったら妹さんと変な演技していていたから、あたしも“これ”に乗っかったほうが良いかなと思って。初対面のふりしてみたの」

「変な、演技……?」

 福子は思わず含み笑いになった。

 そして、ベッドのマキを見る。

 これに動揺していく半人半妖の美女。

「だ、だって、わたくしがソレが良いとあの場で判断したから……、その……」

「ソレに、カメちゃんが乗ってくれたの?」

「ええ、まあ」

「良い姉妹ね」

「あ、あ、ありがとうございます……」

 頬を熱を持っていく。

 そして、響子が。

「あの、マキさん」

「どうしたんです?」

「あたしがヤったんじゃないけれど、あなたの旦那とご兄弟と息子さんを、その、ごめんなさい」

「うふふ。いいのよ。アレは、お母様が無理矢理に“わたくし”とくっ付けた人だったし。もう、いい加減別れたかったんだけど、わたくしの力と立場ではお母様の前では無理だったから、ちょうどよかったわよ」

 このひと言に、響子が戸惑う。

「ちょうどよかったって……」

「未亡人も、いいものね。うふふ」

 ニッコリと笑みを見せた。

 これに福子と響子が。

 ーか、可愛い!ーー

 と、意見を一致させた。




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